今日も青空、イルカ日和

鏡野ゆう

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小話

何処かの空で、沖縄の空へ? 1

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 梅雨が明けて本格的な夏がやってきた。

 ブルーインパルスは相変わらず、あちらこちらでの飛行展示にホームでの訓練飛行にと忙しい。

 そしてその合間を縫うようにして、次期パイロット候補達の飛行訓練が始まっていた。半年ほどしたら、それぞれが順番に展示デビューを果たし、お客さん達の前でアクロを披露することになる。

 つまり隊長を筆頭に、今まで一緒に飛んでいたドルフィンライダー達が、一人ずつブルーを卒業していく日が近づいてきているということだ。

 ちなみに三番機と四番機は交替したばかりなので、当分のあいだは白勢しらせさんと牛木うしき一尉の一人体制。そして牛木一尉は、今いるパイロット全員を見送る立場でもあった。

「でも、なんだか寂しいですよね。バラバラになったら、なかなか顔を合わすこともなくなるわけですし」

 因幡いなば一尉が沖縄に戻っていく時に、白勢さんと「また何処かの空で」という言葉を交わしていた。そりゃあ空は繋がっていて、全員が日本国内の何処かで飛んでいるのは分かってる。だけど実際には、それぞれ別々の飛行隊に所属しているパイロット同士、なかなか顔を合わせることなんてなかった。

「こういう時は、輸送隊がうらやましいです。あっちこっちの基地に飛んで行けるんですから」
「少なくとも年に一度は、航空祭で会えるじゃないか」
「年に一度って、どこの織姫と彦星かって話じゃないですか」

 それまで一年以上も一緒に飛んでいた仲間と、年に一度しか顔を合わせるか合わさないかなんて、寂しいと思わない? しかもブルーを卒業したら、その一年に一回の機会も無くなってしまうわけだし。

「まあ仕方ないさ。それが俺達の任務なんだから。それに今は、メールや音声や画像見ながらのチャットだってできるだろ?」
「そりゃあそうですけど、やっぱり直接、顔を合わせて話すのとは違うじゃないですか」
「るいの言い分も理解できるけどね」
「あ、ちょっと。今は仕事中なんですから、名前を呼ぶのやめてください。ちゃんと浜路二曹って呼んでくださいよね!」

 とたんに白勢さんが笑い出す。なんと失礼な。

「昇任して嬉しいのは分かるけど、そこまでして二曹って呼ばれたいのか? 階級つきで呼ばなくても、るいが昇任したことは、俺に限らずここの全員が分かってるよ」
「そうじゃなくて仕事中だからですよ。公私混同はよろしくない、清く正しく任務に励めって、隊長にも言われてるでしょ? ただでさえ私達、三番機のライダーとキーパーなんだから」
「分かりました分かりました、では浜路二曹、そろそろ昼飯の時間なんですが、ランチをご一緒にどうでしょうか?」

 白勢さんが腕時計を目の前にかざした。夢中で三番機のメンテナンスをしていたら、いつの間にかお昼の時間をすぎている。そう言えば坂東ばんどう三佐と赤羽あかばね曹長の姿も見えない。どうやら白勢さんは、私の作業が一区切りつくまで待っていたくれたらしい。

「今日、海老フライが出るんですよ」
「分かってるよ。俺の海老フライはるいのものだから、安心してほしい」
「やった♪ そのかわりクリームコロッケは渡しますからね」

 工具を片づけると、二人で食堂へと向かう。

「だけど、そこまで頑張って昇任したい理由ってなんなんだ?」
「少しでも退官年齢を先送りにするためですよ。だから少なくともあと一つは上がらないと、意味ないんですよね」

 自衛官の退官年齢は階級によって決まる。三曹と二曹は同じで五十三歳。それを五十四歳に伸ばすには、一曹まで昇任しなければならないのだ。

「なんでまた? そりゃ、戦闘機や航空機の整備が好きなのは分かってるけど」
「あれ? まだ話してませんでしたっけ? 去年の航空祭で会った小学生くらいのお子さんが、ドルフィンライダーになりたいって言ってたんですよ。で、私とプリタクをしたいんですって。だからその子がパイロットなる年齢まで残っていようと思うと、頑張って偉くならないとダメみたいで」

 あれからそろそろ一年。あの時のあの子は、今もドルフィンライダーになる夢を持ち続けているんだろうか? それとも新しい将来の夢を見つけたかな?

「なるほど。それで頑張ってるのか」
「そういうことです。ま、本当にその子が自衛隊のパイロットになるかどうかは、分かりませんけどね」
「その子が松島まつしまに来たらすごいことだね」
「しかも女の子ですよ。すごい夢ですよね。是非ともチャンレンジしてほしいなって思います」

 戦闘機の資格制限が解除された今、イーグルでも女性パイロットの訓練が始まっていた。もしかしたらあの子より先に、ドルフィンライダーになる女性パイロットが現われるかもしれない。そう考えると、なんだかこれからが楽しみになってきた。

 そして私の頭の中にはそれとは別に、顔を合わす機会がないなら作れば良いじゃない?っていう、何処かで聞いたことのあるようなないようなセリフが浮かんでいた。

「ねえ白勢さん、今度の夏季休暇のことなんですけどね……会いに行きません?」
「ん? 誰に?」
「同じ空を飛んでいるれいの人に!」


+++


 ってなわけで……やって来ましたよ、卒業した元ドルフィンライダーさんがいる沖縄おきなわに!!

「きたーーーーー、沖縄ーーーーー!!」

 輸送機から降りたとたん、南国独特の熱い空気に包まれた。

 なかなか会えないなら、こっちから押しかけちゃえば良いじゃないですか、まだおごってもらう約束を果たしてもらってないですしね!!ということで、私達は夏季休暇を利用して沖縄、正確には那覇なは基地にやってきた。

「しかしあっついですね。京都きょうとの暑さも大概ですけど」
「もしかして沖縄は初めて?」
「そうなんですよ。私、入隊して三沢みさわに配属されてから、九州きゅうしゅうから南に来たことないんです。初沖縄ですよ。めちゃくちゃ楽しみにしてたんです、今回の旅行!」

 今から皆のお土産を選ぶのが楽しみだ。あとちゅら海水族館でイルカショーを見るのも!!

「その初旅行が輸送機でってのは、ちょっと気の毒だったかな。やっぱり民間機を利用すれば良かった?」
「そんなことないですよ。利用できるものは利用しなくちゃ。この時期だと、夏休みの観光で何処の飛行機も混んでますし。あ、因幡さん、発見~~!!」

 因幡さんがこっちに歩いてくるのが見えた。手を振ると、ニカッと笑って手を振り返してくれる。

「お前達、本当に来たなあ」

 私達の前までくると、ニヤッと笑った。

「当たり前ですよ。おごってもらう約束を果たしてもらうまでは、どこまでも追いかけますからね。てか因幡さん、白ウサギから黒ウサギになっちゃってませんか? まだ夏が始まったばかりなのに」
「こっちではもう二ヶ月前から夏だよ。それと黒ウサギとは余計なお世話だ。相変わらず失礼なヤツだな、浜路君や」

 因幡さんは、私の言葉に呆れたように笑っておでこを突いてから、白勢さんの方に目を向ける。

「白勢ー……ここより魅力的な旅行先を提示できなかったのかー? なんでよりによって沖縄なんだよ」
「俺が何を言っても、このキーパー様は耳を貸してくれませんからね。今年は沖縄一択だったみたいです」
「なに言ってるんですか! 国内だろうが国外だろうが素敵な観光地を提示されても、まずは因幡さんにおごってもらうのが最優先事項ですから!」

 夏季休暇を利用して沖縄に行きませんかって提案をした時、白勢さんは他にあれこれ別の候補もあげてくれていた。だけど私の中では、夏季休暇は因幡さんにおごってもらうことが既定事項になっていたから、絶対に沖縄と言い張ったのだ。で、白勢さんが最終的に折れてくれたってわけ。

「と言うわけです」 
「やれやれまったく。今から尻に敷かれてどうするんだ」

 困ったやつだなあと笑いながら、首を横に振った。

「おごってくれるって言ったのは因幡さんじゃないですか。あ、三佐に昇任したんですよね、おめでとうございます。ああそれと、資格も無事にとれたとか」
「今、とってつけたように言ったな。ああそう言えば、浜路も一つ偉くなったんだよな。話題に出たついでに言っておく、おめでとう」
「うわ、人のこと言えないぐらいとってつけた感じ。しかもついでって、はっきり言いましたね」
「あの、二人で言い合いをするのは結構だけど、まずは建物の中に入らないか?」

 とうとう白勢さんが私達の間に割り込んできた。こっちでの防空任務で、もっとギスギスした感じになってしまってるんじゃないかなって心配したけど、松島にいた時と変わらないラパンさんとのやり取りにホッとする。変わってなくて良かった。

「それで? こっちには、何日滞在の予定なんだ?」
「三泊四日ですよ。もちろん、滞在中ずっと因幡三佐に貼りつくつもりはないので安心してください。それなりに日程は組んできましたから。奥さん達は?」
「チビの幼稚園が夏休みに入ったから実家に帰ってるよ。俺の夏季休暇はもう少し先だ。別にお前達から逃げるために、休暇を先延ばしにしたわけじゃないぞ?」

 つまり今日はこうやって私達に会いに来てくれたけど、それも任務の合間ってことらしい。

「なにも言ってないじゃないですか」
「お前さんのその胡散臭うさんくさげな表情を見れば、何が言いたいか分かるっつーの」
「私は、休みは家族にきちんとサービスしましょうっていうスタンスですから、別に家族優先に文句をつけるつもりはありませんよ。それにここが忙しいことも、じゅうぶんに分かってますから」
「だったらだなあ」
「それとこれとは別です。勤務時間が終わったら、ご飯がおいしいいお店、連れていってください。楽しみにしてますから」

 ニッコリと広報用の笑顔を浮かべてみせたら、物凄くイヤそうな顔をされてしまった。もちろん、本気でイヤがっているわけではないのは分かってる。

「奥さんとお子さんが帰省していらっしゃるなら、今夜は一人寂しく晩酌ばんしゃくでしょ? だったら今日ぐらい、私達に付き合ってくれても良いじゃないですか」
「なんでそこで俺が一人だって決めつけるかな」
「違うんですか?」

 別に、因幡さんがお友達付き合いをしていないと言っているわけじゃない。私達が今日来ることを知らせてあったんだもの、絶対に予定をあけておいてくれたはずなのだ。うん、間違いなく。

「……明日も普通に仕事だから、酒は付き合えないからな」
「分かってます。飲めない因幡さんの代わりに、私が飲みますから」
「なあ白勢」

 私がうなづたところで、因幡さんは変な顔をして白勢さんを見た。

「はい?」
「お前、絶対に浜路のこと甘やかしてるだろ? 前よりもわがまま放題になってるぞ」

 そう言って私のことを指さす。

「そんなことないですよ、失礼ですね」
「いいや、確実にわがままになってる、間違いない。どうなんだ白勢?」
「そんなことないですー!」

 白勢さんは、相変わらずの爽やかな笑顔を浮かべて首をかしげた。

「まあ普段は、清く正しく任務に励んでますから御心配なく」
「白勢、俺が言いたいのはそこじゃない……」

 こんな調子で、私達の夏季休暇 in 沖縄は始まった。
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