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小話
【Happy Halloween】イルカ達のハロウィン
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「TRICK OR TREAT~TRICK OR TREAT~」
なぜか、三番機の整備班が朝から騒がしい。
訓練飛行の無い日だからか、ずーっと同じ言葉を繰り返しながら、私の後をついて回っているのだ。可愛いアヒルちゃんとか小さい子だったら微笑ましいけど、いい年をした大人達 ―― しかも航空自衛官! ―― が一列になって、ブツブツ言いながら人の後ろを行進しているのは、なんて言うか異様だ……。
「あの! みなさん、お仕事ありますよね?」
たまりかねて立ち止まると、振り返った。皆、真面目な顔をして一列に並んでいる。その整列ぶりは、さすがブルーのドルフィンキーパーだ。
「あるよ」
「もちろん」
「飛ばない日だって色々と忙しいよな、俺達」
「そのへんは、浜路さんだって知ってると思うけど?」
私の質問にそう答えるわりには、さっきから仕事をしているところを見てないんですけど!
「こんなところで油を売っていることが坂東三佐の耳に入ったら、叱られちゃいますよ?」
「終業時間までに、今日の仕事をちゃんと終わらせれば良いんだろ? 問題ないって」
そう答えるとまた「TRICK OR TREAT~TRICK OR TREAT~」と繰り返しながら、私の後ろについて行進を始めた。まったくもう……。こういう時に止めてくれるはずの坂東三佐は、今日に限って会議でいないし。赤羽曹長なんて、さっきから視線を明後日の方向に向けたままで、こっちに近寄ってこようとしないし。
「あ、タックさん」
私が立ち尽くしていると、白勢一尉が他のライダー達とこっちにやってきた。
一尉は二番機パイロットの安元一尉と、さっきの避け方はどうのとか相手の後ろにつく場合はこうした方が良いとか、あれこれと話し込んでいる。そう言えば今日は、全員で元の飛行隊に戻っても勘が鈍っていないようにと、ここの操縦過程で使われているシミュレーターで、模擬空戦をするとか言っていたっけ。
以前、松島基地の航空祭で、展示飛行のために訪れた但馬一尉が、白勢一尉には手こずったって言っていたけれど、実際のところブルーではない一尉の機動って、どんな感じなんだろう。
ああ、今はそんなことより、つきまとっている人達の方が問題だ。
「やあ。……どうしたんだ、三番機になにか問題でも?」
その場にいるのが、私を含めて三番機の整備に携わっている人間ばかりだったから、心配そうな顔をして立ち止まると、安元一尉に断りを入れてこっちにやってきた。
「違いますよ。困ってるんです、なんとかして追い払ってくださいよ、この人達。朝からブツブツ言いながらつきまとうものだから、落ち着いて仕事ができないんです」
そう言って、私の後ろで行列を作っているキーパー達を手で示す。
「ブツブツ?」
「TRICK OR TREAT!! で、あります」
「ああ、なるほど」
その言葉に、なるほどねとうなづく一尉。そこで納得されても困るんだ。
「そんなこと言われても、のど飴以外はなにも持ってませんよ!」
そこで何故かブーイング。一尉は愉快そうに笑って、私のことを見下ろした。
「この様子からして、なにか持ってきてるんだろ? どうやら皆にバレているようだし、悪戯されないうちに、渡しておいたほうが良いんじゃないかな?」
「だって、あれは……」
「あれは?」
私が今日、こっそりと持ってきてロッカーに隠してあるもの。それは、実家近所にある洋菓子屋さんのクッキーだった。いつも晩御飯を御馳走になっている白勢一尉へのお礼として、お取り寄せをしたのだ。
ブルーには、今のところ私しか女性隊員がいないから、絶対にバレないだろうと思っていたのに、何処からかそのクッキーの情報が漏れたらしい。
「せっかく、杉田三佐からもらったコーヒーいれて、二人で食べようと思ってたのに……」
ボソッと呟くと、一尉はほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「まあ気持ちはありがたいけど、独り占めしてあとで悪戯されまくるのも困るから。可能なら、俺の分を少し残しておいてくれれば嬉しいけどね」
「死守できなくても、私のせいじゃないですからね」
「頑張れ、るい。期待してるから」
そう言うと、一尉は他のライダー達が待っている場所へと戻っていった。
「……はぁぁぁ……」
溜め息をつきながら振り返れば、期待満面なお歴々。
「あの、せめてなにか芸でも見せてくれないと、渡す気になれないんですけど!」
そう言えばあきらめてくれるかなと、わずかな希望をいだきながら言ってみる。だけど効果なかったみたいで、全員が親指を立て、私に向かってうなづいてみせた。え、見せる芸があるとか……?
+++++
「浜路さんが、飴玉以外のなにか渡してる……」
昼飯の時間、食堂で三番機の整備をしている整備員達が、なにやら浜路三曹の周りに集まっていた。当の本人はものすごく憂鬱そうな顔というか、呆れ果てた顔をしている。そして彼女は、リボンで口を結んだ小さな袋を一つずつ、彼等に渡していた。
「察するところ、あれは飴玉ではなくクッキーか」
「あの袋、お取り寄せサイトで見たことあるな。たしか、京都の洋菓子屋さんのクッキーだったはず」
「ああ、それそれ。うちの母親がけっこう気に入って、何度か取り寄せてたな」
そこでピンときた。
「なるほど。今日はハロウィンだもんなあ」
「そう言えば朝から連中、浜路さんの後ろをゾロゾロついてまわってたよな、トリックなんちゃら言いながら」
「お菓子をねだってたのか。子供かよ」
呆れながらも彼等の喜んでいる様子を見ていたら、少しばかりうらやましく感じるのも事実だ。
「タックさん達がきた」
食堂にライダー達が入ってきた。
タックさんは、浜路さんの周囲に集まったキーパー達の姿を見て一瞬驚いたようだが、すぐにやれやれと言わんばかりに首を振りながら笑うと、食事を取りに行かずに、真っ直ぐ浜路さん達のもとへと向かった。
「あ、なんだかイヤな予感が……」
案の定、タックさんはニコニコしながら浜路さんに話しかけ、浜路さんは腹立たし気になにか言い返すと、袋を一つタックさんに差し出した。それを嬉しそうに受け取るタックさん。それだけのことなのに、どうして雰囲気だけであそこまで盛大に惚気られるのか、本当に不思議でならない。
「仕事中なのにのろけてんじゃねーよ、タックさん……」
腹立たし気に呟いたのは、隣に座っているキーパー。
そう言えばこいつは、浜路さんに告白する直前にタックさんから釘を刺されたんだよな、俺のカノジョに手を出すなって。ブルーの爽やかイケボ枠のタックさんも、元はイーグルドライバー。こいつは詳しいことを話そうとはしないが、かなり容赦なく警告されたらしい。
「まあ昼飯の時間だし、そう目くじら立てるなよ。浜路さんが幸せなら、それで良いだろ?」
「クッキーをもらえるのは三番機組だけかよ、不公平すぎる」
言いたいのは結局そこなのか。
「そりゃ、バレンタインじゃないんだから、全員に配るってことはないだろ」
「そのバレンタインだって、もらえなかったじゃないか」
「ブルーでは女子は浜路さんしかいないんだぞ? ここの男連中すべてに配るとなったら、それこそ大変じゃないか。のど飴だけでも大層な出費だって嘆いているのに」
タックさんがアナウンスから三番機のパイロットになった今でも、浜路さんとののど飴のやり取りは続いている。
二人が付き合っていることは間違いないことなので、自分達はすでに未練なんぞないのだが、そのやり取りを見るたびに、砂を吐きそうになるのが困った点だった。俺達が慣れるのが先か、松島基地が砂山に埋もれるのが先か、そんな感じの昨今だ。
「ま、食堂のオバチャンがつけてくれたチョコチップクッキーで我慢しとけ」
そう言われた隣のキーパーは「不公平だ、ぐれてやる」と無念そうに呟いた。
まあ色々とあるが、我が松島基地はハロウィンの今日も平和であります。
なぜか、三番機の整備班が朝から騒がしい。
訓練飛行の無い日だからか、ずーっと同じ言葉を繰り返しながら、私の後をついて回っているのだ。可愛いアヒルちゃんとか小さい子だったら微笑ましいけど、いい年をした大人達 ―― しかも航空自衛官! ―― が一列になって、ブツブツ言いながら人の後ろを行進しているのは、なんて言うか異様だ……。
「あの! みなさん、お仕事ありますよね?」
たまりかねて立ち止まると、振り返った。皆、真面目な顔をして一列に並んでいる。その整列ぶりは、さすがブルーのドルフィンキーパーだ。
「あるよ」
「もちろん」
「飛ばない日だって色々と忙しいよな、俺達」
「そのへんは、浜路さんだって知ってると思うけど?」
私の質問にそう答えるわりには、さっきから仕事をしているところを見てないんですけど!
「こんなところで油を売っていることが坂東三佐の耳に入ったら、叱られちゃいますよ?」
「終業時間までに、今日の仕事をちゃんと終わらせれば良いんだろ? 問題ないって」
そう答えるとまた「TRICK OR TREAT~TRICK OR TREAT~」と繰り返しながら、私の後ろについて行進を始めた。まったくもう……。こういう時に止めてくれるはずの坂東三佐は、今日に限って会議でいないし。赤羽曹長なんて、さっきから視線を明後日の方向に向けたままで、こっちに近寄ってこようとしないし。
「あ、タックさん」
私が立ち尽くしていると、白勢一尉が他のライダー達とこっちにやってきた。
一尉は二番機パイロットの安元一尉と、さっきの避け方はどうのとか相手の後ろにつく場合はこうした方が良いとか、あれこれと話し込んでいる。そう言えば今日は、全員で元の飛行隊に戻っても勘が鈍っていないようにと、ここの操縦過程で使われているシミュレーターで、模擬空戦をするとか言っていたっけ。
以前、松島基地の航空祭で、展示飛行のために訪れた但馬一尉が、白勢一尉には手こずったって言っていたけれど、実際のところブルーではない一尉の機動って、どんな感じなんだろう。
ああ、今はそんなことより、つきまとっている人達の方が問題だ。
「やあ。……どうしたんだ、三番機になにか問題でも?」
その場にいるのが、私を含めて三番機の整備に携わっている人間ばかりだったから、心配そうな顔をして立ち止まると、安元一尉に断りを入れてこっちにやってきた。
「違いますよ。困ってるんです、なんとかして追い払ってくださいよ、この人達。朝からブツブツ言いながらつきまとうものだから、落ち着いて仕事ができないんです」
そう言って、私の後ろで行列を作っているキーパー達を手で示す。
「ブツブツ?」
「TRICK OR TREAT!! で、あります」
「ああ、なるほど」
その言葉に、なるほどねとうなづく一尉。そこで納得されても困るんだ。
「そんなこと言われても、のど飴以外はなにも持ってませんよ!」
そこで何故かブーイング。一尉は愉快そうに笑って、私のことを見下ろした。
「この様子からして、なにか持ってきてるんだろ? どうやら皆にバレているようだし、悪戯されないうちに、渡しておいたほうが良いんじゃないかな?」
「だって、あれは……」
「あれは?」
私が今日、こっそりと持ってきてロッカーに隠してあるもの。それは、実家近所にある洋菓子屋さんのクッキーだった。いつも晩御飯を御馳走になっている白勢一尉へのお礼として、お取り寄せをしたのだ。
ブルーには、今のところ私しか女性隊員がいないから、絶対にバレないだろうと思っていたのに、何処からかそのクッキーの情報が漏れたらしい。
「せっかく、杉田三佐からもらったコーヒーいれて、二人で食べようと思ってたのに……」
ボソッと呟くと、一尉はほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「まあ気持ちはありがたいけど、独り占めしてあとで悪戯されまくるのも困るから。可能なら、俺の分を少し残しておいてくれれば嬉しいけどね」
「死守できなくても、私のせいじゃないですからね」
「頑張れ、るい。期待してるから」
そう言うと、一尉は他のライダー達が待っている場所へと戻っていった。
「……はぁぁぁ……」
溜め息をつきながら振り返れば、期待満面なお歴々。
「あの、せめてなにか芸でも見せてくれないと、渡す気になれないんですけど!」
そう言えばあきらめてくれるかなと、わずかな希望をいだきながら言ってみる。だけど効果なかったみたいで、全員が親指を立て、私に向かってうなづいてみせた。え、見せる芸があるとか……?
+++++
「浜路さんが、飴玉以外のなにか渡してる……」
昼飯の時間、食堂で三番機の整備をしている整備員達が、なにやら浜路三曹の周りに集まっていた。当の本人はものすごく憂鬱そうな顔というか、呆れ果てた顔をしている。そして彼女は、リボンで口を結んだ小さな袋を一つずつ、彼等に渡していた。
「察するところ、あれは飴玉ではなくクッキーか」
「あの袋、お取り寄せサイトで見たことあるな。たしか、京都の洋菓子屋さんのクッキーだったはず」
「ああ、それそれ。うちの母親がけっこう気に入って、何度か取り寄せてたな」
そこでピンときた。
「なるほど。今日はハロウィンだもんなあ」
「そう言えば朝から連中、浜路さんの後ろをゾロゾロついてまわってたよな、トリックなんちゃら言いながら」
「お菓子をねだってたのか。子供かよ」
呆れながらも彼等の喜んでいる様子を見ていたら、少しばかりうらやましく感じるのも事実だ。
「タックさん達がきた」
食堂にライダー達が入ってきた。
タックさんは、浜路さんの周囲に集まったキーパー達の姿を見て一瞬驚いたようだが、すぐにやれやれと言わんばかりに首を振りながら笑うと、食事を取りに行かずに、真っ直ぐ浜路さん達のもとへと向かった。
「あ、なんだかイヤな予感が……」
案の定、タックさんはニコニコしながら浜路さんに話しかけ、浜路さんは腹立たし気になにか言い返すと、袋を一つタックさんに差し出した。それを嬉しそうに受け取るタックさん。それだけのことなのに、どうして雰囲気だけであそこまで盛大に惚気られるのか、本当に不思議でならない。
「仕事中なのにのろけてんじゃねーよ、タックさん……」
腹立たし気に呟いたのは、隣に座っているキーパー。
そう言えばこいつは、浜路さんに告白する直前にタックさんから釘を刺されたんだよな、俺のカノジョに手を出すなって。ブルーの爽やかイケボ枠のタックさんも、元はイーグルドライバー。こいつは詳しいことを話そうとはしないが、かなり容赦なく警告されたらしい。
「まあ昼飯の時間だし、そう目くじら立てるなよ。浜路さんが幸せなら、それで良いだろ?」
「クッキーをもらえるのは三番機組だけかよ、不公平すぎる」
言いたいのは結局そこなのか。
「そりゃ、バレンタインじゃないんだから、全員に配るってことはないだろ」
「そのバレンタインだって、もらえなかったじゃないか」
「ブルーでは女子は浜路さんしかいないんだぞ? ここの男連中すべてに配るとなったら、それこそ大変じゃないか。のど飴だけでも大層な出費だって嘆いているのに」
タックさんがアナウンスから三番機のパイロットになった今でも、浜路さんとののど飴のやり取りは続いている。
二人が付き合っていることは間違いないことなので、自分達はすでに未練なんぞないのだが、そのやり取りを見るたびに、砂を吐きそうになるのが困った点だった。俺達が慣れるのが先か、松島基地が砂山に埋もれるのが先か、そんな感じの昨今だ。
「ま、食堂のオバチャンがつけてくれたチョコチップクッキーで我慢しとけ」
そう言われた隣のキーパーは「不公平だ、ぐれてやる」と無念そうに呟いた。
まあ色々とあるが、我が松島基地はハロウィンの今日も平和であります。
応援ありがとうございます!
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