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本編
第十話 イルカさんとデート 後編
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私達が水族館に到着して中に入った直後に、今日最終のイルカショーが始まるというアナウンスが流れた。夏休みとは違って、冬に向けてショーが行われる回数はかなり少なくなっているらしい。
「なにも調べずに来ちゃいましたけど、タイミングが合って良かったですね」
「考えたら、夏と違って夕方は寒くなってきてるもんなあ」
ステージは屋外プールだから、遅い時間になるとペンギンはともかく、イルカ達もショーを見る人間もそろそろ辛い季節だ。私達は中を見るのは後回しにして、急いでうみの杜スタジアムに向かうことにした。始まる直前ということで、前のほうはほとんどお客さんで埋まっている。私達は上の席からショーを見ることにした。
「もう少し前にも空きがあったけど、そっちに行かなくて良かったのかい?」
「ここで十分ですよ。高い場所だからよく見えますし。白勢さんこそ、あっちが良かったですか?」
「いや。俺もここで十分だよ」
そう言ってから急に笑い出した。
「ちょっと。まだ笑いますか?」
「すまない。さっきの浜路さんの顔を思い出したら、どうしても我慢できなくて」
白勢さんってば、バスの中からずっとこんな調子なのだ。多分、本人もなんとか笑いをこらえようとしているんだとは思う。だけど、どうしても我慢できないらしい。しかもその原因が、私の顔だっていうんだから腹が立つ。
「私、涙を流して笑うぐらいひどい顔してました?」
「いや、なんていうか浜路さん、宇宙人でも発見したみたいな顔だったからさ」
ある意味、白勢さんの言葉は正しいかもしれない。だってあの時は、本当にとんでもないことに気づいてしまった気分だったんだから。宇宙人発見……まあ気持ち的に十分近いかも。
ショーが始まると、プールに次々と五頭のイルカが出てきた。トレーナーさんがそれぞれの名前を紹介すると、イルカ達はそれに合わせて順番に御挨拶をしてみせる。
「かしこいですね。どうやってあんな芸を覚えさせるんだろうって、いつ見ても不思議に思いますよ」
「まったくだ」
挨拶が終わると、トレーナーのお姉さんの指示で、簡単なジャンプから始まる様々な芸を見せ始めた。尻尾だけ水面から出してグルグル回ったり、可愛らしくボールを鼻先に乗せてみたり。最前列では子供達が、キャーキャーワーワーと嬉しそうな様子で大騒ぎだ。だけど私が気になるのは、あっちのイルカより横に座っているイルカのほうだった。
「もういい加減に笑うのやめませんか?」
「笑ってない」
「嘘ばっかり。さっきからずっと笑ってるじゃないですか、まじムカつくんだから」
「そんなこと言っても。あの時の浜路さんの顔ときたら……っ」
そこで肩を震わせる。
「そんなに笑っていたら、イルカのショーに集中できませんよ。周りのお客さんにも迷惑です」
「すまない」
深呼吸してなんとか笑いを引っ込めた白勢さんだったけど、その直後にプッと吹き出した。駄目だこりゃ。
「もう、静かに! 目の前のイルカに集中! 自分のアクロの時だったらどうするんですかっ」
軽く小突くと声をひそめて注意する。白勢さんはうなづいたけれど、その顔はニヤニヤしっぱなしだ。真面目にモンキーレンチがほしい。
+++
『では本日のショーの最後に! 今年は航空自衛隊松島基地で、久し振りの航空祭がもよおされました! あちらのイルカさん達にならって、うみの杜のイルカちゃんからも、クリスマスツリー・ローパスを会場のみなさんに贈りたいと思います!』
白勢さんの笑いの発作もなんとかおさまり、ショーが終わりに近づいてきた頃、トレーナーのお姉さんがそう言ってイルカ達に合図を送った。
「クリスマスツリー・ローパスですって」
「五頭しかいないのに、どうするつもりなんだろうな」
ブルーインパルスのクリスマスツリー・ローパスは、六機の編隊飛行で形成されるものだ。どうするのかな?と見ていると、バックヤードからアシカさんが一頭やってきて、ステージの真ん中のプールサイドに行儀よくお座りをした。そして鼻先にカラフルなボールを乗せると、それを合図にプールのイルカ達がツリー型に整列して、水の中でムナビレをバシャバシャさせながら立ち泳ぎを始める。
「おお、見事なクリスマスツリー・ローパスですよ、白勢さん。ここの席で良かった。上からだとはっきり分かりますね」
「なかなかきれいに整列しているな。もしかしたら俺達以上にうまいかも」
「隊長がアシカちゃんですよ」
しばらくは玉置二佐を見るたびに、あのアシカちゃんを思い出してニヤニヤしてしまいそうだ、注意しないと。
「三番機はあの一番やんちゃだったイルカだよな」
「トレーナーさんはあの子が一番若いって言ってましたね。その点も白勢さんと同じですよ」
「こりゃ、イルカには負けていられないな」
どうやらこっちのイルカさんも、さらにやる気を出したみたいだ。
「楽しかった?」
ショーが終わって、館内に戻ったところで白勢さんが言った。
「はい。来て良かったです。クリスマスツリー・ローパスも見れましたしね」
「それは良かった。誘ったかいがあったよ」
「だけど白勢さん、私にはイルカショーを楽しむことって言った割に、自分は半分ぐらい笑ってたじゃないですか」
「そんなことないさ」
「そんなことありますよ。ほとんど笑ってました」
「笑ってたけどちゃんとショーは見てたぞ」
「そうかなあ……」
クリスマスツリー・ローパスに関してはちゃんと見ていたようだけど、他の芸に関しては、ほとんど笑ってたんじゃないかと思うんだけど……。
+++
それから私達は、館内に展示されている魚やクラゲを見て回った。そして最後に、グッズが売られているショップに立ち寄る。
「結局のところ、浜路さんはここではなにが一番印象的だったんだ? やっぱりイルカ?」
「私も最初はそう思ってたんですけどね。意外とあのダイオウグソクムシが印象に残りました」
「浜路さん、あの手のものは苦手なんじゃ?」
「私が苦手なのは黒光りしている虫ですよ。ダイオウグソクムシは、虫は虫でも甲殻類の仲間じゃないですか。それに黒くないし」
「なるほど」
なるほどと言ったわりには、白勢さんは理解できないという顔をしていた。
「あ、イルカのかぶりものがありますよ。これ、ジュニアでかぶったら可愛いんじゃないかな」
イルカの形をした帽子を手にとって、白勢さんに見せる。
「さすがにヘルメットじゃないのはダメだと思うけどな」
「じゃあ特注サイズを作って、ヘルメットの上にかぶせるのは?」
「……想像してみたけど、お笑い集団になりそうだから却下かな」
「そうですか、残念。だったらロッカールームのカギ用に、キーホルダーかなにかを買って帰ろうかなあ……」
そうなるとやっぱりイルカかな?とあれこれ迷っていると、白勢さんがなにかを見つけたらしくて商品棚のほうへと歩いていった。
「るい」
「だーかーらー、そう呼ぶのは……あっ」
振り返ると、白勢さんがイルカのキーホルダーを持っていた。しかも青い尻尾に刻まれた3という数字。
「それ、どこにあったんですか?」
「こっちの棚にあるのが見えたから。一番から六番まで全部そろってる」
「どれどれ~~?」
その棚にはイルカのグッズがたくさん並んでいて、その中のキーホルダーが白勢さんが見つけたものだった。
「本当だ。ちゃんと番号がそろってる。やっぱりこれってアレですよね?」
「間違いなくあれだね。しかも、一番機が一番売れているみたいだ」
「やっぱり隊長が一番人気があるんだ。すごーい。決めました、私、この三番ちゃんにします」
「他には?」
「この三番ちゃんのイルカで十分ですよ」
「分かった」
そう言うと、白勢さんは私の手からキーホルダーを取り上げて、そのままレジへと歩いていく。
「白勢さん、いいですよ、それぐらい自分で払いますから」
「なにもかも割り勘だなんてとんでもないよ。せっかくのデートなんだから、このぐらいは出させてくれ」
そう言って棚の前を通りすぎながら、私が最初に手にしたイルカの帽子も取り上げた。それからなぜかダイオウグソクムシのペーパーウェイトも。
+++
「ところで白勢さん」
「ん?」
帰りの電車の中で、ふと気になったことを質問することにする。
「水族館の入口にホヤだらけの場所があったじゃないですか。あれ、食べられるって書いてありましたけど、本当に美味しいのかな?」
普通の水族館なら、ペンギントンネルとかそういうのがお出迎えするんだろうけど、うみの杜はマボヤのトンネルだった。最初にそれを見た時は、なんだこれ?!と思ったけど、食べられると聞いて興味津々だ。
「食べたことない? あれは宮城の特産品なんだぞ?」
「え、そうなんですか? 私、一度も食べたことないです。白勢さんはあるんですか?」
「夕飯、居酒屋になっても良いならつれていくけど? 旬は夏だから、今は塩辛ぐらいしかないけどね」
「行きます、つれていってください。ホヤ、食べてみたい」
「分かった」
「あ?!」
そして私はまたとんでもないことに気がついてしまった。
「今度はなに?」
「さらにデートっぽくなりました?!」
「マボヤの塩辛が目当てだなんて、まったくそれっぽくないけどね……」
白勢さんは今度は笑うことなく真顔でそう答えた。
「なにも調べずに来ちゃいましたけど、タイミングが合って良かったですね」
「考えたら、夏と違って夕方は寒くなってきてるもんなあ」
ステージは屋外プールだから、遅い時間になるとペンギンはともかく、イルカ達もショーを見る人間もそろそろ辛い季節だ。私達は中を見るのは後回しにして、急いでうみの杜スタジアムに向かうことにした。始まる直前ということで、前のほうはほとんどお客さんで埋まっている。私達は上の席からショーを見ることにした。
「もう少し前にも空きがあったけど、そっちに行かなくて良かったのかい?」
「ここで十分ですよ。高い場所だからよく見えますし。白勢さんこそ、あっちが良かったですか?」
「いや。俺もここで十分だよ」
そう言ってから急に笑い出した。
「ちょっと。まだ笑いますか?」
「すまない。さっきの浜路さんの顔を思い出したら、どうしても我慢できなくて」
白勢さんってば、バスの中からずっとこんな調子なのだ。多分、本人もなんとか笑いをこらえようとしているんだとは思う。だけど、どうしても我慢できないらしい。しかもその原因が、私の顔だっていうんだから腹が立つ。
「私、涙を流して笑うぐらいひどい顔してました?」
「いや、なんていうか浜路さん、宇宙人でも発見したみたいな顔だったからさ」
ある意味、白勢さんの言葉は正しいかもしれない。だってあの時は、本当にとんでもないことに気づいてしまった気分だったんだから。宇宙人発見……まあ気持ち的に十分近いかも。
ショーが始まると、プールに次々と五頭のイルカが出てきた。トレーナーさんがそれぞれの名前を紹介すると、イルカ達はそれに合わせて順番に御挨拶をしてみせる。
「かしこいですね。どうやってあんな芸を覚えさせるんだろうって、いつ見ても不思議に思いますよ」
「まったくだ」
挨拶が終わると、トレーナーのお姉さんの指示で、簡単なジャンプから始まる様々な芸を見せ始めた。尻尾だけ水面から出してグルグル回ったり、可愛らしくボールを鼻先に乗せてみたり。最前列では子供達が、キャーキャーワーワーと嬉しそうな様子で大騒ぎだ。だけど私が気になるのは、あっちのイルカより横に座っているイルカのほうだった。
「もういい加減に笑うのやめませんか?」
「笑ってない」
「嘘ばっかり。さっきからずっと笑ってるじゃないですか、まじムカつくんだから」
「そんなこと言っても。あの時の浜路さんの顔ときたら……っ」
そこで肩を震わせる。
「そんなに笑っていたら、イルカのショーに集中できませんよ。周りのお客さんにも迷惑です」
「すまない」
深呼吸してなんとか笑いを引っ込めた白勢さんだったけど、その直後にプッと吹き出した。駄目だこりゃ。
「もう、静かに! 目の前のイルカに集中! 自分のアクロの時だったらどうするんですかっ」
軽く小突くと声をひそめて注意する。白勢さんはうなづいたけれど、その顔はニヤニヤしっぱなしだ。真面目にモンキーレンチがほしい。
+++
『では本日のショーの最後に! 今年は航空自衛隊松島基地で、久し振りの航空祭がもよおされました! あちらのイルカさん達にならって、うみの杜のイルカちゃんからも、クリスマスツリー・ローパスを会場のみなさんに贈りたいと思います!』
白勢さんの笑いの発作もなんとかおさまり、ショーが終わりに近づいてきた頃、トレーナーのお姉さんがそう言ってイルカ達に合図を送った。
「クリスマスツリー・ローパスですって」
「五頭しかいないのに、どうするつもりなんだろうな」
ブルーインパルスのクリスマスツリー・ローパスは、六機の編隊飛行で形成されるものだ。どうするのかな?と見ていると、バックヤードからアシカさんが一頭やってきて、ステージの真ん中のプールサイドに行儀よくお座りをした。そして鼻先にカラフルなボールを乗せると、それを合図にプールのイルカ達がツリー型に整列して、水の中でムナビレをバシャバシャさせながら立ち泳ぎを始める。
「おお、見事なクリスマスツリー・ローパスですよ、白勢さん。ここの席で良かった。上からだとはっきり分かりますね」
「なかなかきれいに整列しているな。もしかしたら俺達以上にうまいかも」
「隊長がアシカちゃんですよ」
しばらくは玉置二佐を見るたびに、あのアシカちゃんを思い出してニヤニヤしてしまいそうだ、注意しないと。
「三番機はあの一番やんちゃだったイルカだよな」
「トレーナーさんはあの子が一番若いって言ってましたね。その点も白勢さんと同じですよ」
「こりゃ、イルカには負けていられないな」
どうやらこっちのイルカさんも、さらにやる気を出したみたいだ。
「楽しかった?」
ショーが終わって、館内に戻ったところで白勢さんが言った。
「はい。来て良かったです。クリスマスツリー・ローパスも見れましたしね」
「それは良かった。誘ったかいがあったよ」
「だけど白勢さん、私にはイルカショーを楽しむことって言った割に、自分は半分ぐらい笑ってたじゃないですか」
「そんなことないさ」
「そんなことありますよ。ほとんど笑ってました」
「笑ってたけどちゃんとショーは見てたぞ」
「そうかなあ……」
クリスマスツリー・ローパスに関してはちゃんと見ていたようだけど、他の芸に関しては、ほとんど笑ってたんじゃないかと思うんだけど……。
+++
それから私達は、館内に展示されている魚やクラゲを見て回った。そして最後に、グッズが売られているショップに立ち寄る。
「結局のところ、浜路さんはここではなにが一番印象的だったんだ? やっぱりイルカ?」
「私も最初はそう思ってたんですけどね。意外とあのダイオウグソクムシが印象に残りました」
「浜路さん、あの手のものは苦手なんじゃ?」
「私が苦手なのは黒光りしている虫ですよ。ダイオウグソクムシは、虫は虫でも甲殻類の仲間じゃないですか。それに黒くないし」
「なるほど」
なるほどと言ったわりには、白勢さんは理解できないという顔をしていた。
「あ、イルカのかぶりものがありますよ。これ、ジュニアでかぶったら可愛いんじゃないかな」
イルカの形をした帽子を手にとって、白勢さんに見せる。
「さすがにヘルメットじゃないのはダメだと思うけどな」
「じゃあ特注サイズを作って、ヘルメットの上にかぶせるのは?」
「……想像してみたけど、お笑い集団になりそうだから却下かな」
「そうですか、残念。だったらロッカールームのカギ用に、キーホルダーかなにかを買って帰ろうかなあ……」
そうなるとやっぱりイルカかな?とあれこれ迷っていると、白勢さんがなにかを見つけたらしくて商品棚のほうへと歩いていった。
「るい」
「だーかーらー、そう呼ぶのは……あっ」
振り返ると、白勢さんがイルカのキーホルダーを持っていた。しかも青い尻尾に刻まれた3という数字。
「それ、どこにあったんですか?」
「こっちの棚にあるのが見えたから。一番から六番まで全部そろってる」
「どれどれ~~?」
その棚にはイルカのグッズがたくさん並んでいて、その中のキーホルダーが白勢さんが見つけたものだった。
「本当だ。ちゃんと番号がそろってる。やっぱりこれってアレですよね?」
「間違いなくあれだね。しかも、一番機が一番売れているみたいだ」
「やっぱり隊長が一番人気があるんだ。すごーい。決めました、私、この三番ちゃんにします」
「他には?」
「この三番ちゃんのイルカで十分ですよ」
「分かった」
そう言うと、白勢さんは私の手からキーホルダーを取り上げて、そのままレジへと歩いていく。
「白勢さん、いいですよ、それぐらい自分で払いますから」
「なにもかも割り勘だなんてとんでもないよ。せっかくのデートなんだから、このぐらいは出させてくれ」
そう言って棚の前を通りすぎながら、私が最初に手にしたイルカの帽子も取り上げた。それからなぜかダイオウグソクムシのペーパーウェイトも。
+++
「ところで白勢さん」
「ん?」
帰りの電車の中で、ふと気になったことを質問することにする。
「水族館の入口にホヤだらけの場所があったじゃないですか。あれ、食べられるって書いてありましたけど、本当に美味しいのかな?」
普通の水族館なら、ペンギントンネルとかそういうのがお出迎えするんだろうけど、うみの杜はマボヤのトンネルだった。最初にそれを見た時は、なんだこれ?!と思ったけど、食べられると聞いて興味津々だ。
「食べたことない? あれは宮城の特産品なんだぞ?」
「え、そうなんですか? 私、一度も食べたことないです。白勢さんはあるんですか?」
「夕飯、居酒屋になっても良いならつれていくけど? 旬は夏だから、今は塩辛ぐらいしかないけどね」
「行きます、つれていってください。ホヤ、食べてみたい」
「分かった」
「あ?!」
そして私はまたとんでもないことに気がついてしまった。
「今度はなに?」
「さらにデートっぽくなりました?!」
「マボヤの塩辛が目当てだなんて、まったくそれっぽくないけどね……」
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