34 / 39
キュウリ男と編集さん
キュウリ男と編集さん 9
しおりを挟む
そんな母親の様子を見て、イヤな予感しかしない。だが、羽織屋さんは気がついていないようだ。
「今時の子達のタイプって、羽織屋さんが言うみたいな人なの?」
「どうなんでしょう? 私自身が、ベタベタされるのが苦手なので。もしかしたら、少数意見かも」
「どうなの、彰?」
ほら見ろ、俺に話が向けられたじゃないか。
「どうなのって、なにが?」
「男の子は相手の女の子にベタベタしたいものなの?」
「それこそ人によるとしか言いようがないな」
「あなたは?」
「俺?」
答えに困った。正直に言えば、ベタベタなんてしたいとは思わない。だがそこでそう答えると、母親のことだ「あら、二人はピッタリね」と言いかねない。じゃあベタベタしたいと答えるべきなのか? だがそれだと、俺が寂しがり屋の気持ち悪い男認定されるじゃないか。それはそれで勘弁してほしい。
「どうなのよ」
「クネクネされたくない俺が、相手にベタベタしたいとでも?」
「なるほど。寂しがり屋さんだからって、ベタベタしたいわけじゃないんですね」
羽織屋さんが意外な答えですねとつぶやいた。
「羽織屋さん、それ、忘れてくれませんかね。別に特に寂しいのがダメってわけではないので」
「そうなんですか?」
「はい」
「あら、寂しがり屋さんじゃないの」
母親が口をはさんでくる。
「それは小さいころの話でしょ、母さん。今の俺はもう大人だから」
「そうなの? 親としては寂しいわねえ……」
そう言いながらため息をついた。
「はい。この話はこれでおしまい。さっさと片づけるんだろ? まさか徹夜で作業しろって話じゃないだろうね?」
「そんなことないわよ。でも、晩ご飯は食べていきなさいな。その時間にはお父さんも帰ってくるし。そうだ、お寿司でも出前で頼みましょうか? 羽織屋さんもどう? 直帰なら問題ないわよね?」
「お寿司につられました!」
「良かったわ、つられてくれて。だったら決まりね」
やれやれ。首を横にふりながら、作業を続けた。
+++
「今日はごちそうさまでした! それと、遅くまでお邪魔しました」
「いいえ。こちらこそ、お手伝いをありがとう。あとは私達だけでなんとかなりそうよ」
「もし手が必要になったら、遠慮なく連絡をください」
玄関で靴をはくと、羽織屋さんが頭をさげる。あの後、暗くなるまで作業を続け、八割がた片づいた。その後、父親から帰宅を知らせる電話が入り、母親が出前をとった。父は俺達が来ていると知り、なぜかケーキを買ってきた。
―― まったく、羽織屋さんは孫なみの特別待遇だな ――
本の編集担当をしてくれた人だけで、ここまで気に入るとは思えない。多分、俺を抜きにしても、両親と羽織屋さんの交流は続くだろう。
「じゃあ、彰、羽織屋さんをお願いね」
「了解」
羽織屋さんの自宅の最寄り駅を聞くと、自分が戻るルートの途中だった。
「では失礼します!」
「じゃあね」
俺は羽織屋さんと連れ立って実家を出た。
「あの、送っていただくのはすごくありがたいんですが、門限は大丈夫なんですか? 自衛官さんには門限があるって聞いたことありますけど」
「ああ、あれは営内に住んでいる、独身の若い連中のことですよ。自分は駐屯地の外に住んでいますから、門限はありません。明日、遅刻しない限りは問題なしです」
「なるほど。消灯時間もあるって聞いたことあるんですけど、それも本当ですか?」
「営内ではありますよ。一般の人からするとかなり早い時間ですが」
その時間を教えると目を丸くする。
「そんな早い時間に寝られるんですか?」
「訓練がきついですし、朝も早いですからね。寝ることも仕事のうちなので」
「はー……自衛官さんて、思っているよりずっと大変そう」
「慣れましたけど、慣れるまでは大変だと思いますよ」
自分はすっかりその生活が普通になってしまったが。
「羽織屋さんの仕事はどうなんですか? なにか普通の企業とはここが違うってことはないんですか?」
「そうですねえ。出版社ということもあって、普通の企業より文章と向き合う時間が長いですね」
「好きな作家さんの近くで仕事ができるって楽しそうですね」
俺のその言葉に首をかしげた。
「どうでしょう? 好きな作家さんだと、原稿を読む時に校正や編集の判断が甘くなりがちなので、そこは善し悪しかな。ほら、ネタバレ厳禁で楽しみにしている部分もありますし」
「なるほどね」
うなづきつつ、周囲に気を配る。ここは閑静な住宅地だが、だからといって安心はできない。最近はこういう場所でも、さまざまな犯罪が起きがちだ。個人的には、暗くなってからの女性の一人歩きはよろしくないと思う。
「あの、なにかあやしい人でも?」
俺の視線に気がついたのか、不安げな顔で見あげてくる。
「いえ、特には。両親に羽織屋さんのことを任されましたから、ちゃんと警戒をおこたらないようにと思いまして」
「すみません、わざわざ」
「どうせ帰る途中なので、お気になさらず」
意識してニッコリしてみせると、羽織屋さんも安心したように笑みを浮かべた。
「今時の子達のタイプって、羽織屋さんが言うみたいな人なの?」
「どうなんでしょう? 私自身が、ベタベタされるのが苦手なので。もしかしたら、少数意見かも」
「どうなの、彰?」
ほら見ろ、俺に話が向けられたじゃないか。
「どうなのって、なにが?」
「男の子は相手の女の子にベタベタしたいものなの?」
「それこそ人によるとしか言いようがないな」
「あなたは?」
「俺?」
答えに困った。正直に言えば、ベタベタなんてしたいとは思わない。だがそこでそう答えると、母親のことだ「あら、二人はピッタリね」と言いかねない。じゃあベタベタしたいと答えるべきなのか? だがそれだと、俺が寂しがり屋の気持ち悪い男認定されるじゃないか。それはそれで勘弁してほしい。
「どうなのよ」
「クネクネされたくない俺が、相手にベタベタしたいとでも?」
「なるほど。寂しがり屋さんだからって、ベタベタしたいわけじゃないんですね」
羽織屋さんが意外な答えですねとつぶやいた。
「羽織屋さん、それ、忘れてくれませんかね。別に特に寂しいのがダメってわけではないので」
「そうなんですか?」
「はい」
「あら、寂しがり屋さんじゃないの」
母親が口をはさんでくる。
「それは小さいころの話でしょ、母さん。今の俺はもう大人だから」
「そうなの? 親としては寂しいわねえ……」
そう言いながらため息をついた。
「はい。この話はこれでおしまい。さっさと片づけるんだろ? まさか徹夜で作業しろって話じゃないだろうね?」
「そんなことないわよ。でも、晩ご飯は食べていきなさいな。その時間にはお父さんも帰ってくるし。そうだ、お寿司でも出前で頼みましょうか? 羽織屋さんもどう? 直帰なら問題ないわよね?」
「お寿司につられました!」
「良かったわ、つられてくれて。だったら決まりね」
やれやれ。首を横にふりながら、作業を続けた。
+++
「今日はごちそうさまでした! それと、遅くまでお邪魔しました」
「いいえ。こちらこそ、お手伝いをありがとう。あとは私達だけでなんとかなりそうよ」
「もし手が必要になったら、遠慮なく連絡をください」
玄関で靴をはくと、羽織屋さんが頭をさげる。あの後、暗くなるまで作業を続け、八割がた片づいた。その後、父親から帰宅を知らせる電話が入り、母親が出前をとった。父は俺達が来ていると知り、なぜかケーキを買ってきた。
―― まったく、羽織屋さんは孫なみの特別待遇だな ――
本の編集担当をしてくれた人だけで、ここまで気に入るとは思えない。多分、俺を抜きにしても、両親と羽織屋さんの交流は続くだろう。
「じゃあ、彰、羽織屋さんをお願いね」
「了解」
羽織屋さんの自宅の最寄り駅を聞くと、自分が戻るルートの途中だった。
「では失礼します!」
「じゃあね」
俺は羽織屋さんと連れ立って実家を出た。
「あの、送っていただくのはすごくありがたいんですが、門限は大丈夫なんですか? 自衛官さんには門限があるって聞いたことありますけど」
「ああ、あれは営内に住んでいる、独身の若い連中のことですよ。自分は駐屯地の外に住んでいますから、門限はありません。明日、遅刻しない限りは問題なしです」
「なるほど。消灯時間もあるって聞いたことあるんですけど、それも本当ですか?」
「営内ではありますよ。一般の人からするとかなり早い時間ですが」
その時間を教えると目を丸くする。
「そんな早い時間に寝られるんですか?」
「訓練がきついですし、朝も早いですからね。寝ることも仕事のうちなので」
「はー……自衛官さんて、思っているよりずっと大変そう」
「慣れましたけど、慣れるまでは大変だと思いますよ」
自分はすっかりその生活が普通になってしまったが。
「羽織屋さんの仕事はどうなんですか? なにか普通の企業とはここが違うってことはないんですか?」
「そうですねえ。出版社ということもあって、普通の企業より文章と向き合う時間が長いですね」
「好きな作家さんの近くで仕事ができるって楽しそうですね」
俺のその言葉に首をかしげた。
「どうでしょう? 好きな作家さんだと、原稿を読む時に校正や編集の判断が甘くなりがちなので、そこは善し悪しかな。ほら、ネタバレ厳禁で楽しみにしている部分もありますし」
「なるほどね」
うなづきつつ、周囲に気を配る。ここは閑静な住宅地だが、だからといって安心はできない。最近はこういう場所でも、さまざまな犯罪が起きがちだ。個人的には、暗くなってからの女性の一人歩きはよろしくないと思う。
「あの、なにかあやしい人でも?」
俺の視線に気がついたのか、不安げな顔で見あげてくる。
「いえ、特には。両親に羽織屋さんのことを任されましたから、ちゃんと警戒をおこたらないようにと思いまして」
「すみません、わざわざ」
「どうせ帰る途中なので、お気になさらず」
意識してニッコリしてみせると、羽織屋さんも安心したように笑みを浮かべた。
1
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる