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キュウリ男と編集さん
キュウリ男と編集さん 5
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「……母さん」
「なにかしら」
「はかったね?」
「なんのこと?」
俺が実家に戻った時、母親はリビングに荷物を置くスペースを作っている最中だった。箱に入ってくるのだから、そんなにスペースは必要ないと言ったのだが、なんでも本に透明のブックカバーをつけ、袋に入れる作業をするために必要なのだとか。そしてそのスペース作りを手伝わされている途中で、なぜか羽織屋さんがやってきたのだ。
「お邪魔します! あ、こんにちは!」
俺に挨拶をすると自分の荷物を部屋の隅に置き、手伝いますよとこっちにやってきた。
「本の準備に思ったより時間がかかりそうでね。人の手が少しでもたくさんあったほうが助かるの。その話をしたら、羽織屋さんも手伝ってくれるって申し出てくれたのよ」
「なんでそれを俺に言わないかなあ」
「あ、お気づかいなく! こういうのは作業は、慣れた人間がするのが一番なんですよ! 今日は外勤で直帰にしてあるので、時間的にも問題ありませんから!」
こっちの話を半分しか聞いていないせいか、呑気なものだ。
「だって、羽織屋さんが手伝ってくれるって決まったの、三日前なんだもの。彰、その日は仕事だったでしょ?」
「三日の間のどこかで連絡できるよね?」
「お父さんが久し振りに出社したでしょ? いそがしくて忘れてたのよ。羽織屋さん悪いんだけど、ソファを動かすの手伝ってくれる?」
「わかりましたー」
部屋に押しやられたテーブルに荷物を乗せていた羽織屋さんがこっちにやってきた。
「あ、すみません、そこ、おさえててください」
ソファの下のカーペットをさす。俺がそこをおさえると、二人でソファを押していった。
「場所、このぐらいあれば問題ないかしらね」
「そうですね。これぐらいあれば、三人がかりでもじゅうぶんだと思います」
俺も頭数に入れられているらしい。
「あ、そうだ。会社を出る時にニュースを見ましたよ。小此木さん、いよいよ辞職されるんですね」
ため息をついている俺に気づかないまま、羽織屋さんは母親に話しかけた。いよいよ今日、父親が頭取の座をおりる。本人は早く清々したかったらしいが、本人の思い通りにはいかないのが会社というものだ。
「ここしばらくは、役員会議やらなにやらで大変だったそうよ。今日も退任発表だけで会社を辞めたわけじゃないの。だから遅くまで仕事なんですって」
「退院してまだそんなに経ってないのに。大丈夫なんですか?」
「安達さんが一緒だから大丈夫よ、多分ね」
二人が俺のことなんてそっちのけでおしゃべりを始めてしまったので、ため息をつきつつ、キッチンにお茶をいれにいった。
「俺、これでも客なんだけどな……まあ羽織屋さんのほうがもっと客だけど」
ヤカンに水を入れガスにかける。そして茶葉の入った茶筒と、急須と湯呑みを食器棚から出した。盆はどこだと探していると、母親がやってくる。
「ごめんなさいね。私がやるから、彰はあっちで羽織屋さんの相手でもしてなさい」
「またそういう無茶なことを言う」
あなたの狙いはお見通しですよとため息をつく。だが母親のほうが一枚も二枚も上手だった。
「ならここで、私のかわりにお茶の用意をしてくれる? お茶菓子は冷蔵庫に入れてあるから、そこから出してお皿に入れてちょうだい。それから、あら、この湯呑みはダメよ。用意したお茶菓子には合わないから。お盆はそっの引き出しにあるから、ちゃんと選んでね」
「……お茶菓子と湯呑みと盆の組み合わせなんて、どれでも同じだろ?」
湯呑み茶たくの組み合わせはあるだろうが、茶菓子との組み合わせなんて聞いたことがない。しかも盆まで?
「もう男ってのは。私がやるから、あなたはあっち行ってなさい。羽織屋さーん、彰のこと頼むわねー? 本が届くまで、なにかさせておいて」
「わかりましたー!」
「ほら、わかりましたって言ってるから、いきなさい」
そう言われ、キッチンを追い出された。俺がリビングにいくと、羽織屋さんは荷物を片づけて、本に透明カバーをかけていた。
「本はまだ届いていませんよね?」
「はい。ああ、これは印刷工場から届いたものなんですよ。先に見ていただこうと思って、持ってきたんです。それとカバーのサイズの確認もしたかったですし。よし、ピッタリですね!」
そしてカバーをかけた本を、透明袋に入れる。封をして上から手でおさえると、中にたまっていた空気がゆっくりと抜けていった。
「最近の袋には小さな穴があいていて、封をしても空気が抜けやすくなってるんですよ。だからこうやって押さえれば、ピッタリとおさまるんです。で、これを、これだけ作ります」
そう言って、母親の手書きのリストを俺の前に置いた。
「けっこうありますね」
「そりゃあ、届く本の冊数を考えればね」
どうりで手がいるはずだ。
「ところで、それは何ですか?」
羽織屋さんの横に置いてある、大きなスケッチブックのようなものに気がついた。
「あ、これですか? お孫さん達用のスクラップブックです。ほら、表紙のデザインが回顧録と同じなんですよ」
本とスクラップブックを並べると、大きさの違いはあれ、表紙のデザインはまったく同じだった。
「なにかしら」
「はかったね?」
「なんのこと?」
俺が実家に戻った時、母親はリビングに荷物を置くスペースを作っている最中だった。箱に入ってくるのだから、そんなにスペースは必要ないと言ったのだが、なんでも本に透明のブックカバーをつけ、袋に入れる作業をするために必要なのだとか。そしてそのスペース作りを手伝わされている途中で、なぜか羽織屋さんがやってきたのだ。
「お邪魔します! あ、こんにちは!」
俺に挨拶をすると自分の荷物を部屋の隅に置き、手伝いますよとこっちにやってきた。
「本の準備に思ったより時間がかかりそうでね。人の手が少しでもたくさんあったほうが助かるの。その話をしたら、羽織屋さんも手伝ってくれるって申し出てくれたのよ」
「なんでそれを俺に言わないかなあ」
「あ、お気づかいなく! こういうのは作業は、慣れた人間がするのが一番なんですよ! 今日は外勤で直帰にしてあるので、時間的にも問題ありませんから!」
こっちの話を半分しか聞いていないせいか、呑気なものだ。
「だって、羽織屋さんが手伝ってくれるって決まったの、三日前なんだもの。彰、その日は仕事だったでしょ?」
「三日の間のどこかで連絡できるよね?」
「お父さんが久し振りに出社したでしょ? いそがしくて忘れてたのよ。羽織屋さん悪いんだけど、ソファを動かすの手伝ってくれる?」
「わかりましたー」
部屋に押しやられたテーブルに荷物を乗せていた羽織屋さんがこっちにやってきた。
「あ、すみません、そこ、おさえててください」
ソファの下のカーペットをさす。俺がそこをおさえると、二人でソファを押していった。
「場所、このぐらいあれば問題ないかしらね」
「そうですね。これぐらいあれば、三人がかりでもじゅうぶんだと思います」
俺も頭数に入れられているらしい。
「あ、そうだ。会社を出る時にニュースを見ましたよ。小此木さん、いよいよ辞職されるんですね」
ため息をついている俺に気づかないまま、羽織屋さんは母親に話しかけた。いよいよ今日、父親が頭取の座をおりる。本人は早く清々したかったらしいが、本人の思い通りにはいかないのが会社というものだ。
「ここしばらくは、役員会議やらなにやらで大変だったそうよ。今日も退任発表だけで会社を辞めたわけじゃないの。だから遅くまで仕事なんですって」
「退院してまだそんなに経ってないのに。大丈夫なんですか?」
「安達さんが一緒だから大丈夫よ、多分ね」
二人が俺のことなんてそっちのけでおしゃべりを始めてしまったので、ため息をつきつつ、キッチンにお茶をいれにいった。
「俺、これでも客なんだけどな……まあ羽織屋さんのほうがもっと客だけど」
ヤカンに水を入れガスにかける。そして茶葉の入った茶筒と、急須と湯呑みを食器棚から出した。盆はどこだと探していると、母親がやってくる。
「ごめんなさいね。私がやるから、彰はあっちで羽織屋さんの相手でもしてなさい」
「またそういう無茶なことを言う」
あなたの狙いはお見通しですよとため息をつく。だが母親のほうが一枚も二枚も上手だった。
「ならここで、私のかわりにお茶の用意をしてくれる? お茶菓子は冷蔵庫に入れてあるから、そこから出してお皿に入れてちょうだい。それから、あら、この湯呑みはダメよ。用意したお茶菓子には合わないから。お盆はそっの引き出しにあるから、ちゃんと選んでね」
「……お茶菓子と湯呑みと盆の組み合わせなんて、どれでも同じだろ?」
湯呑み茶たくの組み合わせはあるだろうが、茶菓子との組み合わせなんて聞いたことがない。しかも盆まで?
「もう男ってのは。私がやるから、あなたはあっち行ってなさい。羽織屋さーん、彰のこと頼むわねー? 本が届くまで、なにかさせておいて」
「わかりましたー!」
「ほら、わかりましたって言ってるから、いきなさい」
そう言われ、キッチンを追い出された。俺がリビングにいくと、羽織屋さんは荷物を片づけて、本に透明カバーをかけていた。
「本はまだ届いていませんよね?」
「はい。ああ、これは印刷工場から届いたものなんですよ。先に見ていただこうと思って、持ってきたんです。それとカバーのサイズの確認もしたかったですし。よし、ピッタリですね!」
そしてカバーをかけた本を、透明袋に入れる。封をして上から手でおさえると、中にたまっていた空気がゆっくりと抜けていった。
「最近の袋には小さな穴があいていて、封をしても空気が抜けやすくなってるんですよ。だからこうやって押さえれば、ピッタリとおさまるんです。で、これを、これだけ作ります」
そう言って、母親の手書きのリストを俺の前に置いた。
「けっこうありますね」
「そりゃあ、届く本の冊数を考えればね」
どうりで手がいるはずだ。
「ところで、それは何ですか?」
羽織屋さんの横に置いてある、大きなスケッチブックのようなものに気がついた。
「あ、これですか? お孫さん達用のスクラップブックです。ほら、表紙のデザインが回顧録と同じなんですよ」
本とスクラップブックを並べると、大きさの違いはあれ、表紙のデザインはまったく同じだった。
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