頭取さん、さいごの物語~新米編集者・羽織屋、回顧録の担当を任されました

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
30 / 39
キュウリ男と編集さん

キュウリ男と編集さん 5

しおりを挟む
「……母さん」
「なにかしら」
「はかったね?」
「なんのこと?」

 俺が実家に戻った時、母親はリビングに荷物を置くスペースを作っている最中だった。箱に入ってくるのだから、そんなにスペースは必要ないと言ったのだが、なんでも本に透明のブックカバーをつけ、袋に入れる作業をするために必要なのだとか。そしてそのスペース作りを手伝わされている途中で、なぜか羽織屋はおりやさんがやってきたのだ。

「お邪魔します! あ、こんにちは!」

 俺に挨拶をすると自分の荷物を部屋の隅に置き、手伝いますよとこっちにやってきた。

「本の準備に思ったより時間がかかりそうでね。人の手が少しでもたくさんあったほうが助かるの。その話をしたら、羽織屋さんも手伝ってくれるって申し出てくれたのよ」
「なんでそれを俺に言わないかなあ」
「あ、お気づかいなく! こういうのは作業は、慣れた人間がするのが一番なんですよ! 今日は外勤で直帰にしてあるので、時間的にも問題ありませんから!」

 こっちの話を半分しか聞いていないせいか、呑気なものだ。

「だって、羽織屋さんが手伝ってくれるって決まったの、三日前なんだもの。あきら、その日は仕事だったでしょ?」
「三日の間のどこかで連絡できるよね?」
「お父さんが久し振りに出社したでしょ? いそがしくて忘れてたのよ。羽織屋さん悪いんだけど、ソファを動かすの手伝ってくれる?」
「わかりましたー」

 部屋に押しやられたテーブルに荷物を乗せていた羽織屋さんがこっちにやってきた。

「あ、すみません、そこ、おさえててください」

 ソファの下のカーペットをさす。俺がそこをおさえると、二人でソファを押していった。

「場所、このぐらいあれば問題ないかしらね」
「そうですね。これぐらいあれば、三人がかりでもじゅうぶんだと思います」

 俺も頭数に入れられているらしい。

「あ、そうだ。会社を出る時にニュースを見ましたよ。小此木おこのぎさん、いよいよ辞職されるんですね」

 ため息をついている俺に気づかないまま、羽織屋さんは母親に話しかけた。いよいよ今日、父親が頭取の座をおりる。本人は早く清々したかったらしいが、本人の思い通りにはいかないのが会社というものだ。

「ここしばらくは、役員会議やらなにやらで大変だったそうよ。今日も退任発表だけで会社を辞めたわけじゃないの。だから遅くまで仕事なんですって」
「退院してまだそんなに経ってないのに。大丈夫なんですか?」
安達あだちさんが一緒だから大丈夫よ、多分ね」

 二人が俺のことなんてそっちのけでおしゃべりを始めてしまったので、ため息をつきつつ、キッチンにお茶をいれにいった。

「俺、これでも客なんだけどな……まあ羽織屋さんのほうがもっと客だけど」

 ヤカンに水を入れガスにかける。そして茶葉の入った茶筒と、急須と湯呑みを食器棚から出した。盆はどこだと探していると、母親がやってくる。

「ごめんなさいね。私がやるから、彰はあっちで羽織屋さんの相手でもしてなさい」
「またそういう無茶なことを言う」

 あなたの狙いはお見通しですよとため息をつく。だが母親のほうが一枚も二枚も上手うわてだった。

「ならここで、私のかわりにお茶の用意をしてくれる? お茶菓子は冷蔵庫に入れてあるから、そこから出してお皿に入れてちょうだい。それから、あら、この湯呑みはダメよ。用意したお茶菓子には合わないから。お盆はそっの引き出しにあるから、ちゃんと選んでね」
「……お茶菓子と湯呑みと盆の組み合わせなんて、どれでも同じだろ?」

 湯呑み茶たくの組み合わせはあるだろうが、茶菓子との組み合わせなんて聞いたことがない。しかも盆まで?

「もう男ってのは。私がやるから、あなたはあっち行ってなさい。羽織屋さーん、彰のこと頼むわねー? 本が届くまで、なにかさせておいて」
「わかりましたー!」
「ほら、わかりましたって言ってるから、いきなさい」

 そう言われ、キッチンを追い出された。俺がリビングにいくと、羽織屋さんは荷物を片づけて、本に透明カバーをかけていた。

「本はまだ届いていませんよね?」
「はい。ああ、これは印刷工場から届いたものなんですよ。先に見ていただこうと思って、持ってきたんです。それとカバーのサイズの確認もしたかったですし。よし、ピッタリですね!」

 そしてカバーをかけた本を、透明袋に入れる。封をして上から手でおさえると、中にたまっていた空気がゆっくりと抜けていった。

「最近の袋には小さな穴があいていて、封をしても空気が抜けやすくなってるんですよ。だからこうやって押さえれば、ピッタリとおさまるんです。で、これを、これだけ作ります」

 そう言って、母親の手書きのリストを俺の前に置いた。

「けっこうありますね」
「そりゃあ、届く本の冊数を考えればね」

 どうりで手がいるはずだ。

「ところで、それは何ですか?」

 羽織屋さんの横に置いてある、大きなスケッチブックのようなものに気がついた。

「あ、これですか? お孫さん達用のスクラップブックです。ほら、表紙のデザインが回顧録と同じなんですよ」

 本とスクラップブックを並べると、大きさの違いはあれ、表紙のデザインはまったく同じだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

とある女房たちの物語

ariya
ライト文芸
時は平安時代。 留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。 宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。 ------------------ 平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。 ------------------ 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

処理中です...