頭取さん、さいごの物語~新米編集者・羽織屋、回顧録の担当を任されました

鏡野ゆう

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キュウリ男と編集さん

キュウリ男と編集さん 2

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「まーた持ってきたのか」

 俺の前に座った椹木さわらぎがあきれた声をあげた。その視線は、俺のランチボックスに向けられている。

「心配するな。ちゃんとおかずはもらってきた」
「別に心配なんてしてないけどな」

 あの日はさすがに途中で空腹を覚えたので、駐屯地内にあるコンビニでおにぎりを二つほど買い、こっそり食べたのだ。それもあり、次の日からはおかずだけもらい、こうやって食べている。

「お前も食べるか?」
「待て! 俺のラーメンの上に乗せるな! 楽しみにしていた味噌ラーメンなんだぞ!」

 椹木がラーメンをかばった。しかたがないので、その横にある野菜の煮つけの上に積んでやる。

「お前なあ」
「トレーに直には置けないだろ」
「置かない選択肢はないのか」
「ない」
「ないのか」

 もんくを言いつつも、椹木はキュウリサンドイッチを食べている。うまいのは認めているらしい。

「しかし大の陸自男が、毎日キュウリサンドを持ってくんなって話だよ。そりゃ、うまいけどな?」
「使わなかったら、買ったキュウリが痛むだろ」
「お前、どんだけ買ったんだよ、キュウリ」
「コンビニで見つけたキュウリなんだ。無農薬で栽培されていて、普通のキュウリより味が濃い。そのままでも十分にうまくてな」

 あれから同じチェーンのコンビニに寄ってみたところ、同じ農家から仕入れている店舗を近くで見つけたのだ。思わず買い占めてしまったのだが、やはりうまかったので後悔はしていない。

「お前、キュウリに未練を残して死んだ人間の生まれ変わりじゃね?」
「虫から人間に昇格か。それは良かった」
「もう少し否定するとかしろよ」
「否定する要素がない」
「ないのかよ」

 椹木は二口ふたくちでキュウリサンドを片づけると、味噌ラーメンにとりかかった。

「そのキュウリサンドがうまいのは認めるが、一緒に何かはさむ選択肢はないのか?」
「それだとキュウリが脇役になるだろ」
「脇役で良いじゃないか。相手はキュウリだぞ? ハムやコンビーフと一緒じゃダメなのか?」

 そう言われ、サンドイッチを見おろす。この味つけをしたキュウリに合う具材は存在するのか?

「おい、マジな顔して悩むな」
「クリームチーズ」
「は?」

 椹木は間の抜けな顔をこっちに向ける。

「一緒にはさむとしたら、クリームチーズが良いかもな。普通のチーズでは合わないと思う」
「……悪かったよ。もう何か一緒にはさめとか言わねーよ。お前のキュウリ好きをなめてたわ」

 そう言って、大きなため息をついた。そして黙ってラーメンをすすり始める。

「ところで、わざわざ俺の前に座ったのは、なにか用があったからじゃないのか? キュウリサンドにもんくを言いたかったわけじゃないんだろ?」
「ああ、そうそう。キュウリのせいですっかり頭から抜け落ちてた。お前、明日は休みだよな。今夜うちの先輩が、合コンをセッティングしてくれているらしくてさ。空きがもう一人分あるから、小此木おこのぎを誘ってやったらどうだって」

 仕事柄なかなか出会いがない後輩達を心配してか、既婚者の先輩がこの手の飲み会の企画を頻繁ひんぱんに立ててくれる。特に出会いを欲しているわけではなかったが、角を立てずに断る口実を考えるのが面倒なので、声をかけられたら参加するようにしていた。

「お前、けっこう女子受けしてるんだぞ? なんで相手が決まらないのか、俺にはまったく理解できないが」
「俺にその気がないからだろうな」
「どんだけ理想が高いんだよ。先輩がセッティングしてくれる合コンに来る女子、可愛い子ばっかりじゃないか」

 可愛い子が多いのは否定しない。それなりに好みの子がいたこともある。だが肝心の俺の気持ちが、その気にならないのだ。

「連絡先の交換とかしてないのか?」
「してない。今のところ、特に困ってないからな」

 俺の答えに椹木は眉をひそめる。

「特定の相手がいるわけじゃないよな?」
「いないぞ」
「まさか風俗で満足とか言わないよな?」
「風俗になんて行ってない。そもそも今の俺達に、行ってるヒマなんてあるのか?」

 なんてことを言い出すのやら。

「キュウリ好きの仙人みたいなやつだな、お前」
「そこにキュウリは関係ないだろ。とにかく、今夜は先約がある。実家に顔を出す予定なんだ。ちょっと顔を出せと呼ばれていてな」
「そうなのか。だったらまた今度付き合えよな」
「先輩にも申し訳ないと言っておいてくれ」
「了解した」

 実際に顔を出すのは実家ではなく、父親の入院先だ。メールによると、書いている本のゲラ刷りというものができあがったらしい。父親いわく、お前のことも書いてあるのだから、その部分だけでもチェックをしなさいということだった。

 もちろん官舎に戻り、着替えてから行く予定だ。

「あ、まさかお前、合コンでキュウリについて熱く語ってないよな?!」
「んなわけあるか」

 いったい俺をなんだと思っているんだ、こいつは。
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