帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
79 / 80
第六部 猫神様も国際交流

第七十九話 警備犬も国際交流?

しおりを挟む
 十時ごろになると、見学にやってくる人の数が増えてきた。だが甲板にいる猫神達はまったく気にしていないようで、あいかわらずゴロゴロしている。みむろには乗り込んでこないことはわかっているし、ほとんどの人には自分達の姿が見えないのだから当然と言えば当然だ。

―― 猫神はともかく、お世話係はうっかりすると、心霊写真みたいに写りそうだよな ――

 カメラをみむろに向けている来訪者を見ながら、そんなことを考えた。しかし今日は平日だというのに、マニアさん達はどうやって、ここに来る時間をやりくりしているのだろう。全員が全員、自営業というわけでもないだろうし、まったくもって不思議だ。

「ま、誰も来ないよりは良いけど」

 寄港した先で一般公開をしたのに誰も来なかったなんて、かなり悲しいと思う。あっちの乗員がどう思っているかはわからないが、少なくとも俺はそう感じる。準備に面倒なことはあっても、一般の人達が見学に来てくれるのはそれなりに嬉しいことだ。

「先輩、見学している人と乗員て、言葉通じませんよね?」

 下をながめながら、運航日誌を書いていた紀野きの三曹に声をかけた。

「まあそうだな。あっちにコアな日本マニアでもいない限り、お互いの意思の疎通は難しいと思う。こっちにも、あっちの言葉がペラペラな見学者がいるとは思えないしな」
「ですよねー」

 あっちの舷門げんもんに立っている乗員は、見学者が乗り込んでくるのを何とも言えない表情で見ている。

―― 日本人はおとなしいとわかっていても、言葉が通じないのは不安だよな ――

 それを考えると、俺達はともかく米軍のフレンドリーさは尋常じゃないよなと感じる。そんなことを考えて浮かんだのは、ハワイで法被はっぴ姿で俺達を見送ってくれたミムロ軍曹のチームだ。

―― ま、あの人達はもともと、ああいう気質なのかもしれないけどさ ――

 引き続き艦橋から外を見ていると、警備犬をつれた陸警隊の隊員の姿が見えた。

「お、ゴロー二曹と壬生みぶ海曹じゃないか?」

 普段は昼間に姿を見かけることは少ないが、今日は一般人が来るからということでのパトロールなんだろう。ゴローは、昨日の夜に猫神達が宴会をしていた場所に来ると、立ち止まってしきりに地面のにおいを嗅ぎまわる。

―― あ、やっぱりわかるのか。ま、昨晩のことだし、生きた野良猫のにおいも残ってるだろうからな ――

 その場を念入りに確認をして、壬生海曹を見上げるとワンッと吠えた。どうやらゴローは、異常なしと判断したようだ。

「お、あそこにいるのは、お前の上官様の警備犬じゃないか。挨拶してきたらどうだ?」
「俺の上官て。ちなみにゴローは二曹なので、先輩より偉いんですが」
「言い方を改める。お前の上官様の警備犬様じゃないか」
「改めるのはそこかーい」

 思わずツッコミを入れた。ゴローが近づくにつれ、気づいた猫神達がゴローのほうに顔を向けたり耳を向けたりしている。ゴローもただ事ではない空気を感じたのか立ち止まり、耳をぴんと立てみむろの様子をうかがいはじめた。

―― おいおい、また大騒ぎして壬生海曹を困らせるなよ、ゴロー ――

 心配になって甲板の横に出た。だが、それが間違いだったようだ。ゴローは俺のにおいに気がついたらしく、こっちを見上げてシッポをぶんぶん振り回しはじめた。

「あちゃー、まったく、犬の嗅覚きゅうかくって一体どうなってるんだよ。俺、風呂に入ったし作業着は洗濯してあるし、におってないよな?」

 腕や作業着を鼻に押し当てて確認する。洗剤以外のにおいはしていないはずだ。俺の後ろから、紀野先輩が顔を出した。

「お? お前の上官殿の警備犬様が、お前のこと呼んでるんじゃね? おりてきたらどうだ? しばらくの間なら、見なかったふりをしてやるぞ?」
「なに言ってるんすか。俺は今、勤務中です」

 そう言って、双眼鏡をのぞきながら先輩のほうに顔を向けた。

「お~真面目まじめか」
「あのですね、停泊中でもレーダー回してるんだし、それなりに緊張感もちませんか?」
「やっぱり真面目まじめか」

「おい、波多野はたの。下にお前の上官様が来てるぞ。ご機嫌うかがいに行かなくても良いのか?」

 そんなことを言いながら、山部やまべ一尉が艦橋にあがってくる。

「航海長まで!」
「聞いてください航海長。波多野のやつ、ゴロー号の階級は俺より上だから、警備犬様と呼べと言うんですよ」
「いや、それ、先輩が言い出したことでしょ! 俺はなにも言ってないし!」
「警備犬様か。犬公方いぬくぼうも真っ青だな。あ、ちなみに犬公方いぬくぼうっていうのはだな、徳川五代将軍の……」

 話が横道にそれすぎだ。

「そのぐらいなら俺も知ってますから、わざわざの解説はけっこうです」
「なんだ、つまらん」
「つまらんて」

 腕時計を見る。間違いなく今はまだ就業時間中だ。

「じゃあしかたないな。波多野海士長、桟橋さんばし付近に異常はなかったか、警備犬をつれた隊員に確認をとってこい。ただしタラップからはおりるなよ? おりたら遊び相手認定されるからな、お前は」
「無線という文明の利器りきがあるでしょ、うちにも」
「は? なんだって? 俺は一尉で航海長だ。お前は?」
「……了解しました、確認をとってきます」

 これってパワハラじゃ?とぶつぶつと言いながら、艦橋に戻って階段のほうに向かう。

「なんだ、階段はイヤなのか? だったら艦橋の横からラペリングで降りても良いぞ? ここにロープはないけどな」

 一尉が意地の悪い笑みを浮かべた。

「やっぱりそれパワハラだ~~艦長に言いつけてやる~~」
「まったく、この優しさが理解できんとは、お前の情緒はどうなんってるんだ?」

 階段をおりる俺の耳にそんな言葉が聞こえてくる。何を失礼な。俺の情緒は正常だぞ!? ブツブツ言いながら階段を降り、舷門げんもんから外に出た。そこに立っていた先輩が、ニヤッと笑って指をさす。

「お待ちかねだぞ、二曹殿が」
「まったくもー、俺は犬猫の遊び相手じゃないっつーの!」

 若干ぷりぷりしながらタラップを渡る。階段手前で立ち止まりそこにしゃがんだ。

「おはようございます、壬生海曹」
「おはようございます、波多野海士長」

 壬生海曹が俺のことを堅苦しく階級付で呼んだのは、周囲に一般の人達がいるからだ。人間はそのへんの空気を読むが、犬の場合はかなりあやしい。ゴローのシッポは、振り回しすぎて今にもちぎれそうだ。

「航海長から、警備状況の確認をとってこいと言われましたので」
「今のところ異常はありません。普段の平日より人が多いのはしかたないですね。珍しいふねの一般公開があるとなれば、こういうのが好きな人は、仕事を休んででも見学したいでしょうし」

 壬生海曹が報告している間も、ゴローはぐいぐいと近寄ってきてタラップの階段に前足をかけた。

「パトロール任務ご苦労様です、ゴロー二曹。今日も、元気なシッポっすね」

 激しく振られるシッポを見て笑ってしまう。まあ頭をなでるぐらいは良いだろうと、こっちに身を乗り出しているゴローの頭をなでてやる。

「そう言えば、昨日は野良猫が集まっていたって本当ですか? 先輩から聞いたんですけど」
「そうなんですよ。さっき、ゴローがにおいを嗅いでた場所に集まってました。俺も猫会議ってやつ、初めて見ましたよ」
「そうなんですね。いいなあ、私も見たかったです」

 その会議に参加した猫の半数以上は、まだみむろの艦首にいるんだけどな。俺に撫でられてご機嫌だったゴローが、急に耳をピンッと立てて振り返った。視線はお客人のふねに向けられている。そしてその先に、モフモフとしたシッポが現われ、あっちの猫神が姿を現わした。

―― あいかわらずデケー ――

 ゴローがワンッと吠える。だがその声に驚いたのは人間だけで、猫神のほうはニャーンと一声鳴くと、すました顔をして艦首へと向かった。そして艦首の先で立ち止まり、大きなあくびをすると寝そべる。

―― 体もでかいけど、相変わらず態度もでかいな ――

「ゴロー、急に吠えてどうしたの。何もないのに吠えたらダメだよ?」

 壬生海曹がゴローに注意をする。おそらくゴローはあの猫神に向かって吠えたんだろうが、見えてない人からすると、何もないところに向けて吠えたとしか思えないもんな。

「虫でも飛んでたんじゃないですかね。たまに大きなカガンボみたいなのが飛んでるの見ますし」
「それでもですよ。あっちこっちで吠えてたら、肝心な時に私が気づけなかったら困りますから。無駄吠えをしないように、いつも訓練してるんですけどね」
「なるほど~~。ゴロー二曹、あっちに向かって吠えるのはダメだってさ。怪しいヤツを見かけ時にこそ、しっかり吠えないとな」

 わしわしとゴローの頭をなでる。

「俺は今のが無駄吠えじゃなかったことを知ってるけど、それはお前のハンドラーには内緒だからな?」

 耳元で壬生海曹に聞こえないよう、素早くささやいた。ゴローは俺が言ったことを理解したらしく、誇らしげな顔をしてベロンと俺の鼻をなめた。

「おいおい、ゴロー二曹、それはダメだ、仕事中にやることじゃないぞ?」

 笑いながらたしなめる。

「これ以上俺と一緒にいたら、ゴローはパトロール中だってこと忘れちゃうな。壬生海曹、報告たしかに受けました。以後もパトロール、よろしくお願いします」
「心得ました。さ、ゴロー、お仕事に戻るよ。では!」

 お互いに敬礼をし、壬生海曹はゴローをつれて桟橋を歩いていき、俺は艦内に戻って階段を上がった。

「異常なしだそうです~~。ただしゴロー二曹はあっちのふねに向かって吠えました。ま、ゴローなりに挨拶をしたのかもしれませんけど」

 誰にとは言わないが。

「ご苦労さん」

 双眼鏡を手にすると一尉の横に立つ。

「しっかしあっちの猫神、めちゃくちゃ態度でかくて笑えますよ。ゴローが吠えてもまったく動じてないし」

 どうせ猫神に関しての発言は何を言っても黙殺されるのだ。だから好きに言ってやる。

「しかも今日はあんな場所で寝るし」

 艦首でまったりと寝ている猫神を観察する。時々、耳やシッポをパタパタと動かしているのは、こっちの猫神達とやり取りをしているのかもしれない。

「今日はいい天気で良かったな。撮影にはもってこいの天気で、見学に来れた人はラッキーだ」

 一尉は、俺が言ったこととまったく関係ないことを口にする。

「ま、そこは同意します。俺達も見学させてもらえたら言うことないんですけどね」
「総監は昨日の夜、艦長主催の晩さん会に招待されたらしい。艦内を制限付きではあるが、見学できたということだ」
「そうなんですか? いいなあ、その点だけは幹部がうらやましい」

 これは正真正銘しょうしんょうめい、いつわらざる気持ちだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

神様達の転職事情~八百万ハローワーク

鏡野ゆう
キャラ文芸
とある町にある公共職業安定所、通称ハローワーク。その建物の横に隣接している古い町家。実はここもハローワークの建物でした。ただし、そこにやってくるのは「人」ではなく「神様」達なのです。 ※カクヨムでも公開中※ ※第4回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!

ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました 。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。 令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。 そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。 ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...