帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう

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第六部 猫神様も国際交流

第七十六話 不思議な夜の交流会 1

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 ゲート前に到着すると、俺達と同じように私服で自転車を押して入っていく、隊員の背中が見えた。

「俺達だけじゃないのか?」
「みたいですね。あ、あっちからも来ました」

 他の人間の存在を気にしつつ、警備隊の隊員に名前と所属を申告して身分証明書を見せる。特に質問をされることもなく、入ることを許可された。

「なんだろうな」
「なにかの訓練でしょうか」
「私服でか?」

 首をかしげながら自転車をとめていると、山部やまべ一尉がやってきた。

「早かったな、二人とも」
「航海長、なにか訓練でもあるんですか? まさか、海曹になる選考試験前の抜き打ちとか」
「そんなんじゃないから安心しろ。だがまあ、そうだな。お前達には必要なことではあるな。中島なかじま、お前んとこの副長があっちで待ってるから、そっちへ行け」

 後からやってきた隊員に、一尉が指示を出す。あいつはたしか、この基地所属の補給艦に乗っている海士長だ。俺達の前を歩いていたヤツも、別の護衛艦の海士長だった。ますますあやしい。

「今のあいつも海士長ですよね。やっぱり選考試験前の抜き打ちとしか、考えられませんけど」
「だから違うと言ってるだろ。心配するな。それより、自転車を置いたらさっさとついてこい」

 事情が呑み込めないまま、俺達は一尉についていく。その先では藤原ふじわら三佐が待っていた。

「ほらー……副長までいるじゃないですか、これ絶対になにかの試験でしょー……」
「疑り深いヤツだなあ、波多野はたの。砲雷科の比良ひらがいるんだ、砲雷長の副長がいて当然だろ」
「どこが当然なのか、俺達にはさっぱり理解不能ですよ」

 こうなると絶対、そのへんに艦長がいるに違いないと周囲を見回す。

「探しても艦長はいないぞ。今夜はみむろで当直だ」

 三佐が比良の横に立った。

「じゃあ一体なんなんですか、この呼び出しは」
「お前と比良も猫好きだって話だから、桟橋さんばしの猫会議を見せてやれと、わざわざ艦長から連絡が入ったんだぞ? 少しは感謝しろ」
「猫会議?」
「そうだ、猫会議だ。言葉ぐらい知ってるだろ」

 一尉がさす方向を見る。そこは桟橋の真ん中あたりで、街灯がある場所だ。そこに猫達がいた。それもかなりの数。

「おわっ、めっちゃいる!!」
「あまり大声を出すな。猫が驚く。それとこれ以上の接近は厳禁。この先に立ち入ると、後で猫パンチの嵐だから気をつけろ」

 そう言って愉快そうに笑う。周囲を見渡すと俺達と同じように、制服の幹部と私服の海士長のグループがあちらこちらにできていた。

「まさか全員が猫好きな海士長とでも? 一体どんな偶然なんすか」
「まあまあ。細かいことは気にするな」
「比良、見たかったんだろ? 今夜の猫会議」
「え?」

 三佐の言葉に比良が驚いた顔をした。

「あの、もしかしてあれ、猫の歓迎会なんですか?!」

 比良の驚いた声が響き、猫達の視線が一斉にこちらに向く。

「だから大きな声は出すな。とにかく今夜は猫会議があるから、波多野と比良を呼んでやれと言われたわけだ。艦長に感謝しろ」
「おかげで俺は残業だがな」

 三佐がボソッとつぶやいた。

「じゃあ、海士長ばかりなのはなんなんですか。そろって猫会議を見たいと言ったのが全員、海士長だったとでも?」
「ほんと、お前は疑り深いな。少しは比良を見習え」

 一尉がにやにやしながら、俺の横をあごでさす。横に目を向ければ……。

「……比良ぁぁぁ」

 思いっきり脱力した。比良はすっかり猫会議を見るのに夢中だ。目がハート形になっている。もうあれが猫会議だろうが猫宴会だろうが、そして参加しているのが野良猫だろうが猫神だろうが、こいつにとってはどうでも良いことなんだろう。

「俺、初めて見ました、猫会議! すごい数の猫さんですね! 波多野さん、あそこにいるのはサバトラ大佐じゃ?」

 猫達の中に、大佐や仙人猫の姿も見える。そして今日やってきた客人の猫神も。

「で?」
「で?とはなんだ。その言い方、上官に対する言い方じゃないぞ、波多野」

 そう言いつつも、一尉はにやにやしたままだ。

「俺はいま、仕事中じゃありませんから。それは航海長も同じでは」
「お前もなかなか言うようになったなあ。いや、もとから言うヤツだったか」
「ですから、で? なんですが」
「だからなにが、で? なんだ?」

 上官でなかったら一発殴っていると思う。いや、上官でも一発殴りたい。

「俺と比良をここに呼んだ理由ですよ。本当に猫会議を見せるためだけなんすか?」
「もちろんだ。どこの海自基地も猫ちゃんが多いからな。ここで長く勤務するつもりなら、基地の猫ちゃん達とは友好な関係を築かないと」
「猫ちゃん……」

 おいおい、うちの航海長がまた、胡散臭うさんくさいことを言い出したぞ?

「そうだ、猫ちゃんだ。海上自衛官は猫ちゃんと仲良く、だ。ですよね、副長」
「そうだ。猫ちゃんとは仲良くが我々のモットーだ」
「モットー……なんやそれ……」

 どう考えてもおかしいだろとツッコミを入れたが、二人ともこれ以上はないぐらい真面目な顔をしている。

「嘘くさすぎる」
「そんなことはない。猫ちゃんとは仲良くだ。仲良くしろよ、波多野も比良も。まあ比良は問題なさそうだけどな」
「猫ちゃんのかわいいは正義です」
「大変よろしい。波多野も比良を見習うように」
「えー……」

 比良の適応力には驚かされる。なんで疑問に感じないんだ。

「あ」

 そこで急に思い至る。

「航海長」
「なんだ」
「じゃあ見えてるんですよね? もちろん副長も。大佐とかお客さんとこの猫とか」
「何の話をしている。俺たちは野良猫の話をしているんだが」
「まだしらばっくれるのか……」

 二人とも猫神なんて存在しないという態度を崩そうとしない。

「とにかく猫ちゃんとは仲良くだ」
「あー、はいはい、猫ちゃんと仲良くですねー……」
「おい、波多野、投げやりな言い方になってるぞ」
「そりゃ投げやりな気分ですから」
「俺は上官なんだがな」
「今は勤務時間外ですけどねー……」

 俺たちは猫神が見えているであろう幹部達のこの態度を、受け入れて付き合うしかないのだろう。実に面倒くさいことだが。

「全員が見えれば問題解決なのにな」

 そもそも見える人間と見えない人間の違いはなんなんだ。なにで決まるんだ? お世話係になる方法より、断然こっちのほうが気になるじゃないか。

 そこへ他の幹部がやってきた。輸送艦の副長をしている栗原くりはら三佐だ。

「よう、山部」
「どうも」
「久しぶりだよな、猫会議。あの騒ぎあったから、すぐにでもやると思っていたんだが」
「猫は気まぐれらしいですから」

 その言葉に「なるほど」と笑う。そして俺と比良を見た。

「みむろは二人なのか」
「ええ」
「へえ。なかなか二人ってないよな。うちは今年も一人で、中島だけだった」
「まあ、大体どこも毎年一人ですからね。うちが二人なのは、みむろが就航間もないふねだからじゃないかって、うちの艦長が言ってましたよ」

 どうやら、猫神が見えるようになる乗員はどのふねにもいるらしい。しかも毎年一人。かなりレアなのか? 一体どういう基準なのか、いまだによくわからない。艦長たちの反応を見る限り、悪いことではなさそうなんだが。

「あの、お話し中に申し訳ないのですが、栗原三佐」

 挙手をして遠慮がちに話に割り込んだ。

「ん? なんだ?」
「ちなみに、猫神が見えたらどうなるんですか?」
「ん?」
「猫神です」

 妙な沈黙が流れた。栗原三佐は、いわゆる曇りなきまなこで俺を見つめている。

「ん?」
「ですから猫神が見えたらどうなるんですか?」
「知らないのか?」

 意外そうな顔をされた。その反応に不安になる。

「え、知らないとなにかまずいんですか?」

 三佐はうちの航海長と副長に目をやった。

「おい、おまえんとこも教えてないのか?」
「なにがだ?」
「なんのことです?」

 そしてまた妙な沈黙が流れる。

「ま、俺も質問されても教えないけどな」
「そっち、なにか聞いてる?」

 まともな答えが返ってきそうにないので、栗原三佐の向こう側にいる中島に声をかけた。

「なにも聞いてない。俺もその質問の答えを知りたいよ」
「だよなあ」

 比良のように可愛いは正義で、細かいことを気にしない人間もいるだろうが、俺は気になる。少なくともここには、猫が実が見えていて答えを知りたい人間が二人いる。

「ここに質問の答えを待っている人間が二人いるのですが?」
「ふむ……」

 栗原三佐が思案顔をする。

「教えなくても良いと思う人は挙手!」

 三佐の言葉に、うちの副長と航海長、そして三佐自身がさっと手を挙げた。

「はい、多数決で教えないに決定。以上」
「ちょっと、3人対3人でしょ!」
「比良は可愛いは正義で気にしてないだろ。だから3人対2人で決まりだ」
「むちゃくちゃだ……」

 がっくりとなる。

「知らなくても別に困らないから気にするな」
「あ、でも三佐も猫神は見えてるんですよね?」
「ん?」
「ですから猫神……」

 三佐の目がまた「曇りなきまなこ」になった。

「野良猫の話だろ? 猫会議を見ないと困ることがあるのかという、質問じゃなかったのか?」
「ダメだ、話がふりだしに戻った……」

 さらにがっくりとなる俺を見て、三人の幹部達はのんきそうに笑う。のらりくらりとかわすのはうちの幹部だけだと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。やはりこの件は、もうあきらめるしかないのか。

―― 統幕長は俺達の前で猫大佐と会話してたのになあ…… ――

 猫達の集まりをながめながら、そんなことを考える。まあ、あそこまで偉くなった人は別枠なのかもしれないが。 

「お、あそこにいるの、お客さんとこの乗員じゃないのか?」

 一尉の視線の先には、俺達とは違う制服を着た人間が何人か立っていた。若いほうは、れいのドヤ顔をして見せた乗員だと思われる。

「あっちの国でも猫会議ってあるんですかね」
「そりゃ猫がいるならあるだろ。あっちの国に行ったことがないから、確かなことは言えないが」
「あちらの国は寒いですから、冬とか猫にまみれたら温かくて良いでしょうねえ」

 比良はもう話題が俺とは違う次元にいっていた。

「可愛いは正義か。ほんと、お前がうらやましいよ」

 ため息まじりにぼやく。

「ん? なにか言いました、波多野さん?」
「いや。寒い時に猫まみれになったら、暖房いらずで助かるかなあって」
「猫達は人間を、便利な暖房器具だと思ってますからね。人間はその誤解をありがたく、利用させてもらってるだけですけど」
「まじで人間て、猫に下僕げぼく認定されてるんだな……」

 大佐が偉そうなのもわかる気がした。
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