僕の主治医さん

鏡野ゆう

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アヒル事件簿

第三話

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『あ、見つかっちゃったよ、どうするの?!』
『見つかったのは、僕達じゃなくてあっちだよ、あいつらドロボーだよ、捕まえなきゃ!!」』
『でも、どうやって?』

 今まで好き勝手に動き回っていたけど、人間に見つかるなんてことはなかった。それにパトロールするのだって、まさか本当に泥棒とはち合わせするなんて、思ってもみなかった。どうしようかと皆で右往左往していると、つぼがゴロゴロとその場で転がり回る。そしてお面君がその上で、奇妙な雄叫びをあげながら飛びはねている。

『中に入れってさ』
『逃げるの?』
『今の声なにー?!』
『今のは戦いのおたけびなんだって』

 戦いのおたけびってなにー?と口々に質問が始まったけど、今はそれどころじゃない。

『逃げないで戦うの?』
『ドロボーを捕まえるんだよ!! パトカーがするみたいに、追いかけるんだって』
『なるほどー。でも爆発しないよね?』
『爆発するのはあっちじゃない?』

 言われるがままにつぼの中に入ると、いきなり天地が引っ繰り返り始めた。

『わああああ、ちょっと待ってぇ』
『回ってるよぉぉぉぉ』
『爆発してないけど死んじゃうぅぅぅぅ!!』
『◎◎◎( ▼ ω ▼ )~~!!!』

 僕達の悲鳴を無視して、つぼは勢いよく回りながら、お面君のおたけびに合わせて、泥棒達に突っ込んでいく。そして泥棒達は勢いよく突進したつぼに、次々とはね飛ばされた。

『目がまわるぅぅぅぅぅ』
『たすけてぇぇぇぇぇぇ』

 中で振り回されている僕達のことを無視して、つぼはまるでドラマで見るパトカーのように、急カーブして方向転換すると、今度ははね飛ばされて引っ繰り返っている泥棒達の上に、ジャンプしてのしかかった。そして何度もその上で飛びはねる。

『わあ、はねてるよう!』
『ドロボーより僕達がしんじゃうぅ!!』

 泥棒達がつぼの下から這い出て窓から飛び出していく。

『逃げちゃうよ、追いかけないと!!』
『もう僕、目が回って気持ち悪い……』
『僕は頭痛い……』
『もう無理ぃ……』

 そんな僕達のことなんておかまいなしに、つぼは勢いよく転がり始めた。窓から離れた場所まで転がっていくと、方向転換をする。

『ま、まさかっ』
つぼ君、やめてぇぇぇぇ』

 つぼは窓に向かって勢いよく突進すると、ジャンプしてガラスを突き破った。そして目の前にそびえ立っている鉄柵をかけ上がり、飛び越えていく。

『無茶苦茶だぁ!!』
『爆発よりひどいぃぃぃぃ』

 泥棒達が乗り込んだ車を、つぼはものすごいスピードで追いかけた。僕達はつぼの中で引っ掻き回されていたので、どこをどこをどう走り回っていたのかはまったくわからない。かろうじて見えたのは、車の中からこっちを振り返った泥棒達が、こっちを指さしてわーわー騒いでいたことぐらいだ。

『な、なんとかドラマでやってるみたいに、車に乗り移らなきゃ』

 ハコフグがそう言いながら、グルグル回るつぼから顔を出した。

『◇■◎□( ▼ ω ▼ )!!』

 つぼの上で戦いのおたけびをあげていたお面君が、僕達に話しかけてくる。

『お面君が僕達をあっちに運んでくれるってさ』
『一体どうやって?』
『なんだかイヤな予感がするよ、やめておいたほうが良くない?』
『▲□( ▼ ω ▼ )!!』

 お面君は、転がるつぼから這い出した僕達を頭の上に乗せると、ジャンプしながら勢いをつけて、頭を後ろへと振りかぶった。そしてそのまま勢いを、つけて前へと振り下ろす。

『わあああああああ』
『やっぱりぃぃぃぃぃ』

 だけどお蔭で僕達はその勢いで、空を飛んで車へと乗り移ることが出来た。

『もうひどいよ! パトロールなんて二度としないから!』
『ドロボーのせいだよ! こいつらが来なかったら、楽しくタイシカンの中を見学できたのに!!』
『酷いヤツだよ、やっつけちゃえ!!』
『とつげきぃぃぃ!!』


+++++


 メンデス警部から知らせを受け、あわてて大使館に駆けつけると、大使館正面は惨憺さんたんたる有様だった。一足先に駆けつけた真鍋まなべ大使は、本国への報告に追われているので、ホールの確認は職員である自分がすることになった。

 警備員が常駐しているつめ所の半分は、えぐり取られ中が剥き出しになっており、正面ゲートは鉄柵がもげ落ち、その先で変な形に曲がって転がっていた。

 その先へと急ぐと、車が突っ込んだ正面玄関は漏れたガソリンが炎上したために、破壊されただけではなく焼け焦げている。ひしゃげて消火剤まみれになった車が、その衝撃と火災の激しさを物語っていた。

「なんとまあ。これだけのことがあって、誰も死んでいないというのが不思議なぐらいですね。窃盗せっとう団は?」
「すぐに取り押さえて警察署に連行しました。盗んだものがないか取り調べ中です」

 警部が横に立って、報告をしてくれる。

「忍び込んだ後、なぜかなにもらずに逃走したようなのですが、なにを思ったのか引き返して、大使館に突っ込んできたのですよ。猛スピードで突っ込んできたので、我々も止めようがなくて。申し訳ない」
「警備側に怪我人が出なくて幸いでした。犯人は大使館に再侵入しようと、強行突破をしようとしていたのですか?」

 こちらの質問に、警部は不精髭がはえはじめた顎に手をやりながら首を傾げた。

「そこが不思議なのですよ。街の防犯カメラに録画されたものやパトロール中の警察官によると、市街地を一時間近く走り回っていたようなのです。途中から署のパトカーが追尾していたのですが、なぜか、蛇行だこう運転を繰り返していたそうです。捕まった窃盗犯は意味不明なことばかり言っているので、もしかしたら薬物の中毒患者なのかもしれませんね」
「意味不明?」
「なんでも、小さい宇宙人の集団に襲われたと口々に言っているそうですよ。まあ確かにこのあたりでは、未確認飛行物体の目撃情報はあるにはありますが、犯罪の理由にされたのは初めてです」

 困ったものですよと、あきれたように警部は笑う。黒焦げになった車の周りには、すでに立入禁止のテープが貼られ、警察署の鑑識と消防隊の隊員が調査をしていた。この焼け焦げた様子だと、調査が終わっても当分は、裏口を使うしかないだろう。

「かなり派手に燃えてますね」
「けっこうなスピードで突っ込みましたからね。ガソリンが勢いよく噴き出して、そこに引火したようです。玄関ホールの絵画も燃えてしまったようで」

 そして、車に跳ね飛ばされたらしいつぼ破片かけらも、玄関先に散らばっていた。自分の好みでない絵画とつぼであったが、寄贈した人間の気持ちを考えると非常に残念だ。……建前たてまえ的には。

「……?」

 テープが貼られている脇の芝生に、なにか見た覚えのある黄色いものが落ちていた。近寄ってかがみこむと、いつも持ち歩いている雛子ひなこさんのボールペンだった。黄色い頭がなぜかすすけている。

「どうしてこいつがここに?」

 昨日も仕事場からつれ帰ったはずなのに、どうしてアヒルのボールペンがこんなところに転がっているのかと、首をかしげた。知らず知らずのうちに、ここで落としたんだろうか? そう言えば雛子さんと初めて夜をすごした時も、なにやら不思議なことが起こっていたような記憶が。まさか……?

「おいおい、君はここで一体なにをしていたんだい?」

 手にしたボールペンを見下ろしながらたずねてみても、答えが返ってくるはずもない。

 窃盗せっとうグループの意味不明な行動は、もしかしたらこのアヒルの仕業しわざなんだろうか? だとしたら、それはそれで面白いことなのかもしれない。絵画とつぼのことでは、いつもブツブツと文句を言っていたから、気をきかせて燃やしてくれたのかも……なんていうのは、いくらなんでも考えすぎか。

「あまり無茶をするんじゃないよ、自分が燃えちゃったら、どうするつもりだったんだ? 君にもしものことがあったら、雛子さんが悲しむじゃないか」

 そうつぶやきながら、いつものようにポケットに差し込んだ。そしてもう一度、ひしゃげて焼け焦げた車に目を向ける。

「だけど、これが君のやったことならお手柄だね」

 そう呟いた時、なぜか嬉しそうな歓声が聞こえたような気がしたのは、まだ夜が明けたばかりで、目が覚めきっていないからに違いない。
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