貴方は翼を失くさない

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
60 / 62
小話 2

猫ちゃんがやってきた

しおりを挟む
「なんだか騒がしいけど、どうしたの?」

 その日、千歳ちとせ基地への訓練飛行を終え戻ってくると、なぜか基地内がざわついていた。そのへんのドアを開けるたびに、全員がびくついている。

「まだ昼間だけど、お化けでも出た?」

 迎えに出ていた整備担当の空曹長が、目の前で恐る恐るドアを開けている様子に、あきれながら声をかけた。

「猫なんですよ」

 ドアの隙間から向こう側をのぞき込む。そして「よし」とつぶやき、ドアを全開にした。

「ネコマタなの?」
「違いますよ。生きている野良猫です。あ、三佐、早くこちらへ」
「……はいはい」

 手招きされたので建物内に入ると、その空曹長は素早くドアを閉めた。小牧こまき基地の敷地はかなり広い。知らないうちに野良猫や野良犬が迷い込んでも、不思議ではなかった。

「野良ちゃん、建物内に迷い込んだの?」

 建物から飛び出して、航空機に巻き込まれでもしたら大変。隊員達は、びくついてドアを開けているわけではなく、猫がいるかとうか慎重になっているというわけだ。

小牧こまきの野良ではなく、松島まつしまから来た野良猫なんですよ」
「え? どういうこと?」
「基地内でブルーを座布団がわりにするものだから、追い出されたみたいです」
「あらあら」

 なんでも、ブルーの鼻先に居座っているところを沖田おきた隊長につかまり、引き取り先を探すことになったらしい。

小松こまつ榎本えのもと司令が、御実家のほうで引き取ってくださるとのことでして」
「なるほど。で、輸送の途中なわけね」
「そういうことです」

 雄介さんの実家はお寺。敷地も広く、お義姉ねえさん達も猫好きだ。

「それで中継でうちに来たんですが、トイレの砂を入れ替えようとしたら、ゲージから逃げてしまって。いま、基地内で捜索中なんです」
「あらまあ、それは大変」

 基地内のどこに隠れているのやら。手のあいた隊員達が、エサや猫じゃらしを片手に捜索中とのことだった。

「私も捜索に加わったほうが良いのかしら?」
「そうしていただけると助かります」
「外に逃げ出してないと良いんだけれど」
「それが一番心配で」

 廊下の向こう側が騒がしくなった。どうやら見つかったらしい。

「あー、逃げたー!!」
「そっちに回り込め! 挟撃きょうげきだ!」
「あああ、素早すぎる!」
「なんでそこでビクつく! はやく確保しろ!」

 なにげに隊員達の声が殺気だっている。

「なんだか物騒なことになってない?」
「……なかなか苦戦しているようです」
「天下の航空自衛隊も、野良ちゃん相手だと形無しね」
「笑いごとではありませんよ」

 クスクス笑っていると、向こうの通路の角から、茶色い塊が飛び出した。そしてこちらに向かって突進してくる。

「あら、チャトラなのね、可愛い」
「あ、空曹長、三佐! 猫の確保、お願いします!」

 向こうから走ってくるのは、普段は航空管制をしている子達だ。

「三佐、そちら側の逃げ道をふさいでください。自分はこちら側を」
「急にそんなこと言われても、ちょっと困るわよ……?」

 空曹長に言われて移動する。思っていたより大きい子だ。私に捕まえられるだろうか。

「かつお節かなにか、おみやげに持ってこれば良かったわね」

 あいにくと今は手ぶらだ。立ち止まって身がまえる。すると猫は何故か私めがけて突進してきた。

「あら、ちょっと?」

 そしてジャンプすると私にしがみつく。

「……ナイスキャッチです、三佐」
「キャッチというか、飛び込んできたわよ、この子」

 プルプルと震えてながらしがみついている猫。落ちないように支えると、こっちを見てニャーニャーと鳴き始めた。

「あらまあ。よほど怖かったみたいね」

 見知らぬ場所で、おおぜいの人間達に追い掛け回されたのだ。怖くないわけがない。あまりの必死な顔に、少しばかりかわいそうになってきた。

「三佐、お手柄です」

 追いかけてきた管制隊の子が猫に手をのばすと、猫はすごい顔をしてシャーッと威嚇いかくする声をあげた。その声に隊員達が飛びあがる。それと同時に猫を抱いていた手が生温かくなった。見下ろせば、ポタポタと水が落ちている。

「あら、猫ちゃん、おしっこもらしちゃったみたい。よっぽど怖かったみたいね、あなた達が」
「こっちは外に出たら大変と心配していたのに……」

 管制隊の子達は心外だとぼやいた。

「三佐、フライトスーツ、すぐに洗濯をしませんと」
「これ、においとれるのかしら? うちのコックピット、窓があけられないんだけど」
「熱湯で洗濯すればとれますよ。根拠は実家の猫です」

 管制隊の子の提案で、さっそく洗濯を頼むことにする。

「やれやれ。帰ってきて早々たいへんね。森田もりた一尉を呼んでくれる? 猫ちゃんのおしっこのにおいをさせたまま、基地司令のところに行くわけにはいかないから」
「了解です」


+++


『それは災難だったな』
「笑いごとじゃない。お蔭で洗濯物が乾くまで、私は猫ちゃんと一緒に監禁中なんだから」

 事の顛末てんまつを聞かされた雄介ゆうすけさんが、電話の向こうで笑っている。私の着ていたものはすべて洗濯中だ。そのせいで私は今、トレーナー姿で猫と一緒に待機中なのだ。

「ひなた、今ごろブーブーもんく言ってるわよ、きっと」
『しかたないな、緊急事態なんだから。それで猫は? どうしてるんだ?』
「私の膝で爆睡中。この子、本当に野良ちゃん? すごくふてぶてしいんだけど」
『チャトラは人懐っこいと言うから』
「それにしても、野良ちゃんらしからぬ態度よ、これ」

 寝ている野良猫をなでながらぼやいた。あまりのリラックスぶりにあきれてしまう。

『それで本当に良いのか?』
「だって、ひなたがつれてこいって言うんだもの。明日と明後日あさってが私の休みだから、どちらかで獣医さんにつれて行く」
『だいじょうぶなのか? ひなたにちゃんと世話ができるのか? こっちは受け入れの準備は完了しているんだが」

 自宅に電話して事情を話したら、ひなたが猫ちゃんをつれてこいと大騒ぎなのだ。まあ、最終的には雄介さんの実家に行くことになっているのだから、我が家でしばらく面倒を見ても良いかな?と思っているのだけれど、あの口ぶりからして我が家の猫にする気、満々だ。

「どちらにしろ、小松への定期便は明日以降だし、基地に置いておくわけにもいかなから、今日はつれて帰る」
『相手は生き物なんだ。飼うなら最後まで責任をもたないとダメだからな。わからないことがあったら、獣医か姉貴に聞けよ?』
「わかってる」
『やれやれ、我が家もとうとう猫友ねこともか』

 雄介さんが軽くため息をついた。

「なに?」
『きっとスマホの写真ホルダーが、猫の写真でいっぱいになる日も近いってことさ』
「ああ、なるほど。私もがんばって、スマホでうまく撮れるようにしなくちゃ」

 私がそう言うと、雄介さんはうめき声をあげる。

『俺に送ってくるのはかんべんしてくれよ?』
「雄介さん以外の誰に送るっていうの? ああ、悠太ゆうた颯太そうたにも送らないとね」
『やれやれ、大変なことになりそうだな』

 こんなことを言っているけれど、こっちに戻ってくる時には、猫ちゃんのおみやげをたくさん買ってきてくれるだろう。


 そんなわけで、我が家に猫ちゃんがやってきた。名前は松島基地からやってきたので「ブルー」と名づけられた。名づけ親はもちろん、ひなただ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...