シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 5 パンサー影さん編

第五十七話 ほな、帰るわ

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 築城ついき基地に立ち寄る定期便が到着し、そこに一つのコンテナが積み込まれた。

「いいか? 影山かげやまの荷物も入ってるけど、ほとんどは飛行隊の人達向けだからな。特に杉田すぎた隊長と基地司令の分は間違えるなよ? 特別塗装機とパンサー君を送り込んでくれたことに対する、うちの司令からのお礼も含まれてるんだから」
「わかってるて。もー、昨日から耳タコやで、班長」

 何度目かの申し送りにうんざりしながら返事をする。だが、それが青井には気に入らなかったらしい。思いっきり耳を引っ張られた。

「痛い痛い! もー、なにすんねんな~~!」
「影山がちゃんと聞いていないからだろ」
「だから、ちゃんと聞いてるっちゅうに」

 ちぎれてるんじゃないのか?と、耳の存在をさわって確かめながらため息をつく。

「気のない返事をするな。ちゃんと返事をしろ」
「もー、ムチャクチャやな……とにかくわかってるて。隊長と基地司令の分は名前も書いてあったし、間違えへんて絶対」

 コンテナに荷物を詰め込む作業も手伝ったのだ。何がどういう状態で入っているか、俺もちゃんとわかっている。それでも青井は心配らしい。

「万が一のこともあるだろ?」
「あれのどこに、万が一の可能性があんねん……」

 コンテナには大きな紙が、養生テープでガッツリと貼られている。その紙には『浜松はままつ基地から築城基地へ送る物資。天地無用てんちむよう。とりあつかい要注意。うなぎパイ、影坊主かげぼうず、パンサー君の手袋 在中』と書かれていた。

「ちょっとやりすぎやで、班長」
「そんなことない。あれぐらい書いてちょうどいいぐらいだ。いや、もっと大きく書くべきだったかな……まだ離陸までの時間はあるか?」
「もーええて。ほら、出発準備の邪魔やから離れな」

 そう言いながら青井を引っぱっていく。

「築城でおろし忘れたら、そっちの司令にクレームつけるからな~~!」
「て言うてるんで、よろしゅうなー」

 ロードマスターの一尉が笑いながら、こっちに向けて手を振った。

「ほら、わかりました、ゆーてるし」
「声、聞こえなかったけどな」
「ところで班長、わいの荷物を載せるなら、パンサー君かて一緒に載せられたんちゃうん」

 そうなのだ。影坊主かげぼうずやパンサー君用の手袋は、俺の着替えと共にコンテナに入れられたのに、なぜかパンサー君の頭は、再びコックピットの後ろにつめ込まれることになったのだ。

「今日、特別塗装機の写真を撮りに来ている人達へのサービスだよ」
「どのへんがサービスなんか、さっぱりわからへん」
「最近は女性もカメラを持って写真を撮るだろ? かっこいい成分だけじゃなくて、かわいい成分もあったほうが良いじゃないか」

 青井の言い分に、ますます首をかしげてしまう。

「戦闘機に可愛い成分て必要なん?」
「もちろん」
「もちろんなんかい……」

 まあ、パンサー君はたしかに可愛い。そこは間違いない。だが、コックピットに押し込まれた状態は、ちょっとそれとは違うような気がするんだが。

「ぎゅうぎゅうになったパンサー君でも可愛いんかい」
「そこはちゃんと工夫して入れるんだよ。適当につめ込んだら、ただの気持ち悪い顔になっちゃうからな。つめ方もちゃんと覚えろよ? どうせまた乗せて飛ぶんだから」
「は? なんで?」
「今年の航空祭、まだあるだろ? 今回の基地での評判を聞いたら、絶対に他の基地からもリクエストが入るだろうからな。アイロンのかけ方も教えたし、コックピットへの入れ方も覚えたら、完璧じゃないか」

 ニコニコしながらそう言った。本気や、本気で言うてるで、班長。

「なあ、まだわい、他の基地へ飛ばんならんのん?」
「当たり前。中身も影山じゃないとダメだからな」
「なんでやねん……」

 そう言えば、朝一で松島まつしまに帰投した葛城かつらぎが、出発直前に「また次の航空祭で」と言い残していった。てっきり「築城基地の航空祭で会いましょう」という意味だと思っていたが、まさかそれを見越してのことだったのか?

「さて。つめ方だけど、最初にきちんと形を整えるんだぞ? 空洞だからって適当に潰したらダメだ」
「……ほんまにやるん」

 青井は、F-2の前に置かれていたパンサー君の頭を手にとった。

「コックピットの形に沿うようにしないと、変な筋がつくから、こういう感じで……平べったくすること。俺がやったとこ、ちゃんと見たか?」
「見ました見ました」

 半分ほど魂が抜けそうやけどな。

「まだ飛ばなあかんなんて、おかしいで」
「毎日飛んでるんだ、今更だろ?」
「しかもパンサー君サインも書かなあかんやん」
「それも今更だろ?」

 そう言いながら、横づけされたステップを上がっていく。

「で、このまま、コックピットの内側に貼りつけるように置く。見たか?」
「見ました見ました」
「あやしいな……見たなら一度やってみろよ」

 俺が適当にあいづちを打っていると思ったらしく、一度入れたパンサー君を引っぱり出して差し出した。

「つまりや、インド料理のナンを焼く時みたいな感じやろ? かまどの裏にペタッて貼りつける感じ」
「そうそう、そんな感じ」

 ステップを上がり、その要領でコックピットの後ろにつめる。

「手袋や影坊主かげぼうずが入ってへんほうが入れやすそうやな、これ」
「だろ?」

 そうこうしているうちに、整備員達がエプロンに出てきた。そろそろ離陸時間ということだ。

「なあ。これ、誰か築城まで飛ばしていってくれへん? わい、新幹線でのんびり帰るし」
「まーた始まった。持ってきたのは影山なんだから、影山が持って帰らないとダメだろ」
「えー……たまにはのんびり駅弁でも食べながら、新幹線に乗りたいやん?」
「まったく。飛行前の点検が終わるまで、これでも食べて静かにしてろ」

 ウエストポーチからおにぎりを出すと俺に押しつける。ホイルをはがすと、鰹節たっぷりのおにぎりが現われた。

「俺は忙しいのに、なんで影山のおにぎりの世話まで、しなきゃいけないんだよ」
「え、これ、班長がつくったん?」
「コンビニのおにぎりだと、調子が出ないってうるさいからな。だからわざわざ、俺がにぎったんだぞ。まずいとか言ったら許さないからな」
「言わへん言わへん。けどこれ、鰹節、めっちゃおおない?」
「なんだって?」
「いいえ、なんでもありません。いただきます」

 ついでに小さなお茶のペットボトルも押しつけられた。

「それを食べたらさっさと飛べよな。基地の外では待っている人達がいるから、それなりにサービスしろよ? そのための基地一周コースなんだよな?」

 マニアさん達がどのへんでカメラをかまえているか、その場所はだいたいわかっている。その上空で翼をふるぐらいはかまわないだろう。そう考えて、飛行計画書には基地の周辺を一周するコースを加え、提出したのだ。

「飛びたくないって言いながら、そういうのは忘れないんだから、おもしろいよな、影山って」
「それとこれとは別やねん」
「どう別なのか、俺にはさっぱりだよ」

 点検の様子をながめながら、おにぎりを食べる。

「とにかく、わいは飛びたないねん」
「わかったわかった。今日はさっさと飛んでさっさと降りるんだろ?」
「せやねん。で、うなぎパイを家に持って帰るねん。嫁ちゃんもチビスケも、今回のおみやげは楽しみにしてるさかいな」

 そう言ってから心配になる。コンテナのうなぎパイ達は、割れることなく無事に築城基地に到着できるだろうか。

「浜松に呼んだ俺に、少しは感謝しろよな」
「お礼に、あっちからなにか送るわ」

 なににするかは、嫁ちゃんと相談してからになるが。おにぎりを食べ終わり、お茶を飲みほしたところで点検が終了した。

「さてー、そろそろやなあ。あー、ほんまに飛びたないで」
「気をつけて帰れよ」
「おにぎり、ごちそうさん」

 空になったペットボトルは、青井のウエストポーチの中へと消える。F-2の元へと向かうと、機体の点検をし、整備員に差し出された書類にサインをした。コックピットにあがり、シートにおさまるとハーネスをしめ、ヘルメットをかぶる。

「影山さん、来年は展示飛行をお願いしますよ」
「もう来年のことかいな。鬼が笑いすぎて気絶するで」

 ハーネスやヘルメットの接続を確認してくれた整備員の言葉に、思わず苦笑いをする。整備員が離れキャノピーを閉めた。エンジンをスタートさせると、青井が俺に手を振って後ろへとさがる。

「さーて、飛びたないけど、飛ばんと帰られへんからなあ……管制塔、どうぞ?」
『お疲れさまでした、パンサー02。お帰りもランウェイ09からどうぞ』
「ほんま、お疲れさんやで」

 タキシングをさせ滑走路へと出た。

「ほな、お世話さんでした。昨日の夜のうな丼はうまかったわ、以上。離陸準備よし」
『パンサー02、離陸どうぞ。周回コースも問題ありません』
「はいはい、おおきに。最後にファンサービスしていくわ」

 機体は滑走を始め、ランディングギアが地面を離れた。一気に高度を上げると旋回する。

 ―― パンサー君、めっちゃ目立つよな、この角度 ――

 飛行計画書のコースを見て、青井はパンサー君を入れる場所を決めたのだろう。この角度だとパンサー君は、しっかりと下をのぞき込む形になる。望遠カメラでのぞいたら、しっかりと目が合いそうだ。

 ―― 嫁ちゃんのことや、きっとまたチェックしとるやろうなあ ――

 基地の周囲を大きく回り、マニアさん達がいるであろう場所上空を、翼をふりながら通過する。チラッと下を見た感じでは、それなりの人数がいたようだ。どんな写真が撮られているだろう。少し興味がわいた。

「ほな、パンサー君や、我が家に帰るでー」

 後ろにいる相棒にそう話しかけると、一気に高度を上げた。
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