シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
61 / 77
本編 5 パンサー影さん編

第五十一話 隊長と二人三脚飛行?

しおりを挟む
「これ、ほんまに飛ぶんですのん?」
「もちろんだ」

 渡された午後からの飛行計画書に目を通した後、思わず杉田すぎた隊長に確認をした。すでに申請されているのだから、もちろん本気でこのルートで飛ぶのだろう。

「なんで最初から最後まで、こんなにピッタリとくっついて」
「イヤなのか」
「イヤとかそういうことではなく、ここまでピッタリくっついて離陸して飛行するって、なんの意味があるんやろうなあと思ったんですが」

 飛行計画書によると、隊長と俺が搭乗するF-2は、ほぼ同時に離陸し、旋回し、上昇することになっている。飛行スピードは……なんやめっちゃはやない? 旋回する角度は……めっちゃ鋭角やない? もしかして、俺がいない間に、飛行隊の方針が変わったのか?

「意味がないとダメなのか」
「ダメというか、飛ばなあかんなら、それなりに理由は知りたいですわー」
「このぐらい、ブルーでは普通に飛んでいただろう」
「それはブルーだからですやん。ここはドルフィンやのうてパンサーやし」

 隊長は飛行ルートを書いた図を、自分の手元に引き寄せる。

「影山のファイターとしてのカンが鈍っていないか、自分の目で確めたい」
「わいのカンですかいな」
「そうだ」

 意外な言葉だった。松島まつしまにいた時のほうが、ずっと難易度の高いアクロを飛んでいたのだ。その自分のカンが鈍っているとは思えない。実際、午前中に飛んでいる時も「お行儀よく飛ぶのは堅苦しい」と感じたぐらいなのに。

「信じられないか?」
「自分ではカンが鈍っているとは感じていないので」

 そこは俺なりのプライドだ。飛びたくないのはいつものことだが、ファイターとしてのカンが鈍っているのでは?と疑われるのは心外だった。

「自分的には余計なお世話やでって思いますけど? まあ隊長が確かめたいなら、別にそれはそれでかまへんけど」

 俺がそう言うと、隊長が口元に笑みを浮かべた。おお、珍しいこともあるもんや。もしかして、午後から雨でも降るんちゃう?

「自分の技量に自信を持つことは良いことだ。過信でないなら」
「わいが自分の技量を過信していると?」
「いや」

 隊長は首を横にふった。

「だが、俺が松島から戻ってきた時に感じたのは、自分のファイターとしてのカンが鈍っているというものだった」
「そんなこと感じたんですか」
「ああ。ブルーでは普段の飛行と違い、難易度の高いアクロを飛ぶ。だがあれは、あくまでも見せるための飛行だ。実戦のための飛行じゃない」

 もちろんアクロといっても、戦術的な飛行術の延長線上にあるものだ。だからまったくの別物というわけではない。だが隊長の言っていることも理解できた。

「その経験から、わい……やのうて、俺の飛行を見たいと」
「そうだ。午前中は下から見ていたが、午後からは飛んでいるのを近くで見たい」
「ま、隊長がそこまで言うならかまへんけど。せやけど、この飛行隊形とコースはどないなんと思いますわ。くっつきすぎやし、いそがしすぎやし、まるで航空祭の飛行展示ですやん」
「そのぐらいを飛ばないと、影山のカンが鈍ったかどうか、わからないだろ」
「それ、ほめられてますん?」

 俺の問いに隊長は首をかしげる。

「どうだろうな。飛んでみないことには何とも言えない」
「隊長が隊長のままで安心しましたわ」
「では決まりだな。午後からもよろしく頼む」


+++


「それにしたかて、これ、どう考えても航空祭の展示飛行モードやん?」

 昼一番の飛行にそなえ、昼ご飯を軽くすませてエプロンに出た。そしていつものようにハンガーの前で腰をおろす。飛行ルートの確認をしながら、ポケットから嫁ちゃんのおにぎりを出した。ブルーで飛ばへんのやから、もう要らんやろって? そんなことあるかいな。わいが現役パイロットでいる限り、嫁ちゃんのおにぎりは必要不可欠な要素やで。

「お?」

 ラップをはがしたとたんに香る潮のにおい。これは松島にいる間、何度も嗅いだ香りだ。

「今日の具は金華沖きんかおきの塩サバやん? ってことは、今日の嫁ちゃんの昼飯も塩サバやなー。金華山沖の漁師さん、いつもおいしい塩サバをおおきに!」

 そっちの方向に手を合わせると、さっそく一口ほおばった。

「うっまーー!!」

 ほんまにうまい。嫁ちゃんの地元の食材が続いているところをみると、嫁ちゃん、さっそく味覚ホームシックになってそうやな。ま、こっちの魚もうまいけど。

「あ、影山さんのおにぎりタイムも復活してる。いよいよ本格的にパンサー影さん復活ですね!」

 整備員達が出てきて、横を通りすぎながら俺の手元をのぞき込んでいく。

「今日の具はなんですか?」
「金華沖の塩サバのほぐし身や」
「おいしそう!」
「やらへんで」
「えー。三陸沖の魚っておいしいんですよね? 僕も食べたいです!」
「食べたかったら松島基地に転属願いでも出し。これはわいの塩サバや」
「えーー」

 整備員達は笑いながらエプロンに出ると、駐機してある機体のチェックを始めた。

「影山さんのそれを見るの、久し振りですねえ。やっといつもの築城ついき基地に戻った気がしますよ」

 後から出てきたのは機付長の谷崎たにざきだ。

「嫁ちゃんのおにぎりが食べられへんのやったら、わいは飛ばへんからな」
「別に食べるなとは言ってないでしょ」
「いや、言いたげやった」
「まさか。影山さんからおにぎりをとりあげるのは、とっくにあきらめましたよ。だって松島でも公認だったし、テレビにも出ちゃいましたから」

 ここで飛ぶようになって、最初にこの谷崎とぶつかった理由は、機体のことではなくおにぎりのことだった。ラップが飛ぶだの、海苔が飛ぶだの、いろいろと文句を言われたものだ。

「で? そのラップはどうすんですか?」
「ん? わいのポケットにないないか、自分のそのウエストポーチにないないやな」
「じゃ、こっちに渡してもらいますよ。そのほうが俺が安心できるので」

 おにぎりのラップを渡すと、谷崎は魚のにおいが~と文句を言いながら、ウエストポーチにラップを押し込んだ。れいのテレビ番組のおかげで、飛行前のおにぎりは公認になったようだ。取材を俺に押しつけた沖田隊長には、感謝せなあかんかもしれん。

「準備はできているか?」

 ハンガーから杉田隊長が出てきた。沖田隊長も飛びたがりだが、それに負けず劣らず杉田隊長も飛びたがりだ。まったく、飛びたくない俺の上官がどこにいっても飛びたがりというのは、なにかの陰謀なのか?

「おにぎりも腹におさまったことやし、まあ、飛んでもええかいなって気分にはなりつつありますわ。ほんまは飛びたないけど」
「なら準備を始めよう」
「ぜんぜんこっちの言うこと聞いてへんし」

 その愚痴にすら振り向こうとしない。もちろん聞こえていないわけではない。聞かないふりをしているだけだ。

「はー、飛びたないで、ほんま。隊長の用事がなかったら、絶対に飛ばへんのに」

 そんなことをつぶやきながら機体の点検をする。

「なあ、このF-2君、なんや顔色わるうない? 真っ青やん」
「洋上迷彩ですから!」
「あ、エンジン、一つしかないで? もう一つどこいったんや」
「こいつは単発ですから!」

 残念なことに、どこもかしこも調子が良さそうだ。ほんま、航空自衛隊の整備員達は優秀すぎや。

「はいはい、そろそろコックピットにおさまってくださいよー」
「ちょ、押さんでええから」
「こういう時は問答無用で押し込むのが良いって、松島のキーパーからアドバイスを受けているので!」
「なんや、あっちとこっちでツーカーなんかいな、かなわんで」

 なんやかんやと押されながらステップをのぼり、コックピットにおさまった。離陸までの手順は基本的なことはブルーの時と変わらない。いや、ブルーの時がこっちと基本的に変わらないと言うべきか。エンジンをスタートさせ、問題なしと判断すると、キャノピーをしめる。そして前に立った整備員の指示で、ラダーとフラップを動かした。

『こちら管制塔。アキレス01、02、ランウェイ25からの離陸でお願いします』
「アキレス01、了解」
「アキレス02、了解やで。はー、飛びたないで、ほんま」

 とは言え、愚痴もそろそろ打ち止めだ。アクロの訓練をするブルーと、防空任務を担うパンサーとでは勝手が違う。おにぎりは認められていても、あまり派手な愚痴りはさすがに問題ありと判断されかねない。

 滑走路の定位置で止まると、最後のチェックをした。ななめ前では隊長が同じように最終チェックをしている。

「ブレーキよし、エンジンよし、フラップよし、ラダーよし。隊長との二人三脚飛行の準備よし。飛びたないけど!」
「あきらめて飛べ」

 そっけない隊長の合いの手がはいった。

『こちら管制塔。基地上空および訓練空域に民間機なし。01、02、離陸を許可します』
「こちら01、離陸許可、了解」
「こちら02、離陸許可、了解」

 二機がほぼ同時に動き出す。スピードを上げながら滑走路を走り、操縦桿を引いた。機体がふわりと浮き上がる。だが今日は隊長に合わせての朝一と同じ「ため」の離陸だ。

―― おおおお、どこまで我慢したらええねん! ――

 隊長機の頭が上がった。それに合わせてこちらも機首を上げる。

―― まさかのローアングルテイクオフーからの!! ――

 スピードをあげ、そのまま左に旋回する。かなりのスピードでの旋回だ。おそらく下では轟音が響き渡っているに違いない。

―― ほんま、下の人らかんにんやで。ぜったいにやかましいわ、これ ――

 飛行ルートはわかっていたが、かなりトリッキーなコース取りをしていて、こっちは隊長についていくのがやっとだった。

 もしかして隊長が言うように、ファイターとしてのカンが鈍っているんやろか?
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

処理中です...