シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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閑話 4 パンサー影さん編

閑話 帰ってきた影さん

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「パパ、なにしてるのー? おしっこのがまんー? トイレいくー?」

 隣に座っていたチビスケが、俺を不思議そうに見あげる。

「ん? ああ、心配ないで、みっくん」

 大阪からこっち、俺は座席に座りながら、F-2を脳内で飛ばしていた。それが手と体に伝わり、無意識に体を動かしていたようだ。チビスケにはそれが、トイレをがまんして、モジモジしているように見えたらしい。

「おしっこしんぼうしとるわけちゃうんや。パパは今、頭の中でF-2さんを飛ばしてるんや」
「パンサー?」
「せやで、パンサーや」

 松島まつしまに行ってからの三年は、ずっとT-4を飛ばしていた。もちろん、原隊に復帰する前の、事前訓練は受けている。だが三年のブランクは、ちょっとやそっとの訓練では、うめられない気がした。

「なんせ杉田すぎた隊長やからなあ……」

 なにかヘマをすれば、容赦ないダメ出しが襲いかかるだろう。

「杉田のおじちゃん?」
「ヘロヘロしながら飛んでたら、しかられるやん? 松島でなにしとったんや?って。せやからこうやって、頭の中でも練習しとるんや」
「ふーん……」

 チビスケは、しばらく俺の動きを黙って見ていたが、やがてニパッと笑って、俺の膝の上に飛び乗った。

「おいおい、みっくん、なんやねん」
「ぼくもパパといっしょに飛ぶー! れんしゅー!」
「前席で飛ばすんかいな、ちょっとはよないかー?」
「いいのー! はやくー! ていくおふー!」

 俺の手を持て足をバタバタさせながら、早く飛ばせと催促をする。

「わかったわかった、ほな、いくでー」
「ちぇっくはー?」
「そこからかいなー!」

 細かい指摘に笑いながら、いつものプリタクをする。それをしながら、チビスケが意外なほど正確に、プリタクの手順を覚えていることに気がついた。普段はそんな素振りすら見せたことがないのに、まったくもって驚きだ。

―― まさかほんまに、将来は空自のパイロットになるつもりなんか? ――

 ブルーになると言った時は笑ったが、これはもしかして、もしかするんか?

「異常なしで離陸オッケーや、ほな行きまっせー! テイクオフ―! いくでー、ギューンと急上昇やー! あ、これはブルーや、パンサーではしたらあかんやつや!」

 うっかりローアングルテイクオフをしてしまった。

「ぶー! まちがーい!」
「ほんまやで。機付長と管制塔のおっちゃんに、めっちゃしかられるわ。でもま、今は新幹線の中やしオッケーやな! ほな続けるでー、右旋回せんかい~、左旋回せんかい~、基地の上をグルーンするでー」

 チビスケが俺の膝にのったせいで空いた席に、チビチビを抱いた嫁ちゃんが移動してきた。そしてこっちの動きに合わせて、同じように右にかたむいたり、左にかたむいたりしている。

「ちょ、嫁ちゃん、空自には横並びで飛ぶ航空機はないんやで?」
「でも輸送機はあるじゃない?」
「これ、F-2さんなんやけどなあ……」
「お兄ちゃんだけパパと一緒に飛ぶのずるいもんねー、ひかちゃん。ママとひかちゃんも飛びたいよねー?」

 嫁ちゃんの声に、チビチビがニパッと笑い顔を見せる。その顔はチビスケにそっくりだ。つまり嫁ちゃんにそっくりということになる。わいの遺伝子は、一体どこへ行ったんやろうなあ? まあ嫁ちゃんに似たほうが、わいに似るよりええけど。

「ま、ここ新幹線の中やし、四人乗りのF-2でもかまへんかー」
「かまへんかまへん、楽しく飛んじゃおー」

 そんなわけで新幹線をおりるまで、俺達は不思議なF-2で家族フライトを楽しんだ。


+++++


「まあしかし、みっくんもやけど、チビ姫が大阪からおとなしゅうて、ほんま助かったで」
「だよね。私もびっくり。みっくんの時よりずっと小さいのに、ぜんぜんくずらなかったし」

 もちろんミルクの時間もあったし、おむつ替えもした。だがそれ以外は本当にご機嫌さんやった。そして今は、嫁ちゃんに抱かれて爆睡中だ。その横ではチビスケが、今にも寝そうな顔をして座っている。

「みっくん、眠いやろうけど、もうちょっとのしんぼうやからな? 家についたら、お昼寝したらええさかい」
「うん、がんばるー」

 チビスケはアクビをしながらうなづく。新幹線からソニック、そして在来線へと乗り継ぎ、あと1駅で築城ついき駅だ。

「家について寝たら、明日まで爆睡コースかも」
「かもしれへんなあ」

 車内アナウンスが流れ、次の駅が告げられた。

「さあ、到着やで、みっくん。三年ぶりの築城駅や。覚えてるかー?」
「おぼえてなーい」
「ま、そうやろうなあ」

 笑いながら荷物を手に席を立つ。

「お迎え、来てくれてるんだっけ?」
「杉田隊長に頼んでおいたから、隊長でなくても誰か来てくれてると思うわ」

 官舎への荷物の運び込みも、飛行隊の非番の連中が引き受けてくれたらしい。もちろん細かい荷ほどきは待っているが、すぐに官舎で生活を始められるのはありがたかった。

「ますます、杉田隊長に頭があがらなくなるねー」
「もーここまできたら部下として、とことん頼らせてもらうわー」

 笑いながら電車を降りると、自分達を呼ぶ声がした。振り返ると懐かしいヤツが立っている。

「影山さーん、お疲れ様でしたー!」
「おお、岡崎おかざきー! 自分、まだいたんかいなー!」
「まだいますよー! 奥さんもお疲れさまでした。みっくん、大きくなったなー。きっと、おじちゃんのこと、覚えてないよなー?」
「……マヨネーズのおじちゃん?」
「おお! 覚え方が影山家らしくて、いいね!」

 今は私服だが、岡崎は築城基地の広報を担当している人間だ。どうして「マヨネーズのおじちゃん」なのかと言えば、我が家でお好み焼きパーティーをした時に、お好み焼きにマヨネーズで、チビスケの大好きなアニメキャラを描いたからだった。

「駅のことは覚えてへんのに、岡崎のことは覚えてたか。さすが、マヨネーズ画家の巨匠きょしょうやな」
「芸は身を助くってやつですかね。あ、荷物、持ちますよ」
「おおきに。隊長に言われてきたんか?」
「それもあるんですが、ちょっと見てもらいたいものがありまして」
「ほーん?」

 基地周辺に、新しい施設でもできたのか?と思いながら、岡崎のあとに続く。そして改札口の前で立ち止まった。改札口の上の壁に、大きな横断幕がはられている。


【 お帰りなさい、影さん!! 帰ってくるのを待ってたよー!! 】


「おお、これはまた!」
「すごーい、手作りの横断幕だね! あそこ、達矢たつや君の似顔絵じゃ?」
「パパボーズもいるー!」

 嫁ちゃんとチビスケが指さす先を見ると、そこには俺の似顔絵と、影坊主のイラストが描かれていた。

「よおもまあタイミングよく、こんなんはったなあ。マニアさん達の情報網、恐るべしやな」
「基地のほうでは、影山さんがいつ到着するかわかっていたんですが、それを民間の人に教えるわけにはいかないのでね。鉄道会社に頼んで一週間の予定で、基地の広告掲示物として貼らせてもらったんですよ」
「ああ、なるほど」

 広報のブルーとは違い、防空任務につくパイロットの動向は、パイロットとその家族の安全上、ほとんど表に出ることはない。今回のこれも、ギリギリのラインでタイミングを「助言」をしたのだろう。

「もしかして、ブルーで来た時に見た、土手の横断幕を作った人らなん?」
「そうです。影さんの叫びをでる会とか言ってましたよ」
「わいの叫びをでるて、なんなん」

 あまりな名称に、思わず笑ってしまった。

「申し訳ないのですが、明日、着任の挨拶をしたら、司令とここで写真を撮ってもらえますか。せっかく横断幕を作ってもらったので、せめて写真ぐらいは撮って見せてあげないと」
「了解やで」
「その時に、お礼のメッセージを書いてもらえると、ありがたいんですが」
「わかったわかった。飛ぶより先に広報のお仕事なんて、素敵やん? このまま、広報任務についてもええんやで?」

 俺の言葉に、岡崎はとんでもないと首を横にふる。

「なに言ってるんですか。影山さんは飛ぶ任務ですよ。杉田隊長が首を長くして待ってますからね」
「えー、広報でええわー、飛びたないわー」
「飛ぶんですよ、影山さんは」

 そんなこんなで、俺達一家の築城での生活がスタートや!
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