シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 4

第四十八話 ほんまにラスト

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「いよいよっすねえ」
「本当のラストとなると、感慨深いもんですね」
「なんとなく寂しい気分っすよ」
「まったくだよ」

 五番機の足元をのぞきこんでいると、横に立っていた坂崎さかざき神森かみもりがつぶやいた。

「いやいや、その顔。絶対にホッっとしとるやろ?」
「そんなことないっすよ」
「気のせいです」

 二人が実に胡散臭うさんくさい笑みを浮かべている。ライダーよりキーパーのほうが、ブルーにいる期間が少しだけ長い。今の五番機組キーパーは、俺が脱デッシーする前から五番機のアクロを支えていた。そんな彼等と別れるのは、たしかに名残りおしい気がしないでもない。

「そんなに寂しいんやったら、五番機組キーパー三人とも、一緒に築城ついきに来たらええやん」

 そう言ったら、二人とも目をむいた。一人離れて準備をしていた萩原はぎわらも、大袈裟おおげさな動作で首を横に振っている。

「とんでもない! もう先輩のお守りはかんべんやし!」

 坂崎が関西弁で叫んだ。そして神森と萩原も、その言葉にうなづく。

「坂崎に賛成です。空にあげるのがここまで大変なパイロットなんて、二度とごめんです。俺は岐阜ぎふ基地に戻る予定なんです。こっちがお世話したほうですけど、今までお世話様でした」
「なんや、つれないで」

 笑っているところをみると、半分は冗談のようだが、残りの半分は本気なんやろうな。点検を終えると、ウォークダウンのスタート地点に集合する。隊長が整列している俺の前に立った。

「影山にとって、今日がブルーでのラストフライトになるわけだが、最後になにか言うことはないか」
「飛びたないんですわ」
「妙なフラグが立たず安心した」

 隊長が真顔で言い、その場にいた葛城を含めたライダー達が笑った。そして隊長が自分の位置に立つ。葛城が号令をかけ、全員が足を踏み出した。初めてこれを航空祭でした時、なんともこそばゆい気分になったことを思い出す。もちろん航空祭でサインをした時も。

―― ほんま、広報の仕事っちゅうのも大変やったで ――

 これまでの三年間を振り返りながら、心の中でそんなことをつぶやいた。一人一人がそれぞれの機体の前で列を離れ、最後は俺と葛城だけになる。そして五番機の前にさしかかった。

「ほな、行ってくるわ、また後でなー……はー、ほんま、飛びたないで」

 離れる寸前にボソッとつぶやくと、号令をかけていた葛城の声が、一瞬だけ笑い震えた。コックピットにおさまり前を見ると、嫁ちゃん達の姿があった。チビスケとチビ姫は、班長お手製のイヤーマフをしている。

「まーったく、ほんま器用やなあ、うちの班長。別の職業についたら良かったんちゃうん」
「ま、そのうち、関連グッズを売っているお店から、販売許可の申請がくるかもしれませんね、班長のイヤーマフ」

 ハーネスのチェックをしていた神森が笑った。

「なあ、ほんまに飛ばなあかんの? チビ達と下から見てたいんやけど?」
「なに言ってるんですか。お子さん達がかっこいいパパを期待してますよ。まあ、娘さんはまだ赤ちゃんですから、今日のことは覚えてないかもしれませんけど、息子さんにとっては良い思い出になるでしょう」

 神森がいつものように笑って、俺の肩をつかむ。

「目の前で家族が見ててくれても、飛びたないねんで。飛びたない気持ちをなめたらあかんで」
「いやあ、この飛びたくない愚痴り、これが最後とは、本当に寂しいですよ」
「ぜんっぜん、そんなふうに思ってないやろ?」
「ええ、まったく。では、行ってらっしゃい」
「ほんま、かなわんで」

 キーパー三人が所定の位置につき、エンジンをスタートさせた。

「はー、エンジンも快調やでー、飛びたないのに。ラダーもフラップも、めっちゃええ調子やーん? こんなん絶対に飛ばなあかんやーん?」

 全機異常なしで、隊長からのgoサインが出た。機体が動き出すと、チビスケが嬉しそうにジャンプしながらライダー達に手を振り、ライダー達もそれに応えている。

「おお、みっくん。今日はライダーのお手ふりを独り占めやな」

 順番がきたので、ブレーキを解除し移動を開始した。もちろん、お手ふりも忘れずに、や。チビスケがなにやら叫び、嫁ちゃんがチビ姫の手を振らせている。その後ろには、お義父とうさんとお義母かあさんがニコニコしながら立っていた。

「はー……わいは果報モンやで、ほんま。飛びたないけど」

 家族の姿が視界から消えると、これからのフライトに集中する。いくら飛びたくなくてもそこは絶対だ。

『息子さん、喜んでましたね』

 葛城の声が耳に入ってきた。

「ブルーさんのお手ふり独占やで。めっちゃうらやましいわ~、できたらわいも見送りたかったわ~」
『そんなことしたら、息子さんがっかりじゃないですか』
「そんなことあらへんで」

 六機が滑走路に並んだところで、いったん機体を停止させる。そして後ろを振り返れば、六番機のコックピットで葛城が笑っているのが見えた。

「そもそも、わいが飛びたない気持ちを一番理解してくれているのは、わいの家族やさかいな」
『そうかなあ……』

 葛城は、首を左右に大きくかしげる。

「そうなんや。はー、飛びたないで、ほんま。エンジンも問題なし、操縦系も異常なし、なしなしづくして飛ばなあかんの間違いなしや。つらいわー……あかんわー……しかも晴天やで、雲まったくないで、どういうこっちゃ。そう言えばポンチョかて、あの一回きりやったやん、どないなっとんねん」

 機体をチェックしながらつぶやいた。

『最後の最後が晴天で良かったじゃないですか。これが雨だったら、どんなオチなんだってツッコミきますよ』
「一度ぐらい、そんなネタでつっこまれたいわー。今から後藤田ごとうだと交替したらあかん? なんで今日に限って四番機後席やねん」

 隊長の声がして、四機が離陸態勢に入った。

「あー、後藤田、行ってまうわ。さーて、いよいよ影さん、ラストのアクロやで」
『今日もよろしくお願いします』
「こちらこそよろしゅうやで、オール君」

 スモークで一瞬、視界が真っ白になる。いよいよテイクオフ。四機が離陸していく。

「ほな、そろそろいくで。計器、オッケー、ブレーキ解除、オッケー。ほな行くで~、スモーク、オンー」

 滑走を開始し地面から機体が離れた。

「05、ローアングルキューバンテイクオフ、レッツゴーや」

 一気に高度を上げる。所定の高度まで上がると、機体を何度かひねりながら水平飛行へとうつった。

「はー、ほんま、誰が考えたんや、これ。何度やっても、頭わいてるしか思えへん」

 ブツブツ言いながら、次のポイントへと向かう。そして一つずつ課目をクリアーしていくごとに、最後が迫っていた。六番機とのコークスクリューを終えると、他の四機と合流するために大きく旋回をする。六機がそろったところで、基地上空への進入コースへと入った。

『では、影山ラストフライト。ご家族への感謝を込めてのラストアクロだ』

 本来はここで着陸態勢に入るのだが、今日は一つ課目を増やしていた。それぞれの高度に上がり、隊長が出す合図を待つ。

『スモークオン、サクラ、レッツゴー』

 隊長が追加したのは『桜』だった。白いスモークを出しながら、六機で大きな円を描く。雲一つない青空だ、きっと鮮やかな桜が咲いているに違いない。

『ミッション、コンプリート。全機、デルタ隊形へ。着陸態勢に入る』

 隊長の指示で六機が集合し、編隊を組み基地上空を航過こうかすると、着陸態勢に入った。

「ようやっと終わったでー。ほんま、長かったわー」
『お前がやりたいなら、ワンタイムアクロを追加するが?』
「いやですー」
『最後まで影山は影山だったな』

 珍しく隊長が笑う。地上に戻り、ウォークバックを終えた俺を真っ先に出迎えてくれたのは、チビスケだった。目をキラキラさせて突進してくる。

「パパ、かっこよかった!! ぼくもぱいろっとになる!!」

 そしてなにやら、とんでもないことを口走った。

「ちょ、みっくんや。パイロットにならんかて、かっこいい仕事あるで? ほら、お巡りさんとか消防士さんとか? 自衛隊かて、ほれ、陸さんやら海さんやらあるやん?」
「おい、影山。航空自衛隊の人材募集の邪魔をするな」

 後ろからやってきた隊長は真顔だ。

「うちの息子、まだ幼稚園児ですし?」
「ぶるーぱいろっとーー!!」
「マジなん?」
「二十年後が楽しみだな」

 隊長がニヤッと笑う。

「二十年! わい、お爺ちゃんですやん」
「影山さんの、退官前のラストフライトに間に合うと良いですね」

 葛城がニコニコしながら話に加わった。

「え、わい、そこまで働かなあかんの?」
「だって自衛隊って慢性的に人手不足ですし。可能性としてはあるのでは? うちの父も退官、延長されてますしね」
「えー、そんなんカンニンやで……」

 離れた場所にいたキーパー達やカメラを持った広報達がやってくる。

「どうやら影山ジュニアの空自入隊も決まったようだし、ますます楽しみだな」

 彼等を引き連れてきた司令が、そう言いながら笑った。

「いやあ、どうでっしゃろ。もしかしたら海自さんに行きたいとか言うかもしれへんし」
「そこは父親として、きちんと英才教育をほどこすように」
「ええええ……」

 そこへ、嫁ちゃんがにニコニコしながらやってきた。

「パパ、かっこよかったもんねー、みっくんが憧れるのもわかるよ」
「そーかー?」
「そうだよー。きっとチビ姫もみっくんぐらい大きかったら、同じこと言ったと思うな」 

 子供達に「パパ、かっこいい」と言ってもらえるのはそれなりに嬉しい。飛びたくないなりに、頑張っていた甲斐かいがあるというものだ。

「さあ、記念写真を撮るぞー。おチビさん達のご機嫌が良いうちにな」

 司令の一声で、その場にいた全員が五番機の前に集合する。ブルー全員での写真の他に、家族との写真も何枚か撮ってもらった。みっくんが前席に座り、俺が後席の写真も。

「二十年後、こうなるんかいな、おっかないで」

 そう言うとその場にいた全員が笑った。一通り写真を撮り終えると、大きなバケツ、と言うより、水槽的な何かが運ばれてきた。覚悟していたとは言え、イヤな予感しかしない。

「……なんでそんなに大きいんや。誰か行水ぎょうずいでもするんか?」

 中をのぞき込むと、しっかり氷がぎっしりと詰め込まれている。もうイヤな予感どころじゃないで、これ。

「さあ、お待ちかねのシャワータイムだ。覚悟は良いか、影山」
「……隊長、めっちゃ悪い顔してますやん」
「そりゃあ、これまでずいぶんと苦労したからな。ああ、もちろん苦労したのは総括班長もだ」
「覚悟しろよ、影山。俺も苦労したんだ」
「班長までめっちゃ悪い顔してる! っていうか、俺だけに苦労したわけちゃうやろ?!」

 しかも二人とも、すでに氷水が入ったバケツを手にしていた。

「やかましい。隊長、班長命令で問答無用だ」
「ムチャクチャや! ちょ、挟み撃ちとかやめて!! 卑怯ひきょうやろ!!」
「だから問答無用!」

 隊長と青井からの一撃を食らうと、その後は自称「影さんに苦労した人達」がこぞって水を浴びせにかかってきた。

「なんで包囲網しくんや!! パンツまでビショビショやん!!」
「替えの下着、持ってきたから大丈夫だよー」

 離れた場所で笑いながらバケツシャワーを見ていた嫁ちゃんから、そんなことを言われた。 

―― 今日ばかりは晴天で良かったで…… ――

 フェンスの向こう側で、写真を撮っている人達に挨拶しに向かった時には、水もしたたる良い男どころではなくなっていたんだが、まあこれも、俺らしくてええんちゃう?
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