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本編 4
第四十七話 ほんまにラスト?
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「今日の朝一メトロは影山だ」
「了解しました。はー、飛びたないで」
「昼のメトロは影山だ」
「まーたかいな、おにぎり足りひんくなりそうや。ほんま、飛びたないわー」
「影山、サードもメトロで飛べ」
「ちょ、またなん? 飛びたないのに」
「なにか文句あるのか」
「いいえ。隊長の御命令通りにいたしますー」
「うむ」
「影山、今日のメトロもすべてお前だ」
「ラストショーすぎたのに、我が家の米の消費量が減るどころか増えてるのは、なんでやねん。ほんま、飛びたないで」
「なにか文句でも?」
「ございません」
「うむ」
「影山」
「今日のメトロは今、飛行班長が隊長付つれて飛んでいきましたやん」
離陸したばかりのメトロ機を指でさす。
「ああ、そうだったな。うっかりしていた。今日の影山は、六番機の後ろだったな」
「それかて、なんでやねんですわー……」
「デュアルソロの錬成は師匠の責任だろ。四の五の言わずにさっさと飛べ」
「へーい……」
最近、隊長の俺に対する扱いが非常に雑だ。
ラストショー後の飛行訓練では、後藤田が五番機として飛ぶようになっていた。たまに後ろに座るが、葛城とのデュアルソロも問題なくこなしている。ただ葛城と後藤田が、たまに「自分達の場合、ここはあかんの「ん」のタイミングのほうが良さそうですね」などと話しているのが、若干、気にかかる。もう俺は卒業するというのに、まだそれでタイミングを計っているのか?とあきれるばかりだ。
「なんや飛んでばかりやん、俺。そろそろ地上で見物してたいで」
「ああ、それと影山」
歩き始めたところで呼び止められた。
「なんでっしゃろ?」
「ここでのお前のラストは週明けの月曜日、昼一のフライトだ。ラストフライトに奥さん達を呼ぶなら、今週中に青井に知らせておけ」
「……」
「影山?」
「あ、はい。了解です」
そろそろ引っ越しの日がせまっていた。だが、このままの調子でいくと、築城に向かう直前まで飛ぶことになるのでは?と思っていたので、正直、隊長の言葉に驚いている。
―― こっちのお義父さんとお義母さんも招待せななー ――
そんなことを考えながら、六番機に向かった。
+++++
そして当日。なにかもっとこう、特別な気持ちがわくかと思っていたが、相変わらず気分は「飛びたない」で、あきれるぐらい普段通りだった。
「達矢君、昼一番の飛行訓練で良いんだよね」
出かけようとしていた俺に、嫁ちゃんが声をかけてきた。
「そうやで。ゲートのほうに話は通ってるさかい、影山んちのモンです言うたらええで」
「お父さんとお母さんも一緒で良かったの?」
「もちろんや。築城ではうちのオトンとオカンが招待されてたんやからな。こっちで嫁ちゃんとこを呼ばへんかったら、俺がオカンにどつかれるわ」
ただ、ジャンパーは用意できなかったらしい。その点は申し訳ないと思っている。
「お父さんとお母さん、招待してもらえるとわかって、すごく喜んでたよ」
「そりゃよかった。あとは晴れるだけやな」
「どう考えても、晴れてるよね?」
出かける直前、ベランダから見あげた空を思い浮かべる。太陽が昇りつつある空には雲一つなかった。天気予報を見るまでもなく、今日も間違いなく晴天だ。
「ま、そうなんやけどな。最後の最後で大雨やったら、それこそシャレにならへんやん? 今日ばかりは晴れて良かったで。飛びたないけど」
「まだ言ってるー」
「パパ、今日、飛ぶ?」
チビスケが後ろから走ってくる。いつもなら眠くてぐずくずしているのに、今日は元気いっぱいだ。
「飛ぶでー」
「今日は人がたくさんいないから、近くでゆっくり見れるよ、みっくん」
嫁ちゃんの言葉に、嬉しそうにニパッと笑う。
「とくとうせきー?」
「そうだね。きっと特等席だと思うよー」
「とくとうせきーー!!」
チビスケは実に無邪気だ。パパブルーラストと聞いてしんみりするかと思っていたら、嫁ちゃんいわく、気分はすでに築城のパンサーなんだそうだ。つまりチビスケにとって今日は、ブルーインパルスラストではなく、パンサーへの第一歩ということらしい。
「ほな、行ってくるわー」
「いってらっしゃーい。楽しみにしてるねー」
ドアを閉めようとしたところで「んー?」と心配になった。
「どうしたの?」
「今日の昼からのフライト、それがほんまに最後やんな?」
隊長のことだ。明日、いきなり「影山、メトロにいけ」と言いだすかもしれない。
「それは私に聞かれてもわからないな。ほら、そろそろ出ないと遅刻しゃちゃうよ?」
「ん。ほな、ほんまに行ってくるわ」
そう言ってドアを閉めた。
―― ほんまにラストなんかー? あやしゅうないかー? ――
今までのことを考えれば、俺がそう考えてしまうのもしかたがないと思うんだが、どうやろう。
+++
着替えてブリーフィングルームに向かう途中、前から青井が歩いてきた。その手に持っているのは、イヤーマフとおぼしきものだ。だがキーパー達がしているものに比べると、かなり小さいように思う。
「班長、なにもってるん? イヤーマフにしては小さない?」
「間違いなくイヤーマフだよ。影山んとこのみっくんと、ちび姫ちゃん用のだよ。小さい子達でもつけられるようにって軽量化を目指したんだけどさ、作るのに苦労したよ。なんとか間に合って良かった」
差し出されたのは間違いなくイヤーマフだった。両耳の部分は白とブルーのブルーインパルス仕様になっていて、ワンポイントに今年のワッペンのイラストがついている。
「なんでまた」
「だってエンジン音が大きいからさ。赤ちゃん、あんな大きな音を聞いたら泣いちゃうだろ?」
「嫁ちゃん、離れたところで見てるいうてたで?」
「いやいや。せっかく影山のブルーラストに来るんだから、そこは近くで見てもらわないと。とにかくだ、防音性能も問題ないし、これならみっくんも、耳をふさがなくて大丈夫だと思う」
つまり見かけだけのオモチャではなく、本格的なものということらしい。
「こんなん作るなんてめっちゃ器用やな。別の仕事についたほうがええんちゃうん」
「別に俺が作ったわけじゃないよ。メーカーさんと相談して作った特注品さ。もちろんみっくん達だけのためじゃないぞ? のちのち、航空祭に遊びに来る子供達の役に立つかもしれないだろ?」
「なるほど」
展示飛行の時でも、エンジンの大きな音に耳をふさいだしり、泣き出したりする子供達の姿があった。そんな子供達用に、イヤーマフが用意できたら良いかもしれない。まあどこから予算をひねり出すのかが問題になってくるが。
昼飯を食べ終わって外に出ると、すでに地元テレビの取材チームが来ていた。いつもなら、こっちの姿を見つけたらすぐに駆けつけてくるのだが、今日は特別な日のせいか、彼らもおとなしいものだ。
「パパー!!」
「おお、みっくん。もう来たんか。早かったな。準備が始まるまで、まだもうちょっとあるで?」
「うん!! おにぎりタイムだからって、ママから!!」
チビスケが差し出したのは、ラップに包まれたおにぎりだった。
「あー、一個たりひん思うてたら、こういうことやったんか」
「これないと、パパ、とばないっていうからわたしてって、ママが!」
「せやねーん。ママのおにぎりなくて、どないしようか思うてたわ。おおきにやで、みっくん」
「ぼくのももってきた!」
俺に渡されたおにぎりより、さらに小さいおにぎりがかざされる。
「おー。ほな、ここで一緒に食べようか。あ、ラップは飛ばしたらあかんで? 飛んでったらえらいことになるさかいな、パパがとったるし」
「はーい!!」
ハンガー前のいつもの場所に座ると、チビスケが持ってきたおしぼりで手をふき、おにぎりのラップをはがす。
「手、ふいたか?」
「ふいたー!」
「ほな、おしぼりはこっちに渡し。で、おにぎりさんや」
「はーい」
それを受け取ったチビスケは、俺が自分用におにぎりのラップをはずかすのを待っていた。
「先に食べてええで?」
「いっしょにたべる!」
「そーかー。ほな、いただきます」
「いただきまーす!」
二人で一列に並んでいるT-4をながめながら、おにぎりにかぶりついく。
「ママのおにぎり最高やな」
「さいこー!!」
「具は一緒なん?」
「しゃけ!!」
「パパもや」
「あれ、今日は珍しいおにぎりタイムですね。てっきり班長と、最後のおにぎりタイムだと思っていたのに」
奥から出てきた葛城が、俺達の横で立ち止まった。
「せやろ? ああ、来た来た。班長、おにぎり持ってきたかー?」
さらに後ろから青井が出てくる。
「え? いや、みっくんにイヤーマフを届けに渡そうと思ってさ。おにぎりタイムしてるなら、あとにしようか」
「おにぎりはー?」
「……うん? 俺のおにぎりはここにあるよ」
チビスケに催促されて、はずかしそうにウエストのポーチからおにぎりを取り出した。
「おお、ちゃんとあるやーん」
「おそろい!!」
「みっくん、なに見とるんや? ああ、オール君は飛ぶ前に食べへん人やから」
青井がチビスケの横に腰をおろし、おにぎりのラップをはがしはじめる。するとチビスケは、今度は横に立っている葛城を見上げた。
「……ないの?」
「あー、ごめんねー。おにぎりは好きなんだけど、飛ぶ前はちょっとね」
チビスケに見つめられ、葛城は困ったように笑う。
「そっかー……」
「パパの胃袋とママのおにぎりがミラクルやからできることなんやで」
「はんちょーさんも?」
「せやで。班長のおにぎりもミラクルなんや」
「今日は俺、飛ばないけどねー」
青井の場合、別の意味でミラクルなおにぎりなんだが、今日のおにぎりの見た目は意外と普通のものだった。
葛城が笑っている横で三人でおにぎりを食べていると、キーパー達が点検のために一足早く出てきた。いよいよラストフライトの始まりだ。チビスケは興味深そうに、その作業を見つめている。
「近くで見せてあげたいけど、今はちょっと無理かな。近くで見るのは、訓練飛行が終わってからにしようね」
チビスケの視線に気づいた青井が言った。
「さて、そろそろ飛行前の点検だ。影山、おにぎりのラップは俺が捨てておくから」
「おおきにやで、班長。みっくんのもよろしゅう」
「まかされた」
「ありがとー!」
ラップは班長のウエストポーチの中に消える。
「じゃあみっくん、イヤーマフを取りに行こうか。それをして戻ってくる頃には、きっとウォークダウンが始まるころだと思うよ」
「はーい!!」
青井の言葉に、チビスケは元気いっぱいの返事をした。
「じゃあ、葛城君、影山を頼むね。最後の最後で逃げ出さないように」
「了解しました」
「ちょっと。なんでそこで葛城にお世話させるん」
「沖田から念押しされてるし」
「俺もです。朝からずっと飛びたくないって愚痴ってたから、最後まで目を離すなって言われました」
うんうんと葛城もうなづく。
「なんでやねん」
「ラストだっていうのに、困ったもんだよ。じゃあ楽しいフライトを」
青井は笑いながら、チビスケをつれてハンガーの中へと戻っていった。
「では行きますか」
「逃げへんで」
「班長命令ですから」
「はー、まったく。やっぱり飛びたないで」
「おにぎり食べたんだから、飛んでくださいよね」
飛行前の点検をすめために、俺達はそれぞれの機体へと向かった。
「了解しました。はー、飛びたないで」
「昼のメトロは影山だ」
「まーたかいな、おにぎり足りひんくなりそうや。ほんま、飛びたないわー」
「影山、サードもメトロで飛べ」
「ちょ、またなん? 飛びたないのに」
「なにか文句あるのか」
「いいえ。隊長の御命令通りにいたしますー」
「うむ」
「影山、今日のメトロもすべてお前だ」
「ラストショーすぎたのに、我が家の米の消費量が減るどころか増えてるのは、なんでやねん。ほんま、飛びたないで」
「なにか文句でも?」
「ございません」
「うむ」
「影山」
「今日のメトロは今、飛行班長が隊長付つれて飛んでいきましたやん」
離陸したばかりのメトロ機を指でさす。
「ああ、そうだったな。うっかりしていた。今日の影山は、六番機の後ろだったな」
「それかて、なんでやねんですわー……」
「デュアルソロの錬成は師匠の責任だろ。四の五の言わずにさっさと飛べ」
「へーい……」
最近、隊長の俺に対する扱いが非常に雑だ。
ラストショー後の飛行訓練では、後藤田が五番機として飛ぶようになっていた。たまに後ろに座るが、葛城とのデュアルソロも問題なくこなしている。ただ葛城と後藤田が、たまに「自分達の場合、ここはあかんの「ん」のタイミングのほうが良さそうですね」などと話しているのが、若干、気にかかる。もう俺は卒業するというのに、まだそれでタイミングを計っているのか?とあきれるばかりだ。
「なんや飛んでばかりやん、俺。そろそろ地上で見物してたいで」
「ああ、それと影山」
歩き始めたところで呼び止められた。
「なんでっしゃろ?」
「ここでのお前のラストは週明けの月曜日、昼一のフライトだ。ラストフライトに奥さん達を呼ぶなら、今週中に青井に知らせておけ」
「……」
「影山?」
「あ、はい。了解です」
そろそろ引っ越しの日がせまっていた。だが、このままの調子でいくと、築城に向かう直前まで飛ぶことになるのでは?と思っていたので、正直、隊長の言葉に驚いている。
―― こっちのお義父さんとお義母さんも招待せななー ――
そんなことを考えながら、六番機に向かった。
+++++
そして当日。なにかもっとこう、特別な気持ちがわくかと思っていたが、相変わらず気分は「飛びたない」で、あきれるぐらい普段通りだった。
「達矢君、昼一番の飛行訓練で良いんだよね」
出かけようとしていた俺に、嫁ちゃんが声をかけてきた。
「そうやで。ゲートのほうに話は通ってるさかい、影山んちのモンです言うたらええで」
「お父さんとお母さんも一緒で良かったの?」
「もちろんや。築城ではうちのオトンとオカンが招待されてたんやからな。こっちで嫁ちゃんとこを呼ばへんかったら、俺がオカンにどつかれるわ」
ただ、ジャンパーは用意できなかったらしい。その点は申し訳ないと思っている。
「お父さんとお母さん、招待してもらえるとわかって、すごく喜んでたよ」
「そりゃよかった。あとは晴れるだけやな」
「どう考えても、晴れてるよね?」
出かける直前、ベランダから見あげた空を思い浮かべる。太陽が昇りつつある空には雲一つなかった。天気予報を見るまでもなく、今日も間違いなく晴天だ。
「ま、そうなんやけどな。最後の最後で大雨やったら、それこそシャレにならへんやん? 今日ばかりは晴れて良かったで。飛びたないけど」
「まだ言ってるー」
「パパ、今日、飛ぶ?」
チビスケが後ろから走ってくる。いつもなら眠くてぐずくずしているのに、今日は元気いっぱいだ。
「飛ぶでー」
「今日は人がたくさんいないから、近くでゆっくり見れるよ、みっくん」
嫁ちゃんの言葉に、嬉しそうにニパッと笑う。
「とくとうせきー?」
「そうだね。きっと特等席だと思うよー」
「とくとうせきーー!!」
チビスケは実に無邪気だ。パパブルーラストと聞いてしんみりするかと思っていたら、嫁ちゃんいわく、気分はすでに築城のパンサーなんだそうだ。つまりチビスケにとって今日は、ブルーインパルスラストではなく、パンサーへの第一歩ということらしい。
「ほな、行ってくるわー」
「いってらっしゃーい。楽しみにしてるねー」
ドアを閉めようとしたところで「んー?」と心配になった。
「どうしたの?」
「今日の昼からのフライト、それがほんまに最後やんな?」
隊長のことだ。明日、いきなり「影山、メトロにいけ」と言いだすかもしれない。
「それは私に聞かれてもわからないな。ほら、そろそろ出ないと遅刻しゃちゃうよ?」
「ん。ほな、ほんまに行ってくるわ」
そう言ってドアを閉めた。
―― ほんまにラストなんかー? あやしゅうないかー? ――
今までのことを考えれば、俺がそう考えてしまうのもしかたがないと思うんだが、どうやろう。
+++
着替えてブリーフィングルームに向かう途中、前から青井が歩いてきた。その手に持っているのは、イヤーマフとおぼしきものだ。だがキーパー達がしているものに比べると、かなり小さいように思う。
「班長、なにもってるん? イヤーマフにしては小さない?」
「間違いなくイヤーマフだよ。影山んとこのみっくんと、ちび姫ちゃん用のだよ。小さい子達でもつけられるようにって軽量化を目指したんだけどさ、作るのに苦労したよ。なんとか間に合って良かった」
差し出されたのは間違いなくイヤーマフだった。両耳の部分は白とブルーのブルーインパルス仕様になっていて、ワンポイントに今年のワッペンのイラストがついている。
「なんでまた」
「だってエンジン音が大きいからさ。赤ちゃん、あんな大きな音を聞いたら泣いちゃうだろ?」
「嫁ちゃん、離れたところで見てるいうてたで?」
「いやいや。せっかく影山のブルーラストに来るんだから、そこは近くで見てもらわないと。とにかくだ、防音性能も問題ないし、これならみっくんも、耳をふさがなくて大丈夫だと思う」
つまり見かけだけのオモチャではなく、本格的なものということらしい。
「こんなん作るなんてめっちゃ器用やな。別の仕事についたほうがええんちゃうん」
「別に俺が作ったわけじゃないよ。メーカーさんと相談して作った特注品さ。もちろんみっくん達だけのためじゃないぞ? のちのち、航空祭に遊びに来る子供達の役に立つかもしれないだろ?」
「なるほど」
展示飛行の時でも、エンジンの大きな音に耳をふさいだしり、泣き出したりする子供達の姿があった。そんな子供達用に、イヤーマフが用意できたら良いかもしれない。まあどこから予算をひねり出すのかが問題になってくるが。
昼飯を食べ終わって外に出ると、すでに地元テレビの取材チームが来ていた。いつもなら、こっちの姿を見つけたらすぐに駆けつけてくるのだが、今日は特別な日のせいか、彼らもおとなしいものだ。
「パパー!!」
「おお、みっくん。もう来たんか。早かったな。準備が始まるまで、まだもうちょっとあるで?」
「うん!! おにぎりタイムだからって、ママから!!」
チビスケが差し出したのは、ラップに包まれたおにぎりだった。
「あー、一個たりひん思うてたら、こういうことやったんか」
「これないと、パパ、とばないっていうからわたしてって、ママが!」
「せやねーん。ママのおにぎりなくて、どないしようか思うてたわ。おおきにやで、みっくん」
「ぼくのももってきた!」
俺に渡されたおにぎりより、さらに小さいおにぎりがかざされる。
「おー。ほな、ここで一緒に食べようか。あ、ラップは飛ばしたらあかんで? 飛んでったらえらいことになるさかいな、パパがとったるし」
「はーい!!」
ハンガー前のいつもの場所に座ると、チビスケが持ってきたおしぼりで手をふき、おにぎりのラップをはがす。
「手、ふいたか?」
「ふいたー!」
「ほな、おしぼりはこっちに渡し。で、おにぎりさんや」
「はーい」
それを受け取ったチビスケは、俺が自分用におにぎりのラップをはずかすのを待っていた。
「先に食べてええで?」
「いっしょにたべる!」
「そーかー。ほな、いただきます」
「いただきまーす!」
二人で一列に並んでいるT-4をながめながら、おにぎりにかぶりついく。
「ママのおにぎり最高やな」
「さいこー!!」
「具は一緒なん?」
「しゃけ!!」
「パパもや」
「あれ、今日は珍しいおにぎりタイムですね。てっきり班長と、最後のおにぎりタイムだと思っていたのに」
奥から出てきた葛城が、俺達の横で立ち止まった。
「せやろ? ああ、来た来た。班長、おにぎり持ってきたかー?」
さらに後ろから青井が出てくる。
「え? いや、みっくんにイヤーマフを届けに渡そうと思ってさ。おにぎりタイムしてるなら、あとにしようか」
「おにぎりはー?」
「……うん? 俺のおにぎりはここにあるよ」
チビスケに催促されて、はずかしそうにウエストのポーチからおにぎりを取り出した。
「おお、ちゃんとあるやーん」
「おそろい!!」
「みっくん、なに見とるんや? ああ、オール君は飛ぶ前に食べへん人やから」
青井がチビスケの横に腰をおろし、おにぎりのラップをはがしはじめる。するとチビスケは、今度は横に立っている葛城を見上げた。
「……ないの?」
「あー、ごめんねー。おにぎりは好きなんだけど、飛ぶ前はちょっとね」
チビスケに見つめられ、葛城は困ったように笑う。
「そっかー……」
「パパの胃袋とママのおにぎりがミラクルやからできることなんやで」
「はんちょーさんも?」
「せやで。班長のおにぎりもミラクルなんや」
「今日は俺、飛ばないけどねー」
青井の場合、別の意味でミラクルなおにぎりなんだが、今日のおにぎりの見た目は意外と普通のものだった。
葛城が笑っている横で三人でおにぎりを食べていると、キーパー達が点検のために一足早く出てきた。いよいよラストフライトの始まりだ。チビスケは興味深そうに、その作業を見つめている。
「近くで見せてあげたいけど、今はちょっと無理かな。近くで見るのは、訓練飛行が終わってからにしようね」
チビスケの視線に気づいた青井が言った。
「さて、そろそろ飛行前の点検だ。影山、おにぎりのラップは俺が捨てておくから」
「おおきにやで、班長。みっくんのもよろしゅう」
「まかされた」
「ありがとー!」
ラップは班長のウエストポーチの中に消える。
「じゃあみっくん、イヤーマフを取りに行こうか。それをして戻ってくる頃には、きっとウォークダウンが始まるころだと思うよ」
「はーい!!」
青井の言葉に、チビスケは元気いっぱいの返事をした。
「じゃあ、葛城君、影山を頼むね。最後の最後で逃げ出さないように」
「了解しました」
「ちょっと。なんでそこで葛城にお世話させるん」
「沖田から念押しされてるし」
「俺もです。朝からずっと飛びたくないって愚痴ってたから、最後まで目を離すなって言われました」
うんうんと葛城もうなづく。
「なんでやねん」
「ラストだっていうのに、困ったもんだよ。じゃあ楽しいフライトを」
青井は笑いながら、チビスケをつれてハンガーの中へと戻っていった。
「では行きますか」
「逃げへんで」
「班長命令ですから」
「はー、まったく。やっぱり飛びたないで」
「おにぎり食べたんだから、飛んでくださいよね」
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