シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
50 / 77
本編 4

第四十六話 ラストショー 2

しおりを挟む
 スキップすることも課目内容を変更することもなく、一区分のすべてが無事に終わった。管制にミッションコンプリートを告げる隊長も、満足げな口調だ。着陸をして、最初に駐機していた場所に戻る。目の前にはたくさんの人が、カメラをかまえてこちらを見ていた。

―― ほんまにこれが、最後なんやな ――

 少しだけ感傷的な気分になった。もちろん、松島で飛行訓練をする時間はまだ残っている。異動するまでは、後藤田ごとうだの後ろに座り、アクロの精度を毎日確認することになるだろう。だが、これだけたくさんの人達の前で、ブルーとして飛ぶのは今日が最後だ。

「はー、お疲れさんやで。これで当分のあいだは、飛ばんでええやんな?」
「帰路があるでしょ。ちゃんと五番機を松島に連れて帰らないと。ちなみに俺は、予備機を任されてますからダメですよ」

 後藤田が先回りして言った。

「なんでや。もう自分が飛ばしたらええやん」
「五番機を松島に連れて帰るのは、隊長から任された影山さんの任務でしょ?」

 エンジンを切るとコックピットが静かになる。

「ま、とにかくお疲れ様でした。今回の展示飛行も、快晴で良かったです」
「ほんま、雨、降らんかったなあ。ここまで晴れると、来年からどうなるか楽しみやで」
「影坊主の御利益は続くんじゃないですかね。知りませんけど」

 そんな言葉にニヤニヤしながら、帽子をかぶってサングラスをかける。

「ほな、お先ぃ」
「どうぞ」

 コックピットから降りて、キーパー三人の前に立った。見学者達には背中を向けているので、俺の顔はあちらには見えない。それを利用して三人に愚痴ってやる。

「やれやれ、最後まで逃げられへんかったわ、無念やで。とにかくラストショー、お疲れさんや」

 そう言いながら、三人と握手をした。アクロが終わった後にするこの握手も、これが最後だ。葛城かつらぎが歩いてきたので、その隊列に加わり、ウォークダウンのスタート地点へと戻る。最後に隊長が加わり、六名が横一列に整列した。そして敬礼をする。見学者達がいる場所から、たくさんの拍手が聞こえてきた。

「はー、終わった終わった」

 帽子のツバにサングラスを引っ掛けながらそう言うと、葛城が笑った。

「ちょっと三佐、素に戻るのが早すぎですよ」
「せやかてな、サングラスかけて、おとなしゅうすました顔してるのも、なかなか大変なんやで?」
「おとなしく、すました顔……」

 なにやら微妙な顔をしている。

「なんや、異議でもあるんかい」
「あるというか、ないというか……」
「大阪人はな、黙ってたら死んでまうんや」
「なんかそれ、大阪出身の芸能人が言っていたような気が」

 葛城は笑いながら俺の横を歩く。そしてロープの向こう側からの声に立ち止まり、彼等に向けて手を振った。

「ほら、影山さんも呼ばれてますよ」

 向こうから「かげさーん」という掛け声が聞こえる。その声に応えて手を振りながら、五番機の元へと戻った。普段ならここで、耐Gスーツやハーネスを受け取るのだが、今日はどうも勝手が違うようだ。なぜか俺の後ろを、全員がゾロゾロとついてきていた。

「さて、影山のブルーとしての展示飛行は今回でラストだ。今日までご苦労だった」

 沖田おきた隊長がそう言ったが、その視線は俺ではなく、五番機のキーパー達に向けられている。

「あの、それって誰に言うてはるんですか?」
「もちろん、神森かみもり達、キーパーだ」

 隊長は、それがなにか?という表情で、俺を見る。

「この二年間、よく影山を逃がさずにいてくれた。お蔭でこの日を迎えることができた。もちろん、葛城もご苦労だった。以後は後藤田とともに、デュアルソロに磨きをかけてほしい」
「はい」
「……納得いかへん」

 再び隊長は、それがなにか?という表情で、俺を見た。

 五番機前にライダーとキーパーが全員集まってきたので、なにかあると察した見学者達が、五番機の前に集まってきた。そして妙などよめきが起きる。

「ん? なんや? ああ!」

 なんと、青井あおいに先導されて、花束を持った杉田すぎた隊長がこちらにやってきた。そして狭山さやま司令とオトンとオカンが、その後ろに続いている。まあこれも、お決まりのセレモニーの一つだが、なにかが違う気がする。まず、なんで花束を持っているのが隊長なんだ?

「なあ、班長。こういう時の花束て、たいていは、一日基地司令のお姉さんから渡されるもんやないのん?」
「俺に言うなよ」

 俺の質問に、青井が困った顔をした。つまり今回のラストショーでの花束贈呈役は、ブルーではなく、この基地で決めたことらしい。

「なんだ、俺から渡されるのは不満なのか」
「不満っちゅうかー……」

 いつもの顔つきでそう言われ、こっちが困っている間に、さっさと花束を押しつけられた。まあ、こういうシーンも、俺らしくて良いのかもしれない。そう思うことにした。

「うちらが渡すより、隊長さんが渡したほうがええやろ?」

 隊長の後ろで、オカンがニヤニヤしながら言った。

「どっちもどっちやけどなあ……」
「記念写真だ。今日が影山にとって、ラストショーだからな」

 俺がグダグダしている間に、沖田隊長と杉田隊長が、さっさと集合写真の立ち位置を決めていく。俺の左横にはオトンとオカン、そして反対側には狭山司令と杉田隊長。そして最前列はキーパー達がしゃがんで並び、ライダーや班長達は、俺達を囲むようにして立つ。

「さすがブルー。編隊を組むのが早いな」

 司令が笑い、広報の担当者が写真を何枚か撮った。もちろん彼等の後ろ、ロープの向こう側では、見学者達もカメラをこちらに向けている。

「えらいこっちゃ。うちらもあの人達の写真に含まれてしまうん?」

 オカンがヒソヒソとささやいた。さすがのオカンも、いっせいに自分達に向けられたカメラの数に、恐れをなしたらしい。

「ま、心配あらへん。たいていは常識がある人達やから、家族が写ってる写真はあまりネットに流さへんし」
「そうなん? せやったら安心やわ」
「ここに、真由美まゆみさんとチビさん達もおれたら、良かったのになあ」

 オトンがつぶやく。

「嫁ちゃん達とは、松島のラストで撮るから心配あらへんで」
「そうか? ほな安心やな。ワシらだけが呼ばれて、申し訳ない思うとったんや」
「さすがに、ここまで来るんは大変やしな」
「そらそうや」

 写真撮影が一通り終わると、その場で解散をした。キーパー達は、展示飛行を終えた機体の点検が待っている。そして俺達ライダー、特に俺は、あともう少しだけ、ファンサービスが残っていた。

「ほな、もうちょっとここにおるさかい。二人とも、またあとでな」
「きばりーやー」
「お疲れさんやな。またあとで」

 二人は司令達と共にその場を離れた。

「さてー、ほな行くで」
「え? 俺もですか?」

 俺に腕をつかまれた後藤田が目を丸くする。

「当たり前や。次からは自分が五番機として飛ぶんや、ちゃんと紹介しとかな。それと、オール君もやで」
「え? 俺も?」

 さらに葛城も目を丸くした。

「デュアルソロ、まだ飛ぶんやろ? 後藤田とペアでよろしゅうしとかな~」

 俺は二人の腕をとり、見学者たちのほうへと向かう。

「影さーん、おつかれー!!」
「展示飛行、おつかれさまー!!」
「おおきにー! たぶん今のでわかった思うけど、今日が最後の展示飛行やってん。次からは、こっちのトーダ君が、オール君とデュアルソロを飛ぶんで、引き続き、よろしゅうなー!」

 残念がる声、ねぎらってくれる声、後藤田と葛城を応援する声など、さまざまな声があがった。

「かげさーん、サイン会に間に合わなかったから、サインをお願いします!」

 今年のツアーパンフレットとサインペンが差し出される。それを見た人達が、我も我もと集まってした。

「あまり時間ないし、並ばれても書けへんかもしれんでー? そうなったらかんにんやでー? そろそろ、ここの飛行隊の展示飛行が始まるやろ? そっちも見なあかんやん? 実は俺も見たいねん」

 その場にいた全員が、俺の言葉に笑った。

 ここの基地での航空祭のトリは、ブルーではなく基地所属の飛行隊の展示飛行だ。そしてその展示飛行では、杉田隊長が飛ぶ。さっき花束を渡しにきたのを見て驚いたのは、それもあったからだ。

「離陸準備もあるのに、わいに花束なんて渡してる場合ちゃうやんなあ、隊長」

 三人でそれぞれサインを書きながら、展示飛行が始まるのを待つ。

「影さん、ブルーを卒業したら、ここに戻ってくるの? 前はここにいたんだよね?」

 サイン帳を差し出した、小学生ぐらいの男の子が質問をしてきた。実のところ、すでに内示は出ていたが、それをここで話すわけにはいかない。

「さあ、どうやろう。前がここでも、次がこことは限らへんねん」
「えー、そうなのー?」
「それにや、もうしばらくは松島におるからね。ここに戻ってこれたら、ええんやけどなあ」
「戻ってきたら、航空祭で展示飛行、飛ぶ?」
「わいより上手に飛ぶ隊長とかおるやん?」

 会場内に、飛行隊の展示飛行が始まるとアナウンスが流れた。いよいよ杉田隊長の出番だ。一年ぶりに見る、杉田隊長達の飛行展示。今年は、どんなトリッキーな機動を見せてくれるだろう。

「でも、僕のお父さん、影さんがここで展示飛行するの、楽しみにしてるんだー。次の航空祭のために、カメラ貯金を始めたよ!」
「おー……それは責任重大やな……」

 マニアさん達が持っている大砲のようなカメラ。値段はかなりのものらしい。あれを買うために貯金するのか。それは大変やな。そんなことを考えながら、その子のサイン帳にサインを書いた。遠くから、F-2のエンジン音が聞こえてくる。いよいよテイクオフだ。

「はいはーい、そろそろ時間やで! サイン会はこれでおしまい! 今から始まる展示飛行、見なあかんやろー? わいらも見るでー?」

 サイン会終了の宣言に残念がる声があがる。だが、ほとんどの人はカメラを手に準備を始めた。

「さてー、わいらが前座をしたここの飛行隊の展示飛行、今年はどんな軌道をするか楽しみやな」

 後藤田と葛城をつれて、見学者達のスペースから離れた。

「カメラ、持ってこれば良かったですかね?」

 後藤田が言った。

「あかんあかん。広報ですらカメラで追いかけるのが大変やゆーてるんや。わいらでは太刀打たちうちできひんて」
「ってことは、一般のマニアさん達が動画をあげてくれるのを待つしかないってことですか」
「そーゆーこっちゃ」

 俺達が滑走路をながめていると、最初の一機が離陸した。長い低空飛行から、一気に高度を上げるF-2。

「いつ見ても、低空飛行のタメがすごいですね」
「今の、杉田隊長やな。あいかわらずタメこみすぎて笑うわ」

 俺達が見守る中、ブルーとは違う青い洋上迷彩の戦闘機達は、すばらしい展示飛行を披露ひろうした。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

処理中です...