シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 4

第四十話 海自さんのお土産

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「はー、終わった終わった。もうこれで、なーんも思い残すことはあらへんわ」

 観艦式本番で護衛艦隊の上を飛び、入間いるま基地に戻ったところで一息ついた。サクラを描き切った後の、隊長のミッションコンプリート宣言の口調からして、ほぼ完璧な編隊飛行だったらしい。

「なにが思い残すことはない、ですか。シーズンはまだ終わってませんよ。っていうか、ブルーが展開する航空祭やイベントは、まだ半分以上、残ってますよ」

 葛城かつらぎが俺の横を歩きながら言った。

「えー? 無事に観艦式の飛行も終わったし、もうほっこりしてもええやん? もう後藤田ごとうだにバトンタッチでええやん?」
「よくないです。松島まつしまに戻ったら、次の航空祭に向けての訓練ですよ。三佐はまだ飛ぶんです」
「師匠には、まだまだ頑張って飛んでもらわないと」

 俺をはさんで反対側を歩いていた後藤田がつけ加える。二人にはさまれ、精神的にではななく、物理的に肩身がせまい。

「葛城君も後藤田も無慈悲むじひやで……」
無慈悲むじひでけっこうです」
「そのとおり」

 二人とも、俺の愚痴をまったく気にしている様子がなかった。

「かわいげがないわー……」
「お互い様ですよ」
「なんでや、俺はかわいいやろ、かげちゃんて呼ばれるんやで」
「誰からですか。そんなの一度も聞いたことないです」

 俺達がエプロンを歩いている間も、観艦式で飛んだ機体が次々と戻ってきていた。だが、そのほとんどは早々に離陸して、本来いた場所へと戻っていく。俺達も今日の夕方にはこちらを飛び立ち、松島に帰投する予定だ。たがその前に、ここで今回の飛行の反省会を行うことになっていた。

 初日から使わせてもらっている会議室に、全員が集まる。そこには、長野ながの三佐の顔もあった。隊長が、長野三佐にどうぞと場所をゆずる。どうやら反省会の前に、海自さんからお言葉があるようだ。

「皆さん、本日はお疲れさまでした。晴天に恵まれ、参加された民間の皆さんも、観艦式を十分に楽しまれたようです。ブルーの展示飛行も完璧だったと、沖田おきた隊長からうかがっています。本当にこのたびは、ありがとうございました」

 そう言って、長野三佐は頭をさげた。

「海幕から改めて礼状が届くと思いますが、担当した自分から直接お礼を申し上げたくて、お時間をいただきました。沖田隊長、時間をさいていただき、ありがとうございます。では、デブリーフィングをどうぞ。ああ、それと」

 なにか言い忘れたことがあったのか、長野三佐が慌てた口調で口をひらいた。

「気持ちだけですが、あちらに皆さんにおみやげを用意しました。大したものではないのですが、気持ちですので持って帰ってください。では失礼します」

 そう言って、壁のところにならんでいる紙袋をさすと、三佐は敬礼をして部屋を出ていった。

「おみやげやて」
「全員分て、けっこうな数なのに。まさか自腹とか言いませんよね」

 葛城が首をかしげる。

「そんなことあらへんやろ。小さくてもあんだけ買うたら、かなりな金額になるで」
「いやあ、どうでしょう。海自の人って、こういうことは下から上まで、行き届いているって聞きますよ」
「つまり、自腹なん?」
「だとしても驚きません」

 後藤田の言葉に、まだデブリーフィングが始まってもいないのに、壁際のブツが気になりだした。だが、すかさず隊長が咳ばらいをして、全員の気持ちを自分に集中させる。

「あちらに戻ってから、またダラダラとデブリーフィングをするのもイヤだろうと思うので、ここでやるべきことはやっておくことにする。さきほど長野三佐が言っていたが、展示飛行に関しては、ほぼ完璧だった」
「ほぼ? さっきの三佐の口振りやと、完璧やったんちゃいますの?」

 長野三佐が言ったことと食い違っていたので、その点を指摘した。

「ほぼと言ったら、どこがダメだったのか説明しなければならなくなるだろ。だから三佐には、完璧だったと言ったまでだ」
「やっぱり。おかしい思うたわ、隊長がそう簡単に満点だすわけないやんな」

 うっかり信じるところやったで、とぼやいた。

「で、どのへんが〝ほぼ〟だったんですか?」

 葛城が質問をする。

「受閲艦に知り合いが乗っていたので、正面からサクラの写真を撮ってもらった。中心が左にずれていた」
「うっわー……あんだけコンマ単位で時間を調整したのに、まだズレたんかいな!」
「写真を回すから見てみろ。カメラは艦橋の中央から撮っている」

 回ってきた写真を見る。たしかに六つの円は、若干、左にズレ気味だった。どの程度の距離なのかは、戻ってからの計算になるだろうが、外で見る分には気がつかないレベルだろう。

「ほんま、かなわんで。これ、波のせいで護衛艦の位置がズレたんちゃうん」
「さて、どうだろうな。その可能性を海自に指摘できるか?」
「できません。おとなしゅう黙っときます」
「俺もそれに賛成だ」

 実際のところはどうだったんだろうなと考える。予行での護衛艦の動きを上から見ていたかぎり、彼等がメートル単位でズレた動きをするとは思えない。だがそこは俺達も同じだ。

―― ま、お互いに数メートルずつズレとったってことで、カンニンしといたるわ…… ――

 そう自分に言い聞かせた。

「タイミングは完璧だった。そこは間違いない。空幕長からもお褒めの言葉をいただいているので安心しろ。さて、今年のスケジュールの中で、一番大きなイベントはこれで終了だ」

 そこで隊長は、なぜか俺の顔を見る。

「今シーズンのスケジュールは、まだ半分以上残っている。ここで気を抜くことなく、残りのスケジュールを一つずつ丁寧にこなしていってほしい」

 つまり「ほっこりするのはまだ早いぞ影山かげやま」と、隊長は言いたいらしい。

「以上だ。では、準備ができ次第、松島に向けて帰投する。青井あおい、支援機のことは任せても?」
「荷物の運び込みの指示は俺がする。おみやげが気になっているだろうから、ここで十分ほど時間をやる。あとは積み込み作業があるから、全員、二十分後にはハンガーに集合するように」

 青井がそう言うと、全員が壁際の『海自さんのおみやげ』前に集まった。

「一体なんでしょうね」
「けっこうな重さがあるで?」
「なんでしょうね、お菓子ではなさそうですけど」

 後藤田が軽く振ってみる。包装紙にも紙袋にも、手掛かりになるような社名もなにもない。ということは、特注品ということだろうか?

「影山、開けてみろよ」
「え、俺のを開けるん?」

 青井に言われて、持った紙袋の中をのぞく。

「だって一番開けたそうな顔してるじゃないか」
「どんな顔やねん……」

 だが全員がここで開けるわけにもいかない。この場にいる全員の好奇心を満たすためには、誰かが代表して開けるしかないだろう。

「まあほな、開けてみるわ」

 紙袋から包装紙に包まれている物を取り出す。そして紙が破れないように、丁寧にテープとシールをはがした。

「早くしろよ、影山ー」
「せかしーなや。うっかり包装紙を破いてもうたら大変やん」
「そんなの、バリバリやぶったら良いじゃないか、どうせ捨てるんだろ?」

 シールをはがすのに手間取っていると、青井が焦れたのか、そんなことを言い出した。

「そんなん言うんやったら、班長が自分のやつをそうしたらええやん」
「やだ。せっかく綺麗に包装されてるんだ。このまま家に持って帰る」
「ちょっと。ほな、俺のはバリバリでええんかいな」
「話は良いですから、早く中身、見せてくださいよ。時間、十分しかないんですよ。みんな、気になってるんだから」

 葛城が俺と青井の言い合いの間に入ってくる。

「まったくもう。せやったら自分が開けたらええやん」
「イヤです。俺もそのまま持って帰りたいですから」
「自分もかいな。まったくもー、俺かてバリバリにしとうないねん。ちょっとまっとき」

 そこで、全員がものすごく近い場所からのぞいていることに、いまさら気がついた。

「ちょっと! 自分ら、近すぎ!! もうちょい離れえ!!」

 俺が怒鳴ると、全員がそれぞれ半歩ずつ後ろに下がった。それでも十分に近すぎる。まったく、こいつらときたら。こんなところ、ブルーのファンには見せられへんで。

「……」

 包装紙をはがし、出てきた箱のフタをあける。中には緩衝材がつまっていた。つまり割れ物、または割れる可能性がある物ということになる。

「食べ物ではないみたいやな」

 緩衝材を引っぱり出すと、銀色の物体があらわれた。

すずのタンブラーですね」

 それを見た葛城が真っ先に言った。

すず?」
「ええ。これで飲むと酒が美味しくなるって言ってました、父が」
「へえ……」

 そのタンブラーには浮き出しのような細工が施されている。今年の海自観艦式のロゴマークだ。しかもロゴマークにはなかったブルーが、編隊飛行しているらしいスモークも追加されていた。

「間違いなく特注品ですね、これ」
「せやんなあ。ブルーがいるってことは、ブルー仕様ってことやん?」

 陸海空、それぞれのお財布事情は厳しいの一言だ。新しい装備を調達するのも苦労するのが現状だ。そんな中で、よくもまあこれだけの予算が確保できたものだと感心する。

「……なあ、まさか長野三佐のポケットマネーってことはないよなあ?」
「ライダーだけならもしかしてと思わなくもないですけど、ここの全員分となると、いくらなんでも無理でしょ……海幕長でも無理だと思いますけど」
「せやんなあ……」

 きっと、今回の観艦式に参加したそれぞれの陸自空自のパイロットと整備員に、同じようなものが渡されているはずだ。ということは、やはり観艦式の予算で作られたものなんだろう。

「今回のロゴマークがついているから、いい記念品になったな。長野三佐には感謝しないと」
「ほんまやで」
「言うまでもないが……」

 俺達のことを後ろから見ていた隊長が口を開いた。

「見る限り、それはブルー仕様の特注品だ。つまり、ここにいる飛行隊の人間しか持っていないものだ。最近は、この手の物品をネットオークションに出す不届き者がいる。お前達がそんなことをするとは思わないが、万が一、その手のサイトでこれを見つけた場合は、わかっているな?」

 それ以上のことは隊長は口にしなかったが、その場にいた全員が、隊長が言わんとしたことを理解した。

「さて。おみやげがなにか判明したところで、支援機に資材を運び込む作業にとりかかろう。影山達のそれは、ブルーのほうに入れてくれ。少しでも支援機に乗せる量は減らしたいから」
「了解や」

 箱にタンブラーをしまい、包装紙でもう一度、包みなおす。

「なかなか器用ですね」

 俺の手元を見ていた葛城が、感心したように言った。

「折り目がついてるからな。せやから、丁寧にテープもシールもはがしたんや。わかったか?」
「なるほど。そういうことだったんですね。理解しました」


 そして松島に帰投してから数日後、海幕から礼状と共に記念品が送られてきた。その時になってようやく、あのタンブラーが、長野三佐のポケットマネーとまでは言わないものの、予算とは別のところで用意されたことを俺達は知った。

 まったく、恐るべし海自さんやで。
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