シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 4

第三十五話 ご当地パフェ

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「また来ることになるとは、思わなんだで」

 エンジンを停止し、静かになったところでコックピットを出る。

「お久し振りです、かげさん」

 顔見知りの整備員が、ニコニコしながらこちらにやってきた。

「久しぶりやん。自分、まだおったんかいな」
「それ、そっちにも言えることじゃ? てっきり夏の異動で、築城ついきに戻ってると思ってたのに」
「せやろ? 予定がくるって、築城あっちの隊長がオカンムリや」

 ここは小松こまつ基地。今度ここにブルーが来る時は、後藤田ごとうだにバトンタッチして、自分は築城に戻っていると思っていた。だがなぜか、俺は再びこうやって小松の地に立っている。

「まあ、毎年いろいろありますよね、アクシデント」
「ほんまやで」

 大なり小なり、毎年なにかしらアクシデントは起きている。飛行展示が急遽きゅうきょ中止になったり、飛べない期間があったり、ライダー交代が遅くなったりと、さまざまだ。そして今年は、諸事情によりライダー全員の任期がのびていた。

「ファンは喜ぶんじゃないですか? 影さん、今年も小松に来るらしいって地元のSNSで出てましたよ」
「せやけど、今回ここで飛ぶんは後藤田やで」
「え、そうなんですか?」

 少なくとも後藤田は、今回のトラブルが起きる前に卒検フライトを終えている。つまり、五番機に関しては後継パイロットの錬成は完了していた。だから、俺はそのまま築城に戻っても問題はなかったのだ。

 だが隊長から、師匠として弟子の展示デビューを見届けてから離れるようにと言われ、ここに残ることになった。そのへんは、松島まつしまと築城の隊長同士でやり取りがあったらしい。

「なあ? ここでは自分が飛ぶんやんな? 卒検は終わってるんや、俺は下で見物してたらええんやろ?」

 後ろの席から降りてきた後藤田に声をかける。

「なに言ってるんですか。見物なんてとんでもない。影山かげやまさんが飛ばすんですよ。俺の展示デビューはまだ先です」
「え、飛ばなあかんの? ここまで飛ばしてきたんでじゅうぶんやん? 見届けるなら下でもできるんやし」
「じゅうぶんじゃありません。師匠は弟子と一緒に飛ぶんです。そうですよね、班長」

 後藤田は、隣の六番機から降りてきた青井あおいに話をふった。

「まだグチャグチャ言ってるのか? 出発前の朝のブリーフィングで沖田おきたが言ったろ? 影山は前、後藤田は後ろ。後藤田の錬成は完了しているが、影山のラストはまだ先なんだからな。飛ばなくていいなんてとんでもない」
「えー、そうなんかいな、がっかりやー」
「あいかわらず飛びたくないみたいで安心しました」

 整備員が笑う。

「判断基準はそこなんかいな」
「ええ、影さんに関してはそこですね。いつも通りの影さんで一安心です」

 その答えに、その場にいた全員が声をあげて笑った。


+++

 
「ん? 葛城かつらぎ君はどこいった?」

 昼飯が終わり、そろそろ予行が始まる時間。いつもならとっくに顔を見せている、葛城の姿が見えなかった。それに隊長の姿も見えない。葛城はともかく、ブリーフィングの二十分前にはその場にいる隊長が姿を見せないとは、珍しいこともあるものだ。なにか問題でも起きたのだろうか。

「班長、隊長と葛城君はどこ行った?」
「まったく、今回も載せすぎだって。爆音米ばくおんまい十キロってなんだよ……ん? 誰が?」

 いつものこどく、お土産リストに目を通しながらうなっている青井を呼び止めた。

「隊長と葛城。姿が見えへんねんけど」
「そう言えば、昼飯が終わってからまだ見てないな。ん? あの二人、昼飯にいたか?」
「……そう言えば二人ともおらんかったかも」

 改めて昼飯を食っていた面子めんつを思い浮かべてみる。その場に隊長と葛城の姿はなかったような。

「なんや? もしかして腹痛はらいたでもおこしたんか?」
「二人そろって? そんな話は聞いてないけどな……」

 しばらく待っていると、葛城がブリーフィングのためにあてがわれた部屋に入ってきた。なぜか、ご機嫌な顔をしている。

「遅かったやん?」
「時間、遅れてないですよね?」

 葛城は自分の腕時計を見ながら、俺の横に座っている後藤田の向こう側に座った。

「大丈夫やで。せやけど、いつも早く来る人間がおらんと落ち着かんわ」
「昼飯を外で食べてきたんです」
「もしかして隊長のおごり?」

 二人そろって姿が見えなかったということは、そういうことなのかと思い質問をした。

「いえ。……父の知り合いのおごりです」

 少しだけ声を落として答える。つまり、アグレス司令の榎本えのもと一佐のおごりということらしい。

「よう行ったな。俺やったら緊張して、食事がのどとおらへんわ」
「あと、隊長とアグレスの隊長も一緒でしたよ」
「ひゃー、やで」

 司令だけでなく、ブルーとアグレスの隊長が同席とは。そんな恐ろし気な面々に囲まれて飯が食えるとは、葛城はなかなかの強者つわものだ。そう言えば、れいのトイレ騒動の後も、平然と問題が起きた個室を使っていたのはこいつだったな。

「あ、そうそう。食後に加賀かがパフェってのをごちそうになりました。加賀市のご当地パフェらしくて。うまかったですよ」
「パフェってあのパフェか?」
「そのパフェしか思い浮かばないですけど」
「その面子めんつでパフェ?」
「はい。ああ、司令はコーヒーでした。俺達三人はパフェをいただきました」

 葛城は無邪気に笑っている。

「俺達三人……」
「はい、俺達三人です」

 うちの隊長と、アグレス隊長と、そして葛城。野郎三人がうれしそうにパフェを食べているところを想像して、なんとも言えない気分になった。

岩国いわくにに行った時に、いろんなカレーを食べたじゃないですか。あんなふうにご当地パフェもあると良いですね。ブルーのスタッフも、あっちこっちに展開するのが楽しみになりますよ、きっと」
「パフェなあ……」
「ご当地パフェだけあって、きちんと決まりがあるみたいでしたよ。使うものはすべて地元で生産されたもので、器もなかなか凝ってました」
「へえ……」

 この服装でいくのはためらわれるが、ご当地パフェか、少しばかり気になる存在だ。

「飛ぶ前に甘いものを食べるのも悪くない気がしますね。俺、予行と本番前にはパフェを食べるようにしようかな」

 葛城はとんでもないことを言いだした。

「おいおい、それマジなんか?」
「影山さんはおにぎりを食べるんです。俺がパフェを食べても、問題ない気はしますけど?」
「そりゃそうやけどな……」
「問題は、それぞれの基地の近くに、パフェを出しているお店があるかどうかですよね。まずは松島基地の近くにあるかどうかかな。一度、調べてみないと」

 どうやらオール君は本気らしい。

「影山さんの奥さんのご実家、食堂ですよね?」
「せやけどパフェはないで。甘いもんゆーたら、白玉ぜんざいや」
「そうか、それは残念……」

 そこまで話したころで、隊長が部屋に入ってきた。この話はいったん中断。だが、葛城のことだ、絶対に調べるだろうな、展開先の基地の近くに、パフェを出している店があるかどうか。


+++


 予行は、当日のプログラムに準じて行われることになった。ブルーは最後に飛ぶので、それまでは待機だ。外からの情報によると、予行の写真を撮ろうと、基地周辺にはかなり多くの人達が集まっているらしい。

「うわ、めっちゃでかいテルテル坊主がおるやん」

 指令室の前にぶら下がっている超特大のテルテル坊主を見つけ、思わず声をあげた。

「それ、こっち側に顔がついてるんだよな。ほら」

 青井が引っ繰り返す。すると、どこかで見た顔があらわれた。

「……班長、これ、どう見ても俺やろ」
「当たり前だろ? 影坊主かげぼうずなんだから」

 当たり前と言われても困るんやけどな……。

「せやかて、これ、でかすぎやろ……」

 いつもの影坊主かげぼうずはもっと小さいものだ。だがこれは、どう見積もっても一メートルはある。大きいから御利益絶大ごりやくぜつだいというわけでもないと思うんだがな。

「作ったのは、この基地の人間だよ。俺は顔を描いただけだ」
「それって影坊主かげぼうずやないんでは?」
「だから俺が顔を描いたんだよ」
「ダルマの目入れかいな……」

 相変わらず影坊主かげぼうずの御利益を求める基地は多い。最近では陸自海自からも連絡が入るほどで、そのたびに青井は影坊主かげぼうずを作り、定期便で送り出していた。しかし、全国の自衛隊施設に、自分の顔をしたテルテル坊主がぶら下がっているかと思うと、なんともいえない気分になる。

 あまりの問い合わせの多さに、どこかに譲渡してグッズとして売り出せば?と思わないでもないんだが、青井いわく、それをすると晴天祈願の効果を発揮しないらしい。

「でも、そのおかげで晴天じゃないか」

 青井が雲一つない空を指でさした。先週の天気予報では、今週は熱帯低気圧が台風になって接近すると言っていたんだが、いつのまにはその低気圧は消えていた。お蔭でこの一週間は晴天続きという予報だ。

「おそるべしやな、班長の影坊主かげぼうず
「俺じゃなくて影山かげやま効果だろ? 晴れ男なのは影山なんだから」
「そうかー? どう考えても、班長が作った影坊主かげぼうずのほうが強烈なんちゃうん?」
「相乗効果ってやつかもな」
「はー……」

 自衛隊では色々な験担ぎがなされている。だが、それが自分の顔をしたテルテル坊主となると、素直には喜べない。しかも後ろ側に顔ってなんでやねん。そこまで御利益にあやかりたいんやったら、堂々と前に顔を描いたらええんちゃうん?

「ところで影山」
「なんや?」
「予行が終わったら、ちょっと付き合えよ」
「ええけど、なんなん?」

 青井が展開先でそんなことを言うなんて、珍しいこともあるもんだ。班長としての仕事が山積みで、遊んでいるヒマなんて無いんだよ!というのがいつもの口癖なのに。

「加賀パフェ」
「は?」
「さっき、葛城君にどこにある店か聞いたんだ。だから食べに行く」
「……食べに行くんはええけど、なんで俺なん?」

 他に好きそうなヤツはいる。たとえば飛田とびたとか。あとキーパーの坂崎さかざきとか。

「影山は気にならないのか、加賀パフェ?」
「そりゃ気にはなるけどな……」
「だったら決まり。食べに行くぞ、加賀パフェ。ああ、もちろん割り勘な!」
「えー……そこは班長のおごりなんちゃうん?」

 抗議をしようとしたところで、集合のアナウンスが入った。いよいよブルーの予行の時間だ。

「パフェの前にまずは予行から片づけないと!」
「めっちゃ張り切ってるやん」
「そりゃ、ご当地パフェなんて初めてだからね!」

 青井の頭の中の半分は、すでにパフェのことで占領されているようだ。

「はー、飛ばんでおごってもらえたら、ゆーことないんやけどなあ……」
「後席で弟子の飛行を見届けるのも師匠の大事な仕事だろ? ちゃんと飛べよ、影山。これは班長命令だからな」
「その言い方、絶対そっちのほうが偉いやんな? せやったら、パフェ、おごってくれてもええやん?」
「それとこれとは別! さあ、いくぞ!!」

 俺は青井に引きずられるようにして、エプロンへと向かった。
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