55 / 77
シャウトの仕方なかった日常
影さんの実家
しおりを挟む
「達矢、あんた、ほんまに新幹線で乗り継いでいく気なんかいな!」
大阪駅で途中下車した俺に、オカンが最初に投げつけたのは、そんな一言だった。
「そのつもりやで?」
「こんな小さな子をつれて! いったい何時間かかる思うてんの! なんで飛行機で一思いに飛んでいかへんの?!」
「だって俺、飛ぶのイヤやし」
「イヤやしって! ほな、なんでパイロットになったん?!」
「そこが不思議なんや、それこそ影山家七不思議のひとっ……イテッ」
とうとう頭をはたかれた。
「ほんまにこの子ときたら! 真由美さん、かんにんなー? ちっちゃい子つれて、ほんまに疲れたやろー?」
「いえ。グリーン車でしたし、みっくんも電車が大好きなので、良い子にしてましたから。それに、みっくんのことは、ほとんど達矢さんが面倒を見てくれていたので。疲れているとしたら、きっと私ではなく達矢さんのほうですよ」
嫁ちゃんがニコニコしながら答える。
「それにや。新幹線使わへんかったら、こうやって大阪で途中下車して、一泊もできひんかったんやで?……イテッ」
ふたたび頭をはたかれた。
「あんな、親孝行っちゅうもんは、自分の妻と子供のことを差し置いてまですることやないの!! 真由美さんとみっくんを疲れさせてまで会いたいとは思わへんよ、オカーチャンは!!」
目を吊り上げて怒っている。そんなオカンを見ていたチビスケが、少しだけ不安げな顔をした。
「ばーば、あいたくなかったー?」
「ほれみい。そんなこと言うから、みっくんが自分と会いたくなかったんかって心配してるやんか」
とたんにオカンは甘々なおばーちゃんの顔になる。
「そんなことあらへんよ、みっくん。ばーばは、みっくんとママに会えてほんまにうれしいんやでー」
「パパはー?」
「……そら、パパにも会えてうれしいで?」
そう言いながら俺のことをキッとにらんだ。
「あんな、ほんまは大阪で途中下車せずに、東京まで一気に行ってまう気やったんや。せやけど、せっかくやしオカン達に孫の顔を見せたいと言ってくれたんは、嫁ちゃんなんや。つまりこれは、俺だけの親孝行やのうて、俺と嫁ちゃんの親孝行なんやで?」
「それは結果論や。あんたが飛行機を使わへんから、そういう選択肢が出てきたんやろ?」
まったく、うちのオカンときたら。
「はー……嫁ちゃんや、こんなんやで。ほんまに今日うちに泊まってくんか? このまま仙台まで、一気に行ってまうほうがええんちゃう?」
「でも、せっかく降りたんだから、達矢君ちにお泊りしていこう? たこ焼きとお好み焼き、皆でつくるのをみっくんは楽しみにしてるし」
「じーじのたこやきー、おここみやきー!!」
チビスケが声をあげた。
「ああ、そうやったな。ここで引き返してもうたら、オトンはみっくんに会えずじまいやもんな」
オカンはこうやって改札口まで迎えに来たが、オトンは駅前のコインパーキングで、車をとめて待っているらしい。
理由? 理由は駅構内が人であふれかえっているからだ。うちのオトンは、基本的に一人で静かにすごしたい人間だった。まあそんな人間が、どうして口から生まれてきたようなオカンと結婚したのか、これこそ影山家七不思議の筆頭ってやつだ。
「ほな行こかー」
俺達は人混みを横切って、車が止めある場所へと向かうことになった。
「ねえ達矢君」
「なんや?」
俺達の前を歩いているオカンを見て、嫁ちゃんがささやいてくる。
「あいかわらず、お義母さんのモーゼ現象すごい」
「あー……ほんまやで。なんやろな、この現象」
俺達の前を歩いているオカン。これだけ大勢の人が歩いているのに、なぜか母親が歩いていると、その前の人混みがきれいに二つに分かれて道ができるのだ。それを初めて見た時に、感動した嫁ちゃんがつけたのが『お義母さんのモーゼ現象』という名前だった。
「ほら、なにもたもたしてんの? はよう行かんかったら日が暮れてしまうで?」
「まだ昼前やけどなー」
「なんやて?!」
「なんでもないでー」
俺と嫁ちゃんは顔を見合わせて笑いながら、オカンの後ろに続いた。
+++
「じーじー!!」
車の横に立っていたオトンをいち早く見つけたチビスケが、嬉しそうに声をあげた。オトンもチビスケの声が聞こえたのか、満面の笑みで手をふってくる。
「ほんま、みっくんはじーじが好きやなあ……ちょっと、おとなしゅうしとき。落ちるで」
抱っこしている俺の腕の中で、ジタバタするチビスケに注意をする。
本当にチビスケのオトン好きは不思議だ。うちのオトンは寡黙で、特にチビスケと積極的に遊んでいるわけではなかった。どちらかと言えば家の縁側に座り、庭で遊んでいるチビスケを見守っているだけのことが多いのだ。なのにうちのチビスケときたら、じーじが大好きでしかたがないらしい。
「じーじー!」
目の前までいくと、チビスケがオトンに手をのばして抱っこをねだる。オトンはねだられるまま、チビスケを抱きとめた。
「おう、みっくん。しばらく見んうちにおおきゅうなったな。そろそろじーじも抱っこがきつうなってきたわ」
「大きくなったやろ?」
「ほんまにな」
俺がそう言うと、オトンはニッコリと笑った。そして嫁ちゃんのほうに目を向ける。
「真由美さんも九州からお疲れさんやったな。わざわざ途中下車までして寄ってくれておおきにやで」
「こちらこそ、今日はお世話になります」
「ほな、行こかー、はようせんかったら、日ぃくれるで」
「まだ昼前やけどなー……」
夫婦そろって同じことを言っているのに気づいた嫁ちゃんが、声をころして笑った。
俺の実家は大阪の中心部からは少し離れた場所にある。結婚した当時、母親はもっとにぎやかな場所が良かったらしいんだが、父親が静かな新興住宅地のほうが子育てには向いていると言って、ここに居をかまえたらしい。今ではたくさんの家が建ち、すっかり大阪市郊外の住宅地として定着していた。そしてここが俺の故郷だ。
「まさか、お前がブルーとはなあ……」
実家に到着すると、オカンと嫁ちゃんがたこ焼きパーティーの準備をしている間、俺とオトンは、チビスケが庭で遊んでいるのを見守ることを命じられた。そして男二人、縁側に落ち着くと話は自然と俺の仕事のことになった。
「そうやねん。びっくりやろ?」
「飛びたくないがついにここまで来たか~」
「なんでやろうな」
「イヤもイヤも好きなうちってやつやろ」
「いや、俺はほんまに飛びたないねんてば」
「そーかー?」
オトンは俺の言葉に首をかしげる。
「そうやねんて」
「ほー……」
「ほーやないねんて」
「ほーん」
「ほーんでもないねんて」
久し振りのオトンとの会話が、いつも通りで安心した。このなんとも言えない微妙なやり取りが実に落ち着くのだ。
「大阪やと、どこが一番近いんや?」
「ブルーが来る基地か? どうやろな、小松か小牧? あとは海自の岩国?」
「お前が飛ぶんを見るの楽しみにしとるわ。うっかり忘れそうやけどな」
「息子がどこにいるんか忘れるんかい」
思わずツッコミを入れる。
「しかし東松島か。また遠いとこやな」
「そうやな。でも嫁ちゃんの実家が近いから、嫁ちゃんは心強いと思うわ」
「ああ、そうやったな」
そうだったと相づちをうった。
「あっちは大丈夫なんか? もう落ち着いたんか?」
「そこは心配なしや。新しいお店もオープンしたし、お客さんも戻ってきてるらしい」
「そうか。それやったらええんやけどな。もしなにか困ってることがあるようやったら、遠慮なくこっちに言ってきたらええからな? 助け合ってこその親戚づきあいやから」
「わかってる」
お互いに大阪と宮城と離れているせいで、なかなか顔を合せる機会がない俺の実家と嫁ちゃんの実家。それこそきちんと全員が顔を合せたのは、結婚式の時だけだったかもしれない。そのせいもあって、オトンは遠く離れた嫁ちゃんの実家のことを気にかけていた。
「じーじー!」
「どないした、みっくん」
「パパ、ブルー!!」
「おお、そうなんやてな。パパ、ブルーになるんやて?」
「まだないしょー!」
「内緒なんかいな。そうなんか?」
オトンがこっちを見る。
「まあ、あまり人様に言うことではないわな。どうなるかわからへんし」
「ほな、それ、おかーちゃんにしっかり言い聞かせておかなな」
「ほんまや、たのむで」
「用意できたでー!」
オカンの元気な声が後ろからした。
「みっくん、たこ焼きパーティのスタートらしいで」
オトンがそう言うと、チビスケは喜んで靴を脱ぎすててあがってくる。
「たこ焼きする前に手、洗わんとあかんで。行こかー?」
「はーい!!」
+++++
翌日、オカンとオトンはホームまで見送りに来てくれた。
「大丈夫なんかいな、人混みで倒れへん? 帰りはきぃつけや?」
「心配あらへん。それよりおかーちゃんこそ大丈夫かいな、どこまで行ったんや。そのへんで人を蹴散らしてへんか?」
オカンはなにか買ってくると言って、俺達とは別行動をしていた。そろそろ俺達が乗る新幹線が到着するころなんだが……。あたりを見回して探していると、紙袋を持ったオカンが足早にこっちにやってきた。
「ああ、間に合った」
「なにしとったん」
「はい、真由美さん。これ、カツサンドとアップルパイ。新幹線の中で食べてな」
オカンが嫁ちゃんに渡したのは手に持っていた紙袋。中をのぞくと人数分のカツサンドとアップルパイが一箱、そしてお茶と紅茶のペットボトルが数本入っていた。
「オカン、買いすぎやで。中で車販あるんやから……」
「せやかて車内販売が通らへんかったら一大事やん。持っていき。東京からまだ先に行かなあかんのやし。あまったら家についてから食べたらええやん」
「ありがとうございます。これ、新幹線のホームでしか売ってないやつですよね? 嬉しいな、一度、食べたかったんです」
嫁ちゃんが嬉しそうに言う。
「そうなんか?」
「そうやで。お土産に買うていこうと思ってて、いっつも買えへんかったんや。今日はあって良かったわ」
ホームに、新幹線の到着を知らせるアナウンスが流れた。さて、そろそろ長距離移動の再開や。
「ほな、気ぃつけて」
「おう」
「真由美さん、うちのアホ息子のこと、よろしゅう頼みます」
オカンがあらたまった態度で頭をさげた。
「アホってなんやねん」
「お任せください。ちゃんと元気に飛ぶように、責任をもって後押ししますから」
「そっちかいな。はー……飛びたないんやけどなあ……」
「ばーば、じーじ、ばいばーい!」
「ばいばい、みっくん。あっちのばーばとじーじにもよろしゅうな?」
「はーい!」
オカンとオトンが、チビスケとさよならの握手をする。
「真由美さんの御両親にもよろしゅうな」
「わかった」
新幹線がホームに入ってきた。新しく導入されることになった新型車両だ。チビスケはあっという間にそっちに気をとられ、じーさんばーさんのことなんてほったらかしになった。その様子に大人達は苦笑いするしかない。
「じゃ、またな」
「お世話になりました」
「道中、気ぃつけて」
「あっちについたら電話してな」
俺達三人は二人に見送られて新幹線に乗り込む。
「さー、こっからがまた長いで~~」
外で手を振る両親達を残し、俺達を乗せた新幹線は東京に向けて出発した。
大阪駅で途中下車した俺に、オカンが最初に投げつけたのは、そんな一言だった。
「そのつもりやで?」
「こんな小さな子をつれて! いったい何時間かかる思うてんの! なんで飛行機で一思いに飛んでいかへんの?!」
「だって俺、飛ぶのイヤやし」
「イヤやしって! ほな、なんでパイロットになったん?!」
「そこが不思議なんや、それこそ影山家七不思議のひとっ……イテッ」
とうとう頭をはたかれた。
「ほんまにこの子ときたら! 真由美さん、かんにんなー? ちっちゃい子つれて、ほんまに疲れたやろー?」
「いえ。グリーン車でしたし、みっくんも電車が大好きなので、良い子にしてましたから。それに、みっくんのことは、ほとんど達矢さんが面倒を見てくれていたので。疲れているとしたら、きっと私ではなく達矢さんのほうですよ」
嫁ちゃんがニコニコしながら答える。
「それにや。新幹線使わへんかったら、こうやって大阪で途中下車して、一泊もできひんかったんやで?……イテッ」
ふたたび頭をはたかれた。
「あんな、親孝行っちゅうもんは、自分の妻と子供のことを差し置いてまですることやないの!! 真由美さんとみっくんを疲れさせてまで会いたいとは思わへんよ、オカーチャンは!!」
目を吊り上げて怒っている。そんなオカンを見ていたチビスケが、少しだけ不安げな顔をした。
「ばーば、あいたくなかったー?」
「ほれみい。そんなこと言うから、みっくんが自分と会いたくなかったんかって心配してるやんか」
とたんにオカンは甘々なおばーちゃんの顔になる。
「そんなことあらへんよ、みっくん。ばーばは、みっくんとママに会えてほんまにうれしいんやでー」
「パパはー?」
「……そら、パパにも会えてうれしいで?」
そう言いながら俺のことをキッとにらんだ。
「あんな、ほんまは大阪で途中下車せずに、東京まで一気に行ってまう気やったんや。せやけど、せっかくやしオカン達に孫の顔を見せたいと言ってくれたんは、嫁ちゃんなんや。つまりこれは、俺だけの親孝行やのうて、俺と嫁ちゃんの親孝行なんやで?」
「それは結果論や。あんたが飛行機を使わへんから、そういう選択肢が出てきたんやろ?」
まったく、うちのオカンときたら。
「はー……嫁ちゃんや、こんなんやで。ほんまに今日うちに泊まってくんか? このまま仙台まで、一気に行ってまうほうがええんちゃう?」
「でも、せっかく降りたんだから、達矢君ちにお泊りしていこう? たこ焼きとお好み焼き、皆でつくるのをみっくんは楽しみにしてるし」
「じーじのたこやきー、おここみやきー!!」
チビスケが声をあげた。
「ああ、そうやったな。ここで引き返してもうたら、オトンはみっくんに会えずじまいやもんな」
オカンはこうやって改札口まで迎えに来たが、オトンは駅前のコインパーキングで、車をとめて待っているらしい。
理由? 理由は駅構内が人であふれかえっているからだ。うちのオトンは、基本的に一人で静かにすごしたい人間だった。まあそんな人間が、どうして口から生まれてきたようなオカンと結婚したのか、これこそ影山家七不思議の筆頭ってやつだ。
「ほな行こかー」
俺達は人混みを横切って、車が止めある場所へと向かうことになった。
「ねえ達矢君」
「なんや?」
俺達の前を歩いているオカンを見て、嫁ちゃんがささやいてくる。
「あいかわらず、お義母さんのモーゼ現象すごい」
「あー……ほんまやで。なんやろな、この現象」
俺達の前を歩いているオカン。これだけ大勢の人が歩いているのに、なぜか母親が歩いていると、その前の人混みがきれいに二つに分かれて道ができるのだ。それを初めて見た時に、感動した嫁ちゃんがつけたのが『お義母さんのモーゼ現象』という名前だった。
「ほら、なにもたもたしてんの? はよう行かんかったら日が暮れてしまうで?」
「まだ昼前やけどなー」
「なんやて?!」
「なんでもないでー」
俺と嫁ちゃんは顔を見合わせて笑いながら、オカンの後ろに続いた。
+++
「じーじー!!」
車の横に立っていたオトンをいち早く見つけたチビスケが、嬉しそうに声をあげた。オトンもチビスケの声が聞こえたのか、満面の笑みで手をふってくる。
「ほんま、みっくんはじーじが好きやなあ……ちょっと、おとなしゅうしとき。落ちるで」
抱っこしている俺の腕の中で、ジタバタするチビスケに注意をする。
本当にチビスケのオトン好きは不思議だ。うちのオトンは寡黙で、特にチビスケと積極的に遊んでいるわけではなかった。どちらかと言えば家の縁側に座り、庭で遊んでいるチビスケを見守っているだけのことが多いのだ。なのにうちのチビスケときたら、じーじが大好きでしかたがないらしい。
「じーじー!」
目の前までいくと、チビスケがオトンに手をのばして抱っこをねだる。オトンはねだられるまま、チビスケを抱きとめた。
「おう、みっくん。しばらく見んうちにおおきゅうなったな。そろそろじーじも抱っこがきつうなってきたわ」
「大きくなったやろ?」
「ほんまにな」
俺がそう言うと、オトンはニッコリと笑った。そして嫁ちゃんのほうに目を向ける。
「真由美さんも九州からお疲れさんやったな。わざわざ途中下車までして寄ってくれておおきにやで」
「こちらこそ、今日はお世話になります」
「ほな、行こかー、はようせんかったら、日ぃくれるで」
「まだ昼前やけどなー……」
夫婦そろって同じことを言っているのに気づいた嫁ちゃんが、声をころして笑った。
俺の実家は大阪の中心部からは少し離れた場所にある。結婚した当時、母親はもっとにぎやかな場所が良かったらしいんだが、父親が静かな新興住宅地のほうが子育てには向いていると言って、ここに居をかまえたらしい。今ではたくさんの家が建ち、すっかり大阪市郊外の住宅地として定着していた。そしてここが俺の故郷だ。
「まさか、お前がブルーとはなあ……」
実家に到着すると、オカンと嫁ちゃんがたこ焼きパーティーの準備をしている間、俺とオトンは、チビスケが庭で遊んでいるのを見守ることを命じられた。そして男二人、縁側に落ち着くと話は自然と俺の仕事のことになった。
「そうやねん。びっくりやろ?」
「飛びたくないがついにここまで来たか~」
「なんでやろうな」
「イヤもイヤも好きなうちってやつやろ」
「いや、俺はほんまに飛びたないねんてば」
「そーかー?」
オトンは俺の言葉に首をかしげる。
「そうやねんて」
「ほー……」
「ほーやないねんて」
「ほーん」
「ほーんでもないねんて」
久し振りのオトンとの会話が、いつも通りで安心した。このなんとも言えない微妙なやり取りが実に落ち着くのだ。
「大阪やと、どこが一番近いんや?」
「ブルーが来る基地か? どうやろな、小松か小牧? あとは海自の岩国?」
「お前が飛ぶんを見るの楽しみにしとるわ。うっかり忘れそうやけどな」
「息子がどこにいるんか忘れるんかい」
思わずツッコミを入れる。
「しかし東松島か。また遠いとこやな」
「そうやな。でも嫁ちゃんの実家が近いから、嫁ちゃんは心強いと思うわ」
「ああ、そうやったな」
そうだったと相づちをうった。
「あっちは大丈夫なんか? もう落ち着いたんか?」
「そこは心配なしや。新しいお店もオープンしたし、お客さんも戻ってきてるらしい」
「そうか。それやったらええんやけどな。もしなにか困ってることがあるようやったら、遠慮なくこっちに言ってきたらええからな? 助け合ってこその親戚づきあいやから」
「わかってる」
お互いに大阪と宮城と離れているせいで、なかなか顔を合せる機会がない俺の実家と嫁ちゃんの実家。それこそきちんと全員が顔を合せたのは、結婚式の時だけだったかもしれない。そのせいもあって、オトンは遠く離れた嫁ちゃんの実家のことを気にかけていた。
「じーじー!」
「どないした、みっくん」
「パパ、ブルー!!」
「おお、そうなんやてな。パパ、ブルーになるんやて?」
「まだないしょー!」
「内緒なんかいな。そうなんか?」
オトンがこっちを見る。
「まあ、あまり人様に言うことではないわな。どうなるかわからへんし」
「ほな、それ、おかーちゃんにしっかり言い聞かせておかなな」
「ほんまや、たのむで」
「用意できたでー!」
オカンの元気な声が後ろからした。
「みっくん、たこ焼きパーティのスタートらしいで」
オトンがそう言うと、チビスケは喜んで靴を脱ぎすててあがってくる。
「たこ焼きする前に手、洗わんとあかんで。行こかー?」
「はーい!!」
+++++
翌日、オカンとオトンはホームまで見送りに来てくれた。
「大丈夫なんかいな、人混みで倒れへん? 帰りはきぃつけや?」
「心配あらへん。それよりおかーちゃんこそ大丈夫かいな、どこまで行ったんや。そのへんで人を蹴散らしてへんか?」
オカンはなにか買ってくると言って、俺達とは別行動をしていた。そろそろ俺達が乗る新幹線が到着するころなんだが……。あたりを見回して探していると、紙袋を持ったオカンが足早にこっちにやってきた。
「ああ、間に合った」
「なにしとったん」
「はい、真由美さん。これ、カツサンドとアップルパイ。新幹線の中で食べてな」
オカンが嫁ちゃんに渡したのは手に持っていた紙袋。中をのぞくと人数分のカツサンドとアップルパイが一箱、そしてお茶と紅茶のペットボトルが数本入っていた。
「オカン、買いすぎやで。中で車販あるんやから……」
「せやかて車内販売が通らへんかったら一大事やん。持っていき。東京からまだ先に行かなあかんのやし。あまったら家についてから食べたらええやん」
「ありがとうございます。これ、新幹線のホームでしか売ってないやつですよね? 嬉しいな、一度、食べたかったんです」
嫁ちゃんが嬉しそうに言う。
「そうなんか?」
「そうやで。お土産に買うていこうと思ってて、いっつも買えへんかったんや。今日はあって良かったわ」
ホームに、新幹線の到着を知らせるアナウンスが流れた。さて、そろそろ長距離移動の再開や。
「ほな、気ぃつけて」
「おう」
「真由美さん、うちのアホ息子のこと、よろしゅう頼みます」
オカンがあらたまった態度で頭をさげた。
「アホってなんやねん」
「お任せください。ちゃんと元気に飛ぶように、責任をもって後押ししますから」
「そっちかいな。はー……飛びたないんやけどなあ……」
「ばーば、じーじ、ばいばーい!」
「ばいばい、みっくん。あっちのばーばとじーじにもよろしゅうな?」
「はーい!」
オカンとオトンが、チビスケとさよならの握手をする。
「真由美さんの御両親にもよろしゅうな」
「わかった」
新幹線がホームに入ってきた。新しく導入されることになった新型車両だ。チビスケはあっという間にそっちに気をとられ、じーさんばーさんのことなんてほったらかしになった。その様子に大人達は苦笑いするしかない。
「じゃ、またな」
「お世話になりました」
「道中、気ぃつけて」
「あっちについたら電話してな」
俺達三人は二人に見送られて新幹線に乗り込む。
「さー、こっからがまた長いで~~」
外で手を振る両親達を残し、俺達を乗せた新幹線は東京に向けて出発した。
12
お気に入りに追加
426
あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。


【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる