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本編 2
第二十二話 サイン
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「影さん、お弟子さんが来たんですよね」
「そうなんですわ、俺もやっとのことで師匠になりました」
「カゲ師匠ー、がんばー!」
「おおきに、がんばりますわ~~」
そう言いながら、自分の顔写真の下にサインをする。
「前のブルーのイベントの時に、お弟子さんのトーダさんにサインもらいましたよ。今日の影さんのサインで、今シーズンパンフのライダーさん、コンプリートなんです!」
「そうなん? 他のところに新しい弟子が来たら、また並ばなあかんね。そうなったら、またコンプリート目指してがんばりや」
「はーい! 影さん、サインありがとー!!」
言われてみれば今のパンフレット、ライダーの下にはすべてサインが書かれていた。あのパンフレットが配布されるようになってから、まだ半年ちょっと。そんな短期間でサインをコンプリートするとは、なかなかどうして。その熱意は脱帽ものだ。
「あんなふうに飛ぶのを、人に教えるって大変そう。お弟子さんにどうやって教えるのか、想像つかないです」
「ほんま、教えるのって難しいですわ。でも教えることで、逆に自分も勉強になるんでね。頑張って後藤田一尉を指導してますねん」
教えることで初めて見えてくることもある。後藤田を指導するようになってからこっち、色々と新しい発見もあった。ただ、後藤田がどうやって俺の愚痴りでアクロのタイミングをはかっているのかだけは、いまだに謎なんだが。
「お弟子さんが来たってことは影さん、そろそろブルー卒業なの? もう来年の岐阜基地航空祭には来ない?」
「どうやろうねえ……弟子の頑張り次第やねえ、また来たいけどねえ……」
去年の岐阜基地航空祭は、師匠が離任して初の単独での展示飛行だった。あの時はガラにもなく、随分と緊張したものだ。
「影さん、ずっとブルーで飛べばいいのに~」
「それはちょっと無理かもわからんなあ……俺がおらんくなっても、後藤田や他のライダーのことしっかり応援したってな?」
「もちろん!! ブルー大好きだもん、ずっと応援するよ!!」
「おおきになー」
サインをしていると、たくさんの人から色々な言葉をかけられた。驚くのはその全員が、感心するほどこっちの状況に詳しいということだ。まあ、毎日のようにSNSで写真が流れているのだから、当然といえば当然か。それにしても、ファンの情報網おそるべしといったところだ。
「あと二十歳若かったら、今からでも自衛隊に入隊したのに残念やわ」
そろそろ手が疲れてきたなと感じていた時に、なんとも懐かしい言葉遣いの男性が俺の前に立った。
「なんや今年から、入隊できる年齢制限が大幅に緩和されましたやん? それやったらどうですの?」
そう言うと、男性は残念そうに首を横に振る。
「それでもダメやねん」
「随分とお若く見えますけど?」
「見てくれがわこうても実年齢はオッチャンで、影さんより年上やねんで。せやからもうあかんねん」
「そりゃ残念。さすがに年はごまかせへんもんね」
「そうやねん、あかんねーん、また来世でよろしゅうなってやつやわー」
ガハハハッと男性が笑った。
「もしかしておにーさん、大阪のかた?」
その懐かしいなまりに思わず聞いてみる。
「せやねん。今日は三年ぶりの岐阜遠征でねえ。ああ、そう言えば影さんも、大阪出身なんやったっけ?」
「そうなんですわ。こうやって大阪出身の人と話すのって久し振りですわ。あ、一人、大阪出身のキーパーはおるんやけどね」
「同じ大阪出身の人間がブルーにいるって嬉しいもんやね。今日はブルーが飛ぶのを見るんを楽しみにしてるんやわ。ほなね。サイン、ありがとー、頑張って飛んでなー」
そう言いながら、男性は俺がサインしたパンフレットを持ってその場を離れていった。
「久し振りに、身内以外のナマ大阪人に遭遇したわ……」
その男性を横目で見送りながら次の人にサイン、さらには一緒にならんで写真を撮った。本当にちょっとしたアイドルあつかいだ。この青色のフライトスーツには、ただのパイロットである俺達をアイドルにする魔力があるらしい。
横に目をやれば、葛城が立っていてその前にも行列ができていた。お子様に優しいと評判なせいか、ならんでいる行列には子供達の姿が目立つ。そして葛城は、その子供達一人一人にニコニコしながら話しかけていた。小さい子がやってきた時には、目線が同じ高さになるように屈みこんで話をしている。
「さすがやで、オール君」
これも将来のリクルート活動なのだと本人はいつも笑っているが、葛城は私生活でも実に優しいパパだった。それが子供達にもわかるのだろう。
ん? てことはオッチャン率が高い俺はなんなんや? 俺かて私生活では優しいパパやし、それなりに頑張る旦那さんなんやけどな……なんでやねん?
+++++
サイン会の時間が終わり、俺達はいったん基地の建物内に引っ込んだ。昼をはさんで、いよいよブルーインパルスの展示飛行だ。だがそれまでの時間も、何名かは広報任務として、ブルーインパルスの作業着やフライトスーツを着たまま、会場に残っていた。
「キーパーなのにサインくださいって言われましたわー、ええんやろうか、俺なんかのサインでも」
そんな中、キーパーの坂崎が首をかしげながら戻ってきた。ヤツは昼飯が終わったら、飛行前のT-4の点検のために再び会場に出ることになっている。
「どうしたんや?」
「いやね、先輩らがサインしている時にパンフレット配ってたら、何人かの人にサインくださいって言われたんですわ」
「そりゃ、坂崎かてパンフレットに写真が載ってて顔が知られてるんや。そう言われたかて不思議やないやろ?」
「でも俺、ライダーやなくキーパーっすよ?」
「それでも五番機組の一員として、人の前に立つやん?」
展示飛行直前も、見学者から写真撮影をリクエストされ、ライダーとキーパーが並んで立つことも少なくない。だから、コアなファンに顔が知られていて、サインを頼まれても不思議ではなかった。だが坂崎からしたら、意外なことだったらしい。
「ファンからしたら、ライダーもキーパーも大して変わらんのちゃう? どちらもブルーインパルスの一員なんやから」
「だったら、ちゃんとサインの練習しておけば良かったですわ。いきなりやったから、普通に名前を書いちゃいました。ファンの人には申し訳ないことしたかも」
そして勝手にへこんでいる。こいつ、変なところで真面目なんやからな。おもろいやっちゃ。
「ええやんええやん。俺は読めへんサインより、読めるサインのほうがええと思うで。俺らのサインみてみ? 自分でもたまに、今どの字を書いてるかわからへんときあるんやで」
今まで書いてきたサイン、絶対に一人か二人には〝かかげやま〟とか〝かげやんま〟となっているのを渡していると思う。
「そうかなあ。俺、先輩のサインみたいなの憧れるんですけどねえ。あ、そうだ」
「なんや」
「サインください」
「はー?」
いきなりのことに、その場に立ち止まってポカンと坂崎を見つめた。
「だって俺、ここに来てからまだ、ライダーのサインを一つももらってないんですよ。せっかく五番機組になったんです、まずは先輩のサインをください」
「俺のサインてなあ……」
「あ、しまった、マジックはあってもサイン帳がない」
そう言いながら、作業着のポケットを探っている。
「別に今やのうてええやろ。松島に帰ってから書いたるさかい、それまで我慢しとき」
「約束ですよ?」
「わかったわかった」
「なんですか、その気のない返事はー」
俺の返事が気に入らなかったらしく、横でぶうたれた顔をした。
「書くゆーてるやん、文句あるんなら一生書かへんぞ? さっさと昼飯食ってこんかい、昼から展示飛行やで。キーパーは、飛ばす前にすることたくさんあるやろ。ついでに、お前が俺の代わりに飛んでくれたら言うことないで、バンバンザイや」
そう言って追い立てる。坂崎は〝約束ですからね〟と言いながら、食堂へと走っていく。
「まったくなあ……」
「どうしたんです?」
そこへ葛城と後藤田がやってきた。
「なんや坂崎が、いきなりサインくれって言い出してな。まずは飯食ってこいって追いはらったとこや」
「ああ、サインね」
うなづく後藤田の口調にイヤな予感がする。
「ちょいまち後藤田。自分もサインよこせとか言うんやないやろうな?」
「え、欲しいでしょ、せっかくなんだから。自分は妻から頼まれたので、隊長のサインをいただきましたよ?」
「嫁ならともかく、あいつはキーパーやで」
「キーパーでも欲しい気持ちはわかります。俺もほしいです、影山三佐のサイン」
葛城までがそんなことを言いだした。
「自分もかいな、なんでやねん」
「三佐は今まで、他のライダーからサインをもらったことないんですか?」
「そんなんあるかい。俺達はパイロットで芸能人ちゃうんやで」
「はー……意外なところで真面目だ……」
だが二人の顔つきからして、本気で感心しているわけではないようだ。
「それで坂崎一曹にはなんて言ったんです?」
「松島に帰ったらサインしたるとだけ」
「だったらその時に俺達にもサインください」
「本気かいな……」
葛城と後藤田が俺のことをジッと見つめる。まったくかなわんで、ほんま。
「あー、わかったわかった、二人にもサインしたるさかい、さっさと昼飯や。嫁ちゃんのおにぎり食べな飛ぶ気になれへんで! 食っても飛びたないけどな!!」
そう宣言すると、二人を引きずるようにして食堂に向かった。
+++
「さーて、そろそろ時間やなあ、ほないこかー……はー、飛びたないで、まったくなんで晴れてるんや、今日は雨の予報やなかったんかい」
ヘルメットと耐Gスーツを手に控室から出る。窓の外にひろがっているのは、雲一つない青空だ。
「それは東松島の天気ですよ。岐阜市内は今日も明日も晴天です」
後藤田がすました顔で口をはさんできた。
「なんでやねん。一昨日まで、こっちの週間予報が曇りマークでいっぱいやったんは知ってるんやで」
「それはやはり、晴れ男の三佐と影坊主の相乗効果としか言いようがないですね」
後藤田の横で、葛城がなにやら聞き捨てならないことを言っている。
「ちょいまち、なんで影坊主が岐阜におんねん」
「青井班長が快晴祈願として、前もってこっちに送ったらしいです。おおいに喜ばれたそうですよ」
「なんやて?」
「ほら、あそこに影坊主がいます」
外に出るドアの横に、見たことのあるテルテル坊主がぶら下がっているのが見える。あれはどう見ても青井が作った影坊主だ。
「まったく班長、忙しいのになにしとんねん……」
「そりゃ、ブルーがつつがなく活動できるように差配するのが、統括班長の職務ですから。三佐の直筆サインがあるほうが効力が高まるって話なので、そのうち、影坊主にサインするように頼まれるかもしれませんね」
「誰にやねん」
「えーと、基地の広報とか青井班長とか?」
「俺のサインはお札代わりやないんやで」
そう言いながら、杉田隊長のサインは、御朱印と呼ばれていたらしいことを思い出した。まさか五番機ライダーのサインは皆そうなる運命なのか?
「そうなんですわ、俺もやっとのことで師匠になりました」
「カゲ師匠ー、がんばー!」
「おおきに、がんばりますわ~~」
そう言いながら、自分の顔写真の下にサインをする。
「前のブルーのイベントの時に、お弟子さんのトーダさんにサインもらいましたよ。今日の影さんのサインで、今シーズンパンフのライダーさん、コンプリートなんです!」
「そうなん? 他のところに新しい弟子が来たら、また並ばなあかんね。そうなったら、またコンプリート目指してがんばりや」
「はーい! 影さん、サインありがとー!!」
言われてみれば今のパンフレット、ライダーの下にはすべてサインが書かれていた。あのパンフレットが配布されるようになってから、まだ半年ちょっと。そんな短期間でサインをコンプリートするとは、なかなかどうして。その熱意は脱帽ものだ。
「あんなふうに飛ぶのを、人に教えるって大変そう。お弟子さんにどうやって教えるのか、想像つかないです」
「ほんま、教えるのって難しいですわ。でも教えることで、逆に自分も勉強になるんでね。頑張って後藤田一尉を指導してますねん」
教えることで初めて見えてくることもある。後藤田を指導するようになってからこっち、色々と新しい発見もあった。ただ、後藤田がどうやって俺の愚痴りでアクロのタイミングをはかっているのかだけは、いまだに謎なんだが。
「お弟子さんが来たってことは影さん、そろそろブルー卒業なの? もう来年の岐阜基地航空祭には来ない?」
「どうやろうねえ……弟子の頑張り次第やねえ、また来たいけどねえ……」
去年の岐阜基地航空祭は、師匠が離任して初の単独での展示飛行だった。あの時はガラにもなく、随分と緊張したものだ。
「影さん、ずっとブルーで飛べばいいのに~」
「それはちょっと無理かもわからんなあ……俺がおらんくなっても、後藤田や他のライダーのことしっかり応援したってな?」
「もちろん!! ブルー大好きだもん、ずっと応援するよ!!」
「おおきになー」
サインをしていると、たくさんの人から色々な言葉をかけられた。驚くのはその全員が、感心するほどこっちの状況に詳しいということだ。まあ、毎日のようにSNSで写真が流れているのだから、当然といえば当然か。それにしても、ファンの情報網おそるべしといったところだ。
「あと二十歳若かったら、今からでも自衛隊に入隊したのに残念やわ」
そろそろ手が疲れてきたなと感じていた時に、なんとも懐かしい言葉遣いの男性が俺の前に立った。
「なんや今年から、入隊できる年齢制限が大幅に緩和されましたやん? それやったらどうですの?」
そう言うと、男性は残念そうに首を横に振る。
「それでもダメやねん」
「随分とお若く見えますけど?」
「見てくれがわこうても実年齢はオッチャンで、影さんより年上やねんで。せやからもうあかんねん」
「そりゃ残念。さすがに年はごまかせへんもんね」
「そうやねん、あかんねーん、また来世でよろしゅうなってやつやわー」
ガハハハッと男性が笑った。
「もしかしておにーさん、大阪のかた?」
その懐かしいなまりに思わず聞いてみる。
「せやねん。今日は三年ぶりの岐阜遠征でねえ。ああ、そう言えば影さんも、大阪出身なんやったっけ?」
「そうなんですわ。こうやって大阪出身の人と話すのって久し振りですわ。あ、一人、大阪出身のキーパーはおるんやけどね」
「同じ大阪出身の人間がブルーにいるって嬉しいもんやね。今日はブルーが飛ぶのを見るんを楽しみにしてるんやわ。ほなね。サイン、ありがとー、頑張って飛んでなー」
そう言いながら、男性は俺がサインしたパンフレットを持ってその場を離れていった。
「久し振りに、身内以外のナマ大阪人に遭遇したわ……」
その男性を横目で見送りながら次の人にサイン、さらには一緒にならんで写真を撮った。本当にちょっとしたアイドルあつかいだ。この青色のフライトスーツには、ただのパイロットである俺達をアイドルにする魔力があるらしい。
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「さすがやで、オール君」
これも将来のリクルート活動なのだと本人はいつも笑っているが、葛城は私生活でも実に優しいパパだった。それが子供達にもわかるのだろう。
ん? てことはオッチャン率が高い俺はなんなんや? 俺かて私生活では優しいパパやし、それなりに頑張る旦那さんなんやけどな……なんでやねん?
+++++
サイン会の時間が終わり、俺達はいったん基地の建物内に引っ込んだ。昼をはさんで、いよいよブルーインパルスの展示飛行だ。だがそれまでの時間も、何名かは広報任務として、ブルーインパルスの作業着やフライトスーツを着たまま、会場に残っていた。
「キーパーなのにサインくださいって言われましたわー、ええんやろうか、俺なんかのサインでも」
そんな中、キーパーの坂崎が首をかしげながら戻ってきた。ヤツは昼飯が終わったら、飛行前のT-4の点検のために再び会場に出ることになっている。
「どうしたんや?」
「いやね、先輩らがサインしている時にパンフレット配ってたら、何人かの人にサインくださいって言われたんですわ」
「そりゃ、坂崎かてパンフレットに写真が載ってて顔が知られてるんや。そう言われたかて不思議やないやろ?」
「でも俺、ライダーやなくキーパーっすよ?」
「それでも五番機組の一員として、人の前に立つやん?」
展示飛行直前も、見学者から写真撮影をリクエストされ、ライダーとキーパーが並んで立つことも少なくない。だから、コアなファンに顔が知られていて、サインを頼まれても不思議ではなかった。だが坂崎からしたら、意外なことだったらしい。
「ファンからしたら、ライダーもキーパーも大して変わらんのちゃう? どちらもブルーインパルスの一員なんやから」
「だったら、ちゃんとサインの練習しておけば良かったですわ。いきなりやったから、普通に名前を書いちゃいました。ファンの人には申し訳ないことしたかも」
そして勝手にへこんでいる。こいつ、変なところで真面目なんやからな。おもろいやっちゃ。
「ええやんええやん。俺は読めへんサインより、読めるサインのほうがええと思うで。俺らのサインみてみ? 自分でもたまに、今どの字を書いてるかわからへんときあるんやで」
今まで書いてきたサイン、絶対に一人か二人には〝かかげやま〟とか〝かげやんま〟となっているのを渡していると思う。
「そうかなあ。俺、先輩のサインみたいなの憧れるんですけどねえ。あ、そうだ」
「なんや」
「サインください」
「はー?」
いきなりのことに、その場に立ち止まってポカンと坂崎を見つめた。
「だって俺、ここに来てからまだ、ライダーのサインを一つももらってないんですよ。せっかく五番機組になったんです、まずは先輩のサインをください」
「俺のサインてなあ……」
「あ、しまった、マジックはあってもサイン帳がない」
そう言いながら、作業着のポケットを探っている。
「別に今やのうてええやろ。松島に帰ってから書いたるさかい、それまで我慢しとき」
「約束ですよ?」
「わかったわかった」
「なんですか、その気のない返事はー」
俺の返事が気に入らなかったらしく、横でぶうたれた顔をした。
「書くゆーてるやん、文句あるんなら一生書かへんぞ? さっさと昼飯食ってこんかい、昼から展示飛行やで。キーパーは、飛ばす前にすることたくさんあるやろ。ついでに、お前が俺の代わりに飛んでくれたら言うことないで、バンバンザイや」
そう言って追い立てる。坂崎は〝約束ですからね〟と言いながら、食堂へと走っていく。
「まったくなあ……」
「どうしたんです?」
そこへ葛城と後藤田がやってきた。
「なんや坂崎が、いきなりサインくれって言い出してな。まずは飯食ってこいって追いはらったとこや」
「ああ、サインね」
うなづく後藤田の口調にイヤな予感がする。
「ちょいまち後藤田。自分もサインよこせとか言うんやないやろうな?」
「え、欲しいでしょ、せっかくなんだから。自分は妻から頼まれたので、隊長のサインをいただきましたよ?」
「嫁ならともかく、あいつはキーパーやで」
「キーパーでも欲しい気持ちはわかります。俺もほしいです、影山三佐のサイン」
葛城までがそんなことを言いだした。
「自分もかいな、なんでやねん」
「三佐は今まで、他のライダーからサインをもらったことないんですか?」
「そんなんあるかい。俺達はパイロットで芸能人ちゃうんやで」
「はー……意外なところで真面目だ……」
だが二人の顔つきからして、本気で感心しているわけではないようだ。
「それで坂崎一曹にはなんて言ったんです?」
「松島に帰ったらサインしたるとだけ」
「だったらその時に俺達にもサインください」
「本気かいな……」
葛城と後藤田が俺のことをジッと見つめる。まったくかなわんで、ほんま。
「あー、わかったわかった、二人にもサインしたるさかい、さっさと昼飯や。嫁ちゃんのおにぎり食べな飛ぶ気になれへんで! 食っても飛びたないけどな!!」
そう宣言すると、二人を引きずるようにして食堂に向かった。
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「さーて、そろそろ時間やなあ、ほないこかー……はー、飛びたないで、まったくなんで晴れてるんや、今日は雨の予報やなかったんかい」
ヘルメットと耐Gスーツを手に控室から出る。窓の外にひろがっているのは、雲一つない青空だ。
「それは東松島の天気ですよ。岐阜市内は今日も明日も晴天です」
後藤田がすました顔で口をはさんできた。
「なんでやねん。一昨日まで、こっちの週間予報が曇りマークでいっぱいやったんは知ってるんやで」
「それはやはり、晴れ男の三佐と影坊主の相乗効果としか言いようがないですね」
後藤田の横で、葛城がなにやら聞き捨てならないことを言っている。
「ちょいまち、なんで影坊主が岐阜におんねん」
「青井班長が快晴祈願として、前もってこっちに送ったらしいです。おおいに喜ばれたそうですよ」
「なんやて?」
「ほら、あそこに影坊主がいます」
外に出るドアの横に、見たことのあるテルテル坊主がぶら下がっているのが見える。あれはどう見ても青井が作った影坊主だ。
「まったく班長、忙しいのになにしとんねん……」
「そりゃ、ブルーがつつがなく活動できるように差配するのが、統括班長の職務ですから。三佐の直筆サインがあるほうが効力が高まるって話なので、そのうち、影坊主にサインするように頼まれるかもしれませんね」
「誰にやねん」
「えーと、基地の広報とか青井班長とか?」
「俺のサインはお札代わりやないんやで」
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