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本編 1
第一話 影山達矢
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「あかーん、こんなんあかんわ、なんべん考えても絶対こんなんあかんて、なんなんこれ、超危険すぎやろ、ほんま、これ考えたん誰なん、頭わいてるわ、アホなん? いくらブルーインパルスでもこんなんするんなら飛びたないわー、ほんま飛びたないわー、天気、急変せーへんもんかなー……めっちゃ晴れてるやん、天気予報はずれてるやん、あかんやーん」
今日も、朝から五番機パイロットの影山三佐は絶好調だ。今ではすっかりお馴染みになった、いつもの愚痴りを口にしながら、自分が搭乗する機体のほうへと歩いていく。
普通なら、こんなことを言っているが、本心では飛ぶのが好きで好きでしかたがないんだろうと思うところだ。だがこの三佐に関しては、本気で飛ぶのを嫌がっているのだからしまつにおえない。パイロットなのに飛ぶのが嫌いだなんて。じゃあ、どうしてパイロットになったんだって話なんだが、そのあたりの事情は謎だった。
「この課目を考えたのは我々の大先輩である方々だ。それをアホ呼ばわりするとは、毎度のことながらいい根性だなシャウト」
大袈裟な身ぶり手ぶりをしながら歩いている三佐の後ろを、俺と一緒に歩いていた飛行隊長の沖田二佐が呆れ顔でそう言った。その声に、三佐はピタリと立ち止まってこちらに振り返る。
「ちょ、隊長。俺のタックネームはシャドウ。影山の影でシャドウです、シャ、ド、ウ。シャウトちゃいますって、なんべんも言ってますやん」
「だがお前、飛びながらいつも叫んでいるじゃないか。ここにいる間のタックネームはシャウトにしておけ、そのほうがピッタリだ」
「せっしょうや……」
「だったら、飛んでいる時は口を閉じるしかないんだが、それがお前にできるのか?」
「……シャウトでお願いします」
よろしいと隊長がうなずいた。
「隊長、飛行中の三佐の愚痴りを公認ですか」
「しかたがないだろう、黙ると調子が狂って思うように飛べないと、あいつが言い張るんだから」
影山三佐の技量は、ブルーインパルスのLEAD SOLOを任されるだけあって素晴らしいの一言に尽きる。演技のキレ、飛行の正確さ、反応の素早さ、どれをとっても段違いのレベルの高さで、その飛行を目の当たりにするたびに、自分はまだまだ未熟だと思い知らされるのだ。
ただし、あの叫びというか愚痴りさえなければの話なんだが。
「噂では、あいつは飛行中に黙ったら死ぬらしい」
「それってなんて大阪人……」
二佐が肩をすくめる。
俺が松島に来た時には、三佐はすでに五番機で訓練を始めていた。そして、その頃から始まっていた三佐の愚痴りにたいして、文句を言うパイロットは今のところ誰一人いない。つまりこれは、隊長公認というか飛行隊公認というか容認というか……下手したら諦めなのかもしれない。
「俺、デュアルソロでシャドウさんと一緒に飛ぶのが、圧倒的に多くなるんですが」
「飛んでいる間は全員同じ条件だろう、影山の声はイヤでも無線で耳に入ってくるんだから」
「それはそうなんですが……」
「このメンバーは、色々と鍛錬できそうでラッキーだな」
「ラッキーなんですか……」
「ああ、ラッキーだ」
……そうなのか?
+++++
「はー……飛びたないわー……」
隊長と六番機で訓練中の葛城が行ってしまうのを見送ると、ヘルメットをコックピットに放り込んで、溜め息をつきながら機体の点検を始めた。
青と白、そして赤い日の丸をつけた機体。この機体はドルフィンと呼ばれ、それに搭乗する俺達はドルフィンライダーと呼ばれている。
航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルス、それが俺が所属している飛行隊だ。
そしてここで俺が搭乗するのは、LEAD SOLOといわれる五番機だ。五番機は六機でアクロをするだけではなく、六番機と共に二機でのデュアルソロを担当する、いわばブルーインパルスの中でも、花形といわれるポジションだった。
ここに来ることを目指しても、その夢がかなうパイロットはごくわずかだ。そしてそのライダーに、しかも花形でもある五番機パイロットに選ばれたことを、誇りに思うべきなのは分かっている。
だがしかし、そもそも俺はパイロットになりたかったわけじゃない。俺は航空自衛隊で、戦闘機の整備員として働きたかったはずなのだ。現状の俺の立ち位置はどう考えてもおかしい。それぞれの職種にたどりつく道のりを考えれば、手違いとか間違いとかそういう問題以前の話なんだが、なんでこうなった?
「なあ、坂崎君。整備員になりたかった俺がこいつを飛ばせるんや、整備員の君かてこいつを飛ばせるんちゃう? 今日こそ俺と変わらへん?」
五番機の整備員 ―― こちらも他の整備員と区別して、ドルフィンキーパーと呼ばれている ―― の坂崎一曹に声をかけた。
「無茶を言わないでください。影山さんがそう言うと冗談には聞こえませんよ、本気で言っているように聞こえます」
「そら俺、本気やし。これかぶってしもうたら顔なんて分からへんし? 声かて無線越しなら、多少ちごうても分からへんやん? 背格好も俺と君とではほとんど変わらへんやろ? せやから、俺達が入れ替わっても誰も分からへんと思うねん。どうや? やる気になってきたやろ?」
「アホ言わんといてください。俺、まだ首になりとうないですわ」
坂崎一曹の口調が関西弁のそれに変わった。実は、こいつは俺と同じ高校出身で後輩だった。
元は一番機の整備をしていたのだが、俺が五番機の錬成に入った時に、同じ関西出身同士で気が合うだろうと、隊長命令で五番機の整備班へと異動してきたのだった。そんなわけで、俺は隊長の好意を目一杯利用させていただいている。
「そう言わんと~~。俺、今日もバーティカルクライムロールせなあかんと考えたら、気分が落ち込んで朝飯食われへんかったんやー。腹が減って切ないわー、こっちは君に任せて飯食ってきたいわー」
「嘘ばっか言うて。奥さんから昼飯までのつなぎに持たされたおにぎりを、着替えた途端あっというまに完食した人がなに言うてはるんですか」
「それ、君が見た幻やないのん?」
「いいえ。俺は間違いなくこの目で見ました。具はオカカでしたやん。ほら、ここでくだくだ言うてんと、さっさとあっちに行ってください。準備の邪魔です」
「坂崎君、ひどいわー」
シッシッとされたので、ライダーが集まっているいつもの場所へと歩いていく。そしてまずは、基地の向こう側からこちらにカメラを向けている、いつものブルーファン達に手を振って挨拶をした。カメラで写されることを意識して顔には広報用の笑顔を浮かべるが、内心はさっきと同じで実に憂鬱だ。
「はー……色々と切ない……」
「御愁傷様、シャドウ」
「今日も頑張れ、リードソロ」
「空がお前を待ってるぞ」
「今日も愚痴りは絶好調みたいだな、のど飴いるか?」
そんな俺のつぶやきに、隊長以外のライダー達があれこれ言いながら肩を叩いていく。本人達なりに、俺のことを慰めているつもりなんだろうが、とてもそうは聞こえない。この気持ちを本当に分かってくれる人間が一人もいないなんて、ほんま、切ないわ……。
全員がそろうと、隊長の号令と共に横一列で歩き出す。
ここからは、航空祭で行う展示飛行時のウォークダウンと同じ手順で離陸の準備をおこなう。自分が搭乗する機体の横に立つと、耐Gスーツを身につけ全員の準備が整ったところでコックピットに乗り込んだ。そしてキーパーの手を借りながらベルトを装着すると、帽子を脱ぎサングラスをはずす。
「はー、今日も逃げられへんかった、無念やわー、もう飛ぶしかあらへんやん……」
「今回も逃亡失敗、ご御愁傷様です」
俺のハーネスがちゃんと固定されているか確認をしている機付長の神森一尉が、そう言いながら最後の留め具の確認を終えた。
「神森一尉、今からでも逃走を見逃してくれへんかなあ」
「ダメです」
「鬼やね」
「どうとでも」
「ほんまも薄情やわー」
そうつぶきながらヘルメットをかぶり、マスクの先端を機体とつなぐと機体の電源を入れて隊長の指示を待つ。
『全機、エンジンスタート』
隊長の指示が出たので右エンジンをスタートさせた。
甲高い音を立ててエンジンが徐々に回転数を上げていくのを計器を見ながら確認し、それを機体の前に立っている坂崎に知らせる。そして左のエンジンも御同様。エンジンの回転数が規定値に達したところで、チェックは機体の動作確認へと進む。
フラップよし、ラダーよし、計器類の反応良し、エアブレーキよし。
この機体は、坂崎達が毎日それこそ舐めるように丹念に整備をしている機体だ。この時点で異常が出ることはほぼない。とはいえ、念には念を入れるのが当然の飛行前チェックだ。実際、離陸直前で機体の不具合が判明したことも過去に何度かあったので、最後まで油断はできなかった。
―― 異常が出たら、飛行訓練はキャンセルできるんやけどなあ ――
だが沖田隊長のことだ、容赦なく、さっさと予備機で上がってこいと言い放つに決まっているんだろうが。
全機異常なし、キャノピークローズ。さて、いよいよ訓練スタートだ。
「はあ……超絶ブルーや」
「ブルーインパルスなんだ、ブルーなのは大変結構なんじゃないのか?」
隊長の声が耳元でした。
「そのブルーとは違うブルーなんですが……もうどうとでもなれですわ、気分はさっさとレッツゴーやね、俺の気持ちが変わらんうちに」
俺の言葉に全員が了解の声をあげる。俺のほうも、一通り吐き出したお蔭でようやく落ち着いた。飛びたくない気持ちは残ってはいるが。
「はあ、今回も何事もなくはよう終わりますように……!」
そう言いながら、柏手をうっておがむ。
本日最初の飛行訓練は第一区分、二十七課目。
先ずは一番機から四番機がデルタ隊形のまま離陸して、スモークを出しながら基地上空を旋回していく中を、五番機と六番機がそれぞれ順番に、ローアングルテイクオフから決められた課目をこなしつつ、上昇するところから始まる。
四機が離陸していくのを見届けて、真っ直ぐにのびる滑走路に出る。さあ、そろそろほんまにあきらめて覚悟を決めろよ、影山達矢。
「ブレーキリリース、ナウ」
ランディングギアのブレーキが解除され、小さく機体が揺れる。いよいよテイクオフ、ここまで来たらもう飛び立つしかない。
「05、ローアングルテイクオフ、レッツゴー!」
低空で滑走路を飛行し、途中から一気に上昇して高度を上げる。いわゆるローアングルキューバンテイクオフというやつだ。
「ローアングルテイクオフからいきなり急上昇してグルングルンなんて、やっぱこれ考えたヤツ、頭、おかしいわ!」
ビープ音がコックピット内で鳴り響く中、俺のぼやきと共に五番機は青空目指して急上昇した。
影山達矢三等空佐、タックネームはシャドウ。ブルーインパルスで五番機を駆るドルフィンライダーである。
今日も、朝から五番機パイロットの影山三佐は絶好調だ。今ではすっかりお馴染みになった、いつもの愚痴りを口にしながら、自分が搭乗する機体のほうへと歩いていく。
普通なら、こんなことを言っているが、本心では飛ぶのが好きで好きでしかたがないんだろうと思うところだ。だがこの三佐に関しては、本気で飛ぶのを嫌がっているのだからしまつにおえない。パイロットなのに飛ぶのが嫌いだなんて。じゃあ、どうしてパイロットになったんだって話なんだが、そのあたりの事情は謎だった。
「この課目を考えたのは我々の大先輩である方々だ。それをアホ呼ばわりするとは、毎度のことながらいい根性だなシャウト」
大袈裟な身ぶり手ぶりをしながら歩いている三佐の後ろを、俺と一緒に歩いていた飛行隊長の沖田二佐が呆れ顔でそう言った。その声に、三佐はピタリと立ち止まってこちらに振り返る。
「ちょ、隊長。俺のタックネームはシャドウ。影山の影でシャドウです、シャ、ド、ウ。シャウトちゃいますって、なんべんも言ってますやん」
「だがお前、飛びながらいつも叫んでいるじゃないか。ここにいる間のタックネームはシャウトにしておけ、そのほうがピッタリだ」
「せっしょうや……」
「だったら、飛んでいる時は口を閉じるしかないんだが、それがお前にできるのか?」
「……シャウトでお願いします」
よろしいと隊長がうなずいた。
「隊長、飛行中の三佐の愚痴りを公認ですか」
「しかたがないだろう、黙ると調子が狂って思うように飛べないと、あいつが言い張るんだから」
影山三佐の技量は、ブルーインパルスのLEAD SOLOを任されるだけあって素晴らしいの一言に尽きる。演技のキレ、飛行の正確さ、反応の素早さ、どれをとっても段違いのレベルの高さで、その飛行を目の当たりにするたびに、自分はまだまだ未熟だと思い知らされるのだ。
ただし、あの叫びというか愚痴りさえなければの話なんだが。
「噂では、あいつは飛行中に黙ったら死ぬらしい」
「それってなんて大阪人……」
二佐が肩をすくめる。
俺が松島に来た時には、三佐はすでに五番機で訓練を始めていた。そして、その頃から始まっていた三佐の愚痴りにたいして、文句を言うパイロットは今のところ誰一人いない。つまりこれは、隊長公認というか飛行隊公認というか容認というか……下手したら諦めなのかもしれない。
「俺、デュアルソロでシャドウさんと一緒に飛ぶのが、圧倒的に多くなるんですが」
「飛んでいる間は全員同じ条件だろう、影山の声はイヤでも無線で耳に入ってくるんだから」
「それはそうなんですが……」
「このメンバーは、色々と鍛錬できそうでラッキーだな」
「ラッキーなんですか……」
「ああ、ラッキーだ」
……そうなのか?
+++++
「はー……飛びたないわー……」
隊長と六番機で訓練中の葛城が行ってしまうのを見送ると、ヘルメットをコックピットに放り込んで、溜め息をつきながら機体の点検を始めた。
青と白、そして赤い日の丸をつけた機体。この機体はドルフィンと呼ばれ、それに搭乗する俺達はドルフィンライダーと呼ばれている。
航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルス、それが俺が所属している飛行隊だ。
そしてここで俺が搭乗するのは、LEAD SOLOといわれる五番機だ。五番機は六機でアクロをするだけではなく、六番機と共に二機でのデュアルソロを担当する、いわばブルーインパルスの中でも、花形といわれるポジションだった。
ここに来ることを目指しても、その夢がかなうパイロットはごくわずかだ。そしてそのライダーに、しかも花形でもある五番機パイロットに選ばれたことを、誇りに思うべきなのは分かっている。
だがしかし、そもそも俺はパイロットになりたかったわけじゃない。俺は航空自衛隊で、戦闘機の整備員として働きたかったはずなのだ。現状の俺の立ち位置はどう考えてもおかしい。それぞれの職種にたどりつく道のりを考えれば、手違いとか間違いとかそういう問題以前の話なんだが、なんでこうなった?
「なあ、坂崎君。整備員になりたかった俺がこいつを飛ばせるんや、整備員の君かてこいつを飛ばせるんちゃう? 今日こそ俺と変わらへん?」
五番機の整備員 ―― こちらも他の整備員と区別して、ドルフィンキーパーと呼ばれている ―― の坂崎一曹に声をかけた。
「無茶を言わないでください。影山さんがそう言うと冗談には聞こえませんよ、本気で言っているように聞こえます」
「そら俺、本気やし。これかぶってしもうたら顔なんて分からへんし? 声かて無線越しなら、多少ちごうても分からへんやん? 背格好も俺と君とではほとんど変わらへんやろ? せやから、俺達が入れ替わっても誰も分からへんと思うねん。どうや? やる気になってきたやろ?」
「アホ言わんといてください。俺、まだ首になりとうないですわ」
坂崎一曹の口調が関西弁のそれに変わった。実は、こいつは俺と同じ高校出身で後輩だった。
元は一番機の整備をしていたのだが、俺が五番機の錬成に入った時に、同じ関西出身同士で気が合うだろうと、隊長命令で五番機の整備班へと異動してきたのだった。そんなわけで、俺は隊長の好意を目一杯利用させていただいている。
「そう言わんと~~。俺、今日もバーティカルクライムロールせなあかんと考えたら、気分が落ち込んで朝飯食われへんかったんやー。腹が減って切ないわー、こっちは君に任せて飯食ってきたいわー」
「嘘ばっか言うて。奥さんから昼飯までのつなぎに持たされたおにぎりを、着替えた途端あっというまに完食した人がなに言うてはるんですか」
「それ、君が見た幻やないのん?」
「いいえ。俺は間違いなくこの目で見ました。具はオカカでしたやん。ほら、ここでくだくだ言うてんと、さっさとあっちに行ってください。準備の邪魔です」
「坂崎君、ひどいわー」
シッシッとされたので、ライダーが集まっているいつもの場所へと歩いていく。そしてまずは、基地の向こう側からこちらにカメラを向けている、いつものブルーファン達に手を振って挨拶をした。カメラで写されることを意識して顔には広報用の笑顔を浮かべるが、内心はさっきと同じで実に憂鬱だ。
「はー……色々と切ない……」
「御愁傷様、シャドウ」
「今日も頑張れ、リードソロ」
「空がお前を待ってるぞ」
「今日も愚痴りは絶好調みたいだな、のど飴いるか?」
そんな俺のつぶやきに、隊長以外のライダー達があれこれ言いながら肩を叩いていく。本人達なりに、俺のことを慰めているつもりなんだろうが、とてもそうは聞こえない。この気持ちを本当に分かってくれる人間が一人もいないなんて、ほんま、切ないわ……。
全員がそろうと、隊長の号令と共に横一列で歩き出す。
ここからは、航空祭で行う展示飛行時のウォークダウンと同じ手順で離陸の準備をおこなう。自分が搭乗する機体の横に立つと、耐Gスーツを身につけ全員の準備が整ったところでコックピットに乗り込んだ。そしてキーパーの手を借りながらベルトを装着すると、帽子を脱ぎサングラスをはずす。
「はー、今日も逃げられへんかった、無念やわー、もう飛ぶしかあらへんやん……」
「今回も逃亡失敗、ご御愁傷様です」
俺のハーネスがちゃんと固定されているか確認をしている機付長の神森一尉が、そう言いながら最後の留め具の確認を終えた。
「神森一尉、今からでも逃走を見逃してくれへんかなあ」
「ダメです」
「鬼やね」
「どうとでも」
「ほんまも薄情やわー」
そうつぶきながらヘルメットをかぶり、マスクの先端を機体とつなぐと機体の電源を入れて隊長の指示を待つ。
『全機、エンジンスタート』
隊長の指示が出たので右エンジンをスタートさせた。
甲高い音を立ててエンジンが徐々に回転数を上げていくのを計器を見ながら確認し、それを機体の前に立っている坂崎に知らせる。そして左のエンジンも御同様。エンジンの回転数が規定値に達したところで、チェックは機体の動作確認へと進む。
フラップよし、ラダーよし、計器類の反応良し、エアブレーキよし。
この機体は、坂崎達が毎日それこそ舐めるように丹念に整備をしている機体だ。この時点で異常が出ることはほぼない。とはいえ、念には念を入れるのが当然の飛行前チェックだ。実際、離陸直前で機体の不具合が判明したことも過去に何度かあったので、最後まで油断はできなかった。
―― 異常が出たら、飛行訓練はキャンセルできるんやけどなあ ――
だが沖田隊長のことだ、容赦なく、さっさと予備機で上がってこいと言い放つに決まっているんだろうが。
全機異常なし、キャノピークローズ。さて、いよいよ訓練スタートだ。
「はあ……超絶ブルーや」
「ブルーインパルスなんだ、ブルーなのは大変結構なんじゃないのか?」
隊長の声が耳元でした。
「そのブルーとは違うブルーなんですが……もうどうとでもなれですわ、気分はさっさとレッツゴーやね、俺の気持ちが変わらんうちに」
俺の言葉に全員が了解の声をあげる。俺のほうも、一通り吐き出したお蔭でようやく落ち着いた。飛びたくない気持ちは残ってはいるが。
「はあ、今回も何事もなくはよう終わりますように……!」
そう言いながら、柏手をうっておがむ。
本日最初の飛行訓練は第一区分、二十七課目。
先ずは一番機から四番機がデルタ隊形のまま離陸して、スモークを出しながら基地上空を旋回していく中を、五番機と六番機がそれぞれ順番に、ローアングルテイクオフから決められた課目をこなしつつ、上昇するところから始まる。
四機が離陸していくのを見届けて、真っ直ぐにのびる滑走路に出る。さあ、そろそろほんまにあきらめて覚悟を決めろよ、影山達矢。
「ブレーキリリース、ナウ」
ランディングギアのブレーキが解除され、小さく機体が揺れる。いよいよテイクオフ、ここまで来たらもう飛び立つしかない。
「05、ローアングルテイクオフ、レッツゴー!」
低空で滑走路を飛行し、途中から一気に上昇して高度を上げる。いわゆるローアングルキューバンテイクオフというやつだ。
「ローアングルテイクオフからいきなり急上昇してグルングルンなんて、やっぱこれ考えたヤツ、頭、おかしいわ!」
ビープ音がコックピット内で鳴り響く中、俺のぼやきと共に五番機は青空目指して急上昇した。
影山達矢三等空佐、タックネームはシャドウ。ブルーインパルスで五番機を駆るドルフィンライダーである。
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