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本編
第七話 二号、拝まれる
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「……?」
イベントでの休憩時間中に急激な眠気に襲われ、昼飯を食った直後ということもあり、座ったまま爆睡してしまった。この着ぐるみの中っていうのは、閉鎖空間で安心してしまうというかなんと言うか。ここでは不意打ちをくらって叩き起こされることもないし、足蹴にされることもないので安心ではあるが。
「なんだ、こりゃ……」
目が覚めて、着ぐるみの目の部分から見える光景が、なにかおかしいことに気がついた。ジュースやお菓子が、目の前に所狭しと並んでいる。いつの間に? しかもなんで俺の周りに?
「……」
そこへ、桜木茶舗の爺様と婆様が連れ立ってやってきた。そしてこちらを見て、なるほどとうなづいている。
「あの、」
「おやおや、これはたしかに、拝みがいがあるかもしれないね」
「お供えもいっぱいですしねえ……拝んでいきますか?」
婆様が俺の、というか二号の前にしゃがみ込んだ。
「どんな願い事をしようかね」
「あら、私は貴方が少しでも元気でいますようにって、お願いしようと思っていたんですよ?」
「わたし、は桜子さんが元気でいますようにと、お願いしようと思っていたよ」
「じゃあ、二人で少しでも一緒に元気でいられますようにって、お願いしておきましょうか」
「そうだな、そうしよう」
なにやら、年寄りの年季の入った砂吐きな会話を目の前でされて、話しかける気力も失せた。まあ好きに拝んでくれ、効用があるかどうかは保証はできないが。爺様と婆様に拝まれている間、その様子を眺めながらどうしたものかと考える。これ、俺が動いたら、周りに置かれているものが散乱するんじゃないのか?
「しゃあねえなあ……」
ポケットの中から携帯を取り出して電話をかけたのは派出所。京子個人の携帯にかけても、今は仕事中だからつながらないからだ。
「はい、こちら駅前派出所です」
「おまわりさん助けてください。商店街の中央広場で敵に包囲されて動けません」
「……そこでじっとしていてください」
ガチャンと電話が切られた。来てくれるのかね、おまわりさん。真面目にこれは困ってるんだがな。そして視線をあちらこちらに走られせて目に入ってきたのは、お腹のあたりにさりげなく置かれたクッキー。しかもキーボ君の形に焼かれていて、御丁寧に目までついている。どうやらこいつが呼び水になったみたいだ。誰だ、人の腹の上にこんなものを置いたのはっ。
そしてしばらくして京子がやってきた。若干顔が怒っていたが、こちらの現状を理解すると、やれやれとため息をついた。
「なんなのこれ」
「俺に聞くな。気がついたら包囲されてたんだよ」
「なんでこんなのなるまで気がつかないのよ」
そう言われても、気がついたらこの現状なんだからしかたがない。
「しかたがないだろ、寝てたんだから」
「ちょっと待ってて。誰か手伝ってくれる人を連れてくるから」
京子も、まさか俺が大量のお菓子やジュースに囲まれているとは思っていなかったらしく、俺の頭の上に貼られていたらしい、何枚かのコピー用紙をはがしこっちに差し出すと、片づけるための人員を探しに行った。
「……捨て猫じゃありません、飼い主は京子ちゃんなので、連れて帰らないでください?」
この文字は孝子か?! お前らは一体なにをしてんだ、もっと別のことにエネルギーを使えっつうの。それと『触るな危険』? これは間違いなく篠宮のおっさんの字だ。ったくこの暇人どもめっ。
そしてやってきたのは肉屋のバイト君と醸さん。バイト君はたしか柔道部だったと思うんだが、大柄で俺でも簡単に投げ飛ばされそうな感じだ。そんなことを考えていると、そのバイト君はお菓子の海を乗り越えて俺のところにやってきて、そのまま脇の下に手を差し込んで俺を抱き上げた。
「おわっ?!」
「暴れないでくださいね。さすがに俺も、暴れられると落としちゃうかもしれないんで」
「野郎に抱っこされて運ばれるって、なんだか微妙な気分になるな」
「俺もです。しかもキーボ君の不気味な笑みがドアップで、なんとも言えない気分です」
そして俺は京子の前に降ろされた。バイト君と醸さんは、持ってきた段ボール箱に、お菓子やジュースを回収している。
「助かったよ、どうしようかと思ってたんだ」
「……」
大きなため息をつく京子。
「なんだよ」
「色々と言いたいこともあるんだけどさ、その呑気な顔を見てると言う気も失せるわ……」
「俺だって好きで入ってるわけじゃないぞ」
「なに言ってんのよ、楽しんでるくせに」
関係者には、なぜか喜んで俺が入っていると思われているのが納得いかない。そりゃまあ、こいつの中に入った時は、それなりに楽しんでいるのは否定しないけどな。
「そりゃ、ユルキャラは子供達に愛想を振りまかなきゃいけないからな」
「愛想を振りまくのと、追い掛け回すのって違うと思う」
「そうか? 皆、楽しんでいると思うんだがな。こっちもいい運動になるし」
最近は何気に中学生や小学校の高学年の男子が挑発してくるぞ? あれは俺に追撃して欲しいんだろ、違うのか?
「……」
「そんなにお行儀の良いキーボ君が良いなら、誰か別のヤツにやらせろよ。俺だって、休みで帰ってくるたびにやらされていたら体がもたん」
「だったら走り回らなければ良いじゃない」
「その結果がコレやアレだ」
そう言って手にしたクッキーを京子に突き出した。
「まあどちらにしろ、次の休暇がいつになるかわからんから、暴れん坊で問題児の二号は当分出てこないだろうさ。だから安心しろ」
「どういうことよ」
「だからそういうことだよ」
「なあお二人さん」
醸さんがちょっと笑いながら俺達に声をけてきた。
「なんすか」
「なにやら深刻な話をしているみたいだけどさ、そういう話は、中の人に戻ってからの方が良いと思うよ? 今のままだと、全然緊張感がなくて深刻さが伝わらないから」
言われてみればそうかもな。俺だってこいつの顔で深刻な話をされても絶対に本気になれないし。
「ちょっと家に戻らせてもらいます。申し訳ないけど午後のイベントは一号に任せるか、キーボ抜きで」
そう言うと、京子の手をとってそのまま自宅の方へと歩いていく。いつもの俺達とは逆な様子に、商店街の面々が興味深げな様子でこちらを見ていた。なんだよ見世物じゃないぞ。
「どういうことなのよ、キョウちゃん」
中央広場から外れた場所までくると、京子が口を開いた。
「しばらく戻れないんだよ、本当に」
「何処かに派遣されるの?」
「派遣じゃない。それは無いから心配するな。だけど連絡は取れなくなるな。多分、二ヶ月ぐらいは音信不通になると思う」
詳しいことが言えない事情と言うのは、京子も充分に分かってくれているので、それ以上のことはなにも聞いてこなかった。
「だけど怪我、まだ完治してないのに」
「怪我をしたのは俺の不注意だ。だけどそれで外されるのは嫌だから、上に頼み込んだんだ」
「そうなの……」
今日はいつもの墓地の抜け道は通らず寺の正面へと回り込む。
「なあ京子」
「なに?」
「二ヶ月、もしかしたらそれ以上の音信不通になっても、新しい彼氏とか作らないよな?」
「私が?」
「ああ」
なんでそんなことを?と言う顔で首をかしげている。
「そんなことしたらキョウちゃんはどうなるのよ。キョウちゃんみたいな暴れん坊を我慢できるのって、私ぐらいしかいないじゃない?」
「だったらちゃんと待っててくれるのか?」
その問いに京子は考え込んだ。
「……ねえ」
「なんだよ」
「やっぱりそういう深刻な話って、キーボ君から出てからのほうが良いと思う」
「……」
たしかに。
イベントでの休憩時間中に急激な眠気に襲われ、昼飯を食った直後ということもあり、座ったまま爆睡してしまった。この着ぐるみの中っていうのは、閉鎖空間で安心してしまうというかなんと言うか。ここでは不意打ちをくらって叩き起こされることもないし、足蹴にされることもないので安心ではあるが。
「なんだ、こりゃ……」
目が覚めて、着ぐるみの目の部分から見える光景が、なにかおかしいことに気がついた。ジュースやお菓子が、目の前に所狭しと並んでいる。いつの間に? しかもなんで俺の周りに?
「……」
そこへ、桜木茶舗の爺様と婆様が連れ立ってやってきた。そしてこちらを見て、なるほどとうなづいている。
「あの、」
「おやおや、これはたしかに、拝みがいがあるかもしれないね」
「お供えもいっぱいですしねえ……拝んでいきますか?」
婆様が俺の、というか二号の前にしゃがみ込んだ。
「どんな願い事をしようかね」
「あら、私は貴方が少しでも元気でいますようにって、お願いしようと思っていたんですよ?」
「わたし、は桜子さんが元気でいますようにと、お願いしようと思っていたよ」
「じゃあ、二人で少しでも一緒に元気でいられますようにって、お願いしておきましょうか」
「そうだな、そうしよう」
なにやら、年寄りの年季の入った砂吐きな会話を目の前でされて、話しかける気力も失せた。まあ好きに拝んでくれ、効用があるかどうかは保証はできないが。爺様と婆様に拝まれている間、その様子を眺めながらどうしたものかと考える。これ、俺が動いたら、周りに置かれているものが散乱するんじゃないのか?
「しゃあねえなあ……」
ポケットの中から携帯を取り出して電話をかけたのは派出所。京子個人の携帯にかけても、今は仕事中だからつながらないからだ。
「はい、こちら駅前派出所です」
「おまわりさん助けてください。商店街の中央広場で敵に包囲されて動けません」
「……そこでじっとしていてください」
ガチャンと電話が切られた。来てくれるのかね、おまわりさん。真面目にこれは困ってるんだがな。そして視線をあちらこちらに走られせて目に入ってきたのは、お腹のあたりにさりげなく置かれたクッキー。しかもキーボ君の形に焼かれていて、御丁寧に目までついている。どうやらこいつが呼び水になったみたいだ。誰だ、人の腹の上にこんなものを置いたのはっ。
そしてしばらくして京子がやってきた。若干顔が怒っていたが、こちらの現状を理解すると、やれやれとため息をついた。
「なんなのこれ」
「俺に聞くな。気がついたら包囲されてたんだよ」
「なんでこんなのなるまで気がつかないのよ」
そう言われても、気がついたらこの現状なんだからしかたがない。
「しかたがないだろ、寝てたんだから」
「ちょっと待ってて。誰か手伝ってくれる人を連れてくるから」
京子も、まさか俺が大量のお菓子やジュースに囲まれているとは思っていなかったらしく、俺の頭の上に貼られていたらしい、何枚かのコピー用紙をはがしこっちに差し出すと、片づけるための人員を探しに行った。
「……捨て猫じゃありません、飼い主は京子ちゃんなので、連れて帰らないでください?」
この文字は孝子か?! お前らは一体なにをしてんだ、もっと別のことにエネルギーを使えっつうの。それと『触るな危険』? これは間違いなく篠宮のおっさんの字だ。ったくこの暇人どもめっ。
そしてやってきたのは肉屋のバイト君と醸さん。バイト君はたしか柔道部だったと思うんだが、大柄で俺でも簡単に投げ飛ばされそうな感じだ。そんなことを考えていると、そのバイト君はお菓子の海を乗り越えて俺のところにやってきて、そのまま脇の下に手を差し込んで俺を抱き上げた。
「おわっ?!」
「暴れないでくださいね。さすがに俺も、暴れられると落としちゃうかもしれないんで」
「野郎に抱っこされて運ばれるって、なんだか微妙な気分になるな」
「俺もです。しかもキーボ君の不気味な笑みがドアップで、なんとも言えない気分です」
そして俺は京子の前に降ろされた。バイト君と醸さんは、持ってきた段ボール箱に、お菓子やジュースを回収している。
「助かったよ、どうしようかと思ってたんだ」
「……」
大きなため息をつく京子。
「なんだよ」
「色々と言いたいこともあるんだけどさ、その呑気な顔を見てると言う気も失せるわ……」
「俺だって好きで入ってるわけじゃないぞ」
「なに言ってんのよ、楽しんでるくせに」
関係者には、なぜか喜んで俺が入っていると思われているのが納得いかない。そりゃまあ、こいつの中に入った時は、それなりに楽しんでいるのは否定しないけどな。
「そりゃ、ユルキャラは子供達に愛想を振りまかなきゃいけないからな」
「愛想を振りまくのと、追い掛け回すのって違うと思う」
「そうか? 皆、楽しんでいると思うんだがな。こっちもいい運動になるし」
最近は何気に中学生や小学校の高学年の男子が挑発してくるぞ? あれは俺に追撃して欲しいんだろ、違うのか?
「……」
「そんなにお行儀の良いキーボ君が良いなら、誰か別のヤツにやらせろよ。俺だって、休みで帰ってくるたびにやらされていたら体がもたん」
「だったら走り回らなければ良いじゃない」
「その結果がコレやアレだ」
そう言って手にしたクッキーを京子に突き出した。
「まあどちらにしろ、次の休暇がいつになるかわからんから、暴れん坊で問題児の二号は当分出てこないだろうさ。だから安心しろ」
「どういうことよ」
「だからそういうことだよ」
「なあお二人さん」
醸さんがちょっと笑いながら俺達に声をけてきた。
「なんすか」
「なにやら深刻な話をしているみたいだけどさ、そういう話は、中の人に戻ってからの方が良いと思うよ? 今のままだと、全然緊張感がなくて深刻さが伝わらないから」
言われてみればそうかもな。俺だってこいつの顔で深刻な話をされても絶対に本気になれないし。
「ちょっと家に戻らせてもらいます。申し訳ないけど午後のイベントは一号に任せるか、キーボ抜きで」
そう言うと、京子の手をとってそのまま自宅の方へと歩いていく。いつもの俺達とは逆な様子に、商店街の面々が興味深げな様子でこちらを見ていた。なんだよ見世物じゃないぞ。
「どういうことなのよ、キョウちゃん」
中央広場から外れた場所までくると、京子が口を開いた。
「しばらく戻れないんだよ、本当に」
「何処かに派遣されるの?」
「派遣じゃない。それは無いから心配するな。だけど連絡は取れなくなるな。多分、二ヶ月ぐらいは音信不通になると思う」
詳しいことが言えない事情と言うのは、京子も充分に分かってくれているので、それ以上のことはなにも聞いてこなかった。
「だけど怪我、まだ完治してないのに」
「怪我をしたのは俺の不注意だ。だけどそれで外されるのは嫌だから、上に頼み込んだんだ」
「そうなの……」
今日はいつもの墓地の抜け道は通らず寺の正面へと回り込む。
「なあ京子」
「なに?」
「二ヶ月、もしかしたらそれ以上の音信不通になっても、新しい彼氏とか作らないよな?」
「私が?」
「ああ」
なんでそんなことを?と言う顔で首をかしげている。
「そんなことしたらキョウちゃんはどうなるのよ。キョウちゃんみたいな暴れん坊を我慢できるのって、私ぐらいしかいないじゃない?」
「だったらちゃんと待っててくれるのか?」
その問いに京子は考え込んだ。
「……ねえ」
「なんだよ」
「やっぱりそういう深刻な話って、キーボ君から出てからのほうが良いと思う」
「……」
たしかに。
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この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
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