政治家の嫁は秘書様

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
19 / 42
本編

第十九話 先生のお知り合い 2

しおりを挟む
「幸太郎先生?」

 二週間ぶりにこちらに戻ってくると、事務所の入口で、沙織が手をひらひらさせて俺を呼んだ。杉下は察したのか、先に執務室へと入っていく。

「どうした?」
「ちょっと、こっちこっち」

 少し離れた廊下の隅へと引っ張っていかれる。こんな風に、事務所で沙織から近づいてくることは珍しい。あ、まさか。

「なにかあった?」
「ううん、あのね、ちゃんと来たから、安心して良いよ?」
「ん?」
「だから、そのぅ……生理」
「ああ、うん、そっか……」

 もしかしてと期待してしまったので、思いのほかガッカリしてしまった。それが顔に出たらしく、沙織がアレッ?という顔をした。

「安心、したよね? もしかしてガッカリ?」
「んー……できていたら色々と言われただろうけど、正直、今はガッカリ感が大きい」
「そーなの……ごめんなさい」
「さーちゃんが謝ることじゃないよ。じゃあ、新婚旅行で頑張ろう」

 そんなに頑張らなくても良いよと、顔を赤くしてつぶやく沙織。そんな顔をするな、ここで押し倒したくなるだろ?

「えっと、それとね、ブライダルチェックは受けて、子供は大丈夫だって言われてるから」
「受けたのか?」
「うん。お母さんに、他の病気のこともあるから、受診しておいたほうが良いよって言われたから。どこもかしこも健康体だって、太鼓判もらって安心した。あ、ごめんなさい、足止めしちゃって」
「いや、いいよ。大事なことだし、教えてくれて良かった」

 そっと沙織の頬を撫でてから、執務室へと入った。


+++++


 幸太郎先生が、ガッカリした反応を見せたのは意外だった。だけどやっぱり順番通りにしたほうが良いに決まってる。なんたって、幸太郎先生は国会議員だもん。変なマイナスイメージは良くないもの。

 私が部屋に入ろうとするとエレベーターの扉が開いて、何処かで見たことのある制服を着た、背の高い男の人が出てきた。あ、陸上自衛隊の人、えーっと、そう、森永さん。

「先生に御用ですか?」
「森永といいます。あ、もしかして」
「秘書の久遠です。お約束は……」
「いえ、今日はたまたまこちらの近くに来たもので」
「でしたら応接室のへご案内しますね、こちらへどうぞ」

 後援会の人が来た時に通す部屋に森永さんを案内すると、少しお待ちくださいねと言って、執務室に入っていた先生を呼んだ。

「先生、森永さんがおみえですけど」
「森永君が? 杉下、時間はまだ大丈夫かな」
「そうですね、しばらくは」
「なら会うよ。沙織、お茶を頼めるか?」
「はい」

 いつものようにキッチンでお茶の用意をして、櫻花庵おうかあんさんで買ったお茶菓子を添えてから、応接室へと向かった。ノックをしてから入ると、二人は打ち解けた様子で話をしているようだった。森永さんも奥さんが亡くなられた時に比べると、見た感じは幾分か元気な様子。

「改めて紹介しておくよ、こちらは森永君。陸上自衛隊の人間だ。今日は、転属になるのでそれの報告も兼ねて来てくれたらしい」
「初めまして、久遠です」
「葬儀の時に、手伝いに来ていただいた方ですね。あの時はありがとうございました。お礼も言わずに申し訳ない」
「いえ、大変な時でしたし、全然気にしてませんから」

 お茶とお菓子を置いてそのまま下がろうとしたら、先生に引き留められた。そして横に座るように促される。

「?」
「で、ようやく捕捉に成功したってわけですね、重光さん」
「そういうこと」
「?」

 二人でニヤニヤしながらこちらを見ている。

「自分と先生が知り合った頃、なかなか重光先生が結婚しないものだから、あちらこちらから声をかけてくる女性陣が多くて大変だったんですよ。で、どうして結婚しないのかと尋ねたら、もう決めた相手がいるんだが、言い出すタイミングがなくて参っているって話で」
「それが私?」
「沙織以外に誰がいるんだよ」

 そんな話までしてたんだ。本当に仲良しなんだね、先生と森永さんって。森永さん、私とも仲良しになってくれるかな?

「ほんとに仲が良いんですね、先生と森永さん」
「俺が、初めて副大臣を拝命した時に知り合ったんだよな。だからまだ付き合いは数年なんだが」
「そんな感じには見えませんけど」
「お互いに兄弟がいないので、男同士の兄弟が増えたみたいな感じなんですよ」
「へえ……」

 森永さんはお茶を一口飲むと立ち上がった。

「突然なことで申し訳ありませんでした。自分はこれで失礼します」
「で、式には出てくれるのか?」

 先生の問いに、森永さんは少しだけ残念そうに笑って、首を横に振った。

「そのつもりでしたが、この転属で難しくなりそうです。しばらくは訓練にどっぷり浸かりそうなので」
「事情が事情だから仕方がないな。いつか改めて食事でも」
「そうですね、それでお願いします。では久遠さん、うちの大事な大臣候補で、将来は最高指揮官になっていただく予定の重光先生を、よろしくお願いします」

 森永さんを見送ってから、ちょっとだけ首をかしげた。

「防衛大臣候補ってのは分かったけど、最高指揮官ってのは?」
「総理大臣ってことみたいだ」
「わお、幸太郎先生、将来は総理大臣になるの?」

 すっごーいと驚いていたら、幸太郎先生が愉快そうに私を見下ろした。

「さーちゃん、俺が総理大臣になったら、一緒に海外に行かなきゃいけなくなるぞ?」
「え、それ困る、絶対に困る。私、飛行機乗りたくないもん。先生、総理大臣にだけはなっちゃ駄目!」

 先生には悪いけど、飛行機にだけは乗りたくない。できることなら、今度の新婚旅行で最後にしたいというのが正直な気持ち。あ、もちろん先生が総理大臣にどうしてもなるって言うなら、私は仮病でも使って、大人しくお留守番希望かな。

「大丈夫。そんな面倒くさい役職は、他のヤツに押し付けるに限るよ。森永君には悪いけど、俺は防衛大臣どまりの予定」
「どうして他の大臣じゃなくて防衛大臣なの? 財務大臣とか色々と他の役職もあるじゃない?」
「んー……俺なりに色々と考えることがあったから、としか言えないな。今は副大臣として勉強させてもらっている段階だけど、現場の森永君達と知り合えてラッキーだよ。現場にいる隊員の生の声を、聞かせてもらえるからね」
「ちゃんと政治家してるんだ」
「当然だろう。呑気にしていたら、税金泥棒とか言われちゃうんだぞ、俺達」

 ちょっとだけ怖い顔をしてみせる先生だけど、すぐにニッコリと微笑んだ。

「ところで、結婚式まであと一週間だけど、ちゃんと国会議員の奥さんになる心構えはできた?」
「んー……正直言って心構えはできてないよ。だって、事務所の一員として先生のお手伝いをするのと、奥さんとして先生のお手伝いをするのが、どのくらい違うのは良くわからないんだもの。おばさんに聞いても、なるようにしかならないから、細かいことは気にしないでドーンとかまえてなさいって言われたし。それと、困ったことがあったら、全部杉下さんに押しつけちゃえば良いのよ?って言われた」

 うちの母親なら言いそうなことだなと、おかしそうに笑っている。だけど杉下さんに全部押しつけるって、ちょっと酷くない?

「杉下は優秀な秘書だから、困ったことがあれば、なんでも彼に相談したら良いんだよ。きっと俺より頼りになると思うから」
「そうなの?」
「そりゃ、俺に頼ってくれれば嬉しいけど、なかなか動けないことが多いからな、俺。その点は杉下のほうが断然フットワーク軽いし、もしかしたら、事務所や後援会絡みのことは俺より内情に詳しいかも。とにかく頼りになるから、困った時は杉下頼み、それは間違いない。それより……」

 そう言いながら、幸太郎先生が私の頬に触れる。

「さっき思ったんだけど、ツルツルになったね、さーちゃん。それってやっぱりエステのお蔭?」
「だと思う。担当の小林さんが、最近のお客さんの中では、一番施術の効果が出ているって喜んでたもの」
「へえ……そんなに効果があるのか。何度もお預けくらったかいがあったってことだな」
「もう、幸太郎先生ったらそんなことばっかり。いつもテレビで映っている時と全然違う」

 ちょっとガッカリだよ?って言ったら楽しそうに笑った。

「そりゃ、俺の素の部分なんて、さーちゃんぐらいしか見せたことないもんな。あ、そうだ。今日はこれから後援会の挨拶回りなんだ」

 すでに党内の偉い人達には御挨拶をすませたって言ってたっけ。私も行ったほうが良いの?って聞いたら、それは結婚した後、正式に奥さんになってからだねって話だった。なので後援会や支持者の皆さんへの御挨拶も、今回は先生一人で回るらしい。色々と面倒くさいね、そういうのって。

「だから今日も遅くなりそう。今のうちにさーちゃんを充電させてくれる?」
「え、今ここで?」
「うん、ここで」

 そっと、応接室とアッの部屋を隔てるドアへと視線を向けた。鍵もかかってないし、森永さんが帰っていったのがわかったら、きっと杉下さんが入ってくると思うんだけど……。

「大丈夫だよ。杉下だって心得ているから、勝手に入ってきたりしないさ」
「心得てるって……」

 それって、ここでなにをしているか丸わかりってこと? うひゃー、そんな恥ずかしいっ! 早く戻らなきゃっ!

「さーちゃん、充電がまだ」

 そんな私の慌てた様子なんてまったく気にしてないのか、最初から無視することに決めているのか、幸太郎先生は私の腕を引っ張って引き寄せると、膝の上に乗せた。

「あ、あのですね、ここ、事務所ですよ?」
「そんな他人行儀な言葉遣いはやめてくれるかな?」
「だってだって……んっ……」

 パタパタと先生の肩を叩いていた手が止まってしまった。先生がするキスって本当に気持ちいい。あっという間に、フワフワした雲の上にいるみたいな気持ちになっちゃうんだもの。だけどそのせいでなにも考えられなくなって、いつの間にか先生の好きにされちゃうっていうのがちょっと困る。

「今夜も俺の家で待っててくれるよな?」

 本当は、両親から結婚前ぐらい実家に戻ってきなさいって、言われてるんだよね、荷物も新居に運び込んだし、マンションも解約したし。だけど先生が絶対にイヤだって言い張っちゃって、今は先生のマンションで同棲状態なのだ。また週刊誌でなにか言われるかなって心配していたけど、どうやら表向きは、私は実家に戻っているらしい。情報操作万歳。

「結婚式までに、一度は実家に戻ったほうが良いんじゃないかなって……」
「ダメ」
「だったら聞かなきゃいいのに……」
「だって俺が毎日こうやって頼まなきゃ、実家に帰るつもりなんだろ?」
「んー……」

 見透かされてるなあ……。

「でもね、最後の日ぐらい、ちゃんと実家ですごしたいなあ……」
「だったら、前日だけは戻っていいよ」

 そんなに嫌々な顔することないのに、本当にワガママなんだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

森でオッサンに拾って貰いました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。 ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

恋と愛とで抱きしめて

鏡野ゆう
恋愛
医学生の片倉奈緒は二十歳の誕生日の夜、ひょんなことから“壁さん”とお知り合いに。 お持ち帰りするつもりがお持ち帰りされてしまったお嬢さんと、送るだけのつもりがお持ち帰りしてしまったオッサンとの年の差恋愛小話。 【本編】【番外編】【番外小話】【小ネタ】 番外小話ではムーンライトノベルズで菅原一月さま×mo-toさま主催【雪遊び企画】、mo-toさま主催【水遊び企画】に参加した作品が含まれます。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...