政治家の嫁は秘書様

鏡野ゆう

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本編

第五話 先生の ※▲$□ !!

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 空港にお迎えに来てくれたのは、幸太郎先生のお母さんの弟さん、つまりは先生の叔父さん。地元で開業医をしている人で、地元ではけっこう名の知れた形成外科医さん。最近は歳のせいか老眼が進んで手術するのが辛いなどの愚痴を聞きながら、市内へと向かった。

 そして私達は親戚のお宅には伺わず、先に旅館にチェックインをする。今回は完全なプライベートな行事なので、地元の議員さんへの御挨拶は無し。下手に挨拶に行くと色々と話が大きくなっちゃうので、法事の席でご挨拶をする程度にとどめるということらしい。けっこう面倒臭いよね、国会議員っていうのも。

「旅館のスイートルームって、どんな感じなんだろうって思ってたんですけど、豪華ですね。マスターベッドルームと、こっちのベッドルーム、ほとんど変わりませんよ? っていうか、旅館ならお布団敷くっていう固定観念は捨てたほうが良さそう」

 和室もあるけど寝室はベッドってお洒落、しかもフカフカで寝心地良さそう。さすが、海外からの観光客にも高評価だけのことはある。

 そう言えば、フロントでロシア語を話していた御夫婦がいたっけ。先生が見ていないのをたしかめて、ヒャッホーとか言いながらベッドに飛び込むと、寝転がったまま杉下さんに無事に到着しましたメールを送った。

『無事に旅館に到着しました』

 しばらくして杉下さんから『お疲れ様です、明日もよろしくお願いします。こちらから特に急ぎの報告はありません。追伸:美月さんからの伝言、かわむらの甘納豆希望』という返信が来た。さすが美月さん、ネットで色々と調べたみたいだ。ちゃんと忘れないようにしなくちゃ。

「あ、そうだ、先生、荷解きとかしなくても良いのかな……」

 法事の時に着ていく服だけはきちんとかけておかないと、シワシワになっちゃう。慌てて飛び起きると、自分のカバンから服を出してクローゼットにつるした。

「幸太郎先生、服……」

 先生は、こちらに背中を向けて誰かと電話で話をしている。

「カバン、こっちに持って行きますね。それと着ていく服、出してつるしておきますから……」

 チラリとこっちを見てうなづく先生。幸太郎先生の旅行カバンをクローゼットの前に引き摺っていき、まずはカバーに包まれたスーツの上下をつるした。カバンの中にカッターシャツとか入ってるんだよね、出しておいても良いのかな? あれ、なんだろう、この角ばったもの……。中途半端に閉められている横のポケットを閉めなおそうとしたら、ポロリと小さな箱が落ちた。なんだかカラフルな色。んー?

「……うすぴた?」

 自分が手にしたものが何なのか理解するのに、ちょっとだけ時間がかかった。も、もしかして、これってコンドーム? え? 裏返してみると、女性でも気持ちいいとかなんとか書いてある。目玉が飛び出る時って、きっと、こんな感じで驚いた時なんだろうなって……。

「?!」

 ぎゃー、幸太郎先生の荷物の中にこんなものがっっっ!! 何故? 何故なんだあ?! ままま、まさか愛人がこっちにいるとか?! 私みたいなペーペー秘書なんて簡単に騙せるから、こっそりと地方で待ち合わせをして逢引きしようと画策しているとか?! それを見越して杉下さん達も私に同行しろと言ったとか?! いやあぁぁぁぁ、幸太郎お兄ちゃんってばフケツぅぅぅぅ!! 杉下さん達もフケツだぁぁぁぁ!! 男ってサイアクっっっ!!

「今夜のことなんだが……」

 電話を終えた先生が話しながらこちらにやってきて、私が箱を手にしているのを見てその場で固まった。

「せ、せんせー……」

 多分その時の私って、物凄い軽蔑のまなざしで幸太郎先生を見つめていたと思う。

「違う! 誤解だ! それは違うんだ!」
「なにが違うんですか! そりゃ先生は独身ですから、誰と付き合おうが問題ないでしょうけど、人を騙してまで逢引きしようだなんて許せません!! 最低です! まさかお爺ちゃんの法事を口実に、愛人と逢引きするなんて、有り得ません!」
「ちょっと待った! 愛人ってなんの話だ、そんな女はいない!」
「だったら一体どうしてこんなものが入ってるんですかっ! まままま、まさかそういうお店に行こうと思ってたとかっ! 幸太郎お兄ちゃんの変態っ エロバカッ!」

 温泉街に意外と多いその手のお店。ま、まさかっ!! いやぁぁぁぁぁ!! 箱を先生に向けて投げつけた。

「ちょっと待て! 俺は沙織のことが好きだから結婚まで考えてるんだぞ?! そんな女がいるのに、他の女を抱くと思ってるのか?!」
「だって前の職場の人、結婚してたのに、奥さんが妊娠中だからとか言って風俗行ってるって言ってたもん! エッチ! バカ! 変態! 部屋、自腹切るから頼んで別々にしてもらうっ」

 クローゼットにかけた自分の服を手にしたら、それを幸太郎先生がひったくって投げ捨てた。

「誰だか知らないが、そんなアホと俺を一緒にするなっ」
「服を投げないで!」

 拾い上げるとまた取り上げられ、今度はかなり遠い所まで放り投げられてしまった。そして先生は悪態をつきながら、私をまるで米俵みたいに担ぎ上げるとベッドルームへと歩いていく。

「降ろしてーっ!」
「お望みどおりにっ」

 乱暴にベッドに落とされて、起き上がる暇もなく、先生の大きな体に押さえ込まれてしまった。国会議員の重光幸太郎は何処かに吹き飛んじゃって、目の前には私が昔から知っている、やんちゃな頃の幸太郎お兄ちゃんがいた。

「俺が、好きでもない女を抱くような男だと思ってるのか?!」
「知らない! だけど政治家って、たくさん愛人抱えているっ聞いたことあるし、幸太郎先生だってきっと例外じゃないんでしょ?! 絶対に別宅とかあって、愛人が片手の指ぐらいいるに決まってる、ううん、両手の指かも!」

 私の言葉に大きなため息をついて、私のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。

「だからそんな女はいないって言ってるだろ。一体ぜんたい、どんな話を頭の中で勝手に作り上げているんだ。沙織を嫁にしたいと思った時から、俺は他の女なんて一人も抱いていないんだぞ」
「いつから?」
「沙織が十六になった時から」
「それ……絶対に嘘だ」

 だって健康な男の人が、六年もセックス無しで過ごせるはずがない。絶対 嘘に決まってる。

「嘘なもんか。お陰で何とか気を紛らわそうとスポーツクラブ通いで水泳三昧ざんまいだぞ? どれだけ鍛えたか見せようか?」
「そんなんで性欲が発散できるなんて、嘘っぱちに決まってるもん」
「まあたしかに、それだけでは無理ではあるな……たまに我慢できなくて右手のお世話になった事もあったから」

 え? 右手? 右手のお世話?

「えっと……それって……そのう……?」
「そうだよ、自分で自分を慰めてんだよ。少しは信じようって気になったか?」
「水泳三昧ざんまいだけよりは真実味があると思う」
「やれやれ、涙ぐましい俺の努力より、沙織をおかずにしていたことのほうが信用されるなんて、一体どんなギャグなんだか……」
「わ、わたしをおかずって……」
「言葉通りだよ。いつか沙織を抱ける日が来ると信じて、頑張って耐えてきたんだからな……」

 そう言いながら服を脱ぎ始めた。え、ちょっと、もしもし? なに先走っちゃってるんですか?

「どうだ? この六年間のクロール三昧ざんまいの成果。少しはグッと来るものかあるか?」
「水泳部にいた時のほうがムキムキだったよね。このへんとかしっかり割れてたし」

 だけど今のほうが均整がとれているって感じかな。って呑気に言ってる場合じゃなくて。

 この態勢でしかも上半身裸ってどうなの? そりゃ水泳していた時を知ってるから、幸太郎先生の上半身裸は珍しくもないけど、でもやっぱりおかしいよ……。

「触れてくれるか?」
「え?」

 ためらっている私の手を取って先生の胸に当てる。ドキドキって凄く早い鼓動が手から伝わってきた。

「……すごくドキドキしてる」
「ああ。沙織といるといつもこんな感じだ。それにこっちも」

 そう言って降ろされた手が触れたのは、膨らんだズボンの前。こちらも、ズボン越しに脈打っているのがわかった。きっと今の私の顔、真っ赤だと思う。男の人のそんなところ触ったの初めてだし……。

「どう?」
「どうって……」
「少しは俺のこと可哀想とか、男として魅力的だとか、色々と感じてくれるところはあるか?」
「えっと……」
「どうなんだ」
「だ、だってこの前の料亭で聞くまで、そんな気配すら感じさせなかったじゃない。それを好きだ初恋だって言われても、私、困っちゃうよ」

 そろそろ離して欲しくて、つかまれた手を引き抜こうとすると動かすなって言われた。ちょっと口調が辛そうだし、なんだかさっきより触っているところの体積が増加した気がするんだけど……。

「今まで、俺のことを男としてまったく意識してなかったってことは、ないよな?」
「それは……ほら、憧れとか初恋に似た感じ、みたいな……」

 話しながらも動かしている手が気になるんですけど! そんなに押しつけないで欲しいんですけど!

「あの、手、そろそろ離してもらっていいかな……」
「ダメ」
「でも」
「沙織に触れてもらったらどんな感じだろうって、ずっと思っていたんだが、これは想像以上にいいな。このまま最後までして欲しいぐらいだ」
「さ、最後まで?」

 経験があるわけじゃないけど無知でもない。幸太郎先生の『最後まで』っていうのが、どういうことかはわかってる。だけど無理だよぅ……。

「なんて顔してるんだ」

 私の顔を見ていた先生が苦笑いした。

「大丈夫だ、今はこれ以上のことはしない。叔父夫婦と夕飯の約束をしているからな」

 私の手をつかんでいた幸太郎先生の手が離れた。パタリと体の脇に力の抜けた手が投げ出される。

「沙織?」
「はい?」
「落ち着くまで抱きしめてくれるか? なにもしないから」
「……本当に何もしない?」
「ああ、約束する」

 そう言われて、幸太郎先生の背中に腕を回して抱きしめた。首のあたりに温かい息がかかり、甘い痺れが背中から腰のあたりまで走る。初めて感じたその感覚に思わず抱きしめていた腕に力がこもった。

 しばらくして、幸太郎先生は体を起こしベッドを降りると、頭冷やしてくるなと言ってバスルームへと行ってしまった。何もしない約束をさせたのは私のほうなのに、なんだか置き去りにされたような寂しいような、そんな思いに囚われてしまったのは何故だろう。
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