夢の国警備員~殺気が駄々洩れだけどやっぱりメルヘンがお似合い~

鏡野ゆう

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第一部 新しいニンゲンがやってきた!

第十八話 夢の国の外 1

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「は、しまった!」

 帰宅してから、天童てんどうさんに大切なことを伝え忘れたことを思い出した。あわててバッグからスマホを取り出し、連絡しようとして動きが止まる。

「ああああ、天童さんの連絡先、知らないじゃん!」

 どうしたものかと部屋の中をウロウロしてから、ああ、部長なら間違いなく知ってるよね!と思いつきメッセージを送った。

『遅い時間にすみません! 天童さんの連絡先が分からないので伝言お願いします! 明日はジャージ上下とスニーカーの運動会モードで行きます。教室に参加するつもりならそれなりの服装で来てください。 です!』

 部長がメッセージに気づいてくれるか心配で、しばらくスマホを持ったままベッドの上で正座待機をする。しばらくして返事が返ってきた。

『伝言を転送しました。天童君からも了解の返事あり。連絡先のことはこちらもすっかり失念していました、申し訳ない。こちらからは勝手に教えられないので、今後のために連絡先を交換しておいてくれると助かります。よろしく』
『お手数をかけて申し訳ありませんでした。ありがとうございます。天童さんに会ったら連絡先を交換しておきます』

 そう返信をしてホッと一息つく。

「さてと、これで心配事はとりあえず片づいたし。明日の準備をしてお風呂にしよ!」

 仕事の疲れを癒すのはやっぱりお風呂だ。パークでのおいしいご飯も楽しみだけど、やっぱりこの時間が一番。この入浴時間のために仕事を頑張っていると言っても良いぐらい。お湯をはりながら明日の準備をする。テレビで流れている天気予報によると晴れるようだし、明日は絶好のウォーキング日和びよりになりそうだ。

 しばらくするとお湯がはれたことを知らせる音が鳴った。お気に入りの入浴剤を入れて湯船につかる。

「ふ~~、ごくらく~~、ごくらく~~」

 お湯につかると体を思いっきりのばした。私が夢の国警備員から自分に戻る瞬間だ。

「今週もがんばった~~、えらいぞ、私」

 あまりに自分を熱心にほめ続けたせいか、思った以上に長風呂になってあやうくのぼせそうになった。あわてて出ると、冷蔵庫からノンアルコールの缶チューハイを出し部屋に戻る。

「今週もお疲れさまでした、リーダーとヒロインちゃん♪」

 ベッドに仲良く座っているリーダーとヒロインのぬいぐるみに向けて、缶チューハイで乾杯をする。最初のころはちゃんと正式な名前を呼んでいたのに、この二年ですっかりリーダーとヒロインちゃん呼びが定着してしまった。これも一種の職業病かもしれない。


+++


 そして次の日の朝、いつもよりゆっくり目に出かける準備をして、リュックを背負ってスニーカーを履くと家を出た。ここから警察署の最寄りの駅まで約3キロ。お天気が良い日はウォーキングをかねて歩いて通っているのだ。

 途中のコンビニでゼリーを買って飲みながら駅に向かう。駅が見えたところで時間を確認すると、待ち合わせ時間十分前だった。

「あ、もういる」

 駅の正面口に天童さんが立っているのが見えた。私が運動会モードと伝言したからか、いつもよりさらに動きやすそうな服装だ。

「おはようございまーす!」

 私の声に振り返る。そして何故か首をかしげる。

「どうしました?」
「え、いや電車が来てないのにどこから現れたのかなと」

 そう言いながら駅をさした。

「自宅からここまで、歩いてきたんですよ」
「住んでるところ、そんなに近いんですか?」
「ここから3キロほどなので、まあ徒歩圏内かな?」
「徒歩圏内と言うにはちょっと遠い気がしますけど」
「そんなことないですよ。今時の小学生は、そのぐらいの距離を歩いて通学してますし」

 そう言いながら警察署へ向けて歩き出す。実のところ歩いてきたのにはちゃんとした理由があるのだ。

「ほら、うちのパーク、ご飯がおいしすぎるでしょ? そのカロリーを消費すために、休みの日もできるだけ歩くようにしてるんですよ」

 私がそう言うと、天童さんがニヤッと笑った。

「おいしすぎるのは同意ですね。俺も最近は運動不足気味だし、気をつけないといけないな」
「本当ですよ。真面目な話、採用されてから太っちゃって、戻すの大変でしたから」

 あの時のショックはいまだに忘れられない。だけど目の前においしいご飯があるのに、我慢するなんてとてもできそうにない。だから食べた分だけ体を動かすことを選んだのだ。

「それはますます、俺も気をつけないといけない気がしてきました。今日は帰ったら体重を計ってみます。増えていたら、歩くか走るかして通勤することも考えないと」
「天童さんこそ徒歩通勤ができる距離なんですか?」
「俺が住んでいるのはですね」

 住所を聞いて驚いた。お隣さんと言うほどではないけれどかなり近い場所だ。

「天童さん、私とけっこうなご近所さんですよ」

 そう言いながら自分のアパートがある住所を告げた。

一関いちのせきさんのほうがこっちに近いですね」
「天童さんちからだと、パークまでどのぐらいの距離になるのかな」
「だいたい5キロぐらいですね。そのぐらいならジョギングで通勤することも可能かな」

 たとえ汗だくになって出勤しても、ロッカールームにはシャワー室も完備されているから安心だ。勤務に差支えがない限り、いつでも誰でも自由に使える状態なのだ。ただ、天童さんに関しては心配な点もあった。

「でも、そんなに走って大丈夫なんですか? 大きな怪我をしてまだ一年なんでしょう?」
「怪我をしたからですよ」
「?」
「ずっと病院にいて今は体力がガタ落ち状態なんです。普通に生活するには問題ないんですけどね。だから体力を取り戻すためにも、そういうことを始めるのも必要かなと」
「一日中パーク内を歩き回るのに、さらに走って通勤するんですか?」

 いくら体力を取り戻したいからと言っても、ちょっとやりすぎな気がする。

「別に今すぐ始めるつもりはないですよ。おいしいバナナのせいで体重が増えてきたら、それを兼ねて走ろうかなって話です」
「だけど天童さんの場合、どちらかと言えばもうちょっとお肉がついても問題ないと思いますけど?」
「そうですか? これでも退院してからかなり体重も増えたんだけどな」

 多分それは太ったということではなく、怪我をする前の体重に戻ったということなんだろう。

「とにかくあまり無茶はしないでくださいね」
「わかってますよ。俺はもうおじさんなんですよね」

 前に私に言われた言葉を思い出したのか、わざとらしく悲しそうな表情をしてみせた。

「そういうことです。あ、そうだ。忘れるところでした。昨日は連絡先がわからなくて部長に伝言を頼んじゃったんですけど、もし良ければ連絡先の交換をしてもらって良いですか?」
「ああ、それは俺も部長から言われました。こちらは問題ありません。一関さんのほうこそ問題はないですか?」
「まったくないです」
「なら番号の交換を」

 そんなわけで私達はお互いの連絡先を交換した。

 警察署に到着すると、受付の人に声をかけてから署内にある体育館に向かう。その途中で声をかけられた。正確には、声をかけられたのは私ではなく天童さんだ。

「天童じゃないか。久しぶりだな。もう怪我は完治したのか?」

 振り返るとそこには制服を着た男性が立っていた。見た感じ、天童さんと同世代の人のようだ。

児島こじま?」
「怪我のせいで辞めたって聞いたけど、県警に再就職する気になったのか?」
「いや。今日はここの防犯教室を見学しに来たんだ」

 天童さんがそう言うと、その人はうなづきながら何故か私を見た。

「……もしかして嫁?」
「違う違う。今の職場の先輩だよ。先輩がここの防犯教室に通っているから一緒に来たんだ」
「なんだ~~、せっかく新しいネタが見つかったと思ったのに」

 その人は残念そうな顔をする。新しいネタ? しかも嫁?

「ああ、すみません、一関さん。こちら、警察学校で同期だったヤツです」
「はじめまして。嫁じゃなくてすみません」
「ああ、すみません、こちらこそ失礼なことを言ってしまって。申し訳ない」
「まったくだぞ」

 天童さんは申し訳なさそうに笑うその人の様子に、呆れたようにため息をついた。

「それで就職先って? つか早くないか? まだ一年だよな?」
「怪我はもうすっかり完治した。就職先はここの管内にある某テーマパークだよ」

 とたんにその人の目が真ん丸になる。

「まさか中の人?!」
「なわけないだろ。警備スタッフだよ。まったく、なんで中の人なんだ……あの、なにか?」

 私の視線に気がついたのか、天童さんが首をかしげた。

「あ、いえ。お友達とおしゃべりしてるんだなあって思っただけです」
「?」
「口調ですよ口調。いつもの口調と全然違いますから」

 普段は年下の私に対しても敬語なのに、今はその敬語がすっかり消えてしまっている。

「ああ、すみません」
「別にかまわないんですけどね」
「その服装からすると、防犯教室の護身術実習にも参加するんですよね。なるほど。俺も見学させてもらおうかな」
「お前は仕事中だろ? ヒマなのか?」
「今からヒマになった」

 天童さんのお友達の児島さんはそう言うと、私達の後ろをご機嫌な様子でついてきた。
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