上 下
10 / 30
第一部 新しいニンゲンがやってきた!

第十話 駄々洩れてます

しおりを挟む
 じりじりと包囲網をせばめられた天童てんどうさんは、あきらかにたじろいでいる。

一関いちのせきさん? 本当に俺、木の中に入らなきゃダメですか?」
「ダメとは言いませんけど、今のうちに経験しておいたほうが良いとは思いますね。不測の事態が起きた時に困るでしょ? ああ、久保田くぼたさんと矢島やじまさんも何かあった時は木に入る予定ですから、これで木の三兄弟ができますね」
「そんな三兄弟やりたくないような」

 ぼやく天童さんを横に、木のマスコットを引っ張り出した。そこへ作業着姿のスタッフが通りかかる。最初は通り過ぎたんだけど、私達を見て立ち止まって振り返った。

「あれ、リーダー? 珍しいね、中から飛び出した状態でここにいるなんて。なにか困ったことでも?」

 この人は鹿沼かぬまさん。スタッフの中では最古参の一人で、ここが開園してからずっと、パーク内設備や備品の保守点検チームを率いている。鹿沼さんがいなかったら廃墟になっていたアトラクションも少なくない。

「今日から警備部に新しいニンゲンが来たからね。そのニンゲン用のマスコットを探しているところなのさ。背が高いから、木かキリンぐらいしか入りそうなくてさ。まずは木に入ってもらおうと思って」
「ああ、なるほど。見守り隊用のマスコットか」

 リーダーが鹿沼さんと話している間に、マスコットチームのメンバーが天童さんを木の中に追い立てた。そして私が仕上げに背中のファスナーを上げる。

「どうですか? 前は見えてます?」
「こんな状態でどうやって周囲の警戒をしろと? 視界、ほとんど正面しか見えないじゃないですか」

 不満げな声が木の中から聞こえてくる。

「実際は何人かでチームを組みますし、お互いに死角をカバーし合うんですよ」
「あと、相手が逃走した時は? こんなので走れないでしょ」
「試してみます?」

 私がそう言うと木が大きく揺れた。走ってみようとしたらしい。

「無理です。走れません。歩幅がまったくとれない」
「ですよねえ。そういう時は中に入ってないスタッフが追いかけます」

 木は横に揺れながら前に進む。その様子を後ろから見ていたリーダーは感心したように笑った。

「うん。最初から転ばずに動けるのはさすがだね」
「でもさ、なんか駄々洩だだもれてるよね、いろいろと」
「ん? そう?」

 鹿沼さんの指摘に首をかしげる。

「なんていうか殺気みたいなのが駄々洩だだもれてるよ、この人」
「殺気立つ木! それなかなか新しいですね」
「一関さん、そこ感心するとこですか? これ、ものすごく動きづらいんですが」

 両手が入っている部分の枝がわさわさと激しく動いた。殺気が駄々洩だだもれているのは、天童さんが動きにくい木にムカついているからなんだろう。

「マスコットチームの皆さんは、その状態で踊ってるんですからすごいですよね」
「まあたしかに、そこはすごいと思いますけどね。あの、そろそろ出ても良いですか?」
「次はキリンに入ってみます?」
「いや、もう木で良いですよ。何かあった時はこれに入ります」

 あきらめ気味の声だ。

「なかなか似合ってると思いますけどね」
「顔が見えない状態で似合ってるもなにもないような気が」

 元の場所へ引き返そうとその場で足踏みをして体の向きを変える。

「まったく。これで張り込みするなんてどんな罰ゲームなんだよ……」

 なにやらブツブツと文句が聞こえてきた。

「張り込みじゃなくて見守りですよ」
「ああ、見守りね、見守り」

 ムカついているせいか、口調から敬語が消えてしまっているのがおかしい。

「お、なにやらおどろおどろしい空気を垂れ流している木がいるぞ」
「うちのパークには似つかわしくないホラーっぽい木だな」

 笑いを含んだ声がした。声がしたほうに目を向けると、久保田さんと矢島さんがニヤニヤしながら立っている。どうやら食堂での話を聞いてついてきたようだ。

「あ、それ以上は近寄らないでくださいね。部長からの業務命令を忘れないように」
「わかってるよ」
「天童さんも木になるのか」
「お二人の弟だってさ」

 矢島さんの言葉に、鹿沼さんが笑いながらそう言った。

「それはそれは。よろしく兄弟。俺、自分が指摘された時はわからなかったけど今わかった。たしかに殺気が駄々洩だだもれてるわ。隠しきれてない」
「たしかに駄々洩だだもれてるな」

 久保田さんがそう言いながら笑い、矢島さんがその意見にうなづく。

「リーダー達とは全然違うのな。誰が入ってるかまるわかりだ」
「これ、まさかと思いますが、実は新手あらてのイヤがらせなのでは?」
「「「とんでもない」」」

 天童さんのぼやきに、その場にいた全員が声をあげた。

「どうだか」

 ぼやき続けながらリーダーのもとへ戻ってくる。

「もう外に出ても良いですか? これで俺は、不測の事態での見守りの時は木で決まりなんですよね」
「「「え、キリンは試さないの~~?」」」

 マスコットチームからそう言われ、木が困ったように揺れた。

「あの、一関さん?」
「え、あー……試してみたらどうです? こういう機会はなかなかないですし。休み時間はもう少しありますし」
「……わかりました」
「あの、天童さん?」

 その口ぶりに心配になって質問をする。

「なんでしょう」
「これで試用期間後、自分にはここの警備スタッフを続けるのは無理ですとか、言いませんよね?」
「それ、木の中に入る前に言ってほしかったですね」
「え」
「大丈夫です。夢の国の警備員はこういうものなんだと腹をくくります。ただ、元同僚にこの姿は絶対に見られたくないですけどね」

 あきらめ気味の口調のまま、天童さんが木の中から出てきた。マスコットチームがいそいそとキリンを持ってくる。

「あの、本当に入らなきゃダメですか?」
「まあ、せっかくだから試してみてよ」

 リーダーがそう言うとため息をついた。

「本当にイヤがらせじゃないんですよね?」
「当然ですよ。私も入りましたし、久保田さんも矢島さんも入りました」
「俺達はキリンには入れてもらえなかったな。そういう意味では天童さん、特別待遇なんじゃ?」
「あんまり嬉しくない待遇な気がします」

 そう言いながらキリンのマスコットの中に入る。

「どうですか?」
「相変わらず視界がせまくて単独での見守りには不向きだと」
「やっぱり木のほうが似合ってそう」
「なにを基準にそう言っているのか、まったくわからないですけど」

 キリンが長い首をかしげた。

「でも面白いですね。中に入った人は見えないのに、その人によってマスコットの雰囲気が全然違います」
「そういうものなんですか?」
「少なくとも天童さんが入ってるマスコットは、リーダー達とはまったく違いますね。やっぱり殺気が駄々洩だだもれてます」
「そりゃこんな窮屈な中に入れられたら殺気立ちもしますよ。もう出ても?」

 残念がるマスコットチームの声をよそに、天童さんがキリンの中から出てくる。

「まあとにかく、天童さんのサイズに合うマスコットが見つかって良かった。何かあったら木かキリンてことで」
「パーク内がずっと平和であることを祈っておきますよ、ええ」

 天童さんがボソリとつぶやいた。


+++


「天童君、木のマスコットの中に入ることが決まったんだって? 中に入ってみてどうだった?」

 その日の夕方、パーク内のパトロールを終えて戻ってきた私達に、中津山なかつやま部長がニコニコしながら声をかけてきた。初日の終わりに聞かれたのは、仕事の感想ではなくマスコットに入った感想だなんて。天童さんはそんなことを考えていそうな顔をしている。

「視界が狭くて走れないのを除けば、まあまあな着心地でした」

 そしてその質問に律儀に答える天童さん。生真面目な性格なんだなと感心する。

「あの部長、一つ質問しても良いですか?」
「もちろん。気になることがあったなら、一つでも二つでもどうぞ?」

 装備をはずしていた手を止めると、部長のほうに顔を向けた。

「そのマスコットなんですが、あれは新人に対するサプライズとか、そういうたぐいのものではないんですね?」
「まさか。一関さんから説明は聞いてない?」
「聞きはしましたけど」
「ちょっと、まだ疑ってたんですか? あれは不測の事態が起きた時の見守りのためって、ちゃんと話したじゃないですか」
「いやしかし」

 まだ疑っていたとは。さすが元刑事さんと感心したら良いのやら呆れたら良いのやら。

「冗談と思われていたなんて」
「面接の時にそんな話は一切なかったもので」
「だから不測の事態の時なんですよ」
「だけど良かったよ。天童君、背が高いから入るマスコットがないんじゃないかって、ちょっと心配してたんだ」

 部長は天童さんと私の会話を聞いてもニコニコしたままだ。

「木か、なるほどなるほど。あ、お疲れさんだったね。明日もよろしく頼むね」

 そう言いながら部屋を出ていく。

「まあマスコットに入ることなんてそうそうないですから、そこは安心してください」
「そういう問題なんだろうか」

 なんとも言えない顔をして首をかしげる天童さんだった。

 マスコットの件を本人がどう感じたかはさておき、この一件で天童さんがスタッフの中にすんなりと溶け込むことができたので、結果オーライだと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。 【本編完結】【小話】 こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。 ・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 こちらのお話とはコラボエピソードがあります。 ・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』 https://ncode.syosetu.com/n3046de/ ※小説家になろうでも公開中※

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

『番外編』イケメン彼氏は年上消防士!結婚式は波乱の予感!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は年上消防士!・・・の、番外編になります。 結婚することが決まってしばらく経ったある日・・・ 優弥「ご飯?・・・かぁさんと?」 優弥のお母さんと一緒にランチに行くことになったひなた。 でも・・・ 優弥「最近食欲落ちてるだろ?風邪か?」 ひなた「・・・大丈夫だよ。」 食欲が落ちてるひなたが優弥のお母さんと一緒にランチに行く。 食べたくないのにお母さんに心配をかけないため、無理矢理食べたひなたは体調を崩す。 義母「救護室に行きましょうっ!」 ひなた「すみません・・・。」 向かう途中で乗ったエレベーターが故障で止まり・・・ 優弥「ひなた!?一体どうして・・・。」 ひなた「うぁ・・・。」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...