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本編 2
第十二話 再来週よりまずは今週末
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「ひーどーいぃぃぃぃ! 休みがつぶれるなんてぇぇぇぇ!」
それぞれが晩ごはんを食べ終わり、お風呂に入る準備を始めるであろう時間帯。いつものように遠くから、コーヒー牛乳さんの泣き声が聞こえてきた。
「よくもまあ毎日、あれだけ色々な泣き言があるよねえ……ネタ切れになるってことはないのかな?」
今日の泣き言の原因はなんだろう。内容からして、走ったことに対してではなさそう。
「休みがつぶれる? お休みがなくなるってこと?」
一体どういうことだろうと首をかしげながら、他のお客さんをさばいていく。そこへ、コーヒー牛乳さんとお友達二人がやってきた。
「ひどいよおぉぉぉぉ! 休みの日を心の支えにがんばってるのにぃぃぃぃ!」
「まだ再来週の話だろ? 今から泣いてどうするんだよ」
「お前がが泣いたって、休みがないのは変わらないぞ?」
「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁ!!」
「いらっしゃいませー。今日もお疲れ様ですー」
メソメソしている加納さん、その加納さんをなだめている青柳さん、そして二人の後ろでため息をつきながらついてくる馬越さん。すっかり名前まで覚えてしまった。
「加納さん、今日のあの走りはすごかったですね。最終的にどうなったんですか?」
「あのあと、もう一回ぬかされました」
メソメソしているコーヒー牛乳さんのかわりに、青柳さんがアハハと笑いながら教えてくれた。
「ってことは加納さん、他の人より三周も多く走ったんですね。すごいですね!」
「そうなんですよぉぉぉぉ、めちゃくちゃたくさん走ったんですぅぅぅ、もう疲れたぁぁぁぁ」
「だったら、俺達と同じペースで走ればよかったじゃないか」
「それができたら、苦労しないんだよぅぅぅぅ!」
「ほら、早くコーヒー牛乳を買えよ。それ飲んで、風呂いくぞ風呂!」
馬越さんがそう言いながら、ずんずんと店の奥へと入っていく。そして手にしたのはいつものコーヒー牛乳。もしかしてこれだけのためにここに?
「ほら! お前のコーヒー牛乳! つーかさ、風呂のあとにコーヒー牛乳のほうがよいんじゃね? よくある銭湯のシーンでは、だいたい風呂の後にコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳だろ?」
「やだ! 俺は訓練が終わったらすぐにコーヒー牛乳を飲みたいの!」
「あ、そう」
「人それぞれですねー。いつもありがとうございますー」
そう言いながらお金を受け取った。コーヒー牛乳さんは受け取ったストローをパックにさす。
「ところで再来週のお休みがつぶれるっていのうは、どうしてなんですか? いわゆる待機要員ってやつですか?」
「いえ、そういうことじゃなくて、その週末は駐屯地の創立記念式典があるんですよ。自分達も式典では観閲行進に参加するので」
コーヒー牛乳を飲み始めた加納さんのかわりに、ふたたび青柳さんが教えてくれた。
「ああ、そういえば駐屯地の一般開放は再来週でしたね。実は私もここに来て初めてのことなので、ドキドキしてるんですよ」
一体どれぐらいの人がここに来るのか、まったく想像がつかない。本当に修羅場になるんだろうか?
「お休みないのいぃぃやぁぁ~!!」
「でも加納さん。家族に見てもらえるじゃないですか、立派な自衛官になりつつあるところ」
「俺も馬越も、そう言ってるんですけどねー」
「皆さんのご家族も来られるんですか?」
「はい! なので今から楽しみにしています!」
青柳さんはうれしそうにニコニコしている。どうやら青柳さんは、家族に来てもらえるのを楽しみにしているらしい。
「ご家族としても、皆さんの立派な姿を見たら、きっと安心されますね」
「まだ訓練中だから、自衛官未満ではありますけどね」
「加納さん、その時はメソメソしたらダメですよー?」
「そこは心配ないです。こいつ、いざとなったら俺達以上に立派に見えるから」
馬越さんが笑いながら言った。そういえば、SNSの載った訓練中の写真がそうだったっけ。
「休みぃぃぃぃ!!」
「まあそこは家族サービスの日と思って、がんばってください!」
「がんばりたくないぃぃぃぃ」
「がんばりたくないとか言ってますけど、当日はこいつが一番、張り切ると思います」
すっかり見透かされているようだ。だけどコーヒー牛乳さんは休みがぁぁぁとメソメソしたままだ。
「ほら、レジ前でメソメソしていたら、バイトさんの邪魔になるだろ? そろそろ行くぞ!」
「風呂だ、風呂! あと、洗濯とアイロンがけも待ってるんだからな!」
二人はメソメソしているコーヒー牛乳さんの両側に立つと、まるで逮捕された人を連行するように両脇をかかえ、引きずっていった。
「お買い上げありがとうございます~」
三人を見送ってしばらくして、お客さんが一区切りして店内が静かになる。
「再来週ねえ……あ、でも私はその前に、今週末に大事なイベントがあるよね」
山南さん達のテスト慰労会。斎藤さんのカノジョさんと、尾形さんの奥さんもやってくる。
「どんな服を着ていったら良いのかな。あ、どういうお店に行くか、聞いておけばよかった」
うっかり空気が読めてない服装にならないように、じゅうぶんに気をつけなければ。そうしないと、恥ずかしい思いをするのは私じゃなくて、山南さんだし。
そしてこういう時、タイミングよく相手が現れるのが、このお店の良いところだ。
「あ、山南さん山南さん!」
向こうから山南さんが歩いてくる姿が見えたので、手をふって声をかけた。
「どうかしましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあります!」
「俺にわかることなら良いんですが。あ、ちょっと待っててくださいね。師団長に頼まれたものを先に購入しますから」
レジ前ではなく、商品棚のほうへと直行する。
「一つ階級が上がったら、お使いは免除されるんですか?」
「さあ、どうでしょう。師団長がここにいるのはあと一年ぐらいなので、そうなったら間違いなく、お役御免だと思います。多分ですけど」
「そうなんですか?」
「幹部は異動があるので」
「なるほどー。あれ? 今日は甘いものじゃないんですね?」
山南さんが持ってきたのは、おせんべいとあられの袋だった。
「たまには塩気のあるものが食べたいそうです。ただ俺の予想だと、結局はプリンが食べたくなるんじゃないかなって、思ってるんですけどね」
「プリンは買わないんですか?」
今までのパターンからすると、こういう時に前もって買っていくのが山南さんの行動パターンな気がする。だけど今のところ、その気はまったくないみたいだ。
「買いませんよ。そうなったら自分で買いに来るでしょう。執務室はここと目と鼻の先なんだから」
「意外と薄情だったり」
「そりゃ、一年近く使い走りをさせられてたら薄情にもなりますよ。たとえ上官でも甘やかしは禁止です」
口元がニヤリとなったのは見間違いではないはず。今回のことはきっと、山南さんなりの上官に対する、意趣返しの意味も含まれているのだろう。
「それで? 俺に聞きたいことってなんですか?」
「ああ、それそれ。週末のテスト慰労会のことなんですけどね。普段は皆さん、どんな感じのお店に行くんですか?」
バイトを始めた時につれていってもらったのは、近所の居酒屋さんだった。だけどあれは、隊員さん達の飲み会で使われるお店のようだったし、カノジョさんや奥さんが一緒の時には行きそうにない。
「あ、そうか。御厨さんは今回が初めての参加だから、尾形の嫁さんとは連絡とれてなかったですね。すみません、そこまで考えてなかった」
山南さんは申し訳なさそうな顔をする。
「こういう時の食事会の店は、女性陣に決めてもらってるんですよ。だから次からは御厨さんも、店選びに参加できると思います」
「なるほど、そうなんですね」
「今回はもう決まってるんで、部屋に戻ったらメールで店のアドレスを入れておきますね。それほど格式ばったところじゃないですよ。だいたい、居酒屋に毛がはえた程度のところばかりです。ただ、そこがロシア料理だったりベトナム料理だったりインド料理だったりするだけで」
お店がわかったら服装の対策もできそうだ。それを待つことにしよう。そう考えてると、山南さんが「ああ」と何かに気がついたように声をあげた。
「俺達は居酒屋の時と同じような服装で行きます。そういうことが聞きたかったんですよね?」
「当たりです!」
ちゃんと気づいてもらえて良かった。
「尾形の嫁さんも斎藤のカノジョさんも、俺達が肩がこりそうな店が苦手なのはわかってるんで。あまり格式ばった店だと、慰労会どころじゃなくなるでしょ?」
「なるほど。じゃあ、映画に行った時よりもオシャレしていきます」
「映画の時もオシャレしてたでしょ、御厨さん。あれでじゅうぶんですよ」
山南さんは私の言葉に、おかしそうに笑う。
「山南さん、わかってないですね。今回は初対面の女性陣の目があるわけですからね。こういう時は気が抜けないんですよ」
「そういうものなんですかね。俺にはさっぱりだけど」
「そういうものなんですよ。きっと尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんも、同じように考えていると思います!」
「男で良かったです、俺」
山南さんは半分ぼやくようにつぶやいた。
それぞれが晩ごはんを食べ終わり、お風呂に入る準備を始めるであろう時間帯。いつものように遠くから、コーヒー牛乳さんの泣き声が聞こえてきた。
「よくもまあ毎日、あれだけ色々な泣き言があるよねえ……ネタ切れになるってことはないのかな?」
今日の泣き言の原因はなんだろう。内容からして、走ったことに対してではなさそう。
「休みがつぶれる? お休みがなくなるってこと?」
一体どういうことだろうと首をかしげながら、他のお客さんをさばいていく。そこへ、コーヒー牛乳さんとお友達二人がやってきた。
「ひどいよおぉぉぉぉ! 休みの日を心の支えにがんばってるのにぃぃぃぃ!」
「まだ再来週の話だろ? 今から泣いてどうするんだよ」
「お前がが泣いたって、休みがないのは変わらないぞ?」
「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁぁ!!」
「いらっしゃいませー。今日もお疲れ様ですー」
メソメソしている加納さん、その加納さんをなだめている青柳さん、そして二人の後ろでため息をつきながらついてくる馬越さん。すっかり名前まで覚えてしまった。
「加納さん、今日のあの走りはすごかったですね。最終的にどうなったんですか?」
「あのあと、もう一回ぬかされました」
メソメソしているコーヒー牛乳さんのかわりに、青柳さんがアハハと笑いながら教えてくれた。
「ってことは加納さん、他の人より三周も多く走ったんですね。すごいですね!」
「そうなんですよぉぉぉぉ、めちゃくちゃたくさん走ったんですぅぅぅ、もう疲れたぁぁぁぁ」
「だったら、俺達と同じペースで走ればよかったじゃないか」
「それができたら、苦労しないんだよぅぅぅぅ!」
「ほら、早くコーヒー牛乳を買えよ。それ飲んで、風呂いくぞ風呂!」
馬越さんがそう言いながら、ずんずんと店の奥へと入っていく。そして手にしたのはいつものコーヒー牛乳。もしかしてこれだけのためにここに?
「ほら! お前のコーヒー牛乳! つーかさ、風呂のあとにコーヒー牛乳のほうがよいんじゃね? よくある銭湯のシーンでは、だいたい風呂の後にコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳だろ?」
「やだ! 俺は訓練が終わったらすぐにコーヒー牛乳を飲みたいの!」
「あ、そう」
「人それぞれですねー。いつもありがとうございますー」
そう言いながらお金を受け取った。コーヒー牛乳さんは受け取ったストローをパックにさす。
「ところで再来週のお休みがつぶれるっていのうは、どうしてなんですか? いわゆる待機要員ってやつですか?」
「いえ、そういうことじゃなくて、その週末は駐屯地の創立記念式典があるんですよ。自分達も式典では観閲行進に参加するので」
コーヒー牛乳を飲み始めた加納さんのかわりに、ふたたび青柳さんが教えてくれた。
「ああ、そういえば駐屯地の一般開放は再来週でしたね。実は私もここに来て初めてのことなので、ドキドキしてるんですよ」
一体どれぐらいの人がここに来るのか、まったく想像がつかない。本当に修羅場になるんだろうか?
「お休みないのいぃぃやぁぁ~!!」
「でも加納さん。家族に見てもらえるじゃないですか、立派な自衛官になりつつあるところ」
「俺も馬越も、そう言ってるんですけどねー」
「皆さんのご家族も来られるんですか?」
「はい! なので今から楽しみにしています!」
青柳さんはうれしそうにニコニコしている。どうやら青柳さんは、家族に来てもらえるのを楽しみにしているらしい。
「ご家族としても、皆さんの立派な姿を見たら、きっと安心されますね」
「まだ訓練中だから、自衛官未満ではありますけどね」
「加納さん、その時はメソメソしたらダメですよー?」
「そこは心配ないです。こいつ、いざとなったら俺達以上に立派に見えるから」
馬越さんが笑いながら言った。そういえば、SNSの載った訓練中の写真がそうだったっけ。
「休みぃぃぃぃ!!」
「まあそこは家族サービスの日と思って、がんばってください!」
「がんばりたくないぃぃぃぃ」
「がんばりたくないとか言ってますけど、当日はこいつが一番、張り切ると思います」
すっかり見透かされているようだ。だけどコーヒー牛乳さんは休みがぁぁぁとメソメソしたままだ。
「ほら、レジ前でメソメソしていたら、バイトさんの邪魔になるだろ? そろそろ行くぞ!」
「風呂だ、風呂! あと、洗濯とアイロンがけも待ってるんだからな!」
二人はメソメソしているコーヒー牛乳さんの両側に立つと、まるで逮捕された人を連行するように両脇をかかえ、引きずっていった。
「お買い上げありがとうございます~」
三人を見送ってしばらくして、お客さんが一区切りして店内が静かになる。
「再来週ねえ……あ、でも私はその前に、今週末に大事なイベントがあるよね」
山南さん達のテスト慰労会。斎藤さんのカノジョさんと、尾形さんの奥さんもやってくる。
「どんな服を着ていったら良いのかな。あ、どういうお店に行くか、聞いておけばよかった」
うっかり空気が読めてない服装にならないように、じゅうぶんに気をつけなければ。そうしないと、恥ずかしい思いをするのは私じゃなくて、山南さんだし。
そしてこういう時、タイミングよく相手が現れるのが、このお店の良いところだ。
「あ、山南さん山南さん!」
向こうから山南さんが歩いてくる姿が見えたので、手をふって声をかけた。
「どうかしましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあります!」
「俺にわかることなら良いんですが。あ、ちょっと待っててくださいね。師団長に頼まれたものを先に購入しますから」
レジ前ではなく、商品棚のほうへと直行する。
「一つ階級が上がったら、お使いは免除されるんですか?」
「さあ、どうでしょう。師団長がここにいるのはあと一年ぐらいなので、そうなったら間違いなく、お役御免だと思います。多分ですけど」
「そうなんですか?」
「幹部は異動があるので」
「なるほどー。あれ? 今日は甘いものじゃないんですね?」
山南さんが持ってきたのは、おせんべいとあられの袋だった。
「たまには塩気のあるものが食べたいそうです。ただ俺の予想だと、結局はプリンが食べたくなるんじゃないかなって、思ってるんですけどね」
「プリンは買わないんですか?」
今までのパターンからすると、こういう時に前もって買っていくのが山南さんの行動パターンな気がする。だけど今のところ、その気はまったくないみたいだ。
「買いませんよ。そうなったら自分で買いに来るでしょう。執務室はここと目と鼻の先なんだから」
「意外と薄情だったり」
「そりゃ、一年近く使い走りをさせられてたら薄情にもなりますよ。たとえ上官でも甘やかしは禁止です」
口元がニヤリとなったのは見間違いではないはず。今回のことはきっと、山南さんなりの上官に対する、意趣返しの意味も含まれているのだろう。
「それで? 俺に聞きたいことってなんですか?」
「ああ、それそれ。週末のテスト慰労会のことなんですけどね。普段は皆さん、どんな感じのお店に行くんですか?」
バイトを始めた時につれていってもらったのは、近所の居酒屋さんだった。だけどあれは、隊員さん達の飲み会で使われるお店のようだったし、カノジョさんや奥さんが一緒の時には行きそうにない。
「あ、そうか。御厨さんは今回が初めての参加だから、尾形の嫁さんとは連絡とれてなかったですね。すみません、そこまで考えてなかった」
山南さんは申し訳なさそうな顔をする。
「こういう時の食事会の店は、女性陣に決めてもらってるんですよ。だから次からは御厨さんも、店選びに参加できると思います」
「なるほど、そうなんですね」
「今回はもう決まってるんで、部屋に戻ったらメールで店のアドレスを入れておきますね。それほど格式ばったところじゃないですよ。だいたい、居酒屋に毛がはえた程度のところばかりです。ただ、そこがロシア料理だったりベトナム料理だったりインド料理だったりするだけで」
お店がわかったら服装の対策もできそうだ。それを待つことにしよう。そう考えてると、山南さんが「ああ」と何かに気がついたように声をあげた。
「俺達は居酒屋の時と同じような服装で行きます。そういうことが聞きたかったんですよね?」
「当たりです!」
ちゃんと気づいてもらえて良かった。
「尾形の嫁さんも斎藤のカノジョさんも、俺達が肩がこりそうな店が苦手なのはわかってるんで。あまり格式ばった店だと、慰労会どころじゃなくなるでしょ?」
「なるほど。じゃあ、映画に行った時よりもオシャレしていきます」
「映画の時もオシャレしてたでしょ、御厨さん。あれでじゅうぶんですよ」
山南さんは私の言葉に、おかしそうに笑う。
「山南さん、わかってないですね。今回は初対面の女性陣の目があるわけですからね。こういう時は気が抜けないんですよ」
「そういうものなんですかね。俺にはさっぱりだけど」
「そういうものなんですよ。きっと尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんも、同じように考えていると思います!」
「男で良かったです、俺」
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