恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

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本編 2

第一話 コーヒー牛乳さん

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「いらっしゃいませー」

 訓練が終わる時間になると、お店にやってくる隊員さん達が増えてきた。晩御飯まで我慢できない人達が、お腹を満たすために遅めのおやつを買いにやってきているのだ。そしてここしばらく、そのお客さん達の中に、真新しい制服を着た若い人達が目につくようになった。新しい年度になって入隊してきた隊員さん達らしい。まあ若いと言っても、私とそれほど違うわけではないけれど。

―― あ、でも十代と二十代じゃ、ぜんぜん違うよね…… ――

 あれ? そうなると私も、とうとうお年寄りの仲間入り?!と考えがいたって、ちょっとショックを受けてしまう。

「ほら、加納かのう、そんなにメソメソしてないで、しゃきっとしろよー」
「もーやだぁー、訓練きびしすぎぃぃぃ、俺、自衛隊やめるぅぅぅ」

 そんな中、駐屯地内で話す内容とは思えない会話が、耳に飛び込んできた。

「まだ入隊して、一ヶ月もたってないじゃないかー。せめて訓練が終わるまではがんばれー」
「むりぃぃぃ、がんばれないぃぃぃ」
「おい、泣くなよーー」
「もう泣くぅぅぅ」

 泣き言を言っている隊員さんと、それをなぐさめている隊員さんの集団がお店に入ってくる。泣き言を言っている隊員さんは、本当に泣いているわけではないけれど、その顔つきは今にも泣きそうだ。

―― たしかに訓練、大変そうだもんねえ…… ――

 今まで使ったことのない武器を使っての訓練、重たいものを背負っての移動訓練などなど。入隊してそれなりの山南やまなみさん達は平気な顔をしているけど、きっと入りたての人達にとっては、とてつもなく厳しい訓練なんだろう。

「ほらあ、元気だせよー。今日のがんばりの報酬は、俺がおごってやるからさ。なにがいい?」
「コーヒー牛乳」
「お前、血糖値が下がったら大変だもんな! じゃあ、コーヒー牛乳をとりにいくぞー」

 これは微笑ましい光景と思って良いのだろうか。あまりジロジロ見るのも申し訳ないので、さりげなく視線を反対側へと向ける。

「あ、御厨みくりやさん、今日もおつかれさーん」

 そこへ斎藤さいとうさんがやってきた。その後ろから、山南さんと尾形おがたさんものんびりした足取りで入ってくる。

「あ、皆さん、お疲れさまでーす。今日の訓練は終了ですか?」
「終わった終わった。途中から夕立がいきなりきてさ、おかげでブーツが酷いことになってるよ」

 申し訳なさそうな顔をして足元を指でさした。カウンター越しにのぞき込めば、いつもはピカピカに磨かれているブーツが泥だらけだ。

「雨が降ってるんですか? 天気予報では夜まで降らないって言ってたのに」

 こんな時間から降りだすなんて。ずっと屋内にいるので気がつかなかった。

「そうなんだよ。あ、御厨さん、カッパは持ってきてる? バイクで来てるんだよね?」
「あ、今日は電車で来たんですよ。帰る時間には降るかなと思って」
「ああ、今日はラストまでだっけ?」
「はい。仰木おうぎさんが来るまでは、ここにいる予定です。あ、今日は何にしますか?」

 山南さん達がやってきたのは、訓練後の一服をするため。ここでの一服とはタバコではなく、コーヒーだ。

「ブラックのSサイズが三つ。あ、砂糖ありね」

 斎藤さんの言葉に、いつもはMサイズなのに珍しいこともあるものだと思いつつ、カップと砂糖を用意する。

「今日はさっさと一服を終わらせて、こいつを綺麗にしなきゃいけないから」

 山南さんがそう言いながら足元を指でさした。

「え?」
「どうして今日はサイズダウンしたんだろうって、そう思ってたでしょ」
「あ、わかりました?」
「そんな顔してました。本当なら一服前にするべきなんですが、一服しないと体がその気にならなくて」
「今日も訓練お疲れさまです」

 お会計をしてカップを受け取ると、三人はそのままコーヒーメーカーのほうへと向かった。そしてそれと入れ替わるように、ジュース選びをしていた隊員さん達がやってくる。

「お会計をお願いします。あ、レジ袋は無しで」
「ストローはどうしますか?」
「これに合うストローってあるんですか?」

 隊員さんがカウンターに置いたジュースパックの中に、1リットルサイズのコーヒー牛乳が含まれていた。このパックは、普通のストローだと長さが足りず、ストローが中に沈んでしまうのだ。

「実はあるんですよ。めったに出ませんけど」

 そう言いながら、それぞれに合った長さのストローを引き出しから出す。

「このサイズだとコップに入れて飲む人の方が多いですからね。どうしますか? これもつけておきますか?」
「これを飲むのは加納だけだし、お願いします」
「はーい」

 お会計をすると、代表の隊員さんが全額を払った。お店を出ると、一緒にやってきた隊員さん達が集まり、レシートを見ながらジュースとお金を交換している。もちろん大きなサイズのコーヒー牛乳を受け取ったのは、あの泣きそうになっていた隊員さんだ。

「おや、あれは先行き不安な加納陸士では?」

 それを見ていた斎藤さんが、笑いながら横にいた尾形さんをつっつく。

「おお、たしかに加納君だな」
「今日も無事に乗り切ったらしいな」
「らしいな。とりあえず良かった良かった」

 どうやら先輩隊員さんからも心配されているらしい。たしかに毎日がさっきのような状態なら、誰でも心配すると思う。

「言うほど先行き不安か?」

 山南さんの一言に、二人が信じられないという顔をして山南さんを見た。もちろん私も。

「おい、山南、気は確かか?」
「御厨さんも信じられないって顔してこっち見てるぞ」
「あ、私のことはおかまいなく」

 あわてて手をふると、レジの仕事に戻る。もちろん耳だけは三人のほうに向けたままだけど。

「どこからさっきみたいな感想が出るんだ?」
「俺達は、任期満了はあやしいんじゃないかって思ってるんだが」

 どんなに頑張ってもやる気があっても、合わない人はどう足掻あがいても合わない。訓練期間は、それを見極める期間でもあるんだとか。そんな話を仰木さんから聞いたことがあった。その見極め期間にあの調子だと、素人しろうとの私から見てもかなり怪しいのではないかと思う。

「そうか? 俺はあいつ、続けると思ってるけどな」
「まじか?」
「任期満了どころか継続かよ」
「あいつなら、部隊内の陸曹候補試験を受けるところまで行くと思ってるけどな、俺」

 山南さんの言葉に、斎藤さんと坂崎さんは目をむき、私も思わずガン見してしまった。

「訓練を見ている限り、泣き言を言いながらも普通にこなしているし、呑み込みも早い。適正は普通にあると思うんだ、が……」

 私達の反応に、少しだけ自信を失ってしまったようだ。そして私は、コーヒー牛乳を飲んで少し元気が出たのか、ニコニコしながら歩き去る、泣き虫隊員さんの背中を見送る。本人はどう見ても自分に適性があるとは思っていないようだけど、山南さんはそうは思っていないみたい。

「それに、あいつの泣き言のせいで、あそこの班、やたらと結束力があるだろ?」
「そういう問題か?」
「ってことは、あの班は全員が、陸曹候補の試験を受けるところまで行くってのか?」
「あの、質問が」

 お客さんが一区切りしたところで、手を挙げて三人に声をかける。

「はい。御厨さん。どうぞ」

 尾形さんが私を指でさした。

「陸曹候補の試験てなんですか? 簡単にざっくりお願いします」

 実のところ、この「簡単にざっくり」というのは意外と難しいらしい。だけど、ここ数ヶ月ほど私が頻繁ひんぱんにお願いするせいか、三人とも、特に尾形さんはずいぶんと説明慣れしてきていた。

「俺達は、一般曹候補生として入隊してきたんだけど、加納達は自衛官候補生として入隊したんだよ。この二つの大きな違いは、俺達は五十そこそこまで自衛官でいられるけど、加納達は隊員でいられる期間がマックス四年と決まっていて、いわゆる終身雇用じゃないわけ。ここまでは理解した?」
「理解しました」
「で、そうやって入隊してきた隊員の中で、優秀なヤツとか、このまま自衛官を続けたいと思うヤツは、陸曹になるための選抜試験ってやつを受けるわけだ。そこで合格すると、俺達のように長く自衛官をやっていられることになる。もちろん試験を合格するだけの能力があるのが条件だけどね」
「なるほど。でも、泣きそうになってましたよ」

 しかも、むりぃぃぃとかがんばれないぃぃぃとか言ってましたけど。

「だよね。だから俺達も心配してる。三年半先の任期満了どころか、途中で辞めちまうんじゃないかって。だけど、こいつはそう思っていないみたいなんだな、なぜか」

 そう言いながら尾形さんと斎藤さんさんは、山南さんの肩をたたいた。

「根拠はあるんだよ。さっきも言った通り、毎日ちゃんと訓練を完遂しているし、呑み込みも早いから」
「でも泣きそうになってました」

 自衛隊やめるーとか言ってたし。

「でも、まだ泣いてないから」
「でも泣くのも時間の問題かと」
「あの様子だと、コーヒー牛乳さえあれば何とかなりそうかな」
「えー……?」

 山南さんの根拠、コーヒー牛乳の一言のせいで、すごくいい加減なものになってしまった気がする。

「まあ、そういうわけなので御厨さん。あいつのためにも、コーヒー牛乳が品切れにならないようにお願いします」

 それなのに山南さんたら、ものすごく真面目をしてそんなことを言ったのだ。

「それ本気で言ってます?」
「本気も本気。うちの駐屯地のためにもよろしくお願いします」

 どうやら本気らしい。
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