恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
7 / 57
本編 1

第七話 勝手にめざす脱営内?

しおりを挟む
「ところで御厨みくりやさん、カレシいるの?」

 尾形おがたさんがニコニコしながら、何気ない口調で質問をしてきた。そして私の横では、なぜか山南やまなみさんが、派手にビールを噴き出している。それを見た尾形さんは、顔をしかめながらおしぼりでテーブルを拭いた。

「きたねーな、山南。行儀が悪いぞ」
「うるさい、黙れ、既婚者」
「あ、そこでバラすのか」
「なんだ、バラされて困るのか」
「ご結婚されてるんですか?」

 尾形さんに質問をする。

「俺はね。ちなみにこいつらは、まだ悲しい独身」

 そう言いながら、山南さんと斎藤さいとうさんを指さした。

「指をさすな」
「誰が悲しい独身だ」
「営外は良いぞー。早く所帯もって、脱営内しろよー?」

 なにやら耳慣れない言葉が飛び出した。

「あの、エイガイってなんですか?」
「営外ってのは、駐屯地の外っていう意味ね。陸上自衛官は三十歳以下だと基本的に、駐屯地の中、つまり営内に住まなきゃいけないんだよ。ただ、既婚者はその中には含まれない。つまり結婚すれば、三十歳以下でも、駐屯地の外に住めるってわけだ。で、俺は結婚しているから、その営外住みってこと」
「なるほど」

 いろんな決まりがあるものだと、関心しながらうなづく。

「まあ、偉くなれば外で暮らせるようになるけど、独り身だと、営内のほうが楽ではあるんだよな。飯の心配もしなくて良いし、コンビニもあるから、門限とか諸々の縛りはあるけど、そんなに不自由なことはない」
「あ、ってことは、皆さん、三十歳以下ってことなんですね」

 気がついたことを口にたら、三人がショックを受けたような顔をした。

「え、もしかして、俺達、今の今まで三十超えてると思われてた?」
「あー……皆さん、そのぅ、いかついから、てっきり……」
「ま、そういうことを言うのは、御厨さんに限ったことじゃないですけどね」

 山南さんが、ため息まじりに言うと、斎藤さんは顔をしかめながら、山南さんを指でさす。

「なに、ものわかりの良いカピバラをよそおってるんだよ」
「だから、そのカピバラはよせと言ってるだろ」

 二人が言い合いを始めてしまったので、あらあらと思いながら、目の前にやってきた大皿から、唐揚げをそれぞれのお皿に取り分けた。

「冷めないうちにどーぞー……」
「ああ、それで横道にそれたけど、質問の続き。御厨さんはカレシがいるの?」

 ギャーギャー言い合っている横で、尾形さんが質問を再開した。

「カレシですか? 今のところ、いませんけど……」
「それは、ほしくなくていないのか、ほしいのにいないのか、どっち?」

 さらに質問をされ、首をかしげてしまった。

「どっちと言われても……あまり考えたことなくて、気がついたら、カレシいない歴イコールうまれた年になってまして」
「あ、御厨さん、おいくつ? 答えたくなかったらスルーでかまわないけど」
「二十一です。ただいま就職浪人中のバイトさんですね。あ、自衛隊に入隊する予定はありません」

 先回りして宣言をしておく。すると、尾形さんはニヤッと笑った。

「ははーん、その口調からして、あっちこっちで勧誘されたね?」
「面接に来た時に、色々な人から」
「うちは、どこの駐屯地も人が不足してるからねえ。入隊しても、しばらくしたら辞めていくのも多いし」

 ため息をつきながら、枝豆をつまむ。

「人がいなくてブラックなんですか?」
「どうかな。俺達はそうは思っていないけど、若いのが入ってきても続かないということは、そういうのもあるのかな。少なくとも、訓練はきついし、上官は厳しいからね」
「なるほど」
「それで? 自衛官のカレシ君なんてどうよ。時間的に色々と縛られるし、ロクにデートもできないけど」

 そう言って、言い合いをしている山南さんと斎藤さんに向けて、あごをクイッとした。

「どうなんでしょう。今のところ、カレシさんがほしいとは、特に考えてないんで」
「へえ。今の子ってそういう子が多いのかな」
「それこそ、どうでしょうか」

 短大の友達には、付き合っている人がいる子のほうが多かった。だけど、それを聞いても、特に焦る気分にもならなかったし、今も、それほど切実にカレシがほしいとは感じていない。

「うちの若い連中も、カノジョがいなくても、まったく焦る様子も見せなくてね。先輩としては心配なわけ。ま、下の連中が焦らないのは、年上の先輩が、カノジョを作らずに、呑気にしているせいなのかもしれないと思ってね」
「それで、山南さんと斎藤さんを、あっちこっちで紹介してるんですか?」
「あっちこっちじゃないよ。自衛官のカノジョになるには、それなりの覚悟が必要だ。そこから嫁になるなら、なおさらね。だから、それなりに人となりは見極めているつもり」
「初めて会ったばかりなのに?」
「こう見えても俺、人を見る目はあるから」

 ニッコリと笑う。そこで斎藤さんが、こっちに意識を向けた。

「おい、尾形。俺には少なくともカノジョがいる。まだ結婚の話が出てないだけだ。山南と一緒にするな」
「なんだ、聞いてたのか」
「聞いてたのかじゃない。俺にはカノジョがいる。御厨さん、俺はとっくに売約済みだからね」

 斎藤さんは私のほうに顔を向けて、少しだけ怖い顔をした。

「最近まったく話に出てこないから、てっきりふられたかと思ってた。そりゃすまない。ってことで、今のおすすめは、山南三等陸曹君ってことで。それなりに顔も整っているし、なかなかのお買い得だよ?」
「俺を商品あつかいするな」

 山南さんも少しだけ怖い顔をする。

「御厨さん、こいつの言うことを、真に受けることはないですからね。適当に、聞き流しておいてください」
「なんだよ、まだそんな堅苦しい敬語つかうのか? どこまでカピバラモードを続ける気なんだよ」
「うるさい、だまれ」

 今度はかなり怖い顔になった。だけど尾形さんはそんな顔に慣れっこなのか、まったく気にしていない様子だ。

「どうかなあ、御厨さん。こいつ、基本はカピバラだし、たまに曲者くせものなカピバラになるけど、良いヤツだよ? 一応、国家公務員だし、今のところ辞めるつもりもないし、なかなかお得だと思うんだけど。どうかなー?」
「だから尾形……」
「今のところ、私も、カレシさんは募集してないので……」
「そうなのか。じゃあ、しかたないね。脱営内を目指すにしても、無理に押し売りするわけにもいかないし。でも、その気になったら、いつでもアタックしてやって」

 尾形さんのニコニコ顔を見ていると、本気なのか冗談なのか、まったく判断がつかなかった。

「本気にしなくても良いですから。ここはひたすら、スルーってことで」
「あ、はい」

 山南さんは、真面目な顔をして言った。こっちはどうやら本気のようだ。


+++++


「今夜は急にお誘いして、本当に申し訳ありませんでした」

 アパートが見えてきたところで、それまで黙って歩いていた山南さんが、ボソッとつぶやいた。門限もあるだろうから、駐屯地最寄りの駅まででかまわないと言ったのに、山南さんは、遅い時間だから自宅まで送ると言って、ゆずらなかったのだ。

「いえいえ。こちらこそ、歓迎会をありがとうございました。楽しかったです」
「歓迎会ねえ……」

 私の言葉に、複雑な顔をする。

「ま、途中から、完全に忘れられちゃってましたけどね」

 結局お店でお会計をする時まで、山南さん達三人以外からは、すっかり忘れられたままだった。ただ、顔は忘れていなかったらしく、解散した時は、「バイトさーん、お気をつけてー」と陽気に見送ってくれたけど。

「もうしわけない。男ばかりでいることが多いので、女性のゲストに対する気遣いが、まったくできてなくて」
「でも、女性の隊員さんもいますよね?」

 女子会をするのだと、コンビニでお菓子をいっぱい買い込んでいた、隊員さん達を思い浮かべる。

「彼女達は自衛官ですから。自分が言ったのは、民間の女性に対してってことです」
「なるほど。でも皆さん、楽しそうでしたし。それにあのお店、すごく美味しかったです」
「それは良かった」

 私の言葉に、少しだけ安心したようだ。

「それと、送迎もありがとうございます。門限は大丈夫ですか? あっちの駅までで、かまわなかったのに」

 たしか三十分前にはどうとかこうとか、仰木おうぎさんに言っていたはず。

「いえ。誘ったのはこちらですし、最近は物騒になりましたから。門限のことはお気になさらず。ちゃんと時間までには、自分の部屋に駆け込みます。まあ間に合わなければ……斎藤がなんとかしてくれるでしょう」
「ぇぇぇぇ……」

 大丈夫かなと心配になったけれど、本人の顔つきからして、きっと大丈夫なんだろう、多分。

「あ、ここが私が住んでるアパートです。自衛隊さんとこに比べたら、小さな建物でしょ?」

 建物を指でさす。二階建て、学生さんや近くの病院の看護師さん達が住む、総世帯数10世帯の小さなアパートだ。

「集団で生活している自分達にとっては、小さくても一国一城の主がうらやましいですよ」
「ま、たしかに、好きなだけ寝ていられるし、好きなことできますからね~」

 駐屯地の中では一体、どんな部屋ですごし、どんな生活をしているのだろうかと、少しだけ興味がわいた。だけどここで質問をしたら、きっと門限に遅れてしまう。この質問は、日をあらためたほうが良さそうだ。

「では、ここで失礼します。おやすみなさい、それと、ごちそうさまでした」
「こちらこそ。バイクとヘルメットは心配しないでください。自分が責任をもって、駐輪場に戻しておきますから」
「お願いします。気をつけて帰ってくださいね」
「はい。では」

 山南さんは敬礼をすると、クルリと背を向けて、いま来た道を引き返していった。後ろ姿は背筋がピッとのびていて、まさに自衛官という雰囲気だった。

「ま、あの雰囲気だったら、下手に襲い掛かろうなんて思う人間は、いないかな……」

 遠ざかっていく背中をもう一度見てから、階段をあがる。明日と明後日あさってはバイトはお休み。洗濯とお掃除がすんだら、テレビでも見ながら、のんびりすごすとしよう。
しおりを挟む
感想 63

あなたにおすすめの小説

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう
ライト文芸
航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルス。 その五番機パイロットをつとめる影山達矢三等空佐の不本意な日常。 こちらに登場する飛行隊長の沖田二佐、統括班長の青井三佐は佐伯瑠璃さんの『スワローテールになりたいの』『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』に登場する沖田千斗星君と青井翼君です。築城で登場する杉田隊長は、白い黒猫さんの『イルカカフェ今日も営業中』に登場する杉田さんです。※佐伯瑠璃さん、白い黒猫さんには許可をいただいています※ ※不定期更新※ ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※ ※影さんより一言※ ( ゚д゚)わかっとると思うけどフィクションやしな! ※第2回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...