お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
40 / 40
番外小話 お酒は二十歳になってから

後編

しおりを挟む
「誕生、酒?」

 聞き慣れない単語に花菜が首を傾げる。

「そう、誕生酒。誕生石とかそういうのは有名だけどお酒にもそういうのがあるらしい。俺もマスターに聞いて初めて知ったんだけどね」

 黒猫のカウンター席に落ち着いてから二十歳になったお祝いだから記念に何かカクテルを作りましょうかって話になった時、何を頼もうか悩んでいる花菜にマスターの透さんが助け舟を出してくれたのがこの誕生酒の話だった。

「花菜さんの誕生日は今日? 7月22日ならマリブオレンジだね。それを先ずは作ろうか。オレンジジュースがベースだから初心者にも飲みやすいよ」
「はい、じゃあそれでお願いします!」

 透さんが作る準備を始めるのをワクワクした顔でそれを見ていた花菜が口を開いた。

「誕生酒ってことはカクテルだけで365種類もあるってこと?」
「そういうことだな、実際はもっとあるらしいけど」

 そして更に凄いのはその365種類のカクテルを透さんが全て作れるらしいということ。先代マスターのもりさんもアルコールの造詣が深い人だったが透さんは更にそれを多方面で極めたという感じだ。

「凄いね、カクテルだけでもそんなに種類あるんだ。あ、蓮さんの誕生酒は何だったの?」
「俺? 俺はゴッドファーザーだと」
「え?! 警察官なのにゴッドファーザーって……」

 映画好きの花菜、やはりそこに食いついてきたか。

「だろ? 最初に聞いた時は何の冗談かと思った。アルカポネもあるらしいからそっちよりマシだよな」
「ゴッドファーザーはどんなカクテル? 蓮さんは飲んだことある?」
「実のところ俺も誕生日にマスターに作ってもらったクチ。ウイスキーがベースだから花菜のよりずっとアルコール度が高いカクテルだ」

 ウイスキーとアマレットのカクテルで甘さに騙されて飲み過ぎた為に酷い二日酔いの頭痛に悩まされたのは俺だけの秘密だ。できあがったカクテルが花菜の前に置かれると彼女は嬉しそうにグラスを口につける。

「初のお酒が自分の誕生酒って素敵ですね」
「お誕生日のサービスみたいなものかな。気に入ってくれたならこれからも黒猫をご贔屓に」

 さすがマスター、商売上手なところは相変わらずだ。


+++


「えへへ、ちょっと酔っ払っちゃったかな」

 店を出たところで花菜がヘニャと笑ってこっちを見上げてきた。

「いきなり飲み過ぎだぞ」
「だってマスターのカクテルの薀蓄が楽しかったんだもん」

 最初に誕生酒であるマリブオレンジを飲んでからは、ジャズの生演奏を聴きながらあれこれと透さんに酒の話やワインの話を聞きながらカクテルをあれこれ試していた花菜、かなり酒が回っているようだ。店を出る時に透さんがアルコールは通常レシピよりも控えておいたから大丈夫だと思うけどねとこっそりと教えてくれたんだが、それでも今日まで俺の言いつけを律儀に守っていた彼女にとっては酔っ払うには十分な量だったのだろう。もしかしたら明日は二日酔いかもな。

「蓮さーん」
「ん?」
「今日は蓮さんちにお泊りしちゃ駄目?」

 いきなりの言葉にエレベーターホールで固まってしまった。

「やっぱり駄目ぇ?」

 こちらが固まってしまったことを誤解したらしく少しだけ悲しそうな顔をしてこっちを見上げてきた。そんな可愛い顔をされて見詰められたら断りたくても断れないだろう。

「いや、俺は構わないけど、花菜は良いのか? 家の人には今夜は泊るって言ってあるのか?」
「言ってあるよ。今日は蓮さんがお誕生日をお祝いしてくれるって」
「祝うのは良いとして泊まるとかどうとかってのも言ったのか?」
「それも言ってある。お母さんがガンバ♪って」

 ……花菜もそうだが花菜の両親も話を聞いているとかなりぶっ飛んだ性格だよな。そりゃ変にお堅いよりかはマシだが、なにがガンバ♪なんだか。頑張るのは俺の方じゃないのか?と思ったり。あ、それで思い出した、帰る途中でコンビニに寄らないと。

「花菜んちのお母さんって何気に自由人だよなあ……」
「蓮さんちのお母さんだってそうじゃない? 私、何度かお花屋さんで話したことあるけどうちのお母さんと似た感じがするなって思ったもの」
「……そうなのか」

 否定はしない。呑気で自由な芸術家肌の母親にはうちの父親も色々と苦労したようだし。ただその苦労話もよくよく聞いていると単なる惚気話にしか聞こえないのが不思議なんだが。

「で、お泊りしちゃ駄目ぇ?」
「俺は明日は仕事だから朝から出るけどそれでも良いか?」
「うん、それでも行くー」
「分かった。じゃあ行くか」

 一人で暮らしているマンションに二人で行く途中、コンビニに寄ってスポーツドリンクを買った。俺はそんなに飲んでいないがこれまでの経験上、花菜は起きたらすぐに飲みたくなるだろうから。それから彼女があっちを見ている隙に必要になるであろう物もこっそりと。

「蓮さんの家族って商店街に住んでるのに何で蓮さんは家を出ちゃったの? しかもこんな近く、別にわざわざ家を出なくても良かったんじゃ?」
「んー……何て言うかな、親がさっさと自立しろってうるさかったんだ」
「別に仲が悪いとかじゃないんだよね?」
「家族関係は良好な方だな」

 たまに実家に帰れば何故かピンク色の空気が流れているのが見えるようだし自立しろと最もらしいことを言っていたが、本当のところは子供達を追い出して夫婦だけでイチャコラしたかったのではないかと密かに思っている。

「だけど俺が一人暮らししていて良かったろ? 実家住まいだったらお泊りなんてちょっと無理だろ」
「そりゃそうなんだけどね」

 かくして花菜と俺はマンションに到着したわけだが、花菜ときたらいきなりベッドでゴロンと横になったかと思ったらあっと言う間に寝る体勢に入ってしまった。おいおい、酔っ払っているにしてもそれはあんまりなんじゃないのか?

「おーい、花菜ちゃん、そのまま寝ちまうつもりなのか?」
「ふにゃあ、蓮さんのベッド、寝心地最高~」
「そりゃどうも」

 そりゃマットレスは良いものをと奮発したからな……じゃなくて。お母さんのガンバレは何処に行った? やれやれと溜め息をつきながら買ってきたスポーツドリンクを冷蔵庫にしまう。

「……これ、今回は使えないかもな」

 レジ袋に入っていた箱を見下ろしてポツリと呟く。ま、仕方がないか……。

「蓮さーん」

 洗面所の棚にそれを片付けていると部屋から花が呼ぶ声が聞こえてきた。

「なんだ?」
「一緒に寝るー?」
「一体どんな拷問だ……」
「なあに? きこえなーい」

 さっさと寝ちまえ、この酔っぱらいめ。

「俺は適当に寝るから心配するな」
「あーい、お休みー」

 やれやれ、今夜はリビングのソファで寝ることになりそうだ。引っ越しの時に姉ちゃんがこっちでも寝られるように寝心地の良いソファを買いなさい(なぜ座り心地ではなく寝心地なんだと突っ込んだんだがその時はまったく無視された)と煩く言っていたのを感謝する日がこようとは。

「一歩進んだ大人のお付き合いになるのはもう少し先になりそうだなあ……」

 そう呟きながら眠ってしまった酔っぱらい娘が暑くないように冷房を一番弱い風量でつけてから着替えをする。自分の横で男が半裸になってウロウロしているというのに呑気なものだな。ここで無理やり起こして事に及ばない俺のことを誰か褒めて欲しいものだ。

「……なんか親父の気持ちが分かった気がする」

 うちの両親が出会った頃、親父は呑気な母親に散々振り回されたという話を聞かされたことがあったが、その時の親父の気持ちってこういうものだったのかもしれないなと思った。

「ってことは花菜はお袋に似てるってことか?」

 そう気が付いてしばらく複雑な気分に陥ったのは言うまでもない。


+++


 そして次の日の朝、俺が起き出すと共に花菜も目を覚ました。だがその顔からして爽やかな朝を迎えたというわけではなさそうだ。

「うにゃあ、頭いたいよお……」

 そう言いながら頭を両手で押さえている。

「そりゃそうだろ、あれだけ飲んだら二日酔いになっても不思議じゃないからな」
「最悪だあ……せっかくのお誕生日だったのに」
「これで少しは懲りたか? 自分で飲める量を見定められるようにならないとな。それが出来て初めて大人ってことだろ」
「朝からお説教とかありえなーい」
「そりゃ説教もしたくなる、こっちだって最悪な気分なんだから」

 最後の方はブツブツと呟いたので花菜は何を言っているか分からなかったようだが、男だって色々と大変なんだそういうことも分かれよと言いたい。

「で、学校は?」
「もう夏休みだもん」
「バイトも休みなんだっけ?」
「うん」
「じゃあ気分が良くなるまで寝てろ」

 そう言ってスポーツドリンクと薬、それから着替えのTシャツとスエットの下をベッドに置いた。

「いいの?」
「そんな酷い二日酔い状態のまま一人で家に帰すわけにはいかないだろ。帰ってきたら送ってやるから。腹が減ったら……」
「今は食べるなんて考えられない……」

 呻くように呟いた花菜に思わず笑ってしまった。

「笑いごとじゃないよ……」
「今はそんな気分でもそのうち腹が減るだろ? その時は冷蔵庫の中に色々と入ってるから適当に食え」
「分かった。もしかしたら外で食べるかも」
「そうしたいならそれでも良い。寝るならこっちに着替えろよ、その方が楽だから」
「うん」

 結局のところ期待していたような大人の付き合いを始めることは出来なかったが、俺達なりに一歩進んだ一日にはなったと思う……多分。
しおりを挟む
感想 12

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(12件)

ゴマ
2018.04.02 ゴマ

いろいろな名前のカクテルがあるんですね。
勉強になりました。

2018.04.02 鏡野ゆう

私もこんなに誕生日関係であるとは知りませんでした
花にお酒に、色々ありますね

解除
ゴマ
2018.04.01 ゴマ

さすがというかお子様達の人生の歩み方はご両親の遺伝子がバッチリですね。

2018.04.01 鏡野ゆう

ありがとうございます(^^♪
そうなんです、父似だけならともかくカノジョさんもなにやら芽衣さんそっくりと言いますか(笑)

解除
ゴマ
2018.03.31 ゴマ

お二人の仲良きことかな。ご馳走様です。
お代わりプリーズ(笑)

2018.03.31 鏡野ゆう

おかわりありがとうございます!!(`・ω・´)!!
なにか新しいエピソードが書ければよいのですが!!

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は 小学一年生の娘、碧に キャンプに連れて行ってほしいと お願いされる。 キャンプなんて、したことないし…… と思いながらもネットで安心快適な キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。 だが、当日簡単に立てられると思っていた テントに四苦八苦していた。 そんな時に現れたのが、 元子育て番組の体操のお兄さんであり 全国のキャンプ場を巡り、 筋トレしている動画を撮るのが趣味の 加賀谷大地さん(32)で――。

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 居酒屋とうてつの千堂嗣治が出会ったのは可愛い顔をしているくせに仕事中毒で女子力皆無の科捜研勤務の西脇桃香だった。 饕餮さんのところの【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』】に出てくる嗣治さんとのお話です。饕餮さんには許可を頂いています。 【本編完結】【番外小話】【小ネタ】 このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ※小説家になろうでも公開中※

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。 京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。 ※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※ ※カクヨム、小説家になろうでも公開中※

猫と幼なじみ

鏡野ゆう
ライト文芸
まこっちゃんこと真琴と、家族と猫、そして幼なじみの修ちゃんとの日常。 ここに登場する幼なじみの修ちゃんは『帝国海軍の猫大佐』に登場する藤原三佐で、こちらのお話は三佐の若いころのお話となります。藤原三佐は『俺の彼女は中の人』『貴方と二人で臨む海』にもゲストとして登場しています。 ※小説家になろうでも公開中※

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。