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番外小話 お酒は二十歳になってから
前編
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芽衣さんと真田さんの息子、蓮君のお話です。短いのでこちらの番外小話に入れました。
++++++++++
うちの姉ちゃんが結婚した。
姉ちゃんは大学の法医学教室に勤めていて弟の自分が言うのもなんだがかなりの才女。そして顔はそこそこ美人の部類に入るのだがその超絶男前で破天荒な性格が災いしてかなかなか嫁の貰い手が見つからず、密かに両親共々このまま行かず後家になるのではないかと心配していたのだ。
そんな姉ちゃんがいきなり「この人と夫婦になるから!」と相手を引きずってきて宣言したのは数ヶ月前のこと。
かなり年上の相手で確か姉ちゃんの後輩さんの旦那さん(ここも超歳の差婚らしい)の友人らしく、年は四十六歳とか。姉ちゃんが三十歳だからそりゃ相手だってそれなりに年を重ねた男だろうと予想はしていたが、娘より自分達世代に近い義理の息子の登場に滅多なことでは動じない両親もさすがに驚いていた。
ま、結局はこんな規格外な娘をもらってくれるなら大歓迎って話で丸く収まったわけだが、きっとそれぐらい大人で人生経験を積んでないと姉ちゃんの破天荒さには対抗できないと両親も考えたんだろうな。
「まあ良かったじゃないか、ずっと嫁にいかないままなのかって蓮だって心配していたんだからさ」
そう慰めてくれているのは同じ町内に住む篠宮酒店の店主、醸さん。
小さい頃からの御近所さんで俺や姉ちゃんにとっては血の繋がらない兄ちゃんみたいな人だ。うちの姉ちゃんの破天荒さもたいがいだが、この醸さんもなかなかの伝説の持ち主らしいとは同じく御近所さん達からの情報。いつかその伝説とやらも聞いてみたい。
「そりゃそうなんですけどね。ちょっと驚かされました、意表を突かれたっつーか。結婚をするにしたってもっと言いようがあるだろって話ですよ」
滅多なことでは動じない母親がまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたんだぞ。いい年なんだからもう少しTPOを考えろって話だ。
「美羽ちゃんはうちの姉と似た人種だよね」
「確かに」
そう言えば醸さんのお姉さんも実家から離れた場所で暮らし始めてからしばらくしていきなり結婚相手を連れて戻ってきたって話だったよな。うん、うちの姉ちゃんとよく似ている。お互いに破天荒な姉に苦労したもの同士、何となく醸さんとは話が合うのはそういうことだったんだな。昔もよくこうやって色々なことで相談してもらってたっけ。だが敢えて言おう、俺は断じてシスコンではない。
「それで蓮はなんでこんな暑い日に外でボンヤリしてるんだ? 非番なんだろ? こんなところで干乾しになってないで彼女とデートでもしたらどうなんだ?」
「デートするんですよ。だからここで待ってるんです」
そう、姉ちゃんの話はともかく今日は彼女とのデートの日。待ち合わせはここ、地元商店街の中央広場。つまりは篠宮酒店の真ん前。
「もっと涼しい場所で待ち合わせすれば良いのに何でまた」
醸さんは花火大会の広告が載っている団扇でパタパタとあおいでいる俺のことを気の毒そうに見下ろした。アーケードの屋根があるから直射日光は当たらないが今日は暑い。梅雨が明けたばかりだと言うのに既に気温は三十度越えの真夏日、もしかしたら今夜あたりは熱帯夜になるかもしれないな。
「ほら、うちの彼女、山手にある大学に自転車で通ってますから。駅前の駐輪場はいっぱいでとめられないことが多いから、待ち合わせはこっちの方が良いそうなんですよ」
商店街の真ん中に駐輪場があることは地元住人以外にはあまり知られておらず、彼女曰く利用するには便利な場所らしい。
「じゃあこれでも飲んで涼んでたらいい」
そう言って醸さんが冷たい銀色のパウチを俺のおでこにペタリとくっつけた。
それは夏の定番になった酒のシャーベット。醸さんがまだ店を継ぐ前にここで催される夏祭に出す為にと仕入れて売り出したもので、それがいつの間にか夏の定番商品として根付いたものだ。梅酒や日本酒、最近はワインや焼酎、ちょっとしたカクテルまであるらしい。その中でも梅酒のノンアルコールは程よい甘さで女性にも人気だ。
「おお、もうそんな季節」
受け取ろうと手をのばしたところで醸さんがいきなりパウチを引っ込める。
「もしかして車、運転するか?」
「いやいや、今日のデートは彼女のリクエストでこの近辺なんで。送っていくのも電車かタクシーなので問題なしです」
「なら良し。警察官が飲酒運転で捕まったら洒落にならないからな」
そう言ってパウチとプラスチックのスプーンを渡してくれた。ラベルを見れば宮城県産の大吟醸だ。もともとは辛口の銘柄なんだがシャーベットには甘さが加えてあるので日本酒が苦手な人でも食べられる。但し甘くても冷たくても中身は正真正銘の大吟醸、うっかり食べ過ぎてしまえば酷い二日酔いが待っているんだが。
「飲酒運転なんてしたら退職しても警察官魂を持ち続けている親父に絞め殺されるかもなあ……」
そんなことを呟きながら有り難く日本酒のシャーベットを一口。うむ、美味い。
「夏はやっぱり氷っすね」
「だよな」
冷たいシャーベットのせいで頭をキンキンさせながら彼女が来るのを待つことにした。
そしてそれを食べ終える頃、タイミング良く遠くから俺のことを呼ぶ声がチリンチリンというベルの音と共に聞こえてきた。声がする方に目を向ければ花菜が自転車に乗ってやって来た。しかもハンドルから片手を離してブンブンと振り回している。やれやれ片手運転はあれだけやめておけと言っているのに。
「蓮さーん、おーまーたーせー♪」
呑気に笑いながらそのまま走ってくると俺の前で急ブレーキをかける。油をちゃんと差していないのか派手な音を立てて自転車が止まった。
「待った?」
「待ったじゃないだろ、花菜。ハンドルから手を離してそんなスピードで下り坂を走るなって何度も言ったろ?」
こちらの厳しい説教にもまったく動じた様子はなく、ニコニコと呑気な顔をしてこっちを見上げている。
「大丈夫だよ、私、運動神経は良い方だし、片手でも問題なし」
「警察官の俺に向かって何を言う」
「えー、今は非番でしょー? 見逃してくだせぇ~お代官様ぁ~~」
目の前でわざとらしく悲しそうな顔をして両手を合わせて俺を拝んでいるのが俺の彼女、花菜。山手にある大学に通う女子大生様だ。
「仕方が無いなあ、今日は誕生日だし特別だぞ?」
「ありがたや~ありがたや~」
「ほれ、駐輪場に自転車置いて来い」
「うん、もうちょっと待っててね」
近くにある駐輪場へと自転車を押していく彼女の後ろ姿を見守りながらやれやれと溜め息をつく。ああ、パウチ、ゴミ箱に捨てないとなと振り返ると醸さんがニヤニヤしながら立っていたのでギョッとなった。
「な、なんすか?!」
「いやあ、なんていうか、昔の蓮のとこの御両親を見ているようだなあと」
蛙の子は蛙だねえと呟いている。
「俺は親父みたいな強面じゃないですよ」
「見た目じゃなくて過保護な警察官な感じがね。それに花菜ちゃんも」
「本人が派手にすっ転んで怪我するだけならまだしも、他人様を巻き添えにでもしたらどうするんですか」
「ほら、そんなところが親父さん、そっくりだ」
遺伝子の力って偉大だねえと笑いながら醸さんは店のほうへと戻っていった。
+++
「それで? 今日は本当に黒猫さんに連れて行ってくれるの?」
自転車を置いて戻ってきた花菜が期待満面な顔でこちらを見上げてきた。
「ああ。映画を観て夕飯を食ってからな」
「嬉しいな、すっごく楽しみ!!」
駅ビルの中に小さな映画館が出来たのは数年前。
収容人数は四十名程度の小さな劇場で上映される映画も流行の作品ではなく昔懐かしのものだったりマニアックなものが多い。そして今月は花菜が以前から気になっていると言っていた小説を映画化したものが上映されているということだったので、今夜のデートに行ってみようと俺がここに来る前にチケットを買っておいたというわけだ。
「だけどさ、花菜。本当にこんなデートで良かったのか?」
駅ビルへと向かいながら横を歩いている花菜を見下ろす。
「ん? なんで?」
「なんでって、せっかくの誕生日なんだからもっと贅沢な感じでパーッと祝った方が良かったんじゃないのかなって。そりゃ黒猫さんは雰囲気のいい店だけどさ」
連れから聞いている限り、誕生日や記念日は普段より少し雰囲気の違った場所でディナーやデートを望む女が多いって話だったのでそれなりに心づもりをしてリクエストは何かないかって聞いてみた。だが花菜の答えは予想外のものだった。
もちろんプレゼントに関しては彼女には黙って用意してあるものの、地元の駅ビルで映画を観て夕飯食ってなんて普段のデートと全く変わらないんだが……。
「だって映画も見たいし、駅ビルの気になるカフェレストランも行きたいし、何より黒猫さんに行きたいんだもん。……駄目だった?」
「いや。主役は花菜なんだから花菜の行きたい場所で良いんだけどさ。せっかく二十歳の誕生日なんだしな」
「そうだよ、二十歳。だから黒猫さんに行きたいって言ってるんだけどな。やっと大手を振ってお酒を飲める年になった訳ですし? お巡りさんの蓮さんとしても一安心でしょ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらを見上げてくる。初めて花菜に会ったのは去年の夏、花火大会の日だった。こちらは職務中で見回りをしていた時に彼女がチャラ男に絡まれて困っていたのを助けたのがきっかけで、何故かここからかなり離れた勤務先の交番を調べ上げてに押し掛けてくるようになったのだ。
「蓮さんてばことあるごとに“お酒は二十歳になってから!”だったものね」
「だってその通りじゃないか」
半ば押し切られるように付き合うようになったものの相手はまだ二十歳前の未成年。警察官としては色々と問題があって今のところ清い付き合いのままできている。だが花菜は今日で二十歳。そろそろ次の段階のお付き合いに進んでも良いよな?
「蓮さん、なんだか良からぬことを考えてる顔してる」
「気のせいだろ」
「んー……そうかなあ……」
俺の考えを何となく察したのか花菜は微妙な表情をして首を傾げた。
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うちの姉ちゃんが結婚した。
姉ちゃんは大学の法医学教室に勤めていて弟の自分が言うのもなんだがかなりの才女。そして顔はそこそこ美人の部類に入るのだがその超絶男前で破天荒な性格が災いしてかなかなか嫁の貰い手が見つからず、密かに両親共々このまま行かず後家になるのではないかと心配していたのだ。
そんな姉ちゃんがいきなり「この人と夫婦になるから!」と相手を引きずってきて宣言したのは数ヶ月前のこと。
かなり年上の相手で確か姉ちゃんの後輩さんの旦那さん(ここも超歳の差婚らしい)の友人らしく、年は四十六歳とか。姉ちゃんが三十歳だからそりゃ相手だってそれなりに年を重ねた男だろうと予想はしていたが、娘より自分達世代に近い義理の息子の登場に滅多なことでは動じない両親もさすがに驚いていた。
ま、結局はこんな規格外な娘をもらってくれるなら大歓迎って話で丸く収まったわけだが、きっとそれぐらい大人で人生経験を積んでないと姉ちゃんの破天荒さには対抗できないと両親も考えたんだろうな。
「まあ良かったじゃないか、ずっと嫁にいかないままなのかって蓮だって心配していたんだからさ」
そう慰めてくれているのは同じ町内に住む篠宮酒店の店主、醸さん。
小さい頃からの御近所さんで俺や姉ちゃんにとっては血の繋がらない兄ちゃんみたいな人だ。うちの姉ちゃんの破天荒さもたいがいだが、この醸さんもなかなかの伝説の持ち主らしいとは同じく御近所さん達からの情報。いつかその伝説とやらも聞いてみたい。
「そりゃそうなんですけどね。ちょっと驚かされました、意表を突かれたっつーか。結婚をするにしたってもっと言いようがあるだろって話ですよ」
滅多なことでは動じない母親がまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたんだぞ。いい年なんだからもう少しTPOを考えろって話だ。
「美羽ちゃんはうちの姉と似た人種だよね」
「確かに」
そう言えば醸さんのお姉さんも実家から離れた場所で暮らし始めてからしばらくしていきなり結婚相手を連れて戻ってきたって話だったよな。うん、うちの姉ちゃんとよく似ている。お互いに破天荒な姉に苦労したもの同士、何となく醸さんとは話が合うのはそういうことだったんだな。昔もよくこうやって色々なことで相談してもらってたっけ。だが敢えて言おう、俺は断じてシスコンではない。
「それで蓮はなんでこんな暑い日に外でボンヤリしてるんだ? 非番なんだろ? こんなところで干乾しになってないで彼女とデートでもしたらどうなんだ?」
「デートするんですよ。だからここで待ってるんです」
そう、姉ちゃんの話はともかく今日は彼女とのデートの日。待ち合わせはここ、地元商店街の中央広場。つまりは篠宮酒店の真ん前。
「もっと涼しい場所で待ち合わせすれば良いのに何でまた」
醸さんは花火大会の広告が載っている団扇でパタパタとあおいでいる俺のことを気の毒そうに見下ろした。アーケードの屋根があるから直射日光は当たらないが今日は暑い。梅雨が明けたばかりだと言うのに既に気温は三十度越えの真夏日、もしかしたら今夜あたりは熱帯夜になるかもしれないな。
「ほら、うちの彼女、山手にある大学に自転車で通ってますから。駅前の駐輪場はいっぱいでとめられないことが多いから、待ち合わせはこっちの方が良いそうなんですよ」
商店街の真ん中に駐輪場があることは地元住人以外にはあまり知られておらず、彼女曰く利用するには便利な場所らしい。
「じゃあこれでも飲んで涼んでたらいい」
そう言って醸さんが冷たい銀色のパウチを俺のおでこにペタリとくっつけた。
それは夏の定番になった酒のシャーベット。醸さんがまだ店を継ぐ前にここで催される夏祭に出す為にと仕入れて売り出したもので、それがいつの間にか夏の定番商品として根付いたものだ。梅酒や日本酒、最近はワインや焼酎、ちょっとしたカクテルまであるらしい。その中でも梅酒のノンアルコールは程よい甘さで女性にも人気だ。
「おお、もうそんな季節」
受け取ろうと手をのばしたところで醸さんがいきなりパウチを引っ込める。
「もしかして車、運転するか?」
「いやいや、今日のデートは彼女のリクエストでこの近辺なんで。送っていくのも電車かタクシーなので問題なしです」
「なら良し。警察官が飲酒運転で捕まったら洒落にならないからな」
そう言ってパウチとプラスチックのスプーンを渡してくれた。ラベルを見れば宮城県産の大吟醸だ。もともとは辛口の銘柄なんだがシャーベットには甘さが加えてあるので日本酒が苦手な人でも食べられる。但し甘くても冷たくても中身は正真正銘の大吟醸、うっかり食べ過ぎてしまえば酷い二日酔いが待っているんだが。
「飲酒運転なんてしたら退職しても警察官魂を持ち続けている親父に絞め殺されるかもなあ……」
そんなことを呟きながら有り難く日本酒のシャーベットを一口。うむ、美味い。
「夏はやっぱり氷っすね」
「だよな」
冷たいシャーベットのせいで頭をキンキンさせながら彼女が来るのを待つことにした。
そしてそれを食べ終える頃、タイミング良く遠くから俺のことを呼ぶ声がチリンチリンというベルの音と共に聞こえてきた。声がする方に目を向ければ花菜が自転車に乗ってやって来た。しかもハンドルから片手を離してブンブンと振り回している。やれやれ片手運転はあれだけやめておけと言っているのに。
「蓮さーん、おーまーたーせー♪」
呑気に笑いながらそのまま走ってくると俺の前で急ブレーキをかける。油をちゃんと差していないのか派手な音を立てて自転車が止まった。
「待った?」
「待ったじゃないだろ、花菜。ハンドルから手を離してそんなスピードで下り坂を走るなって何度も言ったろ?」
こちらの厳しい説教にもまったく動じた様子はなく、ニコニコと呑気な顔をしてこっちを見上げている。
「大丈夫だよ、私、運動神経は良い方だし、片手でも問題なし」
「警察官の俺に向かって何を言う」
「えー、今は非番でしょー? 見逃してくだせぇ~お代官様ぁ~~」
目の前でわざとらしく悲しそうな顔をして両手を合わせて俺を拝んでいるのが俺の彼女、花菜。山手にある大学に通う女子大生様だ。
「仕方が無いなあ、今日は誕生日だし特別だぞ?」
「ありがたや~ありがたや~」
「ほれ、駐輪場に自転車置いて来い」
「うん、もうちょっと待っててね」
近くにある駐輪場へと自転車を押していく彼女の後ろ姿を見守りながらやれやれと溜め息をつく。ああ、パウチ、ゴミ箱に捨てないとなと振り返ると醸さんがニヤニヤしながら立っていたのでギョッとなった。
「な、なんすか?!」
「いやあ、なんていうか、昔の蓮のとこの御両親を見ているようだなあと」
蛙の子は蛙だねえと呟いている。
「俺は親父みたいな強面じゃないですよ」
「見た目じゃなくて過保護な警察官な感じがね。それに花菜ちゃんも」
「本人が派手にすっ転んで怪我するだけならまだしも、他人様を巻き添えにでもしたらどうするんですか」
「ほら、そんなところが親父さん、そっくりだ」
遺伝子の力って偉大だねえと笑いながら醸さんは店のほうへと戻っていった。
+++
「それで? 今日は本当に黒猫さんに連れて行ってくれるの?」
自転車を置いて戻ってきた花菜が期待満面な顔でこちらを見上げてきた。
「ああ。映画を観て夕飯を食ってからな」
「嬉しいな、すっごく楽しみ!!」
駅ビルの中に小さな映画館が出来たのは数年前。
収容人数は四十名程度の小さな劇場で上映される映画も流行の作品ではなく昔懐かしのものだったりマニアックなものが多い。そして今月は花菜が以前から気になっていると言っていた小説を映画化したものが上映されているということだったので、今夜のデートに行ってみようと俺がここに来る前にチケットを買っておいたというわけだ。
「だけどさ、花菜。本当にこんなデートで良かったのか?」
駅ビルへと向かいながら横を歩いている花菜を見下ろす。
「ん? なんで?」
「なんでって、せっかくの誕生日なんだからもっと贅沢な感じでパーッと祝った方が良かったんじゃないのかなって。そりゃ黒猫さんは雰囲気のいい店だけどさ」
連れから聞いている限り、誕生日や記念日は普段より少し雰囲気の違った場所でディナーやデートを望む女が多いって話だったのでそれなりに心づもりをしてリクエストは何かないかって聞いてみた。だが花菜の答えは予想外のものだった。
もちろんプレゼントに関しては彼女には黙って用意してあるものの、地元の駅ビルで映画を観て夕飯食ってなんて普段のデートと全く変わらないんだが……。
「だって映画も見たいし、駅ビルの気になるカフェレストランも行きたいし、何より黒猫さんに行きたいんだもん。……駄目だった?」
「いや。主役は花菜なんだから花菜の行きたい場所で良いんだけどさ。せっかく二十歳の誕生日なんだしな」
「そうだよ、二十歳。だから黒猫さんに行きたいって言ってるんだけどな。やっと大手を振ってお酒を飲める年になった訳ですし? お巡りさんの蓮さんとしても一安心でしょ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらを見上げてくる。初めて花菜に会ったのは去年の夏、花火大会の日だった。こちらは職務中で見回りをしていた時に彼女がチャラ男に絡まれて困っていたのを助けたのがきっかけで、何故かここからかなり離れた勤務先の交番を調べ上げてに押し掛けてくるようになったのだ。
「蓮さんてばことあるごとに“お酒は二十歳になってから!”だったものね」
「だってその通りじゃないか」
半ば押し切られるように付き合うようになったものの相手はまだ二十歳前の未成年。警察官としては色々と問題があって今のところ清い付き合いのままできている。だが花菜は今日で二十歳。そろそろ次の段階のお付き合いに進んでも良いよな?
「蓮さん、なんだか良からぬことを考えてる顔してる」
「気のせいだろ」
「んー……そうかなあ……」
俺の考えを何となく察したのか花菜は微妙な表情をして首を傾げた。
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