お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

第十七話 芽衣さん一国一城の主になる(予定)

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「おはよう、芽衣さん」
「おはよ~」

 外に出て生欠伸をしながらお店のシャッターを開けていると真田さんが派出所から出てきて声をかけてくれた。もう冬休みに入って学校はお休みで朝から真田さんと顔を合わせることはなくて、開店時間と真田さんがパトロールに出る時間とが同じだから二人にとってこの時がその日の挨拶タイムとなっている。だけど今日はおはようって言うにはまだ眠い状態……。それに気が付いた真田さんが可笑しそうに私のことを見下ろした。

「またそんな顔をして。遅くまでゴソゴソしてたんだろ?」
「昨日は派出所に飾ってもらうしめ縄を作ってたんだから仕方がないの!」

 初デートをした時に告白めいたものをされて二人の関係はそれらしくなったのかと言えばそんなことなくて、次の日も同じような挨拶をして同じように私がおやつを持って押しかけて普段どおりで笑っちゃうぐらい変化なし。ハートが飛ぶとかピンク色の空気が漂うなんてのはやっぱり漫画や小説の中での現象なんだなって改めて実感しているところ。

「そんな無理して作らなくても良いのに。派出所にだって本署に言えば正月飾りぐらい経費で落ちるんだから」
「あんなダサダサを飾るなんて有り得ない」

 去年の派出所の出入口に飾ってあったしめ縄を思い出して思わず口からそんな単語が飛び出してしまった。

「ダサダサってそれだって伝統に則って作られてるものだろ?」
「古式ゆかしきってのは大事だけど地味なんだもの。せっかくなら飾って楽しい方が良いでしょ?」
「まったく芽衣さんにかかったら伝統美も形無しだな」

 だからと言って私が作るしめ縄が伝統を全く無視しているものかと言えばそんなことはないんだよ。ちゃんと大切なポイントはきちんと押さえてアレンジしているんだからね。なんて言うか普通に売っているものよりドライフラワーがついていたりするからちょーっとばかり見た目が派手ってだけで。

「文句言うなら作るのやめる」
「派出所に飾るのを作ってくれるって言ったのは芽衣さんだろ? だけど無理してまで作ってもらっても嬉しくないよ」
「だって今夜はお婆ちゃんちに行くからそれまでに何とかしたいと思ってたし……」
「ああ、そっか。今日は早じまいをしてクリスマスパーティはお婆ちゃんちでするって言ってっけ」

 お付き合いをしてるんだからクリスマスは一緒に過ごせばって思うでしょ? そこが難しいところでこの時期は忘年会も始まっていて愉快な酔っ払いオジサン達が夜中にたくさん出没するシーズン、駅近くに勤務しているお巡りさん達の夜は結構忙しいんだって。だから私は今年も隣町に住んでいるお婆ちゃんちに家族で顔を出すことにしていた。その代わりお正月は真田さんもお休みが取れたから一緒に初詣に行こうってことになってる。そんな訳でもしかしたらお付き合いしているっぽい雰囲気になるのは来年からなのかな、と勝手に思ってたりして。

「それで完成した?」
「実は途中で寝ちゃったからまだ未完成なの。頑張って大晦日までには完成させるから絶対に本署に頼んで買ったりしないでね」
「分かった。だけどまだ時間はあるんだから絶対に無理はしないように。いいね?」
「うん」

 真田さんはパトロールに行く時間だからと言って派出所に引き返していった。私の方は自転車で走っていく真田さんを見送ってからお店の開店準備を終えると、お昼まで店でお花を買いに来たりお正月の門松の予約を入れに来るお客さんの応対続けてそれからお母さんとバトンタッチすることにした。

 勿論それで今日の仕事が終わる訳じゃなくて、お昼ご飯を食べ終わった後に待っているのは正月用のお花の準備。クリスマスが終わったら一気にお正月用の花や門松の注文が飛び込んでくるようになるから、お母さんが表でお客さんの相手をしている間に準備を始めないと大変なことになっちゃうのよね。あ、さすがに色々と作るのが好きな私も門松にまでは手が回らなかったのでそれはお知り合いの植木屋さんに外注をすることになっているんだけどさ。

「ねえ、芽衣ちゃん」

 昨日までの門松の予約を植木屋さんにお願いするFAXを流し終えた時にお母さんが声をかけてきた。

「なあに?」
「芽衣ちゃん、ここのお花屋を本当に継ぎたいと思ってる?」
「どうしたの、急に」

 お母さんが私の横に椅子を引っ張ってきて座った。つまりはちょっと込み入った話ってことみたい。

「うん。ほら、お婆ちゃんは今あっちで一人暮らしでしょ? そろそろ同居しないかって話になってるの」
「あっちで?」
「そう」

 ちなみにお婆ちゃんはお父さんのお母さん。お爺ちゃんが三年前に亡くなった時にもお母さんとお父さんがこっちで同居しないかって言ったみたいなんだけど、自分は元気だし畑仕事を続けたいからって言って断ったんだって。確かにお店の手伝いに来てくれたりまだまだ元気ではあるけどやっぱり子供としては年をとってきた親が離れた所で広い一軒家に一人暮らしってのは心配なのかな。

「それでね、そうなったら今まで通りの営業時間でお花屋をするのは大変だしどうしたものかなって話になってね。もし芽衣ちゃんがここでお花屋を続けるつもりがあるなら、ここは残して芽衣ちゃん名義にしようかなって考えているのよ」
「え、私がここで一国一城の主になるの? 私ここの殿様?」

 私の言葉にお母さんが可笑しそうに笑う。

「まあそんなところね。いい機会だからリフォームもしたらどうだろうってお父さんとお婆ちゃんが」
「……物凄くお金がかかりそうだけど大丈夫?」

 ほら、花屋だってお客さんはたくさんいるけどそんなに儲かって困るって状態でもないしお父さんだってそんな高給取りじゃない筈で、お婆ちゃんちには広い畑はあるけど重光先生のところみたいな資産家って家柄でもないし松岡家としてはそんな予算が何処にあるの?って感じなんだけど。

「お婆ちゃんとこっちで同居するつもりでいたから、その時のリフォーム用にそれなりにお父さんと頑張って貯金していたのよ。それにお婆ちゃんも芽衣ちゃんがここでお花屋を続けたいって思ってるなら少し出してくれるって言ってくれてるし」

 こういうのを急転直下って言うのかな。お花屋さんはやりたいとは思ってたけどまさかこんなに早くここを自分だけのお店に出来る話が出るなんて思ってなかった。えーと、一国一城の殿様になるってことはもしかして好きにお店のデザインもして良いってことなのかな? あ、なんだか大変そうだけどそれは凄く楽しそう。

「私が好きなようにお店の内装をデザインしても良いの?」
「そりゃ芽衣ちゃんが店主になるんだから当然ね、但し予算内でって条件付きだけど」
「名前も?」
「名前? 松岡生花店の屋号を変えるってこと?」
「うん」
「……まあそうね」

 お母さんはちょっとだけ考えて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「確かに松岡生花店ってちょっと古臭いし芽衣ちゃんには似合わないわよね。芽衣ちゃんのお店になるんだから芽衣ちゃんが好きな名前にしたら良いと思うわよ」
「何だか楽しそうな気がしてきた!」

 やった! 新しいお店の名前、さっそく考えなきゃ!

「だけどお花屋さんが大変だってことは分かってるわよね?」
「うん、それは分かってる。だけどやっぱり続けたいな、このお店」
「じゃあ決まりね」

 決まりと言っても一体いつから取り掛かるつもりでいるの? それにリフォームしている間のお花屋さん稼業の方は? それを尋ねようとしたところでお客さんがやって来て残念ながら話は中断してしまった。


+++++


「だからってせっかくのクリスマスなのに抜け出してくるなんて酷いんじゃないのかい?」
「だってそれから話すタイミングがぜんっぜん掴めないんだもん!」

 あの後、いつから?とかリフォーム中のお花屋さんは?とか色々と聞きたい質問をお母さんにぶつけようとするたびにお客さんが来たり電話がかかってきたりして、話が聞けずにお婆ちゃんちに行く時間になってしまった。ケーキはお父さんが会社の帰りに予約したものを買ってきてくれるって話だったので私達はご馳走の用意をしていたんだけど、その時もなかなかタイミングが掴めずに苛々だけがつのって叔母さん達が合流した時にはもう爆発寸前。言葉通りにちゃぶ台を引っくり返しちゃおうかって気分になっていたから家に忘れ物をしたから取りに帰ってくると言ってお婆ちゃんちを出てきちゃったのよね……ケーキを三切れ持って。出てくる時に芽衣ちゃんにも春なのね~って声が聞こえたような気がしたけど気にしない。

「だからってどうしてここに押しかけてくるんだよ」
「ケーキ、美味しくなかった?」
「いや、美味しいけどさ……俺、まだ勤務中なのに」

 そういう訳で私は今、日誌を書いている真田さんの口にケーキを押し込んで派出所で絶賛愚痴り中。勤務中にケーキ食べるとか有り得ないとか何とか言ってるお口に問答無用でケーキを押し込んだ私ってもしかして公務執行妨害ってやつになる?

「そう言えば、ここに来てから太ったんだよな俺。これって絶対に芽衣さん達のせいだと思う」
「いいじゃない、縦じゃなくてたまには横に伸びたって」
「良くない。犯人捕まえる時に走るのが遅かったりしたら困るだろ? こりゃ筋トレ増やさないと駄目だな」

 ブツブツと言いながら真田さんは日誌を書く作業に戻る。こっそりと覗くとこの時間で既に酔っ払いオジサンが五人もここに押しかけてきたらしい。それと駅前で寝っ転がっていたオジサンが一人と、駅向こうに続く歩道橋の階段で勝手コンサートしていたオジサンが一人。

「ねえ、どうしてオジサンばっかなの?」
「芽衣さん、読んだら駄目だって」
「だって見えるんだもん」
「見えても読まない。っていうかそろそろお婆ちゃんの家に戻らないと心配されるだろ?」
「私の家、そこだし問題ないと思うよ」
「……」

 溜め息を一つして日誌を書く作業に再び戻った。

「あのさ、芽衣さん」

 日誌に視線を落としたまま真田さんが私に話しかけてきた。

「なに?」
「芽衣さんがお母さんに質問したかったことの答えの一つは俺でも知ってるかもしれない」
「どのこと?」
「リフォームしている間、花屋はどうするかってやつ」
「え、本当?!」
「店の隣がテナント募集中で空き家になってるだろ? 多分そこで仮営業するんじゃないかな。前にお母さんと不動産会社の人がそこで話しているのを見かけたから」
「もう! なんで私の知らないことを真田さんが知ってるの?! 超腹立つ!!」

 バンバンと机をたたくと真田さんがわっと叫んだ。慌てて手を止めて日誌を見ると机を叩いた振動のせいで文字が飛び跳ねて欄外に飛び出しちゃってる。

「まったく芽衣さん……」
「えっと、公務執行妨害?」
「日誌を書く間だけでも手錠したくなってきた。追い出されたくなかったらケーキを食べながら大人しく座ってなさい」
「……はい」

 結局のところクリスマス、ちゃんと二人でケーキ食べられたじゃない? 何て言うかぜーんぜんそれっぽい雰囲気じゃなかったけど!
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