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本編
第十三話 松岡家の家訓?
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「うーん……」
「どっちでも好きな方を飾ってくれたら良いよ」
真田さん、ただいま大いにお悩み中。
机の上に並べたのは小さな二つのクリスマスリース。幾つか頼まれていたクリスマスリースに使っていた材料が余ったから作ったもので、一つはうちの玄関口に飾ろうと思って作ったもの、もう一つは派出所の入口に飾ってくれたらいいなって思って作ったもの。どちらも少しずつリボンやお花の種類が違うから選んでもらおうって持ってきたんだけど、さっきから真田さんは決められないみたいで凄く悩んでいる。
「もしかしてもっと大きなやつの方が良かった? ほら、うちのお店の入口に飾ってあるやつみたいな」
「いや、あそこまで大きいとちょっと目立ちすぎて逆にクレームが来そうだからこの大きさの方がいいと思うんだけど、どっちにしようか本当に迷う」
「定番の赤と緑のリボンの方を飾っておく? こっちのほうが一般的なものだし」
「だけど、こっちの白と青のリボンのやつも捨てがたい」
そして再びうーんと考え込んでしまった。
「もう、真田さん、悩み過ぎ」
「そんなこと言われても」
「だったら私が決めてあげる。派出所には定番色のリースにする。こっちの変わり種はうちの玄関」
「えー……」
じゃあ反対にする?って言っても真田さんはえーって言うし一体どうしろって言うんだか。あ、そうだ。
「じゃあ、変わり種リースは真田さんちに飾るとかする? そうすれば気が向いたらうちから持ってきて出所に飾ったのと入れ替え出来るじゃない」
「俺んち?」
「うん。玄関のドアにぶら下げておくのどうかな」
そう言いながら真田さんってどの辺に住んでいるんだろう?って気になった。改めて尋ねたことはないけど、非番の時にお花を買いに来る時はいつも商店街の方から歩いてくるから近い場所に住んでいるには違いないよね? だけどこの半年余り町内の行事とかで非番以外の真田さんと顔を合わせたこともないし、徒歩圏内ではあるけどここの町内ではないってことなのかな。
「でもそうすると芽衣さんの家に飾るリースが無くなっちゃうんだろ?」
「それはそうなんだけどさ。そんだけ悩むんだもん、うちのはまだ時間があるから作れば良いし」
とは言え、お正月用に頼まれたしめ縄作りもそろそろ始めなきゃいけから、二つともあげちゃったら今年はうちの分は作らないで終わっちゃうかもしれないけどそけは真田さんには関係ないことだし。
「だったらこっちを派出所に飾らせてもらうよ。俺のうちにはいいから、こっちは芽衣さんちの玄関に飾って」
そう言って白と青のリボンのリースを私の方へと押し戻した。
「本当にそっちで良い? あとで交換してとか言わない?」
「言わない言わない。こっちの方が派出所には似合ってる感じがするから。ありがとう、作るの大変だったんじゃ?」
「大きいヤツに比べたら簡単だし、いつもお花を買ってくれるからそれのお礼も兼ねてるんだから気にしないで」
「お花は芽衣さんがカケツギをしてくれたお礼代わりなんだけどな」
そのカケツギだって私が真田さんに助けてもらったお礼なんだけど。
「もうとっくに足が出ていると思うよ。あれからずーっと買ってくれてるし」
「芽衣さんちで買ったお花、お婆ちゃん達に好評だからね」
そうそう、最近ではそのお花の横に小さなチリメンの端切れで作られた猫ちゃんが座るようになった。何処かの櫻花庵のお婆ちゃんが作って持ってきたものらしい。そのうち色々と増えるんじゃないかなって酒井さんも面白がっているらしい。
「リース、せっかくだから今日から飾らせてもらおうかな」
「うん!」
二人で派出所の外に出ると引き戸の真ん中へんに両面テープでくっつくフックをペタリとくっつけてそこにリースを引っ掛けた。うんうん、なかなか素敵、我ながら上手に出来たと大満足。
「ありがとう芽衣さん。これで一気にクリスマスらしくなった。本当に芽衣さんは器用だね。こういうのって誰に教わってるの?」
「特に誰ってことはないかな。こういうリースとかカボチャなんかは外国のガーデニングなんかを扱った雑誌とかに出ているのを見つけてそれを参考にしているだけ」
私の言葉に真田さんは感心した様子。最初は興味があって雑誌を読んでいただけだったのがいつの間にか暇潰しに作るようになって、それが少ないながらもお店の商品になっているんだから販路拡大のチャンスって何がきっかけで生まれるか分からないよね。もちろん今はあくまでも学校が優先でリースとかしめ縄の注文を受けるのは極一部のお得意さん向けの限定サービスではあるんだけど。
「へえ。本を見ただけでここまで作れるのって凄いな」
「材料さえ揃っていてコツを掴んだらそこそこ簡単だよ。真田さんも作ってみる?」
「俺? 無理無理、この手の作業は物凄く苦手で箱にリボン掛けすら出来ないのに」
私の問い掛けにブンブンと首を横に振る真田さん。確かにその大きな手でリボン掛けとかお花を挿しているのって想像つかないかも。だけどお巡りさんって色々と器用そうなのにちょっと意外かな。そんなことを言ったら細かい作業が得意なのは鑑識の連中で俺は絶対に無理、どっちかというと蹴破るとかその手の作業の方が得意だから、だって。うん、そっちなら想像できるかもしれない。
「だけど芽衣さん、色々と作るのは良いけどほどほどにしないと駄目だぞ」
「またお母さんから何か聞いた?」
「遅くまでお店の作業場にいるってぼやいてた」
もう、本当にお母さんてば真田さんになんでもかんでも愚痴り過ぎ。こんな筒抜け状態じゃおちおち夜更かししてあれこれ出来ないじゃない。そのうちテレビの見過ぎとかお風呂長過ぎとか好き好き嫌いが多くて特にニンジンをまったく食べないとか言い出すんじゃないかと心配になってくるよ。
「だって学校の課題も今はこれといってないし、テストももう少し先だし……」
「だからって夜更かしは良くないよ」
「……だってリースの次はお正月用のしめ縄作りもしたいから」
私の言葉に真田さんは明らかに呆れている。
「芽衣さん、たまには休むとかさぼるとかしないのかい?」
「私、動いてないと死んじゃう人だから」
「人間は回遊魚じゃないんだから……」
やれやれと溜め息をついた真田さんはしばらく思案顔でこちらを見下ろしていた。何を考えているのかな? まさか休まないから留置所とか言わないよね?
「芽衣さんさ、明日は休み?」
「うん。土曜日だし講義はないけどどうして?」
「たまにはリース作りとかお店のこととか忘れて遊びに行かない?」
「誰と?」
「俺と」
真田さんと? いきなりの申し出に目を丸くしながら相手を見上げる。真田さんはいたって真面目な顔で私のことを見下ろしている。
「えっと、それってもしかして……デートっぽいもの?」
「そうとも言うのかな」
「真田さんは明日、お休みなの?」
「そうだよ。だから誘ってるんだけど、どうかな?」
明日は一日お店で店番をしながら商店街の広場に飾るクリスマスツリーの飾りを作ろうかなって考えていたんだけど、たまにはお休みしちゃっても良いのかな。あ、じゃあ明日の店番は誰がするの? お婆ちゃんかお母さんだけど私がお店にいることを当てにしてないかな。お父さんもいるにはいるけどお花の知識なんて皆無に等しいし。
「お店のこともあるからお母さんに聞いてみないと」
「うん、そうだね」
真田さんは少しだけ期待満面な感じ。なんか変な沈黙が流れた。
「……え、いま確認しろってこと?」
「お母さん、いるんだろ?」
「いるにはいるけど」
「じゃあ確認して。電話、使う?」
そう言いながら派出所の中の電話を指さす。
「……ちょっと聞いてくる」
「分かった。寒いから中でお茶でも用意して待ってるよ」
なんか無理やりな感じがしないでもない状態でお店に戻ると奥にいたお母さんに声をかけた。
「お母さん、急な話なんだけど、明日、店番する予定だったけど出掛けても良い?」
「あら、デートの予定でも入った? 芽衣ちゃんにもやっと季節外れの春が来たのかしら」
私の声に振り向いたお母さんが呑気な顔をして笑っている。
「……違うよ。真田さんがね……」
「あら、真田さんとデートなの?」
「いや、だからね……」
「デートじゃないの? じゃあ何? 取り調べ?」
なんでそこで取り調べが出てくるの? そりゃ真田さんはお巡りさんだけど。
「……デートっぽいもの、だよ」
「あら、っぽいものって中途半端ね。まあいいわ。構わないわよ、お婆ちゃんも来てくれるだろうし。で、何処に行く予定なの?」
「まだ何も決めてない。いま誘われたばかりだから」
「あらあら、本当に急なのね」
「お店、いて欲しいんだったら……」
「せっかくの娘のデートを邪魔なんてしたら御先祖様に申し訳が立たないわ」
「なんで御先祖様……」
「子供の恋路は邪魔しない、それが先祖代々の我が家の家訓なんですって」
お母さんは呑気に笑うとお店の奥でお花を仕分ける仕事を再開した。家訓ってなによ家訓って。そんな話、今までに一度だって出てきたことないのに。それに恋路ってなに? 私そんなこと一言も言ってないってば。
「お母さん」
「なあに?」
「家訓って誰から聞いたの?」
「お婆ちゃんからに決まってるじゃない。松岡家代々に伝わる家訓なんですってよ」
なんだかものすっごく嘘くさいんだけど気のせいかな。お母さんの背中をしばらく見つめていたけどそれ以上のことは聞き出せないみたいだし諦めて派出所に戻ることにする。そこでは真田さんがいつの間にか芽衣さん専用って書かれているいつものマグカップにお茶を煎れて待っていてくれた。
「どうだった?」
「うん。出掛けても良いって」
「それにしては何か浮かない顔してるね。どうかした?」
「なんかね、我が家に変な家訓があることが判明してちょっと戸惑ってるところ」
「家訓?」
「うーんとね、子供の……」
言いかけてそこで言葉に詰まってしまった。恋路だなんて言ったら真田さん、驚いて引っ繰り返っちゃうかも。えっとこの場合は何て言ったら良いかな? デートは邪魔しない? そんな感じで良いかな? お母さんが最初に娘のデートを邪魔したら御先祖様に申し訳が立たないとか言っていたから全くの嘘じゃないよね?
「子供の?」
「えっと、子供のデートは邪魔しない、だって」
「デートとか新しい言葉が含まれているのに家訓とかおかしくない?」
「……だよね。きっと昔はなにか違う言い方だったのかもしれないけど、お母さんはそんなこと言ってた」
「芽衣さんちって旧家とかじゃないよね?」
「うちは普通のサラリーマン家庭だしお婆ちゃんちは知っている限りはお百姓さん」
武士の家系ならともかく……いやいや、それでも子供の恋路は邪魔しないなんて家訓、どう考えてもやっぱりおかしい。絶対に嘘っぽい、どう考えても嘘っぽい。
「まあその家訓のお蔭で芽衣さんとデートできるみたいだから俺としては大歓迎なんだけど。で、芽衣さん、何処か行きたいところある?」
そんなわけで松岡家の家訓のことは取り敢えず横に置いておいて、私と真田さんは派出所に酔っ払いのオジサンが駅ビルの地下で騒いでいるって電話が入るまでああでもないこうでもないと行き先を話し合うことになった。
「どっちでも好きな方を飾ってくれたら良いよ」
真田さん、ただいま大いにお悩み中。
机の上に並べたのは小さな二つのクリスマスリース。幾つか頼まれていたクリスマスリースに使っていた材料が余ったから作ったもので、一つはうちの玄関口に飾ろうと思って作ったもの、もう一つは派出所の入口に飾ってくれたらいいなって思って作ったもの。どちらも少しずつリボンやお花の種類が違うから選んでもらおうって持ってきたんだけど、さっきから真田さんは決められないみたいで凄く悩んでいる。
「もしかしてもっと大きなやつの方が良かった? ほら、うちのお店の入口に飾ってあるやつみたいな」
「いや、あそこまで大きいとちょっと目立ちすぎて逆にクレームが来そうだからこの大きさの方がいいと思うんだけど、どっちにしようか本当に迷う」
「定番の赤と緑のリボンの方を飾っておく? こっちのほうが一般的なものだし」
「だけど、こっちの白と青のリボンのやつも捨てがたい」
そして再びうーんと考え込んでしまった。
「もう、真田さん、悩み過ぎ」
「そんなこと言われても」
「だったら私が決めてあげる。派出所には定番色のリースにする。こっちの変わり種はうちの玄関」
「えー……」
じゃあ反対にする?って言っても真田さんはえーって言うし一体どうしろって言うんだか。あ、そうだ。
「じゃあ、変わり種リースは真田さんちに飾るとかする? そうすれば気が向いたらうちから持ってきて出所に飾ったのと入れ替え出来るじゃない」
「俺んち?」
「うん。玄関のドアにぶら下げておくのどうかな」
そう言いながら真田さんってどの辺に住んでいるんだろう?って気になった。改めて尋ねたことはないけど、非番の時にお花を買いに来る時はいつも商店街の方から歩いてくるから近い場所に住んでいるには違いないよね? だけどこの半年余り町内の行事とかで非番以外の真田さんと顔を合わせたこともないし、徒歩圏内ではあるけどここの町内ではないってことなのかな。
「でもそうすると芽衣さんの家に飾るリースが無くなっちゃうんだろ?」
「それはそうなんだけどさ。そんだけ悩むんだもん、うちのはまだ時間があるから作れば良いし」
とは言え、お正月用に頼まれたしめ縄作りもそろそろ始めなきゃいけから、二つともあげちゃったら今年はうちの分は作らないで終わっちゃうかもしれないけどそけは真田さんには関係ないことだし。
「だったらこっちを派出所に飾らせてもらうよ。俺のうちにはいいから、こっちは芽衣さんちの玄関に飾って」
そう言って白と青のリボンのリースを私の方へと押し戻した。
「本当にそっちで良い? あとで交換してとか言わない?」
「言わない言わない。こっちの方が派出所には似合ってる感じがするから。ありがとう、作るの大変だったんじゃ?」
「大きいヤツに比べたら簡単だし、いつもお花を買ってくれるからそれのお礼も兼ねてるんだから気にしないで」
「お花は芽衣さんがカケツギをしてくれたお礼代わりなんだけどな」
そのカケツギだって私が真田さんに助けてもらったお礼なんだけど。
「もうとっくに足が出ていると思うよ。あれからずーっと買ってくれてるし」
「芽衣さんちで買ったお花、お婆ちゃん達に好評だからね」
そうそう、最近ではそのお花の横に小さなチリメンの端切れで作られた猫ちゃんが座るようになった。何処かの櫻花庵のお婆ちゃんが作って持ってきたものらしい。そのうち色々と増えるんじゃないかなって酒井さんも面白がっているらしい。
「リース、せっかくだから今日から飾らせてもらおうかな」
「うん!」
二人で派出所の外に出ると引き戸の真ん中へんに両面テープでくっつくフックをペタリとくっつけてそこにリースを引っ掛けた。うんうん、なかなか素敵、我ながら上手に出来たと大満足。
「ありがとう芽衣さん。これで一気にクリスマスらしくなった。本当に芽衣さんは器用だね。こういうのって誰に教わってるの?」
「特に誰ってことはないかな。こういうリースとかカボチャなんかは外国のガーデニングなんかを扱った雑誌とかに出ているのを見つけてそれを参考にしているだけ」
私の言葉に真田さんは感心した様子。最初は興味があって雑誌を読んでいただけだったのがいつの間にか暇潰しに作るようになって、それが少ないながらもお店の商品になっているんだから販路拡大のチャンスって何がきっかけで生まれるか分からないよね。もちろん今はあくまでも学校が優先でリースとかしめ縄の注文を受けるのは極一部のお得意さん向けの限定サービスではあるんだけど。
「へえ。本を見ただけでここまで作れるのって凄いな」
「材料さえ揃っていてコツを掴んだらそこそこ簡単だよ。真田さんも作ってみる?」
「俺? 無理無理、この手の作業は物凄く苦手で箱にリボン掛けすら出来ないのに」
私の問い掛けにブンブンと首を横に振る真田さん。確かにその大きな手でリボン掛けとかお花を挿しているのって想像つかないかも。だけどお巡りさんって色々と器用そうなのにちょっと意外かな。そんなことを言ったら細かい作業が得意なのは鑑識の連中で俺は絶対に無理、どっちかというと蹴破るとかその手の作業の方が得意だから、だって。うん、そっちなら想像できるかもしれない。
「だけど芽衣さん、色々と作るのは良いけどほどほどにしないと駄目だぞ」
「またお母さんから何か聞いた?」
「遅くまでお店の作業場にいるってぼやいてた」
もう、本当にお母さんてば真田さんになんでもかんでも愚痴り過ぎ。こんな筒抜け状態じゃおちおち夜更かししてあれこれ出来ないじゃない。そのうちテレビの見過ぎとかお風呂長過ぎとか好き好き嫌いが多くて特にニンジンをまったく食べないとか言い出すんじゃないかと心配になってくるよ。
「だって学校の課題も今はこれといってないし、テストももう少し先だし……」
「だからって夜更かしは良くないよ」
「……だってリースの次はお正月用のしめ縄作りもしたいから」
私の言葉に真田さんは明らかに呆れている。
「芽衣さん、たまには休むとかさぼるとかしないのかい?」
「私、動いてないと死んじゃう人だから」
「人間は回遊魚じゃないんだから……」
やれやれと溜め息をついた真田さんはしばらく思案顔でこちらを見下ろしていた。何を考えているのかな? まさか休まないから留置所とか言わないよね?
「芽衣さんさ、明日は休み?」
「うん。土曜日だし講義はないけどどうして?」
「たまにはリース作りとかお店のこととか忘れて遊びに行かない?」
「誰と?」
「俺と」
真田さんと? いきなりの申し出に目を丸くしながら相手を見上げる。真田さんはいたって真面目な顔で私のことを見下ろしている。
「えっと、それってもしかして……デートっぽいもの?」
「そうとも言うのかな」
「真田さんは明日、お休みなの?」
「そうだよ。だから誘ってるんだけど、どうかな?」
明日は一日お店で店番をしながら商店街の広場に飾るクリスマスツリーの飾りを作ろうかなって考えていたんだけど、たまにはお休みしちゃっても良いのかな。あ、じゃあ明日の店番は誰がするの? お婆ちゃんかお母さんだけど私がお店にいることを当てにしてないかな。お父さんもいるにはいるけどお花の知識なんて皆無に等しいし。
「お店のこともあるからお母さんに聞いてみないと」
「うん、そうだね」
真田さんは少しだけ期待満面な感じ。なんか変な沈黙が流れた。
「……え、いま確認しろってこと?」
「お母さん、いるんだろ?」
「いるにはいるけど」
「じゃあ確認して。電話、使う?」
そう言いながら派出所の中の電話を指さす。
「……ちょっと聞いてくる」
「分かった。寒いから中でお茶でも用意して待ってるよ」
なんか無理やりな感じがしないでもない状態でお店に戻ると奥にいたお母さんに声をかけた。
「お母さん、急な話なんだけど、明日、店番する予定だったけど出掛けても良い?」
「あら、デートの予定でも入った? 芽衣ちゃんにもやっと季節外れの春が来たのかしら」
私の声に振り向いたお母さんが呑気な顔をして笑っている。
「……違うよ。真田さんがね……」
「あら、真田さんとデートなの?」
「いや、だからね……」
「デートじゃないの? じゃあ何? 取り調べ?」
なんでそこで取り調べが出てくるの? そりゃ真田さんはお巡りさんだけど。
「……デートっぽいもの、だよ」
「あら、っぽいものって中途半端ね。まあいいわ。構わないわよ、お婆ちゃんも来てくれるだろうし。で、何処に行く予定なの?」
「まだ何も決めてない。いま誘われたばかりだから」
「あらあら、本当に急なのね」
「お店、いて欲しいんだったら……」
「せっかくの娘のデートを邪魔なんてしたら御先祖様に申し訳が立たないわ」
「なんで御先祖様……」
「子供の恋路は邪魔しない、それが先祖代々の我が家の家訓なんですって」
お母さんは呑気に笑うとお店の奥でお花を仕分ける仕事を再開した。家訓ってなによ家訓って。そんな話、今までに一度だって出てきたことないのに。それに恋路ってなに? 私そんなこと一言も言ってないってば。
「お母さん」
「なあに?」
「家訓って誰から聞いたの?」
「お婆ちゃんからに決まってるじゃない。松岡家代々に伝わる家訓なんですってよ」
なんだかものすっごく嘘くさいんだけど気のせいかな。お母さんの背中をしばらく見つめていたけどそれ以上のことは聞き出せないみたいだし諦めて派出所に戻ることにする。そこでは真田さんがいつの間にか芽衣さん専用って書かれているいつものマグカップにお茶を煎れて待っていてくれた。
「どうだった?」
「うん。出掛けても良いって」
「それにしては何か浮かない顔してるね。どうかした?」
「なんかね、我が家に変な家訓があることが判明してちょっと戸惑ってるところ」
「家訓?」
「うーんとね、子供の……」
言いかけてそこで言葉に詰まってしまった。恋路だなんて言ったら真田さん、驚いて引っ繰り返っちゃうかも。えっとこの場合は何て言ったら良いかな? デートは邪魔しない? そんな感じで良いかな? お母さんが最初に娘のデートを邪魔したら御先祖様に申し訳が立たないとか言っていたから全くの嘘じゃないよね?
「子供の?」
「えっと、子供のデートは邪魔しない、だって」
「デートとか新しい言葉が含まれているのに家訓とかおかしくない?」
「……だよね。きっと昔はなにか違う言い方だったのかもしれないけど、お母さんはそんなこと言ってた」
「芽衣さんちって旧家とかじゃないよね?」
「うちは普通のサラリーマン家庭だしお婆ちゃんちは知っている限りはお百姓さん」
武士の家系ならともかく……いやいや、それでも子供の恋路は邪魔しないなんて家訓、どう考えてもやっぱりおかしい。絶対に嘘っぽい、どう考えても嘘っぽい。
「まあその家訓のお蔭で芽衣さんとデートできるみたいだから俺としては大歓迎なんだけど。で、芽衣さん、何処か行きたいところある?」
そんなわけで松岡家の家訓のことは取り敢えず横に置いておいて、私と真田さんは派出所に酔っ払いのオジサンが駅ビルの地下で騒いでいるって電話が入るまでああでもないこうでもないと行き先を話し合うことになった。
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