お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

第十二話 お巡りさんのお友達

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 お湯が沸いてやかんがピーッていったところで派出所の前に数人のお兄さん達が立っていることに気が付いた。こちらを覗き込んでから何やら話をしながら中を指さしている。その指の先を辿っていくと……行きつく先はどうやら真田さんみたいで、当の本人はそれに気づくことなく呑気に自分専用のお湯呑にティーバッグを放り込んでる。真田さん、紅茶をお湯呑で飲んじゃう人なんだね……まあ好きに飲めば良いんだけどさ。

「真田さん、なんか知らない人がこっち見てる」
「ん?」

 私の為にとマグカップを棚から出していた真田さんが振り返った。そして外にいるお兄さん達を見て目を丸くした。

「あ……」

 それと同時に外のお兄さん達がワイワイ言いながら派出所の中に入ってきた。わあ、みんな真田さんみたいに大きな人ばかりで派出所の中が一気に狭くなった。何だか急に巨人の国に迷い込んだ気分。

「久し振りだな、真田。生きてたか、退屈過ぎて干乾しになってるんじゃないかと思ってたぞ」
「心配しなくても充実した生活を送ってるさ」
「みたいだな」

 バンバンとお兄さんに肩を叩かれているのを見て壊れるんじゃないかってちょっと心配。真田さんも大柄だしそう簡単には壊れないとは思うけど叩き方が半端なくて物凄く手荒い感じ。お兄さん達と真田さんの会話を何となく聞きながら酒井さんが立っている方へとそろそろと移動する。だって怖いんだもん、皆けっこう厳つい顔してるし。酒井さんの横に立つとヒソヒソと尋ねてみる。

「酒井さんはこの人達ご存知ですか?」
「いや、知らない。だけど同業者だろうね、真田が前にいた部署の連中かな」
「皆さん怖そうな顔してますけど……」

 真田さんが前にいたところってこんな怖い顔のお巡りさんばっかりだったの? 小さい子とか朝の通学時の見守りの時、泣く子が出ちゃいそうな感じだよ。

「ああ、そうかもね。機動隊の連中だとしたらこんな感じの奴ばかりでも不思議じゃないな」
「機動隊? 真田さんって最初から派出所のお巡りさんじゃなかったんですか?」

 私の言葉を耳にしたお兄さんの一人がこっちに視線を向けた。

「色々とあって何故か急にこっちに転属になったんですよ真田のヤツ」
「直ぐに戻ってくるとか言っていたのになかなか帰ってこないものだからどうしているんだろうと思ってたんです。まさかこんなところで派出所勤務をしているとは思わなかった」

 “こんな”って言葉にちょっと棘のようなものを感じてムッとなる。こんなところってなによ、こんなところって。機動隊っていうのがどんな凄い仕事をしているのか知らないけど、ここの派出所勤務の何処が悪いって言うの? だいたい退屈過ぎて干乾しってどういうこと? 真田さんも酒井さんも毎日パトロールしたりして忙しいのに!

「俺達としてはこーんな窓際みたいな今の状態から抜け出して早く戻ってきてほしいんだけどな」

 そう言いながらお兄さんの一人がスコーンに手をのばしてきたのでバスケットを引き寄せてから手に取ったスコーンも取り上げた。目の前にあったお菓子が急に消えちゃったからお兄さんは目をパチクリしているけどそんなの知ったことじゃない。

「?」
「あのですね、この町を馬鹿にする人に食べさせるお菓子なんてありませんから。それに、ここは真田さんと酒井さんの派出所なんだから関係ない人は入ってこないで下さい」

 そう言いながらスコーンをバスケットに戻してそれをお兄さん達の手の届かない場所へと持っていくとお兄さん達を睨んだ。頑張って目一杯怖い顔をしたつもりだったけどお兄さん達には殆ど効果が無いようで全員がニヤニヤしながらこっちを見ている。

「嫌われちゃったかな、俺達」
「ってか誰? 私服にしては若いけど」
「君、幾つ?」

 殆どって言うより全く効果が無いみたいだ。何だか悔しい。ムッとしたまま立っていると真田さんが間に入ってきた。

「お向かいの花屋のお嬢さんだ」
「花屋が差し入れするのか、ここは」
「御近所付きあいをして何が悪いんだ。地域の安全を守るには警察官だけじゃなくて地域住民の協力が大切なんだぞ」

 今度は真田さんがムッとした顔でお兄さん達を睨む。むむむ、悔しいけど私が睨んだのとは迫力が違う。私もそれぐらいの迫力が欲しい! あ、せめて半分でも!

「やれやれ、まだ一年も経ってないのにすっかり町のお巡りさんだな、お前」
「それの何処が悪いんだ」
「悪くはないがそんなんだとこっちに戻ってきた時に苦労するぞ、真田」

 一番背の高いお兄さんが真田さんの肩を叩きながら笑ったけど真田さんはムッとしたまま。

「戻るつもりは無い」
「おいおい、上に掛け合っている俺達の立場はどうなるんだ。上だってお前に期待してるんだぞ」
「知るか。とにかく帰れ、そろそろ巡回パトロールの時間だ」

 そう言いながら文句を言っているお兄さん達を派出所から押し出していく。お兄さん達は“何だよ”とか“心配して来てやったのに”とか“俺達はトコロテンじゃないぞ”とか文句を言い続けていたけど真田さんは仕事だからと一歩も譲らず全員を押し出してピシャリと派出所のドアを閉めた。ドアの外でお兄さん達はしばらくこちらを見ながら何か話していたけど、やがてやれやれと肩をすくめて立ち去った。

「あの、良かったんですか? お友達じゃ?」

 腹立たしげに息を吐いてから私が移動させたスコーンのバスケットを元の場所に戻した真田さんに恐る恐る話しかける。

「芽衣さんだって腹を立てていたじゃないか。追い出して清々したろ?」
「そりゃまあ」
「だったら問題ない」

 そう言いながらマグカップにティーバッグを放り込んでから摘まんだスコーンを齧った。

「じゃあ俺、パトロールに出てくるわ。芽衣さん、スコーンご馳走様。ゆっくりお茶を飲んでいくといいよ、外は寒いからね」

 酒井さんがやかんを持ってきてマグカップとお湯呑にお湯を注いでくれた。

「あ、はい。気をつけて行ってきてくださいね」
「ありがとさん。じゃ真田、留守番頼む」
「分かりました」

 酒井さんがパトロールに出掛け、私はいつものパイプ椅子を出してもらってそこに座る。そして座ってからパイプ椅子に可愛いお座布団が敷かれていることに気が付いた。

「真田さん、このお座布団は誰が?」
「それは櫻花庵のお婆ちゃんだったかな。ヒマに任せて作ったから使ってくれって」
「へえ。ふかふかしていていい感じ」
「そう? それを聞いたらお婆ちゃんも喜ぶよ。残っていた端切れで作ったって言っていたかな」

 それから二人でしばらくスコーンとお茶でまったり過ごした。なんだか変な感じだよね、派出所でまったりお茶なんて。こういうのってここだけなのかな?

「ねえ真田さん」
「なに?」
「真田さんってここのお巡りさんになる前、機動隊ってとこにいたの? どうしてここに?」

 その問いに真田さんは少し困ったような顔をした。もしかして聞いちゃいけないことだったのかな?と口にしてしまったことをちょっと後悔。だけどもう言っちゃったから今更無かったことに出来ないし。

「んー……ちょっとね、上司と折り合いが悪くてさ。何て言うか、殴っちゃったんだ、思いっ切り」
「誰を?」
「上司を」
「うわあ……」
「ほんと、うわあだよねえ、後悔してる」

 だから短気は損気なんだよ芽衣さんとしみじみした顔で呟くと大きな溜め息をついた。

「懲戒処分になっても仕方がないって覚悟していたんだけどね。上司の更に上にいた人がとてもいい人でしばらく派出所勤務でもして頭を冷やしてこいってこっちに異動するだけで済んだんだ」
「それって左遷?」
「どうかな、その時は一年か二年したら呼び戻してやるって話だったけど」

 ってことは真田さん、前の田辺さんみたいにずっとここにいるわけじゃないんだ。あと一年ぐらいで戻っちゃうのかあ、なんだかガッカリした気分。

「だけどさっきも言った通り、もう戻るつもりはないんだ、俺」
「そうなの?」
「うん。最初はね、のんびりしたこの町でやっていけるのかなって不安だったけど、今じゃここの住人の人達とも仲良くなれたし“町のお巡りさん”として頼りにされてるし、前よりもずっとやりがいを感じているんだよ」

 もちろん機動隊員としての経歴は誇りに思っているけどねと付け加えた。

「じゃあここに来たこと後悔してない?」

 さっきのお兄さん達が“こんな”ところ呼ばわりされていたのが気になって尋ねてみる。

「芽衣さんだから正直に言うけど、最初は確かに“こんなところ”だと退屈に思ってたしちょっとだけ後悔してた」
「……やっぱり」

 それは仕方がないと思うんだ。住んでいる私が言うのもなんだけど、この地域って本当に平和なんだよ。何て言うか良い意味で昔の人情が生きている町って言うか。昔から住んでいる人もいれば新しく越してきた人達もたくさんいるんだけどどちらも上手く馴染んでいってるんだよね。で、いつの間にか皆が幸せに暮らしているって言うか。だから犯罪率も周囲の自治体に比べるとかなり低いんだって。だから変な言い方だけどお巡りさんにとってはここはヒマな地域だし。

「でもね、直ぐにそんなこと吹っ飛んだよ。芽衣さんが自転車で大暴走して突進してきた時にさ」

 あれは本当に危なかったからねと可笑しそうに笑う。真田さん曰く、あの自転車大暴走事件以来この辺りの住人さんがよく話しかけてくれるようになったんだって。それまでは何となく遠巻きにされていたみたい。それは納得できるかな、だって黙って立っていると目つきが悪くて強面だし近寄るの怖そうだし。

「じゃあずっとここにいる?」
「どうかな、出来るだけここにと留まりたいと思っているけど、こればかりはね」
「ふーん……」
「大丈夫だよ、少なくとも芽衣さんを階段から突き飛ばした奴は捕まえるまでは異動するつもりは無いから」
「だったらずっと捕まらない方が良いなあ……」

 そんなことを呟きながら二個目のスコーンを齧る。真田さんはそれを聞いてちょっとだけ怖い顔をして見せた。

「またそんなことを言って。芽衣さん、俺が学校について行くの嫌がっているくせに」
「だって捕まっちゃったら真田さん、異動しちゃうかもしれないんでしょ?」
「ちゃんと犯人を捕まえないと芽衣さんが安心して暮らせないだろ」
「でも本当に階段の滑り止めだったってオチも無きにしも非ずじゃない?」

 そう言えば、あの駅ビルの階段の滑り止め全てが全館で点検されたらしい。意外と浮き上がっているのがあったりして危ない状態のがあったらしいよ? ほら、やっぱり滑り止めが真犯人かも。

「そんなことない。絶対に犯人がいる」
「その根拠は?」
「俺の勘」

 あまりに自信満々に断言するものだから思わず噴き出してしまった。笑い転げている私のことを見て真田さんは何気に失礼だね芽衣さんと不満そうに呟いた。
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