お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

第七話 お巡りさん、ボディーガードになる?

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「……」

 久し振りに学校に行く途中なんだけど後ろから感じるプレッシャーが半端ない。そのプレッシャーに何とか耐えて駅向こうへと続く駅前の歩道橋を渡ったまでは良いんだけどたまらず立ち止まって振り返った。

「もう、真田さん!! なんでついてくるんですか!!」

 そう、プレッシャーの正体は後ろからずっと私のことを尾行している真田さん。尾行といっても別にこそこそしているわけでもなく隠れることもなく堂々と。だけど喋りかけることもなく淡々とした感じでついてくるものだから私としてはたまったもんじゃない。しかも何気に不穏な顔つきをしているし!!

「そりゃ、また芽衣さんが誰かに突き落とされたら大変だからに決まってるじゃないか。近隣住民の安全を守るのが警察官の職務だよ」
「近隣住民って他にもいるじゃないですか、小唄の教室帰りに派出所に立ち寄るお婆ちゃん達のことは良いんですか?」
「あそこは自分でなくても見守る警察官が他にいるから心配ない。とにかく俺の今の仕事は芽衣さんが無事に学校に辿り着くまでお供することだよ。ほら、こんなところで立ち止まっていたら遅刻するよ」

 そう言いながら先を急ぐように促してくる。ここでのんびりしていたら遅刻することは分かっているよ。だけどさ、私服ならともかく制服姿のお巡りさんと一緒に歩いていたら何事かって皆から注目されちゃうじゃない。今だって十分に注目されているのに学校まで行ったら何を言われるか分かったもんじゃない、そんなの恥ずかしすぎるよ。そう言っても芽衣さんの安全が第一とか言って全然取り合ってくれる気配がない。

「真相がはっきりするまでの我慢だよ、芽衣さん。それまでは先ずは安全第一。だから文句言わない」
「もう~~~!!」
「ほらほら、ぶうぶう言うより前を見て歩く。よそ見して歩いていたらその辺のちょっとした段差で躓くよ。その方がよっぽど恥ずかしいんじゃないのかな?」

 朝の登校時の子供達への声掛けと同じ口調だよ……。ここで言い合いをしていても埒があかない。諦めの溜め息を一つつくと学校への道を再び歩き始めた。お巡りさんモードの真田さんには何を言っても無駄なのかも。


+++++


「俺?」
「そうです、真田さん」
「俺は芽衣さんに喧嘩を売ったりしてないよね。花は売ってもらってるけど」

 あの日、何か心当たりはないかって尋ねられた時に思い浮かんだのはその半月ほど前に見たファミレスに真田さんと一緒にいた綺麗な女の人のことだった。一瞬だけ目が合って何だか物凄い怖い目で睨まれたような気がしたし、私も思わず睨み返しちゃったような気がするし。心当たりと言えばそれぐらいしかなかったんだ。で、その話を真田さんにしたわけ。

 あの時、真田さんとも目が合ったような気がしてたんだけど、真田さんは似ているなとは思いつつ私本人だとは思っていなかったんだって。だからなのか、あのファミレスでのことを私に見られていたと知って何故か物凄く動揺していた。

「あの女の人って真田さんの彼女さんなんですか?」
「……いや、もう彼女じゃないんだ。大学の時に付き合っていた人なんだけどね、あの時はたまたまこっちに出てきたらしくて連絡があって」
「へえ……」

 真田さんは気まずそうに立ち尽くしているし何だか変な沈黙が流れた。

「あ、でもこの心当たりも私の思い違いかもしれないですし気にしないでください。真田さんの彼女さんだった人がそんなことするわけないですよね」

 元とは言え、自分が付き合っていた人が私のことを突き落した犯人だ!なんて言われたらやっぱり気分が悪いよね。だいたい普段から警察官のお手本みたいな真田さんが彼女にするぐらいの人だもの、そんなことするような人なわけないじゃん。

「一度ちゃんと本人に尋ねてみるよ、念のために」
「でも悪いですよ、そんなこと聞くの」
「無関係ならそれで問題ないんだし。そういうことはこっちは専門だからこっちに任せておきなさい」

 そう言った時の真田さんの顔はやっぱり警察官の顔だった。


+++++


 それからしばらくの間、真田さんは何やら色々と調べていたみたい。えーっと真田さんは刑事さんじゃないからこういう場合はいわゆる非公式な捜査みたいな感じになるのかな?

 私にはどうなっているのか一つも話してくれないんだけどお母さんとはちょくちょく店先で真面目な顔して話していたから、もしかしたらお母さんには何か報告していたのかもしれない。もちろんお母さんも私には一言も話してくれていない。しかも未だになんだけど!

「芽衣、なんでお巡りさんが学校についてきたの? って言うか、それ酷いね」

 教室に入ると先に来ていたノンちゃんが私のおでこのガーゼを指さして首を傾げた。

 これでも随分とマシな状態になったんだよ。頭をグルグル巻きにしていた包帯は外してもらって、今はおでこの傷を覆うように大きな絆創膏みたいなのを貼ってるだけだし。ついでにその時に病院の近くにある美容室に行って髪を洗ってもらったんだ。病院の直ぐそばで怪我をしている人の洗髪に慣れているお店だって担当の先生に教えてもらって。で、そこでどうせならと長くなっていた髪もバッサリと切ってもらって今は頭が軽くて快適。

 あとは傷を縫う為に剃られた場所に髪の毛が復活すれば言うことなしなんだけど、こういう場合、ちゃんと復活するのかちょっと心配。もしかしてそのまま禿げたままだったらどうしよう?

「抜糸はしたの?」
「ううん。それはもうちょっとこのままだって。絆創膏がめちゃくちゃ目立ってるから超ブルーだよ」
「まあそれだけですんで良かったじゃない。顔とかもっと酷く腫れたりしているんじゃないかって心配してたんだよ」
「それは大丈夫。肩とか腕とかはアザが出来たけど顔は死守したみたい」

 そう言うところはさすが女の子だよねえと自分で自分を笑ってしまう。

「それだけ大きい絆創膏ならイラストでも描いておいたら良いんじゃない? 少しは可愛くなるし」
「えー? これ頻繁に替えるんだけど」
「だったら学校に来たら先ずは絆創膏にイラストを描いてもらうって日課にしようよ」
「どんな日課……」

 まあ白いだけの絆創膏より可愛いイラスト入りの絆創膏の方が気分は晴れるよね。ただ自分では鏡を使わないと見えないけどさ。そんな訳で先ずは私が第一号とか言いながらノンちゃんがマジックでイラストを描いてくれた。描き終って鏡を渡されたので覗いてみると、そこにはお巡りさんの格好をしたちょっと目つきの悪いクマさんの姿が。これってもしかして真田さん?

「芽衣ちゃんのお巡りさんね」
「私のって」
「駅前の派出所からここまで送ってきてくれるなんて随分と責任感のあるお巡りさんよね。もしかして芽衣ちゃんのことが好きなんだったりして」
「まさか。きっと暴走自転車から助けてくれた時の延長だと思う。なんたってご近所さんでお向かいさんなんだもん」
「ふーん、そう思っているのは芽衣だけだったりして」
「最近まで彼女さんがいたみたいだしそんなことないって。もう、ノンちゃん。そんなこと真田さんの前では言わないでよ?」
「はいはい。生温かく見守らせていただきますよ~」

 ノンちゃんはニヤニヤしながら休んでいた間のノートをカバンから取り出して差し出してきた。


+++


「芽衣さん、その絆創膏は一体……」

 学校の帰り、門を出たところに真田さんが立って私のことを待っていた。まさかお迎えまで来るなんて!! しかも今度は自転車に乗ってわざわざ来たらしい。こんなところまで遠征してきて大丈夫なのかな? この辺りは別の派出所の管轄なんじゃ?

「真田さん、お迎えにまで来てくれなくても良いんですよ? 私にだって一緒に帰ってくれるお友達ぐらいいるんだし」
「何処に?」
「え?」

 さっきまで一緒に歩いていたノンちゃん達の方を振り向くと、彼女たちはニヤニヤしながら手を振ってわざとらしく遠ざかっていく。え、ちょっと待ってよ、何で私を置いて行くのかな? そしてみんなが見ているのは私じゃなくてどうやら真田さん。

「真田さんのせいで皆、怖がって逃げちゃいましたよ!」
「芽衣さん、それ絶対に冤罪えんざいだと思う。あの顔はどう見ても怖がってないよ、ほら、皆にこにこしながら手を振ってくれているし」

 真田さんもノンちゃん達に愛想よく手を振り返している。呑気に手を振っている場合じゃないと思うんだけど。

「なんだか薄情な友達に腹立ってきました。腹が立ってお腹空いた、ソフトクリーム食べたい」
「俺は制服だから一緒にお店には入ってあげられないしご馳走もしてあげられないよ」
「別にそんなことしなくても良いですよ。そこのケーキ屋さんの店頭で売ってるハチミツソフトが美味しいから、それを自分で買って歩きながら食べます」

 そう言ってから微妙な顔をしている真田さんを見上げる。

「まさか、寄り道禁止とか買い食い禁止とか言いませんよね?」
「それは小学生の子達に言うことだから。さすがに芽衣さんにはそんなこと言わないよ」
「良かった。じゃあ行きましょう」

 真田さんの返事を待たずに目的のお店に向かう。そこは小さなケーキ屋さんで店頭でソフトクリームも売っているお店。定番のバニラも美味しいけど私は独特の甘さのあるハチミツソフトがお気に入りなのだ。それを舐めながら真田さんとゆっくりと歩く。

「それで? その愉快な絆創膏は? 朝はそんなふうにはなってなかったよね」
「これ、さっき逃げていっちゃった友達の一人が描いてくれたんですよ。そこに描かれているの真田さんらしいです」
「俺?」
「うん」

 真田さんは私の横を歩きながら絆創膏を覗き込んでいる。そしてポツリとこんなに目つき悪いかなあ……と呟いた。

「真田さん、さっきも言ったけど行きはともかく帰りまでお迎えに来なくても大丈夫ですよ。さっきは逃げちゃったけど、いつも駅まで友達と一緒だから」
「もしかして迷惑?」
「そんことないけど、逆に申し訳ないというか……真田さん、怒られたりしないんですか?」
「同僚にはきちんと経緯を話してあるから問題ないよ。ま、本署の方にはまだ内緒だけど」
「えー?!」

 それって大丈夫なの?! バレたら叱られない?! いやいや、叱られるのはまだ良い方で首になったりしないの?!

「真田さん」
「ん?」
「私もけっこう無茶する方だけど真田さんもなかなかですね」
「まあ芽衣さんの為だから」
「え?」
「言っただろ? 近隣住民の安全を守るのが警察官の仕事だって」

 ああ、そういうことね。ノンちゃんが変なことを言ったから何でもない言葉に変に過剰反応しちゃうよ。

「ところで芽衣さん」
「はい?」
「そのお友達に言っておいてほしいんだけど、俺、こんなに目つき悪くないと思うんだ」

 真田さんはいたって真面目にそう言った。
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