お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

十数年後のお巡りさん

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「コレでもそれなりに経験積んできた大人の女性だから!」

 店先でママの元気な声がして、それに答える低い声がしたので何だろう?と顔を出せば、お客さんは商店街の住人のユキ君みたい。何やらママとユキ君は、ちょっと秘密めいたお話をしている模様。あのママの嬉々とした張り切りっぷりからして、あれは間違いなく、ユキ君お兄さんに関係する“恋愛”のお話だと思う。

 「最近うちの商店街って、おめでたいことが続いているのよね、重光しげみつ先生とイカ様のお陰かしら?」と、ママがパパと話していたことを思い出す。何でイカなのか不思議に思って一度聞いたんだけど、何故かママは、子供は知らなくても良いことよ♪て言いながらヘニャヘニャって笑うし、パパはパパで、縁結びのイカ様みたいなものかな?と、目を泳がせながら意味不明なこと言ってるし。まあとにかく、皆がハッピーならそれで良いのかな?なんて思ってる。

 いつもの元気な感じで、バイバ~イと手を振ってユキ君を見送っているママの背中を見ながら、そっと溜め息をついた。あの様子じゃ、きっとまたいつものお節介の虫が騒ぎだしたに違ない。そういうことは程々にしておかないと駄目だよって、いっつもパパに言われているのにママときたら……。

「ママ~~、また悪い癖が出てきたでしょ~~?」

 声をかけると、ママは十センチぐらい飛び上がって振り返った。あー……私に聞かれていたなんて、思ってもいなかったって顔だよね、その顔。

「な、なんのことかな、美羽みう?! ママは接客していただけよ? 黒猫のユキ君がカボチャを運んでくれたからね、世間話をしたり営業していたりしたの」

 こういう時にきちんとして、お客さんの心を掴んでおかないといけないでしょ?なんて、もっともらしいことを言っているけど超怪しい。怪しすぎてツッコム気にもなれない。

「ふーん……」
「ほら、お向かいの菜の花さんに、バケットを買いに来てたみたいでね。ほんと、親切よねユキ君って。それになかなかのハンサムさんだし? あ、パパほどじゃないかな~」
「はいはいストップ! 子供相手にのろけないでください」

 いつもの悪い癖とは別に、ママにパパのことを語らせたら、超面倒くさいことになる。そりゃ、いつまでも仲良しなのは良いことなんだ。クラスの子の中には、パパとママが喧嘩ばかりしているとか愚痴っている子もいるわけだし。

 だけどさ、それって限度っていうものがあるよね? 実の娘と息子に、ゲロゲロと砂糖を吐かせる夫婦ってどうなの? ママは、篠宮しのみやさんとこみたいなラブラブ夫婦になって、葛木かつらぎのお爺ちゃんのとこみたいに長生きするのを目指すの♪、とか張り切っているし。なんだか目指すものが少し間違っている気がするよ。最近では、篠宮さんちのぎんお姉ちゃんが家を出ていった気持ちが、なんとなく分からなくもないよねって話。

「あ、ちょうど良かった。美羽、今から用意するから、パパと鍋島なべしま君にお弁当を届けてくれるかな」
「分かった」
「じゃあ、店番頼める? もう詰めるだけだから」
「いいよ~~」

 ママが奥に行ってしまうと、店先から通り向かいの交番の方を見た。そこでは見知らぬお爺ちゃんがメモ書きを片手に、お巡りさんと話をしている。どうやら道順を聞いているらしくて、お巡りさんは商店街の中の方を指さして、説明しているようだ。やがてお爺ちゃんは、お巡りさんに頭を下げて立ち去った。そんなお爺ちゃんのことをしばらく見守っていたお巡りさんが、こちらに目を向けてニッコリと笑う。

「……」

 私もお店の椅子に座ったまま笑い返して、そっと手を振った。お巡りさんは腕時計を指さしてから、こっちを指でさした。私は奥の方を手で示してから、両手で頭の上で丸を作る。その動作にうなづくと、お巡りさんは交番の中へと戻っていった。

 あの背が高いちょっと強面こわもてのお巡りさんの名前は真田さなだ康則やすのり。何を隠そう私達のパパなのだ。

 しばらくしてママが急ぎ足で、二人分のお弁当が入っているランチバッグを手に戻ってきた。学校がお休みで家にいる時は、ママがご飯を作ったり洗濯物を干したりしている時のお店番と、目の前の交番にいるパパ達にお弁当を届ける事が、私の役割になっている。お昼のお弁当は弟のれんが届けるのが決まりなんだけど、今日は水泳教室に行っていて留守なのだ。

「お待たせ! 朝のうちに下準備しておいて良かった。冷めないうちに食べなさいって伝えて? それと鍋島君がパトロールから戻ってくるまで時間があるなら、その分は直ぐに冷蔵庫って」
「はーい」


+++


 交番に行くとパパは日誌を書いていた。チラリと視線を上げて私だと分かると、再びノートに続きを書き始める。

「パパ、ご飯持ってきたよ~」
「ん、ありがとな。ここらに置いてくれるか?」
「鍋ちゃんの分もあるから、巡回から戻ってきたら食べてもらってだって。それは? 冷蔵庫に入れておく?」
「そうだな。頼めるか」
「はーい」

 普段は婦人警官の京子きょうこお姉ちゃんもいるんだけど、今日はお休み。京子ちゃんは来年に結婚することになったので、少しでも勤務負担を減らすってことで、新しいお巡りさんが九月からやってきた。なので今この交番で勤務しているのは、パパと京子ちゃん、そしてもう一人、新人くんのナベちゃんこと鍋島なべしま君。駅前の交番、たった三人で大丈夫なのかって、ここに交番ができた頃は心配だって言われていたけど、この辺りはそこそこ治安も良い地域なので今のところ問題は無いみたい。

「なあ美羽、さっきお店の前にいたお客さんって、黒猫のユキ君だよなぁ?」

 私がナベちゃんのお弁当を冷蔵庫に入れて戻ってくると、パパはお茶を入れてお弁当をひろげているところだった。

「みたいだね。なんだかママの悪い虫が、騒ぎだしたみたいだよ」
「またかぁ……鍋島が片付いたと思ったら、今度は黒猫のユキ君か」

 パパは、ママ特製の甘い玉子焼きを頬張りながら苦笑いをする。

「あの調子だと、きっとユキ君に、パパと同じ事をさせようとしているんじゃないかなあ……」

 何気なく呟くとゲホッと変な音がした。パパが咳き込みながらお茶を飲んでいる。

「大丈夫?」
「……美羽」
「なに?」
「パパと同じ事って、その話は誰から聞いた?」
「ママだよ、決まってるじゃん。そんなこと私に話す人なんて、ママしかいないよ」
「だよなあ……」

 あ、なんだかパパってば顔が赤いよ。しかも何気に口元がニヤニヤしているし。

「パパ」
「なんだ?」
「思い出してニヤけてるとか無いよね?」
「ニヤけてるか?」
「うん。口元がね、ちょっとだらしないよ?」
「ママが作った弁当がうまいからだろ」

 ママの作ったお弁当がおいしいってのには大賛成だけど、そのニヤニヤは違うと思うな。絶対にママと出会った頃のことを思い出してニヤニヤしちゃってるんだ、間違いない。
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