猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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ある年のGW

第三十二話 ある年のGW 5

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「洗濯完了~♪」

 ベランダに洗濯物を干し終わると、ちょっとした達成感を味わう。二人分の洗濯物を干すのは久しぶりだ。天気予報で今日は終日晴れと言っていたので、洗濯機を2回まわしてシーツやタオルも洗った。そのせいで思いのほか時間がかかってしまったけれど。

「早めに帰ってきて取り込まないと、洗濯物がパリパリになって、大変なことになりそう」

 雲一つない空と、風ではためいているシーツをながめながら、独り言をつぶやく。

「あら? 藤原さん?」

 ベランダから、桟橋さんばしに停泊している護衛艦をながめていると、隣のベランダから声がした。そちらに目を向けると、向こう側から女の人が顔をのぞかせている。

「あ、おはようございます。ご無沙汰してます」

 この人はお隣の田中さんの奥さん。旦那さんの田中さんは、修ちゃんとは違う護衛艦に乗っている三曹さんで、ここだけの話、ブルドッグみたいな怖い顔をした隊員さんだ。

「おはようございます。連休でこっちに?」
「はい。たまにはこっちに来て、奥さんらしいことをしておかないと、旦那さんに逃げられちゃいますから」

 修ちゃんが初めて艦艇勤務についた時、寄港先の港で、先輩さんに夜のお店に誘われたことがあった。飲み系ではなく、泡なお姉さん達がいるああいう系のお店。その時、修ちゃんは真面目な顔をして「自分は嫁一筋ですから」と断ったらしい。その時はじめて、修ちゃんがすでに妻帯者だということが先輩達の間で判明し、そっちの意味でも大騒ぎになったんだとか。

「あははは。大丈夫よ、藤原さんとこに来るのは、男の子連中ばかりだから」
「あ、騒がしくしてませんか? 学生時代のノリで飲んで騒いでをしているなら、遠慮なく苦情をいれてくださいね」

 とにかくそれ以後は、なぜか修ちゃんの周りには、男子ばかりが集まってくるようになった。変な意味の男子ばかりではなく、特に女の子とは遊びたいと思っていない戦艦オタクやゲームオタクな子達。最初は、そんな事態に本人も困惑しているようだったけれど、今では、自分の知らない専門的な技術の話などが聞けるから、通称オタク集会大歓迎らしい。

「大丈夫、大丈夫。たまに集まってくる子達と顔を合わせるけど、みんな、お行儀の良い子達ばかりよ。逆に、うちの子供達のほうが騒がしくしてるんじゃないかって、心配になるくらいだから」

 出港して不在がちというのもあるけれど、バカ騒ぎをしてご近所迷惑をかけていないことがわかって安心した。

「それで? 桟橋さんばしには見に行くの?」

 田中さんが指をさしたのは、護衛艦が停泊している桟橋《さんばし》だ。

「はい。せっかくだから、写真ぐらいは撮っておこうと思って」
「残念よね、せっかく来たのに、外から見るだけで中に入れないなんて」
「それはまた、別の機会の楽しみにしておきます。そのかわりに、湾内を回る遊覧船に乗ってくるつもりでいるんですよ」

 遊覧船乗り場は桟橋から歩いてすぐの場所にあるから、行ったことがない私でも迷わずに行けそうだ。

「ああ、あれね。けっこうな人気だから、早めに行ったほうが良いわよ。すぐに定員がいっぱいになるみたいだから」
「そうなんですか? だったら急いで行かなくちゃ。じゃあ、出かける用意するので」
「楽しんできて」
「ありがとうございます~」

 洗濯カゴを持って部屋に入ると、出かける準備を開始する。

「まずは見学をして、遊覧船に乗る場所に行って、それから駅の近くのショッピングモールでお買い物、かな」

 携帯で周辺の地図を呼び出して確認する。地元と違って道路が碁盤の目になってないから、迷子にならないように気をつけなければ。道を尋ねるにしろ、駅前の交番以外では、最寄りの交番がどこにあるのかすら、わからないのだから。


+++++


「……暑い……日傘、持ってくれば良かった」

 外に出て、最初に出た言葉がこれ。まだ十時過ぎなのに、この時期にこの暑さとは一体なにごと? お正月に大雪が降ったり、最近まで寒い~と言っていたのが嘘のようだ。

 桟橋に続く道を歩きながら、見学に行くらしい人達をそれとなく観察してみる。お子さん連れや、ご夫婦さん、お友達同士などいろいろな人が歩いている。そして意外なことに、女の子同士のお友達も多い。

―― これってやっぱり、制服萌えってやつかな…… ――

 艦艇公開はしていなくても、見学時間の間は担当自衛官が桟橋さんばしに出てきているし、甲板で作業をしている乗員も、タイミングがあえば見ることができる。

―― 恐るべし制服効果…… ――

 そんなことを考えながらゲートに到着すると、警備の人の横を通って桟橋さんばしの敷地に入った。

「……?」

 ゲートに立っていたお兄さんの横を通りすぎながら、どこかで見覚えがあるような気がした。

―― どこかで会ったかな、今の人…… ――

 顔をもう一度見てみようと振り返ると、お兄さんもこっちを見ていて、目がバッチリ合ってしまった。慌てて視線をそらしながら、心の中で首をかしげる。あちらも私のことを知っているような様子だった。

―― 誰だったかな……? ――

 あまり人の顔を覚えるのは得意でないので、なかなか思い出せない。

「……あ」

 しばらく考えていたら思い出すことができた。昨日の夜、修ちゃんに敬礼をした人だ。すっかり護衛艦に乗っている人だとばかり思っていたけれど、陸警隊りっけいたいの人だったのか、と納得した。

―― せっかく、一般のお客さんにまぎれてこっそりのつもりだったのに、早々に知ってる人と顔を合わせちゃうなんて、ちょっとガッカリ。シレッとした顔で見物して、さっさとトンズラしようと思っていたのになあ…… ――

 番号札を受け取る場所では、特に変わった反応はなく、ここには修ちゃんのお知り合いはいなかったと安心する。カメラをプラプラさせながら、停泊している護衛艦を見て回る。熱心に見ているマニアっぽい人達は、この護衛艦はどうとかこうとかと熱く語り合っているけれど、私にはどれがどれだかサッパリだった。もちろん輸送艦とミサイル艇ぐらいはわかるけど、同じような大きさの護衛艦に関しては、まったく見分けがつかない。

―― これ、修ちゃんに一緒にきてもらって説明を聞かないと、なにがなんのための護衛艦か、私にはさっぱりだよ…… ――

 あとで修ちゃんに聞こうと、写真は番号と護衛艦をセットで撮ることにした。

「なんか多い……?」

 それぞれの写真を二枚ずつ撮っていたところで、あまりの多さに飽きてきた。私の前を歩きながら、熱く語り合っているお兄さん達と違って、私にはどれも同じに見えるのだ。六隻目を撮ったところで、さすがにうんざりした気分になってきた。

―― きっと、わかるとわからないとじゃ、ぜんぜん違うんだろうなあ…… ――

 前を歩いているお兄さん達が、少しだけうらやましく感じる。

「あ、これ、修ちゃんの艦だ」

 それでも、さすがに修ちゃんが乗っている護衛艦はわかった。とは言え、形で見分けているわけではなく、お尻の部分にある名前でかろうじてわかる程度ではあったけれど。

 桟橋からふねの乗り込むタラップには、『今日は中の見学はできません』というパネルがぶら下がっていた。

―― ざんねーん。修ちゃんが普段どんなふうに仕事をしているのか、見られるチャンスなのに ――

 とにかく写真だけでも撮っておこうと、他の護衛艦より少し多めに写真を撮る。

 桟橋の端まで停泊をしている護衛艦達の写真を撮り終えると、来た道を引き返す。途中でなんとなく修ちゃんのふねを見あげると、双眼鏡を持った紺色の作業着の乗員さんと、その横にはどこかで見たことのある顔の人が立っていた。

「あ……」

 目が合ったので、わざとらしくニッコリ笑って手を振ってみせる。するとイヤそうな顔をされた。

「えー……広報のお仕事中なのに、なんでそんなイヤそうな顔をするかなあ……スマイルにならなきゃダメなんじゃないのー?」

 カメラをかまえると、なにやらブツブツ言うのが聞こえる。ん……? さっさと帰れよ?

「見学してる人に、さっさと帰れだなんて、ひどーい。普通ならクレームものだよ……」

 修ちゃんは私に向けて手でシッシッとすると、そのまま背中を向けてしまった。横の作業着の人は、なんとも言えない顔をしてから、双眼鏡であらぬ方向を見始める。

「あっち向いたら、広報のお仕事できないじゃん。それに見張りって、そんな場所を見てなんの意味が?」

 文句は色々と言いたかったけれど、自分がいることで、作業着の人の仕事の邪魔になっていたらいけないと、さっさと立ち去ることにした。

「でも制服、やっぱカッコいいよねえ……ちょっとほこらしいかな。あ、遊覧船の時間があるんだっけ」

 田中さんから、早めに行ったほうが良いと言われていたのを思い出す。呑気に、制服の五割増し効果にひたっている場合ではなかった。

「次の出発時間には間に合うかな……」

 時計を見ながら、番号札を返すために受付にいく。首からかけていた札を受付の人に差し出そうとしたら、いきなりその場にいた全員が立ち上がって敬礼をした。あまりの勢いに、思わずあとずさる。

「え? あの? えっと、これ、返却します。ありがとうございました」
「はい。お疲れ様です! 藤原夫人!」

 小さい子が驚いて、私の顔を見あげている。

「あ、どうも、です……」

 どうやらバレていたらしい。しかもこの場にいる全員に。もしかして目の前にいる人達は、修ちゃんのオタク仲間さん達とか?

「お気をつけて、遊覧船乗り場へ行かれてください!」
「ありがとうございます」
「エスコートは必要でしょうか!」
「い、いえいえいえいえ! けっこうですから!」

 これは、修ちゃんが私を驚かそうとして画策したのだろう。

 自分でもおかしくなるぐらいペコペコしながら、その場を離れた。他の見学者さん達の視線が非常に痛い。ちょっとした不審者あつかいだ。ブツブツとつぶやきながらゲートに向かうと、さっきの陸警隊のお兄さんにまで敬礼されてしまった。

「お気をつけて!」
「どうも……」

―― 前言撤回ぜんげんてっかい! ぜんっぜん誇らしくない! ――
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