28 / 55
ある年のGW
第二十八話 ある年のGW 1
しおりを挟む
「ねえ修ちゃん、五月の連休さ、そっちに遊びに行っても良い?」
そんな話になったのは、新年度が始まってからした電話でのこと。幹部は転勤ばかりという話ではあったけれど、今の勤務地に来て一年。内示も出ていないようだし、今のところ、異動は早くても来年度になるだろうとのことだった。
『連休ってゴールデンウィーク?』
「うん」
カレンダーを見て気がついたのだ。今年のゴールデンウイークは、土日を含めるとけっこう長いんじゃないかと。
「今年はそこそこ長いでしょ? 私も土曜日休みだからさ、たまにはそっちに遊びに行こうかなって。あ、もしかして外に出ちゃってる?」
連休中は基地の桟橋で、基地所属の護衛艦を一般公開すると、基地のホームページに出ていた。だから、当然、修ちゃんの乗っている護衛艦もいるんだろうと思っていたけれど、考えてみれば修ちゃん達のお仕事は年中無休だ。もしかしたら、訓練や演習、さらにはパトロールで、外洋に出てしまっている可能性もあった。
『どうかなあ、今のところなにも言われてないけど』
そしてその予定に関しては、直前まで知らされないことも多い。もちろん家族の私達にもだ。
『今のところはって条件つきだけど、多分よほどのことが無い限り、出港せずにこっちにいると思う』
「そうなんだ。だったら、行ってもすれ違いになることはないよね?」
『今のところは多分?』
修ちゃんの口調からすると、今は本当に予定は未定らしい。
「じゃあ、行っても良い?」
『ただ、まこっちゃんに合わせて休みがとれるかわからないぞ? 連休中にちょっと足をのばしてどこかにってのも、難しいと思う。それでも良いなら』
「問題ないよ。別にどこかに出かけたいってわけじゃないから。せっかくのお休みだし、修ちゃんと一緒にすごせたらなって思ってるだけだし。……もしかして、お家でご飯作ったり、お帰りとかしてほしくない?」
『それはぜひとも、来てください』
即答だったのがちょっとおかしい。
「じゃあぜひとも行く。えっと、せっかくだから金曜日の夜からにしようかな。電車の時間、調べておくね」
『電車の時間がわかったら、メールで時間をおくっておいて。駅までむかえに行くから』
「大丈夫? おむかえ無理なら、普通にバス乗るけど?」
そこで修ちゃんの溜め息が聞こえてきた。
『あのさ、まこっちゃん。こっちは、バスがすみずみまで網羅しているような観光都市じゃないわけ。前に来た時は昼間だったから気づかなかっただろうけど、まこっちゃんがこっちに着く時間には、もうバスは走ってません』
「えー? だってどんなに遅くても、そっちに着くのは十時前だよ?」
その時間帯なら、本数が減ることはあっても終バスにはまだ時間があるはずと思っていたけれど、どうも違うらしい。
『ないです』
「本数が減るとかじゃなく?」
『走ってないんです』
「ないの? 本当に? 冗談じゃなく?」
『俺がそんなことで冗談を言って、なんの得が?』
逆にそんな質問をされてしまった。
「ほんとーにないの? 四月一日はまだ先だけど?」
『だから、俺がどうして嘘をつかなくちゃいけないのさ』
「それはそうだけど……。あ、でも、駅前にはみんなで飲みに来ることもあるって言ってたよね、たしか。ってことは、駅から官舎まで普通に歩ける距離だよね? 私、歩いて行っても良いよ? 荷物もそんなに重くないし」
ただ、道に迷う可能性がなきにしもあらずではあった。その可能性は修ちゃんも感じていたらしく、私の提案は速攻で却下された。
『そっちと同じように考えてたら駄目だから。とにかく電車の時間がはっきりしたら知らせるように。わかった?』
たいていのことでは、なんだかんだ言いつつも私の意見を聞き入れてくれる修ちゃんだったけれど、こういう口調の時だけは論破するのは非常に難しい。難しいというより、限りなく不可能、否、絶対に不可能だ。
「わかった……電車乗ったら修ちゃんに知らせる」
『じゃあ、まこっちゃんが来るの、楽しみにしてるから』
「うん、私も楽しみにしてる」
『ああ、それと、タクシーに乗れば良いんじゃ?なんて考えるのもなしな?』
「……はい」
チラリと脳裏をよぎっただけの考えだったのに、なぜかあっという間に釘を刺されてしまった。この察しの良さはどう考えても異常だ。
―― それとも私が単純すぎるのかな…… ――
+++++
そして修ちゃんの単身赴任先に行く当日の朝、仕事に持っていくバッグとお泊り用のカバンを足元に置くと、見送りについてきたヤナギとヒノキの顔をのぞきこむ。
「今日からしばらくは、お母さんが、二人のご飯とトイレの世話をしてくれるからね。私の時みたいに、我がままを言って困らせたらダメだからね? あと、マツ達と一緒になって夜中に走りまわらないように」
私達の居住スペースで暮らすようになるまでは、二匹ともマツ達と一緒に母親とすごしていたのだ、たぶん問題なくお留守番をしてくれるだろう。ただ、夜中の運動会に関してはちょっと心配だ。あれだけは、母親ですら止めることができないでいた。倒れそうなものはあらかた片づけてあるけれど、あとはもう、帰ってくるまで無事であることを祈るしかない。
「この日には、帰ってくるからね」
そう言いながら、下駄箱の上に置かれている卓上カレンダーの日付けを指でさした。ヤナギとヒノキは、私が指でさしたところを見つめてから、私の顔を見てニャーンと鳴く。理解してくれたんだろうか?
「おみやげは、海の近くだとかまぼこか煮干しかなあ……なにか美味しそうなものがあったら買ってくるね」
二匹に言い聞かせると、出かける前に母親達の居住スペースに顔を出す。母親と祖母は朝の天気予報を見ながら、お仏壇にあげるご飯と、自分達の朝ご飯の準備をしていた。
「おはよう、お母さん、お婆ちゃん。お母さん、留守の間、ヒノキとヤナギのこと、たのむね」
「はいはい。任せておきなさい」
「真琴、修ちゃんによろしくね」
「はーい」
仏壇の前にいくと、チーンとリンを鳴らす。
「おはよう、お父さん。仕事と修ちゃんとこに行ってきまーす。たぶん、おみやげはかまぼこ。気が向いたら普通のお饅頭を買ってくる~~」
手を合わせると、腕時計を見ながら急いで部屋を出た。
「じゃあ、行ってきまーす! ヤナギ、ヒノキ、お留守番をたのんだからねー」
もう一度だけ二匹にそう声をかけると、私は靴をはいて、仕事にでかけた。
+++
「えっと……七時すぎの特急で、到着は……」
幸いなことに、週末お決まりの残業もなかったので、終業時間とともに職場を出た。そのおかげで、最初に乗ろうと思っていたものより、一本早い特急に乗れそうだ。駅の待合室に入ると、外で買ったライスバーガーをかじりながら、到着予定時間をメールで送った。
「この特急だと、九時ちょいすぎには着くけど、それでもバスはないのかな……」
しばらくしてメールが返ってきた。どうやら修ちゃんのほうも、今日の仕事は終わったらしい。
『夕飯はどうする? 待ってようか?』
『こっちはこっちで食べていくから心配ないよ。修ちゃんも先に食べてて』
『了解』
『ちなみに私はモスバーガーでーす!』
『うらやましすぎる、俺もモス食べたい』
『残念でした、もうホームに入っちゃった』
『ガーン』
泣き顔の顔文字と共に、ショックを受けた修ちゃんの返事が返ってきた。もう三十も目前だと言うのに、私達のメールのやり取りって、客観的に見るとかなりバカっぽいんじゃないかと思えてくる。まあ、姉から言わせると、いまさらなんだそうだけど。
電車がホームに入ってきた。連休初日ということもあって、自由席はかなりのお客さんでうまっている。
―― 指定席にしておいて良かった ――
電車に乗ると、足元にカバンを置いて座った。
―― 隣、人がこないと良いんだけどな…… ――
この車両に乗っているのは、私とサラリーマンさんが十人ぐらい、それから旅行者らしき年輩のご夫婦が一組。そこそこばらけて座っているので、お互いの存在が気になるようなことはなさそうだ。私が降りるのは終点。よほどの事がない限り、ゆっくり寝ていけるだろう。
後ろに誰もいないことを確認してから、少しだけシートをたおす。電車が二つ目の駅を通過するころには、眠気がマックスでもう目をあけていられなくなっていた。
―― どうせ終点だもん、万が一の時は車掌さんが起こしてくれるよね…… ――
しばらくして、ビクッと足が震えて飛び起きた。自分がシートからずり落ちそうになっているのに気づいて、慌てて座りなおす。そして窓の外を見た。電車は、終点の一つ手前の駅に到着するところだった。観光客らしきご夫婦が荷物を棚からおろし、降りる準備をしている。サラリーマンさん達は途中の駅で降りたらしく、一人も残っていなかった。
―― うわ、ほんとうに爆睡しちゃってた…… ――
退屈しないようにと音楽プレイヤーと小説を一冊持ってきていたのに、まったく必要がなかったのには自分でも驚いてしまった。
ご夫婦が通路を歩いてくる。そして奥さんが、のびをしている私の顔を見てニッコリと笑った。
「?」
「良かったわ、どうやら寝過ごしたわけではなかったみたいで」
「え?」
首をかしげると、奥さんがほほ笑む。
「おトイレに立ったとき、あまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、大丈夫なのかしらって主人と心配していたの」
「ああ、ご心配をおかけしてすみません。大丈夫です、私、終点まで行くので。そちらはここで?」
「ええ。久し振りに二人で水入らずなのよ」
嬉しそうに教えてくれた。
「そうなんですか。ご旅行、楽しんできてください。道中お気をつけて」
「ありがとう。あなたもね」
「はい」
窓の外を眺めていると、今のご夫婦が電車から降りるのが見えた。奥さんが私のほうを見て手を振ってきたので、頭をさげる。
「あんなふうに、年をとってから修ちゃんとのんびり旅行できると良いんだけどなあ……」
だけどそれは、まだまだ先になりそうだ。……それにしても。
「なんか、すっごい寝相になってたのを見られちゃった気がするけど、まあ良いか……」
そんな話になったのは、新年度が始まってからした電話でのこと。幹部は転勤ばかりという話ではあったけれど、今の勤務地に来て一年。内示も出ていないようだし、今のところ、異動は早くても来年度になるだろうとのことだった。
『連休ってゴールデンウィーク?』
「うん」
カレンダーを見て気がついたのだ。今年のゴールデンウイークは、土日を含めるとけっこう長いんじゃないかと。
「今年はそこそこ長いでしょ? 私も土曜日休みだからさ、たまにはそっちに遊びに行こうかなって。あ、もしかして外に出ちゃってる?」
連休中は基地の桟橋で、基地所属の護衛艦を一般公開すると、基地のホームページに出ていた。だから、当然、修ちゃんの乗っている護衛艦もいるんだろうと思っていたけれど、考えてみれば修ちゃん達のお仕事は年中無休だ。もしかしたら、訓練や演習、さらにはパトロールで、外洋に出てしまっている可能性もあった。
『どうかなあ、今のところなにも言われてないけど』
そしてその予定に関しては、直前まで知らされないことも多い。もちろん家族の私達にもだ。
『今のところはって条件つきだけど、多分よほどのことが無い限り、出港せずにこっちにいると思う』
「そうなんだ。だったら、行ってもすれ違いになることはないよね?」
『今のところは多分?』
修ちゃんの口調からすると、今は本当に予定は未定らしい。
「じゃあ、行っても良い?」
『ただ、まこっちゃんに合わせて休みがとれるかわからないぞ? 連休中にちょっと足をのばしてどこかにってのも、難しいと思う。それでも良いなら』
「問題ないよ。別にどこかに出かけたいってわけじゃないから。せっかくのお休みだし、修ちゃんと一緒にすごせたらなって思ってるだけだし。……もしかして、お家でご飯作ったり、お帰りとかしてほしくない?」
『それはぜひとも、来てください』
即答だったのがちょっとおかしい。
「じゃあぜひとも行く。えっと、せっかくだから金曜日の夜からにしようかな。電車の時間、調べておくね」
『電車の時間がわかったら、メールで時間をおくっておいて。駅までむかえに行くから』
「大丈夫? おむかえ無理なら、普通にバス乗るけど?」
そこで修ちゃんの溜め息が聞こえてきた。
『あのさ、まこっちゃん。こっちは、バスがすみずみまで網羅しているような観光都市じゃないわけ。前に来た時は昼間だったから気づかなかっただろうけど、まこっちゃんがこっちに着く時間には、もうバスは走ってません』
「えー? だってどんなに遅くても、そっちに着くのは十時前だよ?」
その時間帯なら、本数が減ることはあっても終バスにはまだ時間があるはずと思っていたけれど、どうも違うらしい。
『ないです』
「本数が減るとかじゃなく?」
『走ってないんです』
「ないの? 本当に? 冗談じゃなく?」
『俺がそんなことで冗談を言って、なんの得が?』
逆にそんな質問をされてしまった。
「ほんとーにないの? 四月一日はまだ先だけど?」
『だから、俺がどうして嘘をつかなくちゃいけないのさ』
「それはそうだけど……。あ、でも、駅前にはみんなで飲みに来ることもあるって言ってたよね、たしか。ってことは、駅から官舎まで普通に歩ける距離だよね? 私、歩いて行っても良いよ? 荷物もそんなに重くないし」
ただ、道に迷う可能性がなきにしもあらずではあった。その可能性は修ちゃんも感じていたらしく、私の提案は速攻で却下された。
『そっちと同じように考えてたら駄目だから。とにかく電車の時間がはっきりしたら知らせるように。わかった?』
たいていのことでは、なんだかんだ言いつつも私の意見を聞き入れてくれる修ちゃんだったけれど、こういう口調の時だけは論破するのは非常に難しい。難しいというより、限りなく不可能、否、絶対に不可能だ。
「わかった……電車乗ったら修ちゃんに知らせる」
『じゃあ、まこっちゃんが来るの、楽しみにしてるから』
「うん、私も楽しみにしてる」
『ああ、それと、タクシーに乗れば良いんじゃ?なんて考えるのもなしな?』
「……はい」
チラリと脳裏をよぎっただけの考えだったのに、なぜかあっという間に釘を刺されてしまった。この察しの良さはどう考えても異常だ。
―― それとも私が単純すぎるのかな…… ――
+++++
そして修ちゃんの単身赴任先に行く当日の朝、仕事に持っていくバッグとお泊り用のカバンを足元に置くと、見送りについてきたヤナギとヒノキの顔をのぞきこむ。
「今日からしばらくは、お母さんが、二人のご飯とトイレの世話をしてくれるからね。私の時みたいに、我がままを言って困らせたらダメだからね? あと、マツ達と一緒になって夜中に走りまわらないように」
私達の居住スペースで暮らすようになるまでは、二匹ともマツ達と一緒に母親とすごしていたのだ、たぶん問題なくお留守番をしてくれるだろう。ただ、夜中の運動会に関してはちょっと心配だ。あれだけは、母親ですら止めることができないでいた。倒れそうなものはあらかた片づけてあるけれど、あとはもう、帰ってくるまで無事であることを祈るしかない。
「この日には、帰ってくるからね」
そう言いながら、下駄箱の上に置かれている卓上カレンダーの日付けを指でさした。ヤナギとヒノキは、私が指でさしたところを見つめてから、私の顔を見てニャーンと鳴く。理解してくれたんだろうか?
「おみやげは、海の近くだとかまぼこか煮干しかなあ……なにか美味しそうなものがあったら買ってくるね」
二匹に言い聞かせると、出かける前に母親達の居住スペースに顔を出す。母親と祖母は朝の天気予報を見ながら、お仏壇にあげるご飯と、自分達の朝ご飯の準備をしていた。
「おはよう、お母さん、お婆ちゃん。お母さん、留守の間、ヒノキとヤナギのこと、たのむね」
「はいはい。任せておきなさい」
「真琴、修ちゃんによろしくね」
「はーい」
仏壇の前にいくと、チーンとリンを鳴らす。
「おはよう、お父さん。仕事と修ちゃんとこに行ってきまーす。たぶん、おみやげはかまぼこ。気が向いたら普通のお饅頭を買ってくる~~」
手を合わせると、腕時計を見ながら急いで部屋を出た。
「じゃあ、行ってきまーす! ヤナギ、ヒノキ、お留守番をたのんだからねー」
もう一度だけ二匹にそう声をかけると、私は靴をはいて、仕事にでかけた。
+++
「えっと……七時すぎの特急で、到着は……」
幸いなことに、週末お決まりの残業もなかったので、終業時間とともに職場を出た。そのおかげで、最初に乗ろうと思っていたものより、一本早い特急に乗れそうだ。駅の待合室に入ると、外で買ったライスバーガーをかじりながら、到着予定時間をメールで送った。
「この特急だと、九時ちょいすぎには着くけど、それでもバスはないのかな……」
しばらくしてメールが返ってきた。どうやら修ちゃんのほうも、今日の仕事は終わったらしい。
『夕飯はどうする? 待ってようか?』
『こっちはこっちで食べていくから心配ないよ。修ちゃんも先に食べてて』
『了解』
『ちなみに私はモスバーガーでーす!』
『うらやましすぎる、俺もモス食べたい』
『残念でした、もうホームに入っちゃった』
『ガーン』
泣き顔の顔文字と共に、ショックを受けた修ちゃんの返事が返ってきた。もう三十も目前だと言うのに、私達のメールのやり取りって、客観的に見るとかなりバカっぽいんじゃないかと思えてくる。まあ、姉から言わせると、いまさらなんだそうだけど。
電車がホームに入ってきた。連休初日ということもあって、自由席はかなりのお客さんでうまっている。
―― 指定席にしておいて良かった ――
電車に乗ると、足元にカバンを置いて座った。
―― 隣、人がこないと良いんだけどな…… ――
この車両に乗っているのは、私とサラリーマンさんが十人ぐらい、それから旅行者らしき年輩のご夫婦が一組。そこそこばらけて座っているので、お互いの存在が気になるようなことはなさそうだ。私が降りるのは終点。よほどの事がない限り、ゆっくり寝ていけるだろう。
後ろに誰もいないことを確認してから、少しだけシートをたおす。電車が二つ目の駅を通過するころには、眠気がマックスでもう目をあけていられなくなっていた。
―― どうせ終点だもん、万が一の時は車掌さんが起こしてくれるよね…… ――
しばらくして、ビクッと足が震えて飛び起きた。自分がシートからずり落ちそうになっているのに気づいて、慌てて座りなおす。そして窓の外を見た。電車は、終点の一つ手前の駅に到着するところだった。観光客らしきご夫婦が荷物を棚からおろし、降りる準備をしている。サラリーマンさん達は途中の駅で降りたらしく、一人も残っていなかった。
―― うわ、ほんとうに爆睡しちゃってた…… ――
退屈しないようにと音楽プレイヤーと小説を一冊持ってきていたのに、まったく必要がなかったのには自分でも驚いてしまった。
ご夫婦が通路を歩いてくる。そして奥さんが、のびをしている私の顔を見てニッコリと笑った。
「?」
「良かったわ、どうやら寝過ごしたわけではなかったみたいで」
「え?」
首をかしげると、奥さんがほほ笑む。
「おトイレに立ったとき、あまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、大丈夫なのかしらって主人と心配していたの」
「ああ、ご心配をおかけしてすみません。大丈夫です、私、終点まで行くので。そちらはここで?」
「ええ。久し振りに二人で水入らずなのよ」
嬉しそうに教えてくれた。
「そうなんですか。ご旅行、楽しんできてください。道中お気をつけて」
「ありがとう。あなたもね」
「はい」
窓の外を眺めていると、今のご夫婦が電車から降りるのが見えた。奥さんが私のほうを見て手を振ってきたので、頭をさげる。
「あんなふうに、年をとってから修ちゃんとのんびり旅行できると良いんだけどなあ……」
だけどそれは、まだまだ先になりそうだ。……それにしても。
「なんか、すっごい寝相になってたのを見られちゃった気がするけど、まあ良いか……」
35
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
私の主治医さん - 二人と一匹物語 -
鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。
【本編完結】【小話】
※小説家になろうでも公開中※
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる