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幼なじみから旦那様に
第二十五話 幼なじみから旦那様に 5
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お昼ご飯を食べた後、さっそく二人で区役所に行った。卒業や入学そして就職と、人の移動が激しい時期のせいか、転入転居関係の窓口前のイスには、結構な人数の人が座っている。番号札をとって、あいている椅子に二人で座った。
「あれ、真琴ちゃん?」
窓口に立っていた人が振り返り、私の顔を見た。そしてニコニコしながら、私達が座っている場所にやってくる。
「ああ、やっぱり真琴ちゃんだ。卒業式以来だねー。今日は区役所に用事なの?」
「うん。そっちこそ何か用だっけ?」
厄介な相手と顔を合わせてしまったなと思いつつ、ニコニコ顔を貼りつけた。
「ほら、就職先が他府県でしょ? 住民票を移すから、転出届を出しにきたの。真琴ちゃんは、実家から通勤だったよね?」
「うん、そうだよー」
「じゃあ、なんでここに?」
「えーとねえ……」
なにか納得のいく言い訳はないものかと考えを巡らせていると、その子の目が、私の隣に座っている修ちゃんにうつった。
「もしかして、幼なじみの修ちゃんさん?」
「うん、そうだよ。修ちゃん、この子はゼミで一緒だった……」
「はじめましてー。噂はかねがね聞いてました。やっと会えて嬉しいですー」
私が紹介する前に、彼女は自分から修ちゃんに名乗った。
「はじめまして」
修ちゃんは穏やかな顔のまま挨拶をかえす。だけどなんとなく体が硬くなっていた。そしてチラッと私の顔を見る。その顔つきから、前に電話で話した、ホラーな都市伝説の彼女だってことは察してくれたみたいだ。
本当に厄介なところで遭遇してしまった。これはどうしたものか、と考える。だけどこの場をうまく切り抜ける案なんて、そう簡単に浮かぶわけがない。
「56番の札をお持ちの方、どうぞー」
私達が持っているカードの番号が呼ばれた。私達の後に来た人たちもいるので、その場で知らん顔をしてジッとしているわけにはいかない。しかたなく立ち上がり、窓口へ行った。そしてバッグの中から届けを出す。
「これをお願いします」
チクチクと後頭部にあたる視線を感じながら、窓口のお兄さんの前に婚姻届を置いた。
「まずは、ちゃんと書かれているかチェックしますね。本人証明ができるものを出してください」
そう言いながら、お兄さんは書類などに不備がないか、一箇所ずつチェックをしていく。しばらくして顔をあげると、ニッコリとほほ笑んだ。
「不備はありませんでしたので、受理しますね。おめでとうございます。末永くお幸せに」
「あ、ありがとうございます」
四角四面でぶっきらぼうなイメージのお役所の人から、お祝いの言葉を言われるとは思っていなかったので、慌ててお礼を言った。そして振り返ると、彼女がものすごい顔をして私達を見ていた。
「真琴ちゃん!」
「あ、もうちょっと声を落とそうか、周りの人の迷惑だし」
そう言いながら役所の建物を出る。
「ちょっとちょっと、おめでとうってなに? 末永くお幸せにって?! なにを出したの?」
「えーと……」
「婚姻届です」
修ちゃんが私の隣であっさりとした口調で言った。
「えええ?! 婚姻届ってあの婚姻届?!」
目を真ん丸にして私達の顔を交互に見る。
「それ以外の婚姻届があるなら知りたいかな……まあ、そういうこと」
「いきなりじゃない? そんな話、ぜんぜんしてなかったのに」
「うん、そうなんだけどねー、まあ、色々と事情があってさ」
「事情ってまさか?」
彼女は私のお腹のあたりをのぞきこむ。
「違う違う。それはない。そこにはさっき食べたお昼のピザとサラダしか入ってないよ」
「びっくりしたー。じゃあ、どうして?」
「どうしてって……」
父親のことは親しい友達にも詳しく話していなかったので、どう説明しようかと悩んでいたら、修ちゃんが先に口を開いた。
「僕の事情で真琴さんにお願いしました」
―― やばい、修ちゃんの口調がインギンブレーだよ ――
これはあまり長く一緒にいると、本当に無礼になってしまうかもしれない。
「そうなんですか?」
「ええ。しばらくは式の準備など落ち着いてできませんし、真琴さん一人に押しつけてしまうのも申し訳ないので、先に入籍だけすませることにしました。ね?」
修ちゃんは最後に私に声をかけた。
「う、うん、そうなの。まあ、式をするかどうかも、まだ予定は未定なんだけどね」
「そっかー。びっくりだね。卒業したら、誰が一番最初に結婚するかなって話してた時、真琴ちゃん、なーんにも言ってなかったからさ、ちょっと意外だった」
「だねー。私も意外だった」
そこだけは誓って本当だ。病室でお嫁さんにおいでと言われたのは、本当に青天の霹靂だった。
「まこっちゃん、そろそろ時間」
「時間?」
腕時計を私の前に出す修ちゃん。この後なにか予定でもあったっけ?と首をかしげそうになってから、修ちゃんがなにが言いたいか理解した。これは早々に話を切り上げる口実だ。
「あ、そうそう。そろそろ時間だね。急がないと。ごめん、この後、ちょっと用事があるんだよ。またそのうち、新しい環境に慣れて落ち着いたら、みんなで集まろうね」
「しばらくは仕事に慣れるのが最優先だもんね。呼び止めてごめんね、じゃあ、また」
「うん。そっちも他府県になっちゃうけど、がんばってね」
そう言って手を振りながら、彼女とわかれた。
「普通に話してるぶんには、いい子なんだけどねえ」
「そうかな」
「え?」
修ちゃんの意外な言葉に、思わず立ち止まって振り返る。
「なにかされた?」
少なくとも私が見ていたかぎりでは、彼女はなにもしていなかったはずだけれど。
「ずっとこれ見てた」
修ちゃんは手にしていたカバー付きのハンガーをプラプラさせた。
「あー……」
「あのまま話してたら、絶対にこれの中身に探りを入れてきたと思うよ」
「それで時間って言ったの? なかなか策士だね」
関心している私を見て、修ちゃんは笑う。
「それもある。だけどほら、お姉ちゃんからパンフレットをもらってるから、指輪のほうも行かなきゃいけないだろ?」
「ああ、そうでした。用事、これで終わった気になっちゃってた」
「まあ明日でも良いんだけどさ。せっかく出かけてるんだから、一気に回ったほうがあとが楽だと思ってさ」
「それは言えてるね」
私達はバス停へとむかうことにした。
「ま、これで俺はあの子の標的からはずれたのかな」
「だと良いんだけどねえ……なんかいやーな予感がしないでもないよ……」
「やめてくれよ、縁起でもない」
修ちゃんはわざとらしく体を震わせてみせた。
「まこっちゃん、考えたんだけどさ」
バスが来るまでしばらく時間があったので、バス停のベンチに座ると、姉に届けを出したという報告メールをする。それを送信したところで、修ちゃんが話しかけてきた。
「なに?」
「結婚指輪も良いけど、ペアの腕時計も良くないかな」
「指輪の代わりに腕時計ってこと?」
首をかしげながら、修ちゃんの顔をみつめる。
「指輪は指輪で作れば良いと思うんだ。だけど、できあがってくるまでははめられないし、俺は帰ってくるまで無理だろ? だったら、すぐにでも手に入る腕時計を、結婚指輪代わりにするのも良いなって思ったんだ」
「なるほど。それはなかなかのアイデアだと思うけど、指輪と合わせるとけっこうな出費にならない?」
腕時計もピンキリだ。安い物からお手頃価格の物、さらには目玉が飛び出そうな値段の物まである。
「私も、バイトで貯金してきたから大丈夫だと思うけどさ。腕時計ってピンキリだし、指輪だってそれなりのお値段するよ?」
「え?」
「えって?」
「なんでまこっちゃんの貯金の話に?」
「え?」
「え?」
お互いに、話が微妙にかみ合っていないようだ。
「ペアの腕時計と結婚指輪、お互いに出し合って買うんだよね?」
「なんで」
「なんでって……」
なんでと質問されて困ってしまった。てっきり一緒に買おうねというのは、お財布的に出し合って買おうねという話だと思っていたのに、修ちゃんの中ではどうやら違うようだ。
「俺、まこっちゃんに婚約指輪もあげてないしさ。えーと、ほら、給料三ヶ月分ってやつ?」
「それって本当なのかな……修ちゃん、自分のお給料の三ヶ月分を考えてみてよ。それって指輪の値段として普通なの?」
「俺に聞くなよ。そういうのって、まこっちゃんのほうが詳しいだろ?」
「んなわけないじゃん」
たしかに雑誌ではよくそんなことが書かれている。だけど三ヶ月分だなんて、世の中の女性たちは、一体どんな指輪をもらっているのだろう。私にはまったく想像がつかない。
「とにかく、それとつり合いがとれるかはわからないけどさ」
「そんな値段の時計なんて買ったら、恐ろしくてつけてられないよ」
「じゃあ指輪は?」
「私、指輪はあまり好きじゃないからなあ。結婚指輪はともかく、婚約指輪をくれるって言うなら、腕時計のほうが良いかも」
「じゃあ決まりじゃん。腕時計、ペアで買おう」
「修ちゃん、無駄遣いしすぎじゃ?」
頭の中で、一万円札がどんどん飛んでいく光景が浮かんだ。
「心配なのかわかるけど、ここは俺の甲斐性ってことで任せてくれないかなあ」
「でもさあ……」
自分が小市民だってことをあらためて実感する。
「別に無駄遣いをしてるわけじゃないだろ? 俺が自分の奥さんのために散財するわけだから」
「奥さん!!」
「なんだよ、奥さんだろ? もう届けを出して正式に夫婦になったんだから」
「そうなんだけどさ……」
急に恥ずかしくなってきた。
「まこっちゃん、顔が赤い」
「うるさい、わかってる!!」
「これからは、俺の奥さんなんだよな、まこっちゃん」
「わーー、言うなーー!!」
「言うなって、事実じゃないか。ねえ、奥さん?」
「ぎゃああああ!!」
隣でニヤニヤしているところを見ると、私が恥ずかしがるのをわかって言っているらしい。
「まあさ、旦那の甲斐性ってことで、今回は俺に出させてよ。な、奥さん?」
「まだ言うかーーーーーー!!」
そんなわけで、私と修ちゃんは、夫婦になって初めてのお買い物をした。心配していたお値段に関しては、常識的な範疇だったと言っておく。そしてこの時に買った腕時計は、遠距離結婚生活をする私達を、いつもつないでくれる腕時計となった。
「あれ、真琴ちゃん?」
窓口に立っていた人が振り返り、私の顔を見た。そしてニコニコしながら、私達が座っている場所にやってくる。
「ああ、やっぱり真琴ちゃんだ。卒業式以来だねー。今日は区役所に用事なの?」
「うん。そっちこそ何か用だっけ?」
厄介な相手と顔を合わせてしまったなと思いつつ、ニコニコ顔を貼りつけた。
「ほら、就職先が他府県でしょ? 住民票を移すから、転出届を出しにきたの。真琴ちゃんは、実家から通勤だったよね?」
「うん、そうだよー」
「じゃあ、なんでここに?」
「えーとねえ……」
なにか納得のいく言い訳はないものかと考えを巡らせていると、その子の目が、私の隣に座っている修ちゃんにうつった。
「もしかして、幼なじみの修ちゃんさん?」
「うん、そうだよ。修ちゃん、この子はゼミで一緒だった……」
「はじめましてー。噂はかねがね聞いてました。やっと会えて嬉しいですー」
私が紹介する前に、彼女は自分から修ちゃんに名乗った。
「はじめまして」
修ちゃんは穏やかな顔のまま挨拶をかえす。だけどなんとなく体が硬くなっていた。そしてチラッと私の顔を見る。その顔つきから、前に電話で話した、ホラーな都市伝説の彼女だってことは察してくれたみたいだ。
本当に厄介なところで遭遇してしまった。これはどうしたものか、と考える。だけどこの場をうまく切り抜ける案なんて、そう簡単に浮かぶわけがない。
「56番の札をお持ちの方、どうぞー」
私達が持っているカードの番号が呼ばれた。私達の後に来た人たちもいるので、その場で知らん顔をしてジッとしているわけにはいかない。しかたなく立ち上がり、窓口へ行った。そしてバッグの中から届けを出す。
「これをお願いします」
チクチクと後頭部にあたる視線を感じながら、窓口のお兄さんの前に婚姻届を置いた。
「まずは、ちゃんと書かれているかチェックしますね。本人証明ができるものを出してください」
そう言いながら、お兄さんは書類などに不備がないか、一箇所ずつチェックをしていく。しばらくして顔をあげると、ニッコリとほほ笑んだ。
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「あ、ありがとうございます」
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「真琴ちゃん!」
「あ、もうちょっと声を落とそうか、周りの人の迷惑だし」
そう言いながら役所の建物を出る。
「ちょっとちょっと、おめでとうってなに? 末永くお幸せにって?! なにを出したの?」
「えーと……」
「婚姻届です」
修ちゃんが私の隣であっさりとした口調で言った。
「えええ?! 婚姻届ってあの婚姻届?!」
目を真ん丸にして私達の顔を交互に見る。
「それ以外の婚姻届があるなら知りたいかな……まあ、そういうこと」
「いきなりじゃない? そんな話、ぜんぜんしてなかったのに」
「うん、そうなんだけどねー、まあ、色々と事情があってさ」
「事情ってまさか?」
彼女は私のお腹のあたりをのぞきこむ。
「違う違う。それはない。そこにはさっき食べたお昼のピザとサラダしか入ってないよ」
「びっくりしたー。じゃあ、どうして?」
「どうしてって……」
父親のことは親しい友達にも詳しく話していなかったので、どう説明しようかと悩んでいたら、修ちゃんが先に口を開いた。
「僕の事情で真琴さんにお願いしました」
―― やばい、修ちゃんの口調がインギンブレーだよ ――
これはあまり長く一緒にいると、本当に無礼になってしまうかもしれない。
「そうなんですか?」
「ええ。しばらくは式の準備など落ち着いてできませんし、真琴さん一人に押しつけてしまうのも申し訳ないので、先に入籍だけすませることにしました。ね?」
修ちゃんは最後に私に声をかけた。
「う、うん、そうなの。まあ、式をするかどうかも、まだ予定は未定なんだけどね」
「そっかー。びっくりだね。卒業したら、誰が一番最初に結婚するかなって話してた時、真琴ちゃん、なーんにも言ってなかったからさ、ちょっと意外だった」
「だねー。私も意外だった」
そこだけは誓って本当だ。病室でお嫁さんにおいでと言われたのは、本当に青天の霹靂だった。
「まこっちゃん、そろそろ時間」
「時間?」
腕時計を私の前に出す修ちゃん。この後なにか予定でもあったっけ?と首をかしげそうになってから、修ちゃんがなにが言いたいか理解した。これは早々に話を切り上げる口実だ。
「あ、そうそう。そろそろ時間だね。急がないと。ごめん、この後、ちょっと用事があるんだよ。またそのうち、新しい環境に慣れて落ち着いたら、みんなで集まろうね」
「しばらくは仕事に慣れるのが最優先だもんね。呼び止めてごめんね、じゃあ、また」
「うん。そっちも他府県になっちゃうけど、がんばってね」
そう言って手を振りながら、彼女とわかれた。
「普通に話してるぶんには、いい子なんだけどねえ」
「そうかな」
「え?」
修ちゃんの意外な言葉に、思わず立ち止まって振り返る。
「なにかされた?」
少なくとも私が見ていたかぎりでは、彼女はなにもしていなかったはずだけれど。
「ずっとこれ見てた」
修ちゃんは手にしていたカバー付きのハンガーをプラプラさせた。
「あー……」
「あのまま話してたら、絶対にこれの中身に探りを入れてきたと思うよ」
「それで時間って言ったの? なかなか策士だね」
関心している私を見て、修ちゃんは笑う。
「それもある。だけどほら、お姉ちゃんからパンフレットをもらってるから、指輪のほうも行かなきゃいけないだろ?」
「ああ、そうでした。用事、これで終わった気になっちゃってた」
「まあ明日でも良いんだけどさ。せっかく出かけてるんだから、一気に回ったほうがあとが楽だと思ってさ」
「それは言えてるね」
私達はバス停へとむかうことにした。
「ま、これで俺はあの子の標的からはずれたのかな」
「だと良いんだけどねえ……なんかいやーな予感がしないでもないよ……」
「やめてくれよ、縁起でもない」
修ちゃんはわざとらしく体を震わせてみせた。
「まこっちゃん、考えたんだけどさ」
バスが来るまでしばらく時間があったので、バス停のベンチに座ると、姉に届けを出したという報告メールをする。それを送信したところで、修ちゃんが話しかけてきた。
「なに?」
「結婚指輪も良いけど、ペアの腕時計も良くないかな」
「指輪の代わりに腕時計ってこと?」
首をかしげながら、修ちゃんの顔をみつめる。
「指輪は指輪で作れば良いと思うんだ。だけど、できあがってくるまでははめられないし、俺は帰ってくるまで無理だろ? だったら、すぐにでも手に入る腕時計を、結婚指輪代わりにするのも良いなって思ったんだ」
「なるほど。それはなかなかのアイデアだと思うけど、指輪と合わせるとけっこうな出費にならない?」
腕時計もピンキリだ。安い物からお手頃価格の物、さらには目玉が飛び出そうな値段の物まである。
「私も、バイトで貯金してきたから大丈夫だと思うけどさ。腕時計ってピンキリだし、指輪だってそれなりのお値段するよ?」
「え?」
「えって?」
「なんでまこっちゃんの貯金の話に?」
「え?」
「え?」
お互いに、話が微妙にかみ合っていないようだ。
「ペアの腕時計と結婚指輪、お互いに出し合って買うんだよね?」
「なんで」
「なんでって……」
なんでと質問されて困ってしまった。てっきり一緒に買おうねというのは、お財布的に出し合って買おうねという話だと思っていたのに、修ちゃんの中ではどうやら違うようだ。
「俺、まこっちゃんに婚約指輪もあげてないしさ。えーと、ほら、給料三ヶ月分ってやつ?」
「それって本当なのかな……修ちゃん、自分のお給料の三ヶ月分を考えてみてよ。それって指輪の値段として普通なの?」
「俺に聞くなよ。そういうのって、まこっちゃんのほうが詳しいだろ?」
「んなわけないじゃん」
たしかに雑誌ではよくそんなことが書かれている。だけど三ヶ月分だなんて、世の中の女性たちは、一体どんな指輪をもらっているのだろう。私にはまったく想像がつかない。
「とにかく、それとつり合いがとれるかはわからないけどさ」
「そんな値段の時計なんて買ったら、恐ろしくてつけてられないよ」
「じゃあ指輪は?」
「私、指輪はあまり好きじゃないからなあ。結婚指輪はともかく、婚約指輪をくれるって言うなら、腕時計のほうが良いかも」
「じゃあ決まりじゃん。腕時計、ペアで買おう」
「修ちゃん、無駄遣いしすぎじゃ?」
頭の中で、一万円札がどんどん飛んでいく光景が浮かんだ。
「心配なのかわかるけど、ここは俺の甲斐性ってことで任せてくれないかなあ」
「でもさあ……」
自分が小市民だってことをあらためて実感する。
「別に無駄遣いをしてるわけじゃないだろ? 俺が自分の奥さんのために散財するわけだから」
「奥さん!!」
「なんだよ、奥さんだろ? もう届けを出して正式に夫婦になったんだから」
「そうなんだけどさ……」
急に恥ずかしくなってきた。
「まこっちゃん、顔が赤い」
「うるさい、わかってる!!」
「これからは、俺の奥さんなんだよな、まこっちゃん」
「わーー、言うなーー!!」
「言うなって、事実じゃないか。ねえ、奥さん?」
「ぎゃああああ!!」
隣でニヤニヤしているところを見ると、私が恥ずかしがるのをわかって言っているらしい。
「まあさ、旦那の甲斐性ってことで、今回は俺に出させてよ。な、奥さん?」
「まだ言うかーーーーーー!!」
そんなわけで、私と修ちゃんは、夫婦になって初めてのお買い物をした。心配していたお値段に関しては、常識的な範疇だったと言っておく。そしてこの時に買った腕時計は、遠距離結婚生活をする私達を、いつもつないでくれる腕時計となった。
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