猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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猫と幼なじみ

第十六話 湖水浴 2

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 キャンプと言えばバーべキューに花火が定番だ。

 だけど小さい子がいない私達は、晩ご飯をお腹一杯食べた後は、おのおのがのんびりまったり状態でそれぞれの夜をすごしていた。父親と義兄は、ビールとおつまみを横に置いて仕事関係のことでなにやらひそひそと話し、母親と姉は、保養所の敷地内にあるスパに行ってしまった。

「まこっちゃん、お母さん達と行かなくて良かったのか? けっこう立派な温泉施設だって聞いたけど」
「たくさんの人と入るの苦手だし。さっきシャワーあびたから、もういいかなー」

 私と修ちゃんは、蚊取り線香を持ち出して水際の芝生にレジャーシートを敷き、寝っ転がって空を見あげていた。都心部からそれほど離れていないのに、大きなビルがないせいか、信じられないほど星空がきれいだ。

「うーん、おいしいお肉をたくさん食べて幸せ~~」
「星のことを言うかと思ったら、お肉のことか」

 修ちゃんがあきれたように笑った。

「だって、おいしかったんだもん。しかも増量! お腹も心も大満足だよ。修ちゃん、おいしくなかった?」
「うまかったよ。あんなの食べたら、明日から肉を食う時はどうしたら良いんだよって話だよな」

 そう言いながら、悲しそうなため息をつく。

「おいしい食べ物を知ることはうれしいことだけど、舌が贅沢ぜいたくになっちゃうのも困るよね。それにどんどん身につくし。家に帰ってから体重計に乗るのがこわいなあ」
「時間はあるし、帰る前に一泳ぎしたら? 少しはカロリーが消費できるかも」
「そうだね。どうせ朝から暑いんだし、頑張って泳ごうかなー」
「俺も泳ぐ。そうしないと、絶対に太って東京に戻ることになるもんな」

 もう夜もふけ、キャンプ場は建物の近くにある外灯がいとうがある場所以外は真っ暗だ。それでも人の声が水辺で聞こえてくる。たまに派手な水の音がするということは、こんな時間でも泳いでいる人がいるということらしい。

「こんな時間に泳いでて大丈夫なのかな……」
「足をつける程度なら問題ないかもしれないけど、真っ暗な場所で泳ごうだなんて、正気とは思えないけどね」
「だよねー、わっ」

 少し離れた場所でロケット花火が凄い音をたてながら飛んでいく。

「うわー……なんだか騒がしい家族がいるみたい」

 夏休みだからってちょって浮かれすぎとぼやいたら、修ちゃんが笑った。

「そのうち管理人さんが来るんじゃないかな。昼間も警備の人が巡回してたし」
「そうなの? 気がつかなかった」

 修ちゃん、よくそんなのを見てたなと感心してしまう。

「ここ、お姉ちゃん達の会社の保養施設だろ? それなりの施設があるから、会社と無関係の人が入ってこないように警備員を入れてるって言ってたな」
「誰が?」
「お義兄にいさんが」
「へえ……」

 また大きな音がした。そして笑い声が聞こえてくる。

「うわー、ほんとに派手すぎ。線香花火ぐらいで我慢しておけば良いのに」
「そう言えば、小さいころはお婆ちゃんちの玄関先でよくやってたよな、花火」
「やってたやってた。近所の子も集まってね。最近は見なくなったなあ、そんな光景」

 あの頃、一緒になって遊んでいた同い年ぐらいの子達は、いつの間にか姿を見なくなっていた。きっとあの時の修ちゃん達と同じように、夏休みに遊びに来ていた子達だったのだろう。

「小さい頃の夏休みって楽しかったよね。地蔵盆とかで集まって、スイカ食べたりお菓子もらったり」
「そういう体験って新鮮だったな。俺の地元ではそういうのなかったし」

 昔のことを二人で思い出しながら、あれこれと懐かしい思い出話をあげていく。そして我が家の庭にある松の木の受難の話にもなった。

「考えたらひどいことしてるよな、俺達。植木屋さんがきれいに整えた松なのに、よじ登って遊具代わりにしたり、クリスマスツリーにしたりさ」
「あの木、お婆ちゃんと同い年ぐらいなんだって」
「そうなのか。じゃあ大事にしてやらないと。あと、前は松の横に池があったろ? あそこによく、金魚すくいですくってきた金魚を放してたの覚えてる?」
「やってたねえ」

 意外と長生きした金魚たちは、家を建て替える時に来ていた大工さんにもらわれていった。一度だけ、お宅に遊びに行った時、大きな庭の大きな池で、鯉と一緒に元気に泳ぎ回っていたっけ。

「あらためて思い出してみると、修ちゃん達、けっこう遊びに来てるよね、うちに」

 祖母の家ですごした夏休みの楽しい思い出には、たいてい修ちゃん達家族が含まれていた。

「まこっちゃんちにっていうより、お婆ちゃんちにだけどね」
「色々とシャレにならないイタズラもしてたよねー」
「俺達が顔をそろえるとギャング集団が来た、みたいに言われてたよな」
「そうそう」

 それぞれの兄弟と姉妹だけなら大人しいのに、四人が集まると化学反応を起こすのか、それはそれはワルガキ集団に変貌したものだった。今は笑い話だけれど、当時の両親達や祖母は大変だったろうなあと、少しだけ気の毒に思う。

「俺達のイタズラに比べたら、ロケット花火も夜の湖水浴もかわいいもんじゃないかな」
「あー……それは否定できない」

 私達は声をあげて笑った。

「だから、きっとこれぐらいしても、大したことないと思うんだ」

 しばらくして、修ちゃんがいきなり半身を起こして、私のほうに体を寄せるとキスをした。

「しゅ、修ちゃん、誰かに見られたら……!」
「これだけ暗いんだから、なにをしてるかなんてわからないよ」

 慌てる私のことなんてまったくの無視だ。

「お父さん達、懐中電灯を持ってるよ! 探しに来たらどうするの!」
「探しになんて来るもんか、すぐそこなんだから」
「そんなこと、わかるわけないじゃん! ってか、すぐそこってヤバくない?!」
「平気平気」

 ちょっとした攻防の末、気がつけば私は大人しくされるがままになっていた。

「しまったなあ……持ってくれば良かったかも」

 修ちゃんがキスの合間につぶやく。

「なにを?」
「ブツ」
「ブ、ブツ?!」

 思いっ切り修ちゃんを押しのけると、その場に正座して修ちゃんをにらみつけた。

「修ちゃん! こういうお行儀の悪いことをしちゃダメだって、お父さんかお母さんに習わなかった?!」
「さあ、どうだったかなあ」

 呑気な声。暗いからよく見えないけれど、きっと顔もそんな表情をしているに違いない。

「修ちゃん!」
「だってさ、俺だって健全な男の子なんだから」
「健全なら我慢しなさい」
「健全だからこそ我慢できないって話なんだぞ? 誰にも見えないんだ、ここでさ」

 そう言いながら、修ちゃんは私を押し倒した。

「ブツがないでしょ!」
「うー……そうなんだよな。うっかりできちゃったら、大変だよなあ、俺、防大生の間は結婚できないし」

 私に覆いかぶさったままうなっている。多分、修ちゃんの頭の中ではかなりの葛藤かっとうがあったに違いない。しばらくして、一つだけ私の鎖骨の近くにキスをすると、ガバッと起きあがった。

「あーーーー、なんとか気をまぎらわせる方法が必要だよな! よし、まこっちゃん!」
「泳ぐとかなしだからね!」

 暗いのに水の中に飛び込んだら大変だ。まさかと思いつつ、先回りしてクギをさす。

「ちがうちがう。アイス、買いに行こう! 近くにコンビニがあったから。そこまで歩いていけば、きっと気がまぎれるから」
「アイス?」
「そう、アイス。どうせ朝に泳いでカロリーを消費するんだからさ、いま、アイス一つぐらい食べても平気だろ?」
「なるほど」

 二人で立ち上がると、レジャーシートをたたんで蚊取り線香を持つと、父親と義兄がいるコテージにに戻ることにした。


+++++


 そして次の日

「しゅ、修ちゃんっ、ちょっと!!」

 朝、起きて歯みがきをしていた時に見つけたものに気づいて、あわてて修ちゃんを呼んだ。

「なに?」
「なにじゃないよ! こんなんじゃ、泳げないじゃん!」
「なにが? どうして泳げないんだよ」

 まだ眠そうな顔をしている修ちゃんを洗面所の陰に引っ張っていく。

「ここ! これ見て! これ、どう考えてもキスマークでしょ!!」

 鎖骨のあたりに不自然にできている赤い部分。この場所は昨日の夜、修ちゃんがキスをした場所だ。

「あー」
「あーじゃないよ!! もー、昨日のお肉とアイス、全部、身につくの決定じゃん!!」
「そんなに強く吸ったつもりはなかったんだけどなあ」

 その部分を指で触ると、なぜか満足げな顔をしてみせた。

「呑気なこと言ってるけどね!」
「バスタオルを羽織っていけば、おばさん達には気づかれないんじゃないかな? 見つからないうちにさっさと着替えなよ。泳いで帰ってきた時に言われたら、蚊に刺されたとでも言えば問題ないだろうし」
「ねえ、他にないよね?!」
「なにが?」
「だーかーらー!!」

 一瞬、修ちゃんのことをゲンコツで思いっ切り殴りたい衝動しょうどうにかられる。それを感じたのか、修ちゃんは一歩下がり、降参するように両手をあげた。

「ないない、心配ないよ。昨日、うっかりつけちゃったのはそこだけ。じゃあ、俺も着替えて、うぉ?! まこっちゃん、首がしまる!!」

 離れかけた修ちゃんの服のえりをつかむ。

一昨日おとといは?! 昨日だけじゃなくて一昨日おとといのことも言いなさい」
「ぐ、ぐるじいよ、まこっちゃん」
「修ちゃーん……」
「心配ありません。そこは誓って大丈夫」

 嘘をついているようには見えないので、えりをつかんでいた手を離す。修ちゃんは大袈裟おおげさにせき込みながら、やれやれと首を横に振った。

「まったく、まこっちゃんてば乱暴者なんだから……」
「こんなのをつけた修ちゃんが悪い」
「はいはい、俺が悪うございました。冷やしたら少しは薄くなるだろうから、さっさと水に飛び込むのが得策だと思うよ?」

 やっぱりゲンコツをくらわすべきかと考えると、それを察したのか、修ちゃんは慌てた様子で逃げるようにその場を離れた。
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