猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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猫と幼なじみ

第十四話 姉と義兄といろいろ

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 待ち合わせの場所に行くと、義兄の車がとまっていて、車の横に姉が手を振りながら立っていた。

「おはよー、さすが修ちゃん、ぴったり五分前だよー、真琴だけだったらこうはいかないよね!」
「おは……」
「お姉ちゃん!!」

 修ちゃんが挨拶するより早く姉に駆け寄ると、車から離れた場所に引っ張っていく。

「なになに? どうしたの? 修ちゃん、挨拶しかけてたのに。あ、今のはべつに、真琴が遅刻魔だっていう意味で言ったわけじゃないんだよ?」
「そうじゃなくて! 修ちゃんはお義兄にいさんとそっちで話してて!」

 こっちに来ようとする修ちゃんに指を突きつけると、さらに離れた場所へと移動する。

「ちょっと。いくら朝だからって、あの場所に長く路駐ろちゅうしておくのは迷惑なんだけど」
「そんなことわかってるって。そうじゃなくてね! なんであんなにたくさん置いておくの!!」
「なにが?」
「だから!」

 修ちゃんとお義兄さんに聞こえないように声を落とした。

「……コ、なんとか!!」
「ああ、それのこと。まさか、足りなかった? すごいわね、修ちゃん」
「そうじゃなくて!」

 実は部屋を出る時に、これは部屋に置いていくべきものなのか二人で十分ほど悩んだのだ。そして悩んだ末、回収しておいたほうが良いだろうと、私が持っている浴衣の入った紙袋の一番下に入れることになった。

 つまり、いま私は、それを片手にぶら下げて持っているということなのだ。なんてこった!!

「いろんなのがあってね、どれにしようか迷ったから、適当にいくつか買ってみたの」
「だけどあんなにいる?!」
「だって、思いのほか種類があったんだもの。私だってドラッグストアで買うの、恥ずかしかったんだからね?」

 姉がそう言いながら、わざとらしく顔をしかめた。

「お姉ちゃんが買ったの?!」
「あら、理由を話して、うちの旦那さんに買ってもらったほうが良かった? そうすれば良かったかな、私だって恥ずかしい思いをしなくてすんだわけだし」
「良くない!」
「でしょ?」

 ニッコリとほほ笑む。

「部屋に置いておけなくて、持ってきちゃったよ。どうすんの、これ……」
「消費期限が来るまで置いておけば良いじゃない。どうせ使うでしょ?」
「ええええ……」

 姉はあの箱を、どこに置いておけと言うのだろうか。

「使わないの? 真琴も修ちゃんもまだ学生だから、できちゃったら困るわよ?」
「だから、そういうことじゃなくて……」
「腐らないから大丈夫」
「なんか話が通じてない気がする……」
「そう? ちゃんと通じてると思うけど?」

 そこへ修ちゃんが足早にやってきた。

「お義兄にいさんが、二人だけの話は後回しにして車に乗れって。さっきから、すれ違うバスの運転手さんが、迷惑そうな顔をしてる」
「わかった。じゃあ真琴、それはあなたがちゃんと管理しなさいね、自分達で使うものなんだから」

 姉の言葉に反論したかったけど、修ちゃんにせかされて車に戻ることにする。車の後ろに乗りこむと、気を取り直して運転席にいた義兄に挨拶をした。

「おはようございます、お義兄にいさん。朝からわざわざ寄り道してもらってすみません」
「どうってことないよ、どうせ向かう先は一緒なんだし」

 ニコニコしながら義兄は車をスタートさせた。

「今回のキャンプ場、湖水浴できる場所だって知らせておいたよね。真琴ちゃん、泳ぐ用意はしたかい?」
「しました!」
「修司君は?」

 バックミラー越しに義兄が声をかけてくる。

「用意してきました。ただ、あっちでイヤってほど泳がされているので、休みの間だけでも、泳ぐのは勘弁してほしいかなっていうのが、正直なところですけどね」

 修ちゃんの返事に義兄は笑った。

「あー、そうか。遠泳えんえいって陸海空の関係なくやるんだっけ?」
「はい。それと、休み明けに水泳の競技会もありますし」
「それは大変だ。きっと、僕達が考えるような水泳大会じゃないんだろうね」
「たいして変わらないですよ、ほとんどは」

 つまり、たいして変わるものもあるということだ。

「見てみたいなあ、ボーダイの水泳大会。私でも参加できそう?」
「まこっちゃんが参加したら、途中で力尽きてプールの底に沈むかもな」
「そんなに激しいのがあるんだ……」

 遠泳えんえいというのにしても、泳ぐ距離は10キロほどらしい。よくもまあそんな距離を泳ぎきれるものだと、心の底から感心する。修ちゃんいわく、海水だから普通より浮力もあるので、どうしても無理という時は浮いたままで休憩するらしい。私からしたら、沈まずに浮いていられるだけでもすごいと思う。

「もちろん、泳ぐことだけじゃなくて、食べるほうも楽しみにしておいてくれると良いよ」
「前にお義兄にいさんからいただいたお肉、すごく美味しかったです」
「それそれ。そのお肉さ。義理の妹がすごく美味しいって感激していたって話をしておいたんだよ。そしたら、今回も主任が奮発してくれた。今回のお肉の増量は、真琴ちゃんのお蔭かな。真琴ちゃんも修司君も、しっかり泳いで、しっかり食べてくれ」
「やったー!」
「あざーっす!」

 やはり私達は、色気より食い気のほうが勝っている、と思う瞬間だった。


+++++


「ただいまー」

 玄関で声をあげると、猫達と母親が一緒に出てきた。

「おかえり。お姉ちゃんのところで泊まってくるならくるで、もうちょっと早く言っておきなさいよね。夕飯、あまっちゃったじゃない」
「ごめーん。マツ達もごめーん」

 足元で抗議の声をあげる猫達にも謝る。

「四人でゲームに盛り上がっちゃって、電話するのすっかり忘れちゃってたのよ、ごめーん」

 後から入ってきた姉が笑いながら口をはさむ。

「まったく。あんた達は相変わらずなんだから……」

 母親があきれ顔をした。姉は、母親に気づかれないように、私にペロッと舌を出してみせた。

 私と姉がゲーム好きなのは本当だ。小さい頃から二人でゲームで盛り上がっては、それが原因で、ゲームそっちのけでリアルな姉妹ケンカに発展したことが何度もあった。姉が義兄と結婚してからも、たまに遊びに行っては家族で対戦できるゲームソフトで盛り上がり、いつのまにか見ているだけだった義兄が、その輪に加わるようになった。いい年した大人がと思われるかもしれないが、手段はともかく、姉の結婚相手と仲良く交流できているのだから、まあ結果オーライというやつだ。

「ほんとに、ごめんなさいね、うるさい子達で。しかも今日からキャンプに行くって時に」

 母親は、申し訳なさそうに義兄に声をかける。

「僕には下の兄弟姉妹がいませんから、真琴ちゃん達が遊びに来てくれると楽しいですよ。ところで、持っていくアレコレはこっちに積みますか? それともお義父とうさんの車に?」
「トランク、こっちは二人分と食材だけだから、まだ積めるわよ」
「荷物はこっちに積むわ。そっちは、この二人をお願い」

 そう言って、私と修ちゃんを指でさす。

「なんだか厄介払いされているような気が」
「そんなことより、二人とも自分達の準備は終わってるの? 真琴、浴衣は紙袋から出しておきなさい。クリーニングに出すから」

 母親の言葉で、紙袋の中にある厄介なブツを、片づけなければならないことを思い出した。

「そうだった! 荷物、持ってくる!」
「なんでもかんでも持っていかないのよ? 海外旅行するんわけじゃないんだから」
「わかってる!」

 そっちより大事なのは、ブツを誰にも見つからない場所に隠すことだ。自分の部屋に入ると、紙袋からブツを取り出した。

「こんなの、どこに入れておけば良いのー……クローゼット? それともこっちの引き出し? それともあっちの引き出し?」

 そんなに広くない部屋でウロウロしながら考える。グルグル回りすぎてめまいがしてきた。そして最後に目についたのはベッドの下の引き出し。分厚い本や、巻数の多い漫画を入れてある場所だ。ここなら母親も触らないだろう。引き出しを開け、本を押しのけて無理やり場所を作る。

「まこっちゃん、マツ達が荷物を運ぶのを邪魔するから、しばらく相手をしてやってくれって、おばさんがって……なにしてんの」

 修ちゃんが階段を上がってきて、開けっ放しのドアをノックした。そして、ベッドの横に座ってゴソゴソしている私を見て、不思議そうな顔をする。

「片づけてたの!」
「ああ、あれか」
「もー……駅ビルのゴミ箱に捨ててこれば良かったよ……」
「まあまあ。また使うことがあるからさ、そこに入れておいてよ」

 修ちゃんは呑気な顔をして笑った。

「もー、それだったら、修ちゃんの部屋のどこかに片づけてもらえば良かったかも!」
「それこそ、お婆ちゃんが部屋に入ってきた時に、うっかり見つけて大騒ぎにならないか?」
「う、それは一理あるかも……」

 修ちゃんの部屋と言っても、元は祖母が使っていた部屋だ。だから部屋の押し入れには、まだ祖母のものがたくさんしまい込まれている。そんなところに入れておいて、見つかったらそれこそ大騒ぎだ。

「やっぱりその場所が一番安全だよ、多分ね」
「だと良いんだけど……」
「使い続ければなくなるわけだし、ずっとあるわけじゃないから」
「……こんなにたくさんあるのに?」

 どう考えても当分なくなりそうにない。そんな時、頭にピコーンとナイスなアイデアが浮かんだ。

「あ、いいことを思いついた! 修ちゃん、おみやげとして持って帰らない? 先輩さんにカノジョさんいる人だって、何人かいるよね?」
「はあ?!」

 久し振りに、本気で驚く修ちゃんの顔を見たかもしれない。
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