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猫と幼なじみ
第十話 五山の送り火 1
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修ちゃんが帰ってきたのは、大文字の送り火の当日だった。
「修ちゃん、おかえりー」
「ただいま、まこっちゃん」
「暑かったでしょ? 早くあがって……って、ちょっと、ヒノキもヤナギもおとなしくして。マツ、タケ、ウメ! あんた達もちょっと離れて! 修ちゃんが靴、脱げないでしょ?」
修ちゃんが玄関に入ったとたん、涼しい場所でゴロゴロしていた猫達が、いっせいに集まってきた。そしてニャーニャーと声をあげながら、修ちゃんにまとわりつく。猫達を踏まないようにしながら、修ちゃんは靴を脱いで玄関をあがった。
「すごい歓迎ぶりだな。一体どうしちゃったんだ?」
「なにかおみやげを持って帰ってきてるかもって、期待しているのかも」
私がそう言うと、修ちゃんはおかしそうに笑った。
「なかなか鋭いな。俺がヒノキ達におみやげを買ってきていること、すっかりバレてたのか」
「買ってきたの?」
「うん。皆に買ってきたのに、猫達にないのもおかしな話だろ? だから今回は買ってきた。ただし、こっちにもあるものだし、こいつらがいつも食べているものなんだけどね」
猫達はその言葉を理解したのか、さらにニャーニャーと大合唱だ。
「ちょっと。まずは荷物を部屋に置いてゆっくりさせてあげなよ。おみやげをいきなりねだるなんて、お行儀が悪いよ!」
そう言い聞かせておとなしくなってくれるわけもなく、修ちゃんが荷物を置きに部屋に行く時も、ずっと後ろを鳴きながらついていく。
「まったくもう、大変だね、こりゃ、おわっ」
ヤナギを踏みそうになって、慌てて片足をあげたままでかたまった。そのポーズに思わず笑ってしまう。まるで一昔前のカンフー映画だ。
「修ちゃん、そのかっこう、おかしすぎる……!!」
「笑いごとじゃないよ。踏んだら大怪我じゃすまないだろ? おい、お前達。もうちょっと離れろよ」
ブツブツと言いながら、あいかわらずの猫達をよけながら廊下を歩く。
「マツ、タケ、ウメ、ヒノキ、ヤナギ、そこに整列!」
部屋の前までくると、修ちゃんが五匹に指さして命令をした。驚いたことに猫達は急に鳴きやむと、部屋の前で横一列に並んでちんまりとすわった。
「すごーい、修ちゃん、猫使いになってる! うちのお母さんよりすごいかも!」
「いや、こいつら、賢いからさ、もしかしたら命令したら従うかなって」
「偶然なの?」
「うん。おみやげを出してそっちに行くから、あっちで待ってて。ああ、待った。まこっちゃん、これ、仏壇にそなえてきて……待て、それはお前達のじゃない」
紙袋から出したお菓子の箱を受け取ると、ヤナギとヒノキがなにか言いたげな顔をして、鼻をひくひくさせながら、もぞもぞと動いた。そこをすかさず修ちゃんが注意をすると、また元通りの姿勢に戻る。
「……犬もびっくりだね、これ」
「驚きだよ、俺の言葉にもちゃんと従うなんてさ。絶対、おばさんの言うことしか聞かないと思ってた」
うちの猫達は、母親には絶対服従だった。父親はその様子を見るたびに、母親のことを『猫をあやつる魔女』と言っては笑っている。だけど、マツ達の服従ぶりを見ていると、それは真実ではないかと思える時もあった。そしてなんと、修ちゃんもその能力を獲得したようだ。
「猫使いになれたかも、修ちゃん」
「なんだよ、猫使いって。それはおばさんのことだろ?」
「でも、お母さんの次に猫をあやつれるなら、修ちゃんも立派な猫使いじゃない? 魔女って男の人のことも魔女って言うらしいよ?」
「魔女はいいから、ヤナギ達が暴れ出す前にそれ、早く仏壇に」
「りょーかーい」
受け取ったお菓子を仏間の仏壇におそなえする。そしてチーンとリンを鳴らした。修ちゃんの部屋の前では、マツ達がとうとう我慢できず、ニャーニャーと大騒ぎを始めたようだ。
「あー、これはお前達のじゃないんだって。まこっちゃん、これ、たのむ」
仏間から顔を出すと、レジ袋を差し出されたので受け取る。中を見ると、マツ達のおやつにしているカリカリだった。
「あ、おやつ用のカリカリだ」
「本当はさ、柔らかいヤツで人気があるのにしようかと思ったんだけど、カリカリを食べなくなったら困ると思って」
「ああ、あれね」
種類を確認すると、それぞれが好きなカリカリがちゃんとそろっていた。
「よく覚えてたね。買いにいったの、あの一回だけだったのに」
「なんとなくね。あ、そうだ。まこっちゃん、せっかくだから、たまには家からじゃなくて、外で大文字の送り火を見ない?」
「えー、ここで見れるのに? スイカ、冷やしてあるよ?」
我が家は二階のベランダから『大』が見える場所に建っていた。あまりに近すぎて山に登る人も丸見えだから、情緒もなにもあったものではないけれど、これだけ近くに見えれば、ちゃんとご先祖様を送り出すことができると、祖母はとてもありがたがっている。
そして今日は、点火の時間にあわせてベランダで食べようと、冷蔵庫でスイカを冷やしている最中だった。
「俺さ、五山が全部見えるとこ行ってみたい。たしか、駅ビルの屋上から見られるんだろ?」
「うん。だけど、すっごい人だよ?」
これだけ近くで見られることもあって、うちのご先祖様を送るだけなら一つでじゅうぶんと、今までそんな場所に行こうと思ったことはなかった。
「宵山に比べたらまだマシだろ?」
「いやあ、どうかなあ……修ちゃん、送り火の時の人の多さをなめてない?」
ニュースで見る限り、そのうち床が抜け落ちるんじゃないかというぐらいの人だかりだ。あんな場所へ行くのはあまり気が乗らない。
「そう? あとさ、写メで送ってくれた浴衣を着て、一緒に出かけてくれると嬉しいかなあって思うわけだ」
「浴衣を?」
「うん」
「あの人だかりを浴衣で?」
「駅からここまでの市バス、浴衣姿の女の子、けっこう見かけたけどな」
「うーん……」
あんな場所に行きたいなんて、やはり修ちゃんも地方の人なんだなと思った。
「どうでしょう?」
「まあ、夕方になれば少しは涼しくなるもしれないし、早めに出れば、いい場所がとれるかもしれないかなあ」
「決まり?」
「どうしてもって言うなら」
「どうしても」
修ちゃんがにこにこしながら私を見下ろす。自分としても、新しく作ってもらった浴衣を修ちゃんに見てもらえるのは、嬉しいかもしれない。
「OK。じゃあ、準備するから。あ、スイカ、残しておいてもらわないと」
「じゃあ準備開始」
「言っとくけど、時間かかるよ。先にシャワーも浴びたいし、ちゃんとお化粧もしたいし」
「わかってます。女の子の準備は時間がかかるって、先輩達からも言われてるから」
まったく。ボーダイでは先輩達に一体どんなことを教えてもらっているのやら。
+++
母親と祖母に、大文字を京都駅の上から見てくると報告してから、準備をはじめた。修ちゃんはその間、母親と祖母、そして五匹の猫達の相手をすることになった。猫達に話しかけている修ちゃんの声を聞きながら、お風呂場に急ぐ。わかっていると言ったものの、今までの父親の態度を見てきた経験から、男の人はそこまで気長に待てないということがわかっているからだ。
「お婆ちゃん、帯だけは見てくれる?」
シャワーを浴びた後、居間にいる祖母に声をかけた。浴衣なら一人で着ることはできるけど、帯に関してはどうしても自信が持てなかった。人混みの中を歩くことを考えれば、ここだけは祖母にきちんとしめてもらわないと心配だ。
「子供用の帯でさ、おたいこの部分だけ取り外しができるやつ、あれのほうが簡単だよね。あれ、大人用でもないのかなあ……」
祖母の部屋で着つけてもらいながらぼやく。
「さあて、そんなのがあるとは聞いたことないけどね。もし、ゆるんできてどうしようもなくなったら、こうやって結びなおして、ゴムをかければ良いから」
「おお、ヘアゴムにそんな使い方が」
姿見の鏡の前で応急処置のやり方を教えてもらう。これなら万が一の時は、修ちゃんにも手伝ってもらえそうだ。
「まこっちゃーん、そろそろ準備、できそう?」
部屋の外で修ちゃんの声がした。その口調が待ちくたびれた父親とまったく同じで、思わず祖母と顔を見合わせて笑ってしまった。
「お父さんと同じこと言ってるー」
「しかたないね、こればっかりは。修ちゃん、入ってきても大丈夫だよ」
襖が開いて修ちゃんが顔をのぞかせる。
「おお、浴衣だ」
「修ちゃんがリクエストしたんでしょ?」
私がそう言うと、修ちゃんはニコニコしながら私のまわりをゆっくりと回った。
「うんうん、写真で見るよりもずっと女の子に見えるよ、まこっちゃん」
「ん? それって普段は私が女の子に見えないってこと?」
何気に失礼では?と修ちゃんを軽くにらむ。
「そういうわけじゃないけどさ。俺は小さい頃から知ってるから、いくら猫かぶりしても無駄だよって話なわけ。それでも浴衣を着たまこっちゃんを見ると、ちゃんと女の子に見えるなあって感心しているって話」
「それ、どういう意味?」
「いやあ、どういう意味なんだろうねえ」
浴衣を着た私を前にして、修ちゃんは超御機嫌だ。
「同期に写真、送ってやっても良い?」
「え?」
「せっかくだから自慢する」
そう言いながら携帯で私の写真を撮った。そしてなにやらメールを打っている。なにを書いているのか気になって、画面をのぞいてみた。
『カノジョと大文字デートだ、うらやましがって悶え死ね』
「悶え死ねって、ちょっとひどくない? しかも顔文字がすごくバカっぽい」
大人げないメールにあきれながら言った。
「いいんだよ。この前の写メみて、俺にはもったいないとか失礼なこと言ってきたんだから」
「大人気ないよ、修ちゃーん。お婆ちゃん、修ちゃんが大人げないことしてる」
私が言いつけても、祖母は笑うばかりだ。
「いいんだよ。大人げない上等」
そう言うと、修ちゃんは写真を添付して、ニヤニヤしながら送信ボタンを押した。
「修ちゃん、おかえりー」
「ただいま、まこっちゃん」
「暑かったでしょ? 早くあがって……って、ちょっと、ヒノキもヤナギもおとなしくして。マツ、タケ、ウメ! あんた達もちょっと離れて! 修ちゃんが靴、脱げないでしょ?」
修ちゃんが玄関に入ったとたん、涼しい場所でゴロゴロしていた猫達が、いっせいに集まってきた。そしてニャーニャーと声をあげながら、修ちゃんにまとわりつく。猫達を踏まないようにしながら、修ちゃんは靴を脱いで玄関をあがった。
「すごい歓迎ぶりだな。一体どうしちゃったんだ?」
「なにかおみやげを持って帰ってきてるかもって、期待しているのかも」
私がそう言うと、修ちゃんはおかしそうに笑った。
「なかなか鋭いな。俺がヒノキ達におみやげを買ってきていること、すっかりバレてたのか」
「買ってきたの?」
「うん。皆に買ってきたのに、猫達にないのもおかしな話だろ? だから今回は買ってきた。ただし、こっちにもあるものだし、こいつらがいつも食べているものなんだけどね」
猫達はその言葉を理解したのか、さらにニャーニャーと大合唱だ。
「ちょっと。まずは荷物を部屋に置いてゆっくりさせてあげなよ。おみやげをいきなりねだるなんて、お行儀が悪いよ!」
そう言い聞かせておとなしくなってくれるわけもなく、修ちゃんが荷物を置きに部屋に行く時も、ずっと後ろを鳴きながらついていく。
「まったくもう、大変だね、こりゃ、おわっ」
ヤナギを踏みそうになって、慌てて片足をあげたままでかたまった。そのポーズに思わず笑ってしまう。まるで一昔前のカンフー映画だ。
「修ちゃん、そのかっこう、おかしすぎる……!!」
「笑いごとじゃないよ。踏んだら大怪我じゃすまないだろ? おい、お前達。もうちょっと離れろよ」
ブツブツと言いながら、あいかわらずの猫達をよけながら廊下を歩く。
「マツ、タケ、ウメ、ヒノキ、ヤナギ、そこに整列!」
部屋の前までくると、修ちゃんが五匹に指さして命令をした。驚いたことに猫達は急に鳴きやむと、部屋の前で横一列に並んでちんまりとすわった。
「すごーい、修ちゃん、猫使いになってる! うちのお母さんよりすごいかも!」
「いや、こいつら、賢いからさ、もしかしたら命令したら従うかなって」
「偶然なの?」
「うん。おみやげを出してそっちに行くから、あっちで待ってて。ああ、待った。まこっちゃん、これ、仏壇にそなえてきて……待て、それはお前達のじゃない」
紙袋から出したお菓子の箱を受け取ると、ヤナギとヒノキがなにか言いたげな顔をして、鼻をひくひくさせながら、もぞもぞと動いた。そこをすかさず修ちゃんが注意をすると、また元通りの姿勢に戻る。
「……犬もびっくりだね、これ」
「驚きだよ、俺の言葉にもちゃんと従うなんてさ。絶対、おばさんの言うことしか聞かないと思ってた」
うちの猫達は、母親には絶対服従だった。父親はその様子を見るたびに、母親のことを『猫をあやつる魔女』と言っては笑っている。だけど、マツ達の服従ぶりを見ていると、それは真実ではないかと思える時もあった。そしてなんと、修ちゃんもその能力を獲得したようだ。
「猫使いになれたかも、修ちゃん」
「なんだよ、猫使いって。それはおばさんのことだろ?」
「でも、お母さんの次に猫をあやつれるなら、修ちゃんも立派な猫使いじゃない? 魔女って男の人のことも魔女って言うらしいよ?」
「魔女はいいから、ヤナギ達が暴れ出す前にそれ、早く仏壇に」
「りょーかーい」
受け取ったお菓子を仏間の仏壇におそなえする。そしてチーンとリンを鳴らした。修ちゃんの部屋の前では、マツ達がとうとう我慢できず、ニャーニャーと大騒ぎを始めたようだ。
「あー、これはお前達のじゃないんだって。まこっちゃん、これ、たのむ」
仏間から顔を出すと、レジ袋を差し出されたので受け取る。中を見ると、マツ達のおやつにしているカリカリだった。
「あ、おやつ用のカリカリだ」
「本当はさ、柔らかいヤツで人気があるのにしようかと思ったんだけど、カリカリを食べなくなったら困ると思って」
「ああ、あれね」
種類を確認すると、それぞれが好きなカリカリがちゃんとそろっていた。
「よく覚えてたね。買いにいったの、あの一回だけだったのに」
「なんとなくね。あ、そうだ。まこっちゃん、せっかくだから、たまには家からじゃなくて、外で大文字の送り火を見ない?」
「えー、ここで見れるのに? スイカ、冷やしてあるよ?」
我が家は二階のベランダから『大』が見える場所に建っていた。あまりに近すぎて山に登る人も丸見えだから、情緒もなにもあったものではないけれど、これだけ近くに見えれば、ちゃんとご先祖様を送り出すことができると、祖母はとてもありがたがっている。
そして今日は、点火の時間にあわせてベランダで食べようと、冷蔵庫でスイカを冷やしている最中だった。
「俺さ、五山が全部見えるとこ行ってみたい。たしか、駅ビルの屋上から見られるんだろ?」
「うん。だけど、すっごい人だよ?」
これだけ近くで見られることもあって、うちのご先祖様を送るだけなら一つでじゅうぶんと、今までそんな場所に行こうと思ったことはなかった。
「宵山に比べたらまだマシだろ?」
「いやあ、どうかなあ……修ちゃん、送り火の時の人の多さをなめてない?」
ニュースで見る限り、そのうち床が抜け落ちるんじゃないかというぐらいの人だかりだ。あんな場所へ行くのはあまり気が乗らない。
「そう? あとさ、写メで送ってくれた浴衣を着て、一緒に出かけてくれると嬉しいかなあって思うわけだ」
「浴衣を?」
「うん」
「あの人だかりを浴衣で?」
「駅からここまでの市バス、浴衣姿の女の子、けっこう見かけたけどな」
「うーん……」
あんな場所に行きたいなんて、やはり修ちゃんも地方の人なんだなと思った。
「どうでしょう?」
「まあ、夕方になれば少しは涼しくなるもしれないし、早めに出れば、いい場所がとれるかもしれないかなあ」
「決まり?」
「どうしてもって言うなら」
「どうしても」
修ちゃんがにこにこしながら私を見下ろす。自分としても、新しく作ってもらった浴衣を修ちゃんに見てもらえるのは、嬉しいかもしれない。
「OK。じゃあ、準備するから。あ、スイカ、残しておいてもらわないと」
「じゃあ準備開始」
「言っとくけど、時間かかるよ。先にシャワーも浴びたいし、ちゃんとお化粧もしたいし」
「わかってます。女の子の準備は時間がかかるって、先輩達からも言われてるから」
まったく。ボーダイでは先輩達に一体どんなことを教えてもらっているのやら。
+++
母親と祖母に、大文字を京都駅の上から見てくると報告してから、準備をはじめた。修ちゃんはその間、母親と祖母、そして五匹の猫達の相手をすることになった。猫達に話しかけている修ちゃんの声を聞きながら、お風呂場に急ぐ。わかっていると言ったものの、今までの父親の態度を見てきた経験から、男の人はそこまで気長に待てないということがわかっているからだ。
「お婆ちゃん、帯だけは見てくれる?」
シャワーを浴びた後、居間にいる祖母に声をかけた。浴衣なら一人で着ることはできるけど、帯に関してはどうしても自信が持てなかった。人混みの中を歩くことを考えれば、ここだけは祖母にきちんとしめてもらわないと心配だ。
「子供用の帯でさ、おたいこの部分だけ取り外しができるやつ、あれのほうが簡単だよね。あれ、大人用でもないのかなあ……」
祖母の部屋で着つけてもらいながらぼやく。
「さあて、そんなのがあるとは聞いたことないけどね。もし、ゆるんできてどうしようもなくなったら、こうやって結びなおして、ゴムをかければ良いから」
「おお、ヘアゴムにそんな使い方が」
姿見の鏡の前で応急処置のやり方を教えてもらう。これなら万が一の時は、修ちゃんにも手伝ってもらえそうだ。
「まこっちゃーん、そろそろ準備、できそう?」
部屋の外で修ちゃんの声がした。その口調が待ちくたびれた父親とまったく同じで、思わず祖母と顔を見合わせて笑ってしまった。
「お父さんと同じこと言ってるー」
「しかたないね、こればっかりは。修ちゃん、入ってきても大丈夫だよ」
襖が開いて修ちゃんが顔をのぞかせる。
「おお、浴衣だ」
「修ちゃんがリクエストしたんでしょ?」
私がそう言うと、修ちゃんはニコニコしながら私のまわりをゆっくりと回った。
「うんうん、写真で見るよりもずっと女の子に見えるよ、まこっちゃん」
「ん? それって普段は私が女の子に見えないってこと?」
何気に失礼では?と修ちゃんを軽くにらむ。
「そういうわけじゃないけどさ。俺は小さい頃から知ってるから、いくら猫かぶりしても無駄だよって話なわけ。それでも浴衣を着たまこっちゃんを見ると、ちゃんと女の子に見えるなあって感心しているって話」
「それ、どういう意味?」
「いやあ、どういう意味なんだろうねえ」
浴衣を着た私を前にして、修ちゃんは超御機嫌だ。
「同期に写真、送ってやっても良い?」
「え?」
「せっかくだから自慢する」
そう言いながら携帯で私の写真を撮った。そしてなにやらメールを打っている。なにを書いているのか気になって、画面をのぞいてみた。
『カノジョと大文字デートだ、うらやましがって悶え死ね』
「悶え死ねって、ちょっとひどくない? しかも顔文字がすごくバカっぽい」
大人げないメールにあきれながら言った。
「いいんだよ。この前の写メみて、俺にはもったいないとか失礼なこと言ってきたんだから」
「大人気ないよ、修ちゃーん。お婆ちゃん、修ちゃんが大人げないことしてる」
私が言いつけても、祖母は笑うばかりだ。
「いいんだよ。大人げない上等」
そう言うと、修ちゃんは写真を添付して、ニヤニヤしながら送信ボタンを押した。
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