猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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猫と幼なじみ

第六話 遠距離なんとか

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 じめじめとした梅雨が始まった。雨の日かどんよりした曇りの日ばかりが続き、ここしばらくはまともにお日様を見ることがなかった。そのせいか猫達も、毎日退屈そうに窓から外をながめている日が続いている。

「京都の梅雨明けは、たいてい山鉾巡行やまぼこじゅんこうの日って言うけど、今年もそうなのかなあ……」

 お風呂から出ると、冷凍庫からアイスキャンディーを取り出した。流れ出す冷たい空気が気持ち良くて、しばらくその場ですずむ。そして冷蔵庫にマグネットではられたカレンダーを見あげた。

「あと一ヶ月もこのまま? はー……気がめいっちゃうね」

 アイスキャンディーを食べながらキッチンを出る。すると、祖母がひょっこりと顔を出した。

「ああ、ちょうどいいところにいた」
「お婆ちゃん、珍しいね、こんな時間まで起きてるなんて」

 いつも、見ている時代劇が終わったら、早々に寝てしまう祖母なのに珍しいこともあるものだ。

「真琴、ちょっと来てくれるかい?」
「どうしたの? なにか高いところから出すつもり? だったら踏み台、持っていくけど」
「いやいや、そうじゃなくて。浴衣ゆかたがらを選んでもらおうと思ってね」
「浴衣の?」

 知り合いのおチビさん達にでもプレゼントするのかな?と思いながら、祖母の部屋にいく。部屋に行くと、浴衣のがらの写真や型紙がところせましと散乱していた。

「うわあ、珍しく散らかしてるねえ、お婆ちゃん。あ、ヒノキ、ヤナギ、入ってもいいけど、型紙をグチャぐちゃにしたらダメだよ」

 私について部屋に入ってきた、ヒノキとヤナギに声をかける。二匹は私の顔を見あげ、わかったよとばかりにニャーンと鳴くと、なんと、二匹そろって型紙の上でごろりと寝ころんだ。

「ちょっと……わかったって返事したんじゃないの?」

 さっきのニャーンはなんだったの?!と二匹を見おろす。

「まだ使わないから、寝るだけなら問題ないからいいよ。暑いから、タタミや型紙の紙が冷たくて気持ちがいいんだろうね」
「だったら廊下のフローリングとかあるじゃない? なんで、わざわざここで寝るかなあ……」
「いいよいいよ。ヒノキもヤナギも好きなところで寝ておいで。じゃあ真琴、この中から好きながらを選んでくれるかい?」

 そう言うと、祖母は模様の写っている写真を私の前にならべた。ヒノキとヤナギがそれに反応して起きあがる。写真を興味深げに見下ろし、鼻をひくひくさせて写真のにおいをかいだ。

「けっこう渋いがらが多いね。小さい子のじゃないの?」
「ちがうちがう。今年は真琴に仕立ててあげようと思って」
「私に? でも作ってもらったの、あるよ?」

 私がもっているのは、高校の時に作ってもらった藍色の朝顔柄あさがおがらの浴衣だ。ここ最近は着る機会がないけれど、今年はゼミの友達と宵山よいやまにくりだそうと話しているので、その時に着ていこうと密かに計画をしていた。

「今年は二十歳のお誕生日だろう? お誕生日プレゼントには早いけどね。せっかくだから」
「わーい、だったらねえ……」

 写真をならべる。レトロなものから今風なものまで様々だ。

「このがら、お婆ちゃんが選んだの?」
「呉服屋さんから借りてきたんだよ。今時の浴衣はおもしろいがらがけっこうあるからね」
「だよねー」

 ヒノキとヤナギがニャーニャーいいながら写真をつつく。

「ああ、こらこら、借りモノなんだから爪をたてないで。ん?」

 二匹が前足でつついていた写真を見る。

「お婆ちゃん、これ、大きな格子柄こうしがらに色んな絵が入ってて面白そう。あ、ほら、猫もいるよ」

 がらの写真を指でさした。

「どれどれ? ああ、これ。古典的だけど、今時の遊び心があるデザインだって、お店の人が言ってたね。なるほどー、これはなかなか面白いねえ」
「もしかして、ヒノキとヤナギ、猫柄ねこがらに気づいたのかな」
「かもしれないねえ」

 他のがらを一通り見てみたけれど、最初に目についた猫が描かれている格子柄こうしがらより、気に入るものは見つからなかった。

「やっぱりこれかな。仕立てる時に縫い目のがらあわせが大変?」
「家族のみんなに、どれだけ浴衣を仕立ててあげてきたと思ってるんだい? これだけ大きな格子こうしなら、逆に合わせやすいと思うよ。だから大丈夫」
「じゃあ、これでお願いします。でも、無理はしないでね。お誕生日はまだ先なんだし」
「秋に浴衣をあげても、来年の夏まで着る機会がないじゃないか。せっかく二十歳の誕生日のプレゼントなんだから、今年の夏に着ることができるようにしてあげるよ」

 祖母はニコニコしながらそう言った。


+++++


『浴衣?』
「うん。お婆ちゃんがね、仕立ててくれるんだって。宵山よいやまに行くときに着ていけるように、頑張るよって」
『宵山?』

 電話の向こう側にいる修ちゃんの声が、急に不穏なものになった。

「うん。大学のゼミの友達と、宵山に行こうって約束してるって話をしたら、その日に間に合うように仕立ててくれるんだって。あと一ヶ月しかないんだけど、大丈夫なのかな、お婆ちゃん」

 あらためて採寸をしてもらっている時に宵山に浴衣を着て行くと話したら、急に張り切りだしてしまったのだ。祖母は、同世代の人達とくらべても元気な部類の人ではあったけど、なにかの歌であったみたいに、夜なべしたらどうしようと今更ながら心配になる。きっと修ちゃんの声が不穏なものになったのも、祖母が無理をするのではないかと心配しているからだ。

「前に仕立ててもらった朝顔柄あさがおがらも気に入ってるからさ。それを着ていくから、そんなに急がなくても大丈夫だよって言ったんだけどね。いま、めっちゃやる気になってる」

 耳元で修ちゃんの溜め息が聞こえてきた。

『話を聞いちゃったら頑張るに決まってるだろ? 宵山に着ていく話、黙ってたら良かったのに』
「でも、もう話しちゃったし。それに、その日に浴衣を着て出かけるのを見られたら、お婆ちゃん、きっと、なんで話してくれなかったんだって言うよ?」
『それはそうだけど。それで?』

 ふたたび修ちゃんの声が不穏なものになる。祖母のことは一応は解決なのに、まだなにか気になることがあるらしい。

「それでとは?」
『宵山、誰と行くんだ?』
「ゼミの子達とだよ。前に写真、見せたことあるよね? あの子達」
『たしか男もいたよな?』
「もちろんいるよ。うち、男女共学だから」

 ちなみにボーダイは男子校ではない。学生の中には女子もいる。ただ、圧倒的に男子が多いので、私が知っている修ちゃんの友達も、今のところは男ばかりだった。

『男も行くのか? デートとか言わないよな』
「サークルの子達と遊びに行くだけだよ。そりゃあ、中には付き合ってる子もいるけどさ。これは、みんなでほこの見物をして、晩ご飯を食べに行くだけ。もちろん、ご飯は三条のほうまで移動するけどね」

 この時期の鉾が立っている四条周辺は殺人的な混雑ぶりで、うっかり鉾町に踏みこんでしまったら、通りを一つ移動するのも大変な状態になる。だから雰囲気を少しだけ楽しむだけにして、早々に退散して皆でご飯を食べようという話になっていた。

『三条?』
「うん。ほら、前に修ちゃんと食べにいったケーキが美味しいお店」
『ああ、あそこか』

 私が説明した後も、あれやこれやと何故か不機嫌そうな口調でしゃべっている。

「ねえ修ちゃん。宵山のことはもう良いからさあ、もっと別のこと話さない? そろそろ電話の時間、おしまいだよ?」

 修ちゃんが自由に行動ができる時間が限られていることもあったけど、私は京都、修ちゃんは東京だ。一週間に一度か二度といっても、通話料金は馬鹿にならない。だから私達はきちんと話す時間を決めていた。なのに、修ちゃんは相変わらず不機嫌なままだ。その声を聴きながら、私はある可能性を思いついた。

「あー?」
『なんだよ』
「それって、もしかしてヤキモチ?」
『うるさいな』

 どうやら図星のようだ。だけど、ヤキモチやかれるのもたまには良いかもしれないと思ったら、顔がヘニャっとなってしまった。

「私が仲良くしてるのは女の子ばかりだよ」
『そう思ってるのは、まこっちゃんだけかもしれないだろ?』
「そうかなあ……あ、でもね、なんか綺麗になったって言われたよ?」
『ゼミの男に?』

 速攻のチェックが入った。

「違う違う、ゼミの女の子に。カレシでもできた?って聞かれて困っちゃったあ」
『ちゃんと彼氏ができたって言ったんだろうな?』
「えー? でも、まだカレシカノジョってほどでもないじゃない?」

 そう言うと、修ちゃんが電話の向こうで意味不明な言葉を発し始めた。

「ちょっと、なんで念仏唱えてるの」
『念仏なんて唱えてないよ。まったく、まこっちゃんときたら、本当に楽観脳だよな』
「ほめてくれて、ありがとー」
『ほめてないし』

 キスをしたのだってあの時だけ。次の日に映画に行った時も、特にそういう雰囲気にはならなかった。あれからすぐ、修ちゃんが東京に戻ってしまったというのもあるけれど、私達はまだ、カレシカノジョという感じではないように思う。

 そんなことを話しながらベッドでゴロゴロしていると、ヤナギが部屋に入ってきた。ベッドに飛び乗ると、真面目な表情で私をのぞきこんでくる。そしていきなり、前足で私の鼻をふさいだ。突然のことに、おもわずフニャ?っと変な声が出る。

『どうした?』
「なんでもないよ、ヤナギがいきなり鼻をふさいできただけ。そろそろ電話が終わる時間だよって、知らせにきたのかも」

 本当に我が家の猫達はかしこい。

『あきれてるんだよ、まこっちゃんがあまりにも楽観脳だから』
「そんなことですよ~、ねえ、ヤナギ~?」

 私が声をかけると、ヤナギは溜め息らしきものをついて、部屋から出ていってしまった。

 ちょっと馬鹿にされたような気がして、なんとなくムカつくんですけど。
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