猫と幼なじみ

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
6 / 55
猫と幼なじみ

第六話 遠距離なんとか

しおりを挟む
 じめじめとした梅雨が始まった。雨の日かどんよりした曇りの日ばかりが続き、ここしばらくはまともにお日様を見ることがなかった。そのせいか猫達も、毎日退屈そうに窓から外をながめている日が続いている。

「京都の梅雨明けは、たいてい山鉾巡行やまぼこじゅんこうの日って言うけど、今年もそうなのかなあ……」

 お風呂から出ると、冷凍庫からアイスキャンディーを取り出した。流れ出す冷たい空気が気持ち良くて、しばらくその場ですずむ。そして冷蔵庫にマグネットではられたカレンダーを見あげた。

「あと一ヶ月もこのまま? はー……気がめいっちゃうね」

 アイスキャンディーを食べながらキッチンを出る。すると、祖母がひょっこりと顔を出した。

「ああ、ちょうどいいところにいた」
「お婆ちゃん、珍しいね、こんな時間まで起きてるなんて」

 いつも、見ている時代劇が終わったら、早々に寝てしまう祖母なのに珍しいこともあるものだ。

「真琴、ちょっと来てくれるかい?」
「どうしたの? なにか高いところから出すつもり? だったら踏み台、持っていくけど」
「いやいや、そうじゃなくて。浴衣ゆかたがらを選んでもらおうと思ってね」
「浴衣の?」

 知り合いのおチビさん達にでもプレゼントするのかな?と思いながら、祖母の部屋にいく。部屋に行くと、浴衣のがらの写真や型紙がところせましと散乱していた。

「うわあ、珍しく散らかしてるねえ、お婆ちゃん。あ、ヒノキ、ヤナギ、入ってもいいけど、型紙をグチャぐちゃにしたらダメだよ」

 私について部屋に入ってきた、ヒノキとヤナギに声をかける。二匹は私の顔を見あげ、わかったよとばかりにニャーンと鳴くと、なんと、二匹そろって型紙の上でごろりと寝ころんだ。

「ちょっと……わかったって返事したんじゃないの?」

 さっきのニャーンはなんだったの?!と二匹を見おろす。

「まだ使わないから、寝るだけなら問題ないからいいよ。暑いから、タタミや型紙の紙が冷たくて気持ちがいいんだろうね」
「だったら廊下のフローリングとかあるじゃない? なんで、わざわざここで寝るかなあ……」
「いいよいいよ。ヒノキもヤナギも好きなところで寝ておいで。じゃあ真琴、この中から好きながらを選んでくれるかい?」

 そう言うと、祖母は模様の写っている写真を私の前にならべた。ヒノキとヤナギがそれに反応して起きあがる。写真を興味深げに見下ろし、鼻をひくひくさせて写真のにおいをかいだ。

「けっこう渋いがらが多いね。小さい子のじゃないの?」
「ちがうちがう。今年は真琴に仕立ててあげようと思って」
「私に? でも作ってもらったの、あるよ?」

 私がもっているのは、高校の時に作ってもらった藍色の朝顔柄あさがおがらの浴衣だ。ここ最近は着る機会がないけれど、今年はゼミの友達と宵山よいやまにくりだそうと話しているので、その時に着ていこうと密かに計画をしていた。

「今年は二十歳のお誕生日だろう? お誕生日プレゼントには早いけどね。せっかくだから」
「わーい、だったらねえ……」

 写真をならべる。レトロなものから今風なものまで様々だ。

「このがら、お婆ちゃんが選んだの?」
「呉服屋さんから借りてきたんだよ。今時の浴衣はおもしろいがらがけっこうあるからね」
「だよねー」

 ヒノキとヤナギがニャーニャーいいながら写真をつつく。

「ああ、こらこら、借りモノなんだから爪をたてないで。ん?」

 二匹が前足でつついていた写真を見る。

「お婆ちゃん、これ、大きな格子柄こうしがらに色んな絵が入ってて面白そう。あ、ほら、猫もいるよ」

 がらの写真を指でさした。

「どれどれ? ああ、これ。古典的だけど、今時の遊び心があるデザインだって、お店の人が言ってたね。なるほどー、これはなかなか面白いねえ」
「もしかして、ヒノキとヤナギ、猫柄ねこがらに気づいたのかな」
「かもしれないねえ」

 他のがらを一通り見てみたけれど、最初に目についた猫が描かれている格子柄こうしがらより、気に入るものは見つからなかった。

「やっぱりこれかな。仕立てる時に縫い目のがらあわせが大変?」
「家族のみんなに、どれだけ浴衣を仕立ててあげてきたと思ってるんだい? これだけ大きな格子こうしなら、逆に合わせやすいと思うよ。だから大丈夫」
「じゃあ、これでお願いします。でも、無理はしないでね。お誕生日はまだ先なんだし」
「秋に浴衣をあげても、来年の夏まで着る機会がないじゃないか。せっかく二十歳の誕生日のプレゼントなんだから、今年の夏に着ることができるようにしてあげるよ」

 祖母はニコニコしながらそう言った。


+++++


『浴衣?』
「うん。お婆ちゃんがね、仕立ててくれるんだって。宵山よいやまに行くときに着ていけるように、頑張るよって」
『宵山?』

 電話の向こう側にいる修ちゃんの声が、急に不穏なものになった。

「うん。大学のゼミの友達と、宵山に行こうって約束してるって話をしたら、その日に間に合うように仕立ててくれるんだって。あと一ヶ月しかないんだけど、大丈夫なのかな、お婆ちゃん」

 あらためて採寸をしてもらっている時に宵山に浴衣を着て行くと話したら、急に張り切りだしてしまったのだ。祖母は、同世代の人達とくらべても元気な部類の人ではあったけど、なにかの歌であったみたいに、夜なべしたらどうしようと今更ながら心配になる。きっと修ちゃんの声が不穏なものになったのも、祖母が無理をするのではないかと心配しているからだ。

「前に仕立ててもらった朝顔柄あさがおがらも気に入ってるからさ。それを着ていくから、そんなに急がなくても大丈夫だよって言ったんだけどね。いま、めっちゃやる気になってる」

 耳元で修ちゃんの溜め息が聞こえてきた。

『話を聞いちゃったら頑張るに決まってるだろ? 宵山に着ていく話、黙ってたら良かったのに』
「でも、もう話しちゃったし。それに、その日に浴衣を着て出かけるのを見られたら、お婆ちゃん、きっと、なんで話してくれなかったんだって言うよ?」
『それはそうだけど。それで?』

 ふたたび修ちゃんの声が不穏なものになる。祖母のことは一応は解決なのに、まだなにか気になることがあるらしい。

「それでとは?」
『宵山、誰と行くんだ?』
「ゼミの子達とだよ。前に写真、見せたことあるよね? あの子達」
『たしか男もいたよな?』
「もちろんいるよ。うち、男女共学だから」

 ちなみにボーダイは男子校ではない。学生の中には女子もいる。ただ、圧倒的に男子が多いので、私が知っている修ちゃんの友達も、今のところは男ばかりだった。

『男も行くのか? デートとか言わないよな』
「サークルの子達と遊びに行くだけだよ。そりゃあ、中には付き合ってる子もいるけどさ。これは、みんなでほこの見物をして、晩ご飯を食べに行くだけ。もちろん、ご飯は三条のほうまで移動するけどね」

 この時期の鉾が立っている四条周辺は殺人的な混雑ぶりで、うっかり鉾町に踏みこんでしまったら、通りを一つ移動するのも大変な状態になる。だから雰囲気を少しだけ楽しむだけにして、早々に退散して皆でご飯を食べようという話になっていた。

『三条?』
「うん。ほら、前に修ちゃんと食べにいったケーキが美味しいお店」
『ああ、あそこか』

 私が説明した後も、あれやこれやと何故か不機嫌そうな口調でしゃべっている。

「ねえ修ちゃん。宵山のことはもう良いからさあ、もっと別のこと話さない? そろそろ電話の時間、おしまいだよ?」

 修ちゃんが自由に行動ができる時間が限られていることもあったけど、私は京都、修ちゃんは東京だ。一週間に一度か二度といっても、通話料金は馬鹿にならない。だから私達はきちんと話す時間を決めていた。なのに、修ちゃんは相変わらず不機嫌なままだ。その声を聴きながら、私はある可能性を思いついた。

「あー?」
『なんだよ』
「それって、もしかしてヤキモチ?」
『うるさいな』

 どうやら図星のようだ。だけど、ヤキモチやかれるのもたまには良いかもしれないと思ったら、顔がヘニャっとなってしまった。

「私が仲良くしてるのは女の子ばかりだよ」
『そう思ってるのは、まこっちゃんだけかもしれないだろ?』
「そうかなあ……あ、でもね、なんか綺麗になったって言われたよ?」
『ゼミの男に?』

 速攻のチェックが入った。

「違う違う、ゼミの女の子に。カレシでもできた?って聞かれて困っちゃったあ」
『ちゃんと彼氏ができたって言ったんだろうな?』
「えー? でも、まだカレシカノジョってほどでもないじゃない?」

 そう言うと、修ちゃんが電話の向こうで意味不明な言葉を発し始めた。

「ちょっと、なんで念仏唱えてるの」
『念仏なんて唱えてないよ。まったく、まこっちゃんときたら、本当に楽観脳だよな』
「ほめてくれて、ありがとー」
『ほめてないし』

 キスをしたのだってあの時だけ。次の日に映画に行った時も、特にそういう雰囲気にはならなかった。あれからすぐ、修ちゃんが東京に戻ってしまったというのもあるけれど、私達はまだ、カレシカノジョという感じではないように思う。

 そんなことを話しながらベッドでゴロゴロしていると、ヤナギが部屋に入ってきた。ベッドに飛び乗ると、真面目な表情で私をのぞきこんでくる。そしていきなり、前足で私の鼻をふさいだ。突然のことに、おもわずフニャ?っと変な声が出る。

『どうした?』
「なんでもないよ、ヤナギがいきなり鼻をふさいできただけ。そろそろ電話が終わる時間だよって、知らせにきたのかも」

 本当に我が家の猫達はかしこい。

『あきれてるんだよ、まこっちゃんがあまりにも楽観脳だから』
「そんなことですよ~、ねえ、ヤナギ~?」

 私が声をかけると、ヤナギは溜め息らしきものをついて、部屋から出ていってしまった。

 ちょっと馬鹿にされたような気がして、なんとなくムカつくんですけど。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...