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本編
第三十六話 ただいま遠距離中 夏期休暇 その1
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日朝点呼までまだかなり時間があると言うのに目が覚めてしまった。ベッドの横にある電気スタンドに手をのばして明かりをつければ、そこは三年間すごした部屋ではなく真新しい部屋だった。
「……はあ、起きたら元の場所ってわけにはいかないかあ」
ここは練馬の営内にある女子隊員用の寮の部屋。私が離れている間に建て替えられて、随分と今時な感じの寮になっていた。
昔は先輩達との相部屋が当然だった独身寮も、時代が変って個人のプライバシーが重視され、若い隊員達が任務以外の時間は上官に気を遣わずに生活できるようにと、隊員達の部屋は多くても二人部屋になっていた。昔に比べると随分と気楽にすごせるようになったものだと、年輩の隊員達は現状をうらやましがっている。とは言え、日常の寮生活に規律があるのは変わらないわけで、隊員個人の自主的な責任感に重きを置いた生活になったってことで、寮生活自体はそれほど変わったわけではなかった。
ベッドから出ると大きくのびをしながら窓の前に立って外をうかがう。
「うん、お天気は良さそう」
耳をすますと、まだ空は明るくなっていないのに気の早い蝉達が鳴き始めているのが聞こえてきた。日が昇ればあっと言う間に暑くなるだろう。
「あれ? 音無、今日から夏季休暇だったんじゃ?」
点呼が終わって掃除をしていると、私の姿を見つけた二葉三曹が首をかしげながらやってきた。
「そうなんだけど、外出証を貰わなきゃいけないから」
「ああ、まだ当直が起きてなかったのか。それなら私に一言言っておいてくれたら良かったのに。点呼前に叩き起こしてあげたわよ?」
「えええ、それはちょっと酷いんじゃ?」
「ま、そんな面倒なことも、あとちょっとでおしまいなんだっけ?」
結婚すれば寮生活とは別れを告げて営外者となる。そうなれば、外出するたびに外出証を発行してもらって警備に提示するなんていう、面倒なことからも解放されるのだ。
「まあね。だけどそれまでにしなきゃいけないことが山盛りで、頭がパンクしそう」
「またまた、そんな惚気た愚痴なんて聞きたくありませんよ。そろそろ起き出している頃だと思うから、さっさと終わらせて出掛ける準備しなきゃ。久し振りに会えるんでしょ?」
「そうなんだけどね」
私がこっちに戻ってきて四ヶ月。今日までに決めておかなければならないこともあったから、電話で話したりメールのやり取りはしていたけど、こうやって直接顔を合わせるのは転属してからは初めてのことだ。……三ヶ月間会えなかった時の前例を考えると、こっちもいろいろと心配なことが山盛りだ。
「顔が赤いよ?」
「え、そう? 下ばかり見ていたからかな」
そう言って笑いながらお掃除を終わらせると、出掛ける準備をするために部屋に戻った。
+++++
「はあああ、料理したいっ」
駐屯地の外に出たとたんに飛び出したのはそんな言葉だった。
こっちに戻ってきて就いた仕事は、最初にここに配属された時と同じで小火器類の管理と修理などなど。料理とはまったく関係のない無機質な需品物との毎日に、大きな声では言えないけれど少しばかりウンザリ中だ。大鍋が恋しい! おたまが恋しい! 私を痛い目に遭わせた鍋蓋でさえ恋しい!
青本三佐には、来年度は可能な限りそっち関係に移してあげるからちょっとの間だけ我慢しなさいと言われたので、取りあえず一年の我慢と信じて任務に励んでいる。あ、でも、あっちでのご飯作りの話がこっちにも伝わっていたせいか、炊事競技会には臨時の班員として出してもらえそうなので今から期待しているのだ。
そして二尉との待ち合わせは東京駅。
久し振りに戻って来た時に、あまりの変わりように改札口を出てしばらく立ち尽くしてしまったので、今回も迷子にならないか心配だ。たしか丸の内の改札口で待ってろって言われたんだけど……。
「……一口に丸の内って言われても、真ん中と南と北って三箇所の改札口があるじゃない」
近辺の案内図を見て、丸の内と名のつく改札口が三つもあることに気がついて慌ててメールを送る。都民の二尉からすると決まりきった改札口のことなのかもしれないけど、なにせ私は地方県民なのだ、自慢じゃないけどこんなだだっ広い駅で待ち合わせなんてしたことがない。
しばらくして「中央」と二文字だけの素っ気ない返事が返ってきた。この文字面からして、地元民からしたら聞くまでも無いことだった模様。悪かったですね、田舎者で。何気にムカついたので、二尉が到着したら何かおごってもらおうと決めて地図を頭に入れ中央改札口に向かう。
「…………」
そしてそこにたどりついて思ったのは、中央と言うからにはもっと偉そうな感じで大きくふんぞり返っているものだと思っていたのに、人通りは多いけど意外とこじんまりした改札口だということ。私、もしかして東京駅のことを誤解していた?
「でもどうしてこの場所を指定したんだろ?」
私があっちから来た時は、こことは別の改札口から出た記憶がある。二尉も同じ路線でこっちにくるはずなんだから、同じ改札口の方が便利なんじゃ? あ、私が勝手に迷って変な場所に出た可能性もるあるのか。ドーム型の天井を眺めながらそんなことを考えていたら、スマホがブルブルと震えた。
『ホーム到着。その場で待機せよ』
「なんで命令調?」
取り敢えずは相手に合わせて「了解」という返事を送ってジッと待つこと十分。改札口から久し振りに見る顔の人が出てきた。なんか日焼けしていて黒くなってる。
「……?」
「どうした?」
「え、いやね、こういう時って、なんて言えば良いんだろうって。だってお帰りなさいじゃ変でしょ? 御無沙汰してました?ってのも他人行儀だし、敬礼なんて論外だし」
「これが音無の友達だったらどうなんだ?」
「そうですねえ……」
地元の友達に久し振りにあった時だったらどんな感じかな?
「こんな感じですかね。……森永ちゃん、お、ひ、さーーっ! 顔、真っ黒じゃーん、どうしちゃったのー?!」
ニコニコしながらそう言って、二尉の肩を両手でバンバンと叩いた。そして真面目な顔に戻し、固まっている相手の顔を見上げる。
「と、こんな感じです。いかがでしょう?」
「やめておいた方がよさそうだ」
二尉の目が明らかに泳いでいる。そう言うと思った。
「ですよね。取り敢えずは御無沙汰してました、お元気そうでなにより、ってことで」
「そっちもな」
「お元気なんてとんでもないですよ、糧食班が恋しすぎて毎晩泣いてます」
「俺じゃなくて?」
「恋しいのは糧食班です」
相変わらずだなと苦笑いしながら歩き出す。まあ泣いているのは冗談だけど、戻りたいなとは思ってる。
「そう言えば本当に御実家に戻らなくても? 私は何とでもなりますから、やっぱり実家に戻ったほうが良くないですか?」
二尉のお母さんの仕事の都合があるから、御実家には明後日に二人で一緒にお邪魔することになっている。二尉は、駅に近いところで泊まる場所を確保しているって話だった。
「実家なんかに戻ったら、音無と二人っきりですごせないじゃないか。せっかくすぐそこのホテルをとったのに」
その顔は何がしたいか丸分かりだ。だけどこんな近くまで戻ってきているのにわざわざ別の場所に泊まるなんて、御家族はガッカリしないのだろうか?
「でも」
「明後日には皆と顔を合わせられるんだ、それであっちも満足なんだから気にすることはない。どちらにしろ来年度はこっちに戻って来るんだからな」
「そうなんですか? まあ二尉と御実家がそれで良いなら私はかまわないんですけどね。……いや、かまうかな」
「何故?」
「だってここにいる間、まともに寝かせてもらえそうにないし」
「よくお分かりで」
私の顔を見た二尉が笑い出した。きっと私、久し振りに「なに言ってんだ、お前?!」って顔になっていたに違いない。
「心配するな。ちゃんと動ける程度には手加減してやるから。休みの間にあれこれ行かなきゃいけないところもあるだろ?」
「どのへんが心配しないで良いのか、まーったく理解できません」
互いの実家への挨拶は新年度前に済ませていたので、今回の夏季休暇で式場の下見をして指輪など諸々のことを二人で決める予定になっていた。そのためにここしばらくは頻繁にメールや電話のやり取りをしていたんだし、ここで四ヶ月ぶりだからって何もかも無いことにされてしまっては困るのだ。
「明日は絶対に式場の下見に行くんですからね、それと結婚指輪も決める、それから明後日は御実家に顔を出す、ここまでは決定事項ですから!」
しつこいぐらい言っておかないと安心できない。本当なら双子の友里さんと弟の航君に援護射撃をお願いしたいところだけど、友里さんは病院で実地訓練を兼ねたバイト中らしいので無理は言えないし、航君は航君で夏季講習に行っているのでこんなことに巻き込むのは申し訳ない。それにお兄さんのエロさを何とかしてくださいなんて、お年頃の青少年には言えないよね。
ああ、そうそう、二尉が「妹」って言うからてっきりそうだと信じていたのに、実は双子でしかも友里さんが「お姉さん」だったのには驚いた。たった十分先に出てきただけなのに、姉貴面されてはたまらないというのが二尉の意見なんだけど、たった十分でもお姉さんはお姉さんなんだし、そこはちゃんと認めなさいということで渋々ながら「姉と弟」ってことを最近になってようやく認めたところだ。
「分かった分かった。とにかくそれは明日からの予定だろ? 久し振りに声だけではなくこうやって会えたんだから、いろいろとしなきゃいけないこともあるだろ」
「積もる話は山のようにありますよ、聞かせたい話も聞きたい話も」
「話は後だ」
またそんなことを……。
「だったら、せめてあっちの食事事情がどうなったかぐらい聞かせてくださいよ。せっかく電話越しじゃなくて、顔を見ながら話せるんだから」
「だからそれも後で」
「絶対聞かせてもらえない気がしてきた」
話に関しては、こっちがしつこく食い下がらなければ間違いなく聞いてもらえないし聞かせてもらえないと思う。
「どうせ俺が話すまで諦めないんだろ? こっちにいる間に何どこかで話して聞かせることになるんだ、少しぐらい先になっても良いじゃないか。とにかく、だ」
二尉は体を屈めて私の耳元で「今は一秒でも早く美景のことを抱くのが先だ」とささやいた。ま、まあ周囲に聞かれないように、こっそりとささやいたのだけは評価してあげようと思う。内容がアレでも。
「音無、顔が赤いぞ?」
「余計なお世話ですよ! だだだだだ誰のせいだと?!」
「さて?」
シレッとした顔でそう答えた二尉は、何食わぬ顔をして私の腕をとるとホテルのある方へと向かった。
あああ、なんだか夏季休暇のパターンが決まってしまったような気がする!!
「……はあ、起きたら元の場所ってわけにはいかないかあ」
ここは練馬の営内にある女子隊員用の寮の部屋。私が離れている間に建て替えられて、随分と今時な感じの寮になっていた。
昔は先輩達との相部屋が当然だった独身寮も、時代が変って個人のプライバシーが重視され、若い隊員達が任務以外の時間は上官に気を遣わずに生活できるようにと、隊員達の部屋は多くても二人部屋になっていた。昔に比べると随分と気楽にすごせるようになったものだと、年輩の隊員達は現状をうらやましがっている。とは言え、日常の寮生活に規律があるのは変わらないわけで、隊員個人の自主的な責任感に重きを置いた生活になったってことで、寮生活自体はそれほど変わったわけではなかった。
ベッドから出ると大きくのびをしながら窓の前に立って外をうかがう。
「うん、お天気は良さそう」
耳をすますと、まだ空は明るくなっていないのに気の早い蝉達が鳴き始めているのが聞こえてきた。日が昇ればあっと言う間に暑くなるだろう。
「あれ? 音無、今日から夏季休暇だったんじゃ?」
点呼が終わって掃除をしていると、私の姿を見つけた二葉三曹が首をかしげながらやってきた。
「そうなんだけど、外出証を貰わなきゃいけないから」
「ああ、まだ当直が起きてなかったのか。それなら私に一言言っておいてくれたら良かったのに。点呼前に叩き起こしてあげたわよ?」
「えええ、それはちょっと酷いんじゃ?」
「ま、そんな面倒なことも、あとちょっとでおしまいなんだっけ?」
結婚すれば寮生活とは別れを告げて営外者となる。そうなれば、外出するたびに外出証を発行してもらって警備に提示するなんていう、面倒なことからも解放されるのだ。
「まあね。だけどそれまでにしなきゃいけないことが山盛りで、頭がパンクしそう」
「またまた、そんな惚気た愚痴なんて聞きたくありませんよ。そろそろ起き出している頃だと思うから、さっさと終わらせて出掛ける準備しなきゃ。久し振りに会えるんでしょ?」
「そうなんだけどね」
私がこっちに戻ってきて四ヶ月。今日までに決めておかなければならないこともあったから、電話で話したりメールのやり取りはしていたけど、こうやって直接顔を合わせるのは転属してからは初めてのことだ。……三ヶ月間会えなかった時の前例を考えると、こっちもいろいろと心配なことが山盛りだ。
「顔が赤いよ?」
「え、そう? 下ばかり見ていたからかな」
そう言って笑いながらお掃除を終わらせると、出掛ける準備をするために部屋に戻った。
+++++
「はあああ、料理したいっ」
駐屯地の外に出たとたんに飛び出したのはそんな言葉だった。
こっちに戻ってきて就いた仕事は、最初にここに配属された時と同じで小火器類の管理と修理などなど。料理とはまったく関係のない無機質な需品物との毎日に、大きな声では言えないけれど少しばかりウンザリ中だ。大鍋が恋しい! おたまが恋しい! 私を痛い目に遭わせた鍋蓋でさえ恋しい!
青本三佐には、来年度は可能な限りそっち関係に移してあげるからちょっとの間だけ我慢しなさいと言われたので、取りあえず一年の我慢と信じて任務に励んでいる。あ、でも、あっちでのご飯作りの話がこっちにも伝わっていたせいか、炊事競技会には臨時の班員として出してもらえそうなので今から期待しているのだ。
そして二尉との待ち合わせは東京駅。
久し振りに戻って来た時に、あまりの変わりように改札口を出てしばらく立ち尽くしてしまったので、今回も迷子にならないか心配だ。たしか丸の内の改札口で待ってろって言われたんだけど……。
「……一口に丸の内って言われても、真ん中と南と北って三箇所の改札口があるじゃない」
近辺の案内図を見て、丸の内と名のつく改札口が三つもあることに気がついて慌ててメールを送る。都民の二尉からすると決まりきった改札口のことなのかもしれないけど、なにせ私は地方県民なのだ、自慢じゃないけどこんなだだっ広い駅で待ち合わせなんてしたことがない。
しばらくして「中央」と二文字だけの素っ気ない返事が返ってきた。この文字面からして、地元民からしたら聞くまでも無いことだった模様。悪かったですね、田舎者で。何気にムカついたので、二尉が到着したら何かおごってもらおうと決めて地図を頭に入れ中央改札口に向かう。
「…………」
そしてそこにたどりついて思ったのは、中央と言うからにはもっと偉そうな感じで大きくふんぞり返っているものだと思っていたのに、人通りは多いけど意外とこじんまりした改札口だということ。私、もしかして東京駅のことを誤解していた?
「でもどうしてこの場所を指定したんだろ?」
私があっちから来た時は、こことは別の改札口から出た記憶がある。二尉も同じ路線でこっちにくるはずなんだから、同じ改札口の方が便利なんじゃ? あ、私が勝手に迷って変な場所に出た可能性もるあるのか。ドーム型の天井を眺めながらそんなことを考えていたら、スマホがブルブルと震えた。
『ホーム到着。その場で待機せよ』
「なんで命令調?」
取り敢えずは相手に合わせて「了解」という返事を送ってジッと待つこと十分。改札口から久し振りに見る顔の人が出てきた。なんか日焼けしていて黒くなってる。
「……?」
「どうした?」
「え、いやね、こういう時って、なんて言えば良いんだろうって。だってお帰りなさいじゃ変でしょ? 御無沙汰してました?ってのも他人行儀だし、敬礼なんて論外だし」
「これが音無の友達だったらどうなんだ?」
「そうですねえ……」
地元の友達に久し振りにあった時だったらどんな感じかな?
「こんな感じですかね。……森永ちゃん、お、ひ、さーーっ! 顔、真っ黒じゃーん、どうしちゃったのー?!」
ニコニコしながらそう言って、二尉の肩を両手でバンバンと叩いた。そして真面目な顔に戻し、固まっている相手の顔を見上げる。
「と、こんな感じです。いかがでしょう?」
「やめておいた方がよさそうだ」
二尉の目が明らかに泳いでいる。そう言うと思った。
「ですよね。取り敢えずは御無沙汰してました、お元気そうでなにより、ってことで」
「そっちもな」
「お元気なんてとんでもないですよ、糧食班が恋しすぎて毎晩泣いてます」
「俺じゃなくて?」
「恋しいのは糧食班です」
相変わらずだなと苦笑いしながら歩き出す。まあ泣いているのは冗談だけど、戻りたいなとは思ってる。
「そう言えば本当に御実家に戻らなくても? 私は何とでもなりますから、やっぱり実家に戻ったほうが良くないですか?」
二尉のお母さんの仕事の都合があるから、御実家には明後日に二人で一緒にお邪魔することになっている。二尉は、駅に近いところで泊まる場所を確保しているって話だった。
「実家なんかに戻ったら、音無と二人っきりですごせないじゃないか。せっかくすぐそこのホテルをとったのに」
その顔は何がしたいか丸分かりだ。だけどこんな近くまで戻ってきているのにわざわざ別の場所に泊まるなんて、御家族はガッカリしないのだろうか?
「でも」
「明後日には皆と顔を合わせられるんだ、それであっちも満足なんだから気にすることはない。どちらにしろ来年度はこっちに戻って来るんだからな」
「そうなんですか? まあ二尉と御実家がそれで良いなら私はかまわないんですけどね。……いや、かまうかな」
「何故?」
「だってここにいる間、まともに寝かせてもらえそうにないし」
「よくお分かりで」
私の顔を見た二尉が笑い出した。きっと私、久し振りに「なに言ってんだ、お前?!」って顔になっていたに違いない。
「心配するな。ちゃんと動ける程度には手加減してやるから。休みの間にあれこれ行かなきゃいけないところもあるだろ?」
「どのへんが心配しないで良いのか、まーったく理解できません」
互いの実家への挨拶は新年度前に済ませていたので、今回の夏季休暇で式場の下見をして指輪など諸々のことを二人で決める予定になっていた。そのためにここしばらくは頻繁にメールや電話のやり取りをしていたんだし、ここで四ヶ月ぶりだからって何もかも無いことにされてしまっては困るのだ。
「明日は絶対に式場の下見に行くんですからね、それと結婚指輪も決める、それから明後日は御実家に顔を出す、ここまでは決定事項ですから!」
しつこいぐらい言っておかないと安心できない。本当なら双子の友里さんと弟の航君に援護射撃をお願いしたいところだけど、友里さんは病院で実地訓練を兼ねたバイト中らしいので無理は言えないし、航君は航君で夏季講習に行っているのでこんなことに巻き込むのは申し訳ない。それにお兄さんのエロさを何とかしてくださいなんて、お年頃の青少年には言えないよね。
ああ、そうそう、二尉が「妹」って言うからてっきりそうだと信じていたのに、実は双子でしかも友里さんが「お姉さん」だったのには驚いた。たった十分先に出てきただけなのに、姉貴面されてはたまらないというのが二尉の意見なんだけど、たった十分でもお姉さんはお姉さんなんだし、そこはちゃんと認めなさいということで渋々ながら「姉と弟」ってことを最近になってようやく認めたところだ。
「分かった分かった。とにかくそれは明日からの予定だろ? 久し振りに声だけではなくこうやって会えたんだから、いろいろとしなきゃいけないこともあるだろ」
「積もる話は山のようにありますよ、聞かせたい話も聞きたい話も」
「話は後だ」
またそんなことを……。
「だったら、せめてあっちの食事事情がどうなったかぐらい聞かせてくださいよ。せっかく電話越しじゃなくて、顔を見ながら話せるんだから」
「だからそれも後で」
「絶対聞かせてもらえない気がしてきた」
話に関しては、こっちがしつこく食い下がらなければ間違いなく聞いてもらえないし聞かせてもらえないと思う。
「どうせ俺が話すまで諦めないんだろ? こっちにいる間に何どこかで話して聞かせることになるんだ、少しぐらい先になっても良いじゃないか。とにかく、だ」
二尉は体を屈めて私の耳元で「今は一秒でも早く美景のことを抱くのが先だ」とささやいた。ま、まあ周囲に聞かれないように、こっそりとささやいたのだけは評価してあげようと思う。内容がアレでも。
「音無、顔が赤いぞ?」
「余計なお世話ですよ! だだだだだ誰のせいだと?!」
「さて?」
シレッとした顔でそう答えた二尉は、何食わぬ顔をして私の腕をとるとホテルのある方へと向かった。
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