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本編
第三十五話 いくつになっても雪合戦
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冬季休暇のシーズンに入るとそれぞれの地元に里帰りをする隊員が出るので、営内は余程のことが無い限り静かなものだ。ちなみに私は、今年の年末年始の休みは実家には戻らずにこっちに残ることにした。というのも骨折のせいで何日か休んで糧食班の班員にも迷惑もかけていたし、実家に戻っても今の足の状態だと好き放題スキー場で滑ることもできないからだ。
森永二尉に今年の年末年始はこっちでおとなしくすごすことにしますと言ったら「ふーん」と気のない返事をされてしまった。その顔からして「おとなしくなんて絶対に嘘だ」って言いたかったみたいだ。何と失礼な。
「静かで平和ですよねえ」
やることは同じでも、用意する食事の数が普段より少ないからそれなりに私達の仕事は楽になる。ただ、休暇中に制服のクリーニングを頼んでいく人が多いので、そちら担当の人間は忙しいらしい。と言っても、クリーニングをするのはうちと契約している専門の業者さんなんだけれど。
「大雪で除雪に駆り出されている割にはな」
今年の冬は雪の日が多く、地元地域では年の瀬だというのに、あちらこちらで除雪作業で忙しく働く人の姿があった。ちなみに駐屯地内の除雪は、営内よりも演習場に行く途中にある飛行場での除雪作業が大変で、降り続ける雪のせいで何時間かおきに除雪車が滑走路に出動している。そして残っている隊員も、容赦なく駐屯地内の各区域の除雪作業に駆り出されていた。
「すごいですね、二尉の気遣いの影響力は東日本一帯ですよ、今日で何日目? 本気で気遣いをしたら、日本列島が氷漬けになるかも」
降り続ける雪を見上げながらそう言ったら、横でシャベルを手に雪かき作業をしていた二尉が、手を止めてにらんできた。
「うるさいぞ、音無。懲罰くらいたいのか?」
「雪かき懲罰ぐらい平気ですよ。新潟みたいな豪雪地帯ほどじゃありませんけど、地元ではこの程度は普通ですから。もしかして長野県民をなめてます?」
もちろん二尉の言う懲罰が雪かきじゃないことは重々承知だ。だけど今は皆のいる手前そんなことは言えないから、好き勝手に二尉の本意じゃない懲罰をでっち上げておくことにする。
「まったく。覚えてろよ?」
「二尉もあと三日で冬季休暇ですよね? ってことは三日間を逃げ切れば、年明けまでは平和にすごせるのか、なるほど……」
「なにを考えてるんだ」
「別に。良いお年をお迎えください、御家族の皆さんによろしく」
二尉が言うところ胡散臭《うさんくさ》い笑顔を浮かべてみせる。
「どうやら雪捨て場の雪山に埋められたいらしいな」
不穏な顔つきでこっちを見下ろしてくると、スコップをザクッと横にできた小さな雪山に突き刺す。え、マジで私をあそこに埋めるつもりとか?
「年末年始の御挨拶を言付けただけなのに、雪山に埋めるなんてひどくないですか?」
「その顔は御挨拶って顔じゃないだろ」
「そうかなあ……これでも精一杯愛想よくしているのに」
「どこがだ」
おかしいなあとわざとらしく首をかしげたところで、ザクザクとこっちに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「森永二尉、面白い物を作りましたよ」
楽しそうにそんなことを言いながら長い筒状の物を持ってきたのは、森永小隊の赤城さんと藤谷小隊の高梨さんだ。ラッキー、これで雪山の刑は無くなった!
「なんだそれ」
「手作りのバズーカ砲です。まあ空気銃とトコロテンの天突き器の応用なんで、それほど射程があるわけじゃないんですが。ちょっとやってみせますね」
そう言いながら赤城さんが雪玉を作って筒の中に詰め込むと、高梨さんが演習で無反動砲を発射する時と同じように筒をかまえた。そして後ろに差し込まれている棒を赤城さんが勢いよく突き出す。中につまった空気の力で雪玉を飛ばすというわけだ。天突き器よりもずっと長いので意外とよく飛んでいった。
「どうです?」
「意外と飛ぶものだな」
「もう少ししっかりと雪玉を固めたら、空気の漏れが少なくなってもっと射程が延びると思うんですが」
二尉は飛んで行った雪玉を目で追いながら、感心したように笑った。
「あとは無反動砲と違って、二人一組でないと飛ばせないのが難点なんですけどね」
「しかしこの筒は何処から調達したんだ? 竹なのか、これ」
「演習場の一角に竹林があって、伸び放題で生い茂っているので調達し放題です。この太さのものも普通にありましたよ」
「まさか量産しようだなんて考えてないよな?」
その問いかけに、赤城さんと高梨さんはニッと笑った。どうやらすでに量産の最中らしい。
「じゃあ量産が成功したあかつきには、バンブーカール君一号って名前にしましょうよ、これ」
「また変な名前を思いついたな音無」
私の意見に呆れたように笑う二尉。
「だって陸自の無反動砲って、確かカールグスタフでしたよね? だからそれに因んでバンブーカール君一号」
「せっかく正式名称まで決めてもらったんだから頑張って量産しないと。もちろん訓練はおろそかにはしないので御安心ください。これは時間があいた時に有志が集まって製作するので!」
そこで二尉はうなづきかけてハッと我に返った。
「お前達、今はそんなことしてる場合じゃない。除雪だ除雪。ここでサボったら明日が大変なことになるぞ」
「了解しました、除雪作業に戻ります!」
赤城さんと高梨さんは敬礼をすると、元の雪掻き作業をしていた場所に駆け足で戻っていった。二人の走っていく後ろ姿を見送っていた二尉が溜め息をつく。
「……音無の影響じゃないのか、あれ」
「なんで私の影響なんですか。私は調理室の器具や掃除道具で武器なんて作ったことありませんよ」
「だが間違いなく音無の影響だ。まったく厄介な置き土産だな」
「そうですか? 別に訓練に支障が出なければ問題ないと思いますけど? 誰だって息抜きは必要ですし。あ、待った、そこで納得したりしないでくださいね。うっかり二尉がここで納得しちゃったら、それこそ猛吹雪になるかもしれないから!!」
+++++
「……なにやってんだ?」
そして数時間後、午後からは書類仕事でなかなか出てこれなかった二尉達が建物から出てくると、何故か雪捨て場になっている場所で、二手に分かれて障害物をはさんで雪玉を飛ばし合っている迷彩服のお兄さん達が多数。調理室からそれを眺めていた私の姿を見つけ、二尉が窓のほうへとやってくる。
「あいつら、なにをしてるんだ?」
「雪合戦で、無反動砲の命中率の練度を上げようとしているところなんですって」
物は言いようだけど、たしかに雪合戦は命中率を上げる訓練には最適かもしれない。材料は演習場の横に生い茂っていた竹だし、弾頭は空から現在進行形で振り続ける雪だし、とても経済的。
「もしかしてあいつらがかついでいるのは、れいの?」
「バンブー君です」
「なんであんなにたくさんあるんだ? 赤城が俺のところに持って来てからまだ数時間だぞ?」
ここしばらくの悪天候で外に出られずヒマを持て余していたから、きっとその合間に示し合わせて作っていたんじゃないかと思う。そして今日、私達に見せに来た時にはすでに量産が完了していたのではないかとも。まああくまでも私も憶測だけど。
「そうなんですよねー、そこが不思議なんです。でもまあ楽しそうだし、命中率の練度をあげるためなら良いんじゃないですか? だってほら、あそこで名取一佐も見物してますし」
「一佐……なんであんなに楽しそうなんだ」
二尉の視線の先では、名取一佐が赤城さんからバンブー君の説明を受けている。その顔は興味深げにバンブー君に見入っているし、なんだかとても楽しそうだ。
「雪合戦って何歳になっても楽しいから?」
そしてルールはいたって簡単。雪合戦の公式ルールに多少の陸自ルールを加えて行われている模様で、敵味方に分かれての撃ち合いになっている。だけどさすが陸自隊員、雪玉とは言え本気で撃ち合っているので、砲口初速もかなりの速さだし射程も午前中に見た時よりもずっと長い。あれは当たったら痛そうだ、演習並みの防弾装備で撃ち合うのは正しい選択かもしれない。
「それと音無、あのたこ焼き機のお化けみたいなのはなんだ?」
皆が打ち合っている後ろで、たこ焼き機の大きくしたようなものに雪をつめ込んでいる隊員の姿。
「ああ、あれですか。雪玉製造機ってやつらしいです。……大丈夫ですか?」
窓の下でしゃがみ込んでいる二尉を見下ろした。
「なんであんなものがって質問しても良いんだろうか? さすがに手作りじゃないよな?」
「今はレンタルで何でも調達できる世の中ですからね。最初は卵のパックを考えていたみたいなんですけど、出来上がる雪玉が小さすぎるんですって。なのであれだけはレンタルしたそうですよ」
「誰がレンタルしたんだ?」
「えーと、大森さんだったような気が」
つまりは主体になっているのは森永小隊の面々だ。
「でも練度向上につながるんですから問題ないでしょ? それに、参加メンバーがカンパしてレンタル料金は捻出しているみたいだし」
そう言いながら、手にしていたメモ帳に目を落とす。
「えっと、それで今は偵察中隊と高射特科中隊が対戦中なんですけどね。ずっと見ていたわけじゃないから何とも言えませんけど、偵察中隊が不利みたい」
途端に二尉が立ち上がった。あ、もしかして火をつけちゃったかもしれない?
「藤谷、行くぞ」
「おいおい、本気か? 寒いからここで見物ってわけにはいかないのかよ」
藤谷二尉は降り続ける雪を見上げながら嫌そうな返事をした。
「うちの中隊が負けてるのに、なに呑気なこと言ってるんだ。高射に負けて悔しくないのか?」
「そりゃ勝つ方が気分が良いに決まってる」
「だったらやることは一つだろ。行くぞ」
「まったく負けず嫌いなのは相変わらずだなあ……じゃあ音無さん、皆に温かいコーヒーでも御馳走してやる準備でもしておいてくれるかな? きっと全員が凍えて帰ってくるだろうから」
「カフェオレでよければ」
牛乳の余剰品が出てきているので、消化するにはちょうど良いかもしれない。
「なお良し。頼んだよ」
そう言って藤谷二尉は二尉の後に続いた。
それから三時間後、全員がブルブルと震えながら戻ってきたので、名取一佐にお願いして全員を食堂に集めてもらい、熱々のカフェオレを一佐を筆頭に全員に配ることにした。勝敗に関しては結局のところよく分からない状態になってしまったようで、どっちも自分のチームが勝ちだと言い張っている。
「これでうちの部隊の練度が上がれば願ったりかなったりなんだが」
にぎやかしく各隊で次の作戦を練り始めた隊員達を眺めていた一佐が楽し気に笑った。
「何が役立つか分かりませんからね。もしかしたら次の演習で、この時の成果が出るかもしれません」
「そうだな。それを楽しみにしていよう。御馳走様だった、音無三曹。うまかったよ。全員、止めはしないがほどほどにしておくように。これだけの大雪だ、いつ災害派遣要請が出るか分からない。隊員が風邪なんぞひいたら話にならんからな」
名取一佐はそう言って私にカップを渡すと食堂を後にした。
そして一佐の言った通り、その二日後には降り続ける大雪で交通手段が寸断されてしまった郡部への物資の運搬、その地域の住人の安否確認等をするために、自衛隊に当該地域への派遣要請が県知事より発出された。
そのために二尉の冬季休暇も立ち消えとなってしまったわけだけど、この場合に気の毒だったのは二尉本人ではなく私だったんじゃないかと思う、色々な意味で。
森永二尉に今年の年末年始はこっちでおとなしくすごすことにしますと言ったら「ふーん」と気のない返事をされてしまった。その顔からして「おとなしくなんて絶対に嘘だ」って言いたかったみたいだ。何と失礼な。
「静かで平和ですよねえ」
やることは同じでも、用意する食事の数が普段より少ないからそれなりに私達の仕事は楽になる。ただ、休暇中に制服のクリーニングを頼んでいく人が多いので、そちら担当の人間は忙しいらしい。と言っても、クリーニングをするのはうちと契約している専門の業者さんなんだけれど。
「大雪で除雪に駆り出されている割にはな」
今年の冬は雪の日が多く、地元地域では年の瀬だというのに、あちらこちらで除雪作業で忙しく働く人の姿があった。ちなみに駐屯地内の除雪は、営内よりも演習場に行く途中にある飛行場での除雪作業が大変で、降り続ける雪のせいで何時間かおきに除雪車が滑走路に出動している。そして残っている隊員も、容赦なく駐屯地内の各区域の除雪作業に駆り出されていた。
「すごいですね、二尉の気遣いの影響力は東日本一帯ですよ、今日で何日目? 本気で気遣いをしたら、日本列島が氷漬けになるかも」
降り続ける雪を見上げながらそう言ったら、横でシャベルを手に雪かき作業をしていた二尉が、手を止めてにらんできた。
「うるさいぞ、音無。懲罰くらいたいのか?」
「雪かき懲罰ぐらい平気ですよ。新潟みたいな豪雪地帯ほどじゃありませんけど、地元ではこの程度は普通ですから。もしかして長野県民をなめてます?」
もちろん二尉の言う懲罰が雪かきじゃないことは重々承知だ。だけど今は皆のいる手前そんなことは言えないから、好き勝手に二尉の本意じゃない懲罰をでっち上げておくことにする。
「まったく。覚えてろよ?」
「二尉もあと三日で冬季休暇ですよね? ってことは三日間を逃げ切れば、年明けまでは平和にすごせるのか、なるほど……」
「なにを考えてるんだ」
「別に。良いお年をお迎えください、御家族の皆さんによろしく」
二尉が言うところ胡散臭《うさんくさ》い笑顔を浮かべてみせる。
「どうやら雪捨て場の雪山に埋められたいらしいな」
不穏な顔つきでこっちを見下ろしてくると、スコップをザクッと横にできた小さな雪山に突き刺す。え、マジで私をあそこに埋めるつもりとか?
「年末年始の御挨拶を言付けただけなのに、雪山に埋めるなんてひどくないですか?」
「その顔は御挨拶って顔じゃないだろ」
「そうかなあ……これでも精一杯愛想よくしているのに」
「どこがだ」
おかしいなあとわざとらしく首をかしげたところで、ザクザクとこっちに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「森永二尉、面白い物を作りましたよ」
楽しそうにそんなことを言いながら長い筒状の物を持ってきたのは、森永小隊の赤城さんと藤谷小隊の高梨さんだ。ラッキー、これで雪山の刑は無くなった!
「なんだそれ」
「手作りのバズーカ砲です。まあ空気銃とトコロテンの天突き器の応用なんで、それほど射程があるわけじゃないんですが。ちょっとやってみせますね」
そう言いながら赤城さんが雪玉を作って筒の中に詰め込むと、高梨さんが演習で無反動砲を発射する時と同じように筒をかまえた。そして後ろに差し込まれている棒を赤城さんが勢いよく突き出す。中につまった空気の力で雪玉を飛ばすというわけだ。天突き器よりもずっと長いので意外とよく飛んでいった。
「どうです?」
「意外と飛ぶものだな」
「もう少ししっかりと雪玉を固めたら、空気の漏れが少なくなってもっと射程が延びると思うんですが」
二尉は飛んで行った雪玉を目で追いながら、感心したように笑った。
「あとは無反動砲と違って、二人一組でないと飛ばせないのが難点なんですけどね」
「しかしこの筒は何処から調達したんだ? 竹なのか、これ」
「演習場の一角に竹林があって、伸び放題で生い茂っているので調達し放題です。この太さのものも普通にありましたよ」
「まさか量産しようだなんて考えてないよな?」
その問いかけに、赤城さんと高梨さんはニッと笑った。どうやらすでに量産の最中らしい。
「じゃあ量産が成功したあかつきには、バンブーカール君一号って名前にしましょうよ、これ」
「また変な名前を思いついたな音無」
私の意見に呆れたように笑う二尉。
「だって陸自の無反動砲って、確かカールグスタフでしたよね? だからそれに因んでバンブーカール君一号」
「せっかく正式名称まで決めてもらったんだから頑張って量産しないと。もちろん訓練はおろそかにはしないので御安心ください。これは時間があいた時に有志が集まって製作するので!」
そこで二尉はうなづきかけてハッと我に返った。
「お前達、今はそんなことしてる場合じゃない。除雪だ除雪。ここでサボったら明日が大変なことになるぞ」
「了解しました、除雪作業に戻ります!」
赤城さんと高梨さんは敬礼をすると、元の雪掻き作業をしていた場所に駆け足で戻っていった。二人の走っていく後ろ姿を見送っていた二尉が溜め息をつく。
「……音無の影響じゃないのか、あれ」
「なんで私の影響なんですか。私は調理室の器具や掃除道具で武器なんて作ったことありませんよ」
「だが間違いなく音無の影響だ。まったく厄介な置き土産だな」
「そうですか? 別に訓練に支障が出なければ問題ないと思いますけど? 誰だって息抜きは必要ですし。あ、待った、そこで納得したりしないでくださいね。うっかり二尉がここで納得しちゃったら、それこそ猛吹雪になるかもしれないから!!」
+++++
「……なにやってんだ?」
そして数時間後、午後からは書類仕事でなかなか出てこれなかった二尉達が建物から出てくると、何故か雪捨て場になっている場所で、二手に分かれて障害物をはさんで雪玉を飛ばし合っている迷彩服のお兄さん達が多数。調理室からそれを眺めていた私の姿を見つけ、二尉が窓のほうへとやってくる。
「あいつら、なにをしてるんだ?」
「雪合戦で、無反動砲の命中率の練度を上げようとしているところなんですって」
物は言いようだけど、たしかに雪合戦は命中率を上げる訓練には最適かもしれない。材料は演習場の横に生い茂っていた竹だし、弾頭は空から現在進行形で振り続ける雪だし、とても経済的。
「もしかしてあいつらがかついでいるのは、れいの?」
「バンブー君です」
「なんであんなにたくさんあるんだ? 赤城が俺のところに持って来てからまだ数時間だぞ?」
ここしばらくの悪天候で外に出られずヒマを持て余していたから、きっとその合間に示し合わせて作っていたんじゃないかと思う。そして今日、私達に見せに来た時にはすでに量産が完了していたのではないかとも。まああくまでも私も憶測だけど。
「そうなんですよねー、そこが不思議なんです。でもまあ楽しそうだし、命中率の練度をあげるためなら良いんじゃないですか? だってほら、あそこで名取一佐も見物してますし」
「一佐……なんであんなに楽しそうなんだ」
二尉の視線の先では、名取一佐が赤城さんからバンブー君の説明を受けている。その顔は興味深げにバンブー君に見入っているし、なんだかとても楽しそうだ。
「雪合戦って何歳になっても楽しいから?」
そしてルールはいたって簡単。雪合戦の公式ルールに多少の陸自ルールを加えて行われている模様で、敵味方に分かれての撃ち合いになっている。だけどさすが陸自隊員、雪玉とは言え本気で撃ち合っているので、砲口初速もかなりの速さだし射程も午前中に見た時よりもずっと長い。あれは当たったら痛そうだ、演習並みの防弾装備で撃ち合うのは正しい選択かもしれない。
「それと音無、あのたこ焼き機のお化けみたいなのはなんだ?」
皆が打ち合っている後ろで、たこ焼き機の大きくしたようなものに雪をつめ込んでいる隊員の姿。
「ああ、あれですか。雪玉製造機ってやつらしいです。……大丈夫ですか?」
窓の下でしゃがみ込んでいる二尉を見下ろした。
「なんであんなものがって質問しても良いんだろうか? さすがに手作りじゃないよな?」
「今はレンタルで何でも調達できる世の中ですからね。最初は卵のパックを考えていたみたいなんですけど、出来上がる雪玉が小さすぎるんですって。なのであれだけはレンタルしたそうですよ」
「誰がレンタルしたんだ?」
「えーと、大森さんだったような気が」
つまりは主体になっているのは森永小隊の面々だ。
「でも練度向上につながるんですから問題ないでしょ? それに、参加メンバーがカンパしてレンタル料金は捻出しているみたいだし」
そう言いながら、手にしていたメモ帳に目を落とす。
「えっと、それで今は偵察中隊と高射特科中隊が対戦中なんですけどね。ずっと見ていたわけじゃないから何とも言えませんけど、偵察中隊が不利みたい」
途端に二尉が立ち上がった。あ、もしかして火をつけちゃったかもしれない?
「藤谷、行くぞ」
「おいおい、本気か? 寒いからここで見物ってわけにはいかないのかよ」
藤谷二尉は降り続ける雪を見上げながら嫌そうな返事をした。
「うちの中隊が負けてるのに、なに呑気なこと言ってるんだ。高射に負けて悔しくないのか?」
「そりゃ勝つ方が気分が良いに決まってる」
「だったらやることは一つだろ。行くぞ」
「まったく負けず嫌いなのは相変わらずだなあ……じゃあ音無さん、皆に温かいコーヒーでも御馳走してやる準備でもしておいてくれるかな? きっと全員が凍えて帰ってくるだろうから」
「カフェオレでよければ」
牛乳の余剰品が出てきているので、消化するにはちょうど良いかもしれない。
「なお良し。頼んだよ」
そう言って藤谷二尉は二尉の後に続いた。
それから三時間後、全員がブルブルと震えながら戻ってきたので、名取一佐にお願いして全員を食堂に集めてもらい、熱々のカフェオレを一佐を筆頭に全員に配ることにした。勝敗に関しては結局のところよく分からない状態になってしまったようで、どっちも自分のチームが勝ちだと言い張っている。
「これでうちの部隊の練度が上がれば願ったりかなったりなんだが」
にぎやかしく各隊で次の作戦を練り始めた隊員達を眺めていた一佐が楽し気に笑った。
「何が役立つか分かりませんからね。もしかしたら次の演習で、この時の成果が出るかもしれません」
「そうだな。それを楽しみにしていよう。御馳走様だった、音無三曹。うまかったよ。全員、止めはしないがほどほどにしておくように。これだけの大雪だ、いつ災害派遣要請が出るか分からない。隊員が風邪なんぞひいたら話にならんからな」
名取一佐はそう言って私にカップを渡すと食堂を後にした。
そして一佐の言った通り、その二日後には降り続ける大雪で交通手段が寸断されてしまった郡部への物資の運搬、その地域の住人の安否確認等をするために、自衛隊に当該地域への派遣要請が県知事より発出された。
そのために二尉の冬季休暇も立ち消えとなってしまったわけだけど、この場合に気の毒だったのは二尉本人ではなく私だったんじゃないかと思う、色々な意味で。
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