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本編
第二十七話 二尉殿の帰還 その1
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幹部レンジャー課程は、陸上自衛隊富士学校で約九十日間かけて行われているものだ。前半は主に体力訓練、そして後半は実戦訓練。私も詳しくは知らないけれど、たまにその様子の一部が動画サイトで見られるので、気になる人は是非とも探して見てほしい。自衛官の私から見ても、色々と尋常じゃないなと思うぐらい厳しいもので、彼等はドМ集団で教官殿達はドS集団なのか?なんて本気で考えてしまうぐらいだ。
そしてとにかく厳しいものだから、毎年必ずと言っていいほど脱落者が出る。だから最後の帰還式で帰ってきた隊員を見ると、疲労困憊していると同時にやり遂げたという満足感で、とても誇らしげな顔をしているのだ。
……まあ皆、顔が迷彩柄でドロドロだから、正直言って誰が誰だかもよく分からない状態ではあるんだけど。
「渉君はどうだったのかしらね?」
帰還式にやって来るのは、課程に参加している隊員の家族や部隊関係者、そして富士学校の関係者と陸自の上層部の人達。これに関しては一般の人達に公開されることはない。つまりここにいるのは、ほぼ全員が身内ってことになる。
「どうなんでしょう。さっき聞いたところによると、今年は三十一人中五人ほどが、最終想定で落ちてしまったみたいです」
それもその理由が体調不良だったとかで、無念だろうなって気の毒に思えてくる。
「うちの子がそこに入ってないことを祈るばかりだわ」
私は森永二尉のお母さんと一緒に、装備を手に続々と戻ってくる隊員達の様子を遠くから眺めていた。どうなのかしらと言いながらまったく心配している気配が無いのは、さすが二尉のお母さんといったところ。ちなみにお父さんはここに来て早々に、制服姿の偉い人に声をかけられ引っ張って行かれてしまった。それもさすがだ。
ところでここは、私と二尉が現在所属している駐屯地から、かなり離れた場所にある。つまり、移動許可を申請しなければならない距離。
ただ世間では夏休みなんてものが存在するわけで、それは自衛隊も御同様。それを利用して早めの夏期休暇を申請したらうまく許可が下りたので、二尉との約束も何とか守ることができたというわけだ。ということで今日の私は、休暇中で制服ではなく私服なので、パッと見は一般人だ。
「あそこに来た人、森永二尉じゃないでしょうか」
いかついお兄さん達ばかりの中で、スラリと背の高い迷彩服姿の隊員が一人。顔は迷彩柄のフェイスペイントをしているから判別が難しいけど、あの背格好は間違いなく二尉だと思う。
「そうね、息子だと思うわ。良かった、ちゃんと最後までたどりつけたのね。あの様子からして怪我もしていないみたいだし、一安心だわ」
そう言いながらニッコリと微笑んだ。
「今日は一緒に実家に戻られるんですか?」
「え? この後は夏期休暇に入ると言っていたけど、どうかしら? うちに戻ってくるより、美景さんと一緒にすごしたがると思うんだけど?」
「え?!」
「ん? だって三ヶ月ぶりなんでしょ? 積もる話もあるだろうから、こっちのことは気にしなくても良いのよ? 私達はこうやって、無事に戻ってきた息子を見られただけで十分に満足だから」
無邪気な笑顔を私に向けていますがお母さん、それはそれでちょっと怖いことなんですよ? 積もる話があっても、まったく聞いてもらえそうにありません。本当のところ実家に連れて行ってもらった方が、私としてはありがたいのですが。
「そりゃ、帰還式には来てほしいとは言われてましたけど、ここはやはり、御家族での団欒を優先したほうが良いのでは?」
ちょっと期待をこめて提案してみる。
「そう? だったら息子と合流してから決めましょうか。今日の主役はあの子なんだから、主役にどうしたいか決めさせてあげましょう」
それが一番よねとニッコリしていますけど、それってもう答えが分かっているってことじゃ……? 私、明日は生きていられるかな?
それから数時間後、御両親のもとに制服に着替えた二尉がやってきた。その胸には金色のレンジャー徽章が光っている。そしてこの徽章は迷彩服にも縫いつけられているはずだ。それはここの教官さん達が手ずから縫いつけてくれたもので、訓練中は鬼か悪魔かと言われる教官さんや助教さん達が、生徒たちに隠れてこっそり縫いつけていたかと思うと何だか微笑ましい。
「三ヶ月の訓練お疲れ様。怪我をしていないみたいで、まずは安心したわ」
「お陰様で」
お母さんの言葉にニッコリすると、二尉はお父さんと一瞬だけ視線を合わせた。言葉は交わしていないけど、同じ道を歩んだ者同士で通じ合うものがあるんだろう。なんだかそういう父親と息子の関係ってうらやましい。
「今日は来てくれてありがとう。みんなの顔を見たらホッとしたよ」
「それはこっちのセリフだ。お前が最後まで残っているのが分かって安心したよ」
「信吾さんたらずっと心配してたのよ、途中で脱落しちゃわないかって」
お母さんが楽しそうに二尉に暴露した。お父さんは何でそれをここで言うかなって顔をしている。
「まったく心配しない奈緒のほうがおかしいだろ」
「そんなことありませんー。渉は信吾さんと私の血をひいているんだもの、絶対に大丈夫だと思ってた」
「あのさ、ちなみに二人の血がどう作用していると考えているのか、聞いても良いかな」
二尉の質問に、お母さんは首をかしげて少しだけ考えこんだ。
「そうね。信吾さんの血はもちろん、知力体力諸々の自衛官に必要な全ての要素ね」
「母さんのは?」
「運の良さ」
それを聞いて二尉とお父さんは、まあ確かに運は必要かもしれないなと言って笑い出した。
「やれやれ。ここにとんでも料理人の血が混じったら、森永家はどうなることやら」
二尉はそんなことを言いながら、それまで三人の会話を黙って聞いていた私の肩に腕を回まわす。
「あのですね、何度も言いますけど、まだ決まったわけじゃないですからね、そこは間違えないように」
「どう思う?」
「俺達の息子だ、狙った獲物は逃がさないだろ」
「ちなみに、うちは私が捕まえたんですからね、そこは間違えないでね」
「え、そうなんですか?!」
その話は是非とも聞かせて欲しい!そう言いかけたのに、何故か口を素早く手でふさがれた。
「この話は長いからまた日を改めて。それじゃあ二人とも気をつけて帰ってくれ。ああ、甲府の爺ちゃんちに寄るんだっけ? あっちの皆様にもよろしく」
「あの、せっかくだから、みんなで食事……」
ふさいでいた手を引き剥がし御両親を誘おうとしたら、再び手で口をふさがれた。
「こっちはこっちで楽しくやるから」
「美景さん、私達の分まで渉のことお祝いしてあげてね」
い、いや、お母さん、ちょっと待ってください。そこであっさり引き下がらないで! 息子さんがレンジャー課程を無事に修了したんですよ? こう、もっとお祝いしたいわとか話を聞きたいわとか、無いんですか? 無いみたいですね……。
「あまりハメをはずすなよ。音無さんはまだ足が本調子じゃないことを忘れるな」
お父さん、心配するのはそこじゃないです。
御両親がじゃあねと言いながら帰っていくのを眺めながら、口をふさがれたままで溜め息をつく。私、完全に見捨てられた気分だ。
「なんだ、不満げだな」
「……」
口をふさがれていたら喋りたくても喋れませんよ!と、ふさいでいる手を指でさしながら二尉を軽く睨んだ。
「静かにしているって約束できるなら、手を離してやっても良いが?」
「……」
不本意ですという顔をしながらうなづく。そうしてやっと手から解放された。
「まったくもう。御両親に悪いとか思わないんですか? せっかく来てくださったのに!」
「ちゃんと礼は言っただろ? 音無が来ている時点で俺がどうしたいかなんて、両親もお見通しだよ」
「恥ずかしすぎる……」
「それで? ホテルは取ってあるのか?」
「日程が前後するって聞いてましたから、駅の近くのホテルをとって昨日から泊まってますよ」
しかも馬鹿正直に、ダブルルームなんてのでね!
「チェックアウトの予定は?」
「明後日にしてあります。あ、でも早く切り上げる分には、別にかまわないって言ってましたよ」
「明後日までか、なるほど」
「人の話を聞け」
肘鉄を食らわせようとしたら、かわされてしまった。
「俺がどんな行動に出るか分かってて部屋を取ったんだろ? だったら潔くあきらめろ」
「付き合っている者同士の話に、潔くあきらめろなんて言葉が出てくるなんて、どう考えてもおかしい」
「まあそう言わずに。とにかく俺をそこへ連れて行ってくれ、正直なところクタクタだ」
こうやって間近で二尉の顔を見ていると、少し痩せたみたいだし、普段通りにしているけれど、実はかなり疲れているのかな?と思った。ってことはもしかして、ホテルについたらベッドに倒れ込んで丸一日寝っぱなしなんて可能性もあるんじゃ?なんて考える。
「そんなわけないだろ、睡眠をとる前にまずは空腹を満たす。睡眠をとるのはそれからだ」
こっちの心の中の声が聞こえたのか、二尉は私のことを見下ろしてニヤッと笑った。
+++++
体を這っていた二尉の唇がどんどん下へとおりていき、やがて足の間にその顔が挟まるような形で止まった。そして太ももの内側にチクリと痛みを感じる。どうやら噛まれた模様。
「なんでそんな……」
すぐにでも中に押し入ってきそうな飢えた顔をしていたのに、何故か始めたのは執拗な愛撫。しかも隅から隅まで、まるで何かを確かめているかのよう。
「チェックしてるんだよ」
「なんの?」
「音無が、他の男にしるしをつけられてやしかないかって」
「ちょっと、そんなことされるわけないじゃないですかっ、なに考えて、ひゃっ」
指が熱く濡れ始めた場所を押し開き、そこに唇が押しつけられた。そして襞の間に舌が入り込んでくる。
「あ、やあ……っ、だからって舐めるとか有り得ないっ!!」
二尉と付き合い始めて一年。何度もベッドを共にしているのに、こんな風にされたのは初めてのことで、今更ながらやって来た初めてに頭がついていかない。気持ちが良いよりも恥ずかしいが先に立って、何とか逃げようとするんだけれど、そこはさすが相手はレンジャー課程を終えたばかりの自衛官、強い力でしっかりと腰をつかまれて逃がしてもらえそうになかった。
「そんなことして分かるんですか?! 目視するならともかく! ちょっと、だからってまじまじと見ない!」
私の言葉に顔を上げてジッと見るようなしぐさをしたので、思わず頭を殴ってやりたくなる。それと同時に頭に浮かんだのは、出掛ける時にしっかりシャワーを浴びておいて良かったってことだった。
「知ってるか?」
「なにがですか!」
世の女性達はよくもまあこんなことに耐えているなあなんて思いながら、非常に愉快そうな顔をしている二尉を睨みつけた。すると二尉は首をかしげた。
「今の良くなかったのか?」
「良かったとか良くなかったとか、そういうことじゃなくて!!」
「じゃあ良くなるまで続けてみるか」
「ややや、ちょっと、話の続きがあるんじゃ?!」
「それはまた改めて」
そう言って二尉は中断したことを再開した。いつもだと熱い塊が押し入ってくる場所で、柔らかい舌がゆっくりと浅く出たり入ったりしている。
「も、やだ……二尉、そんなところ……っ」
何か言おうとすると、それまでそこを押し広げていた指が中へと滑り込んできた。そして一番感じるところを探り出して指で撫で上げてきて、私はそこから生み出される快感に話すことを忘れて喘ぐばかりになっていた。
「久し振りだよな、音無のそんな甘えるような声を聞くのは」
「甘えてなんか……あっ、あぁっ……!」
逆らうようなことを言おうとすれば、すぐさま感じるところを攻められてまともに反論することもできない。そしてその間にも二尉はまるで猫のようにそこを舐め続け、やがて湿った水音まで微かに聞こえてくる始末。まったく私の体め、早々に陥落するとは情けない!!
「なかなか物覚えの良い体で大変よろしいな。御褒美をやらないと」
なにが御褒美なんだと突っ込む前にクチュリという微かな音がして、私には見えていない場所をきつく吸い、それまでゆったりとした動きだった舌が激しくその部分を刺激する。
「ひやぁっ、だめだめっ、あっ、あああ……っ!!」
足の間にある二尉の頭に手をやったものの、引き剥がしたいのか押し付けたいのか分からないまま、体を反らせて頭を左右に激しく振った。舌の動きに加え、体の中に差し込まれた指も激しく出し入れされてはたまらない。あっと言う間に、頭が真っ白になるような快感に呑み込まれてしまった。
「……良かっただろ?」
何がどうなってそうなったのかよく分からなくて、呆然としたまま体を震わせている私にそう言うと、二尉は体を起こし這い上がってきてキスをしてきた。その唇はいつもより濡れていて、なんだか変な味がする。
「……私これ、あまり好きじゃないです」
「それは良くなかったということか?」
「そういう問題じゃなくて」
体が感じるのと好きなのとは、また別物だってことだ。
「そうか。じゃあ今後は無しと言う方向で。それでさっきの話の続きな。ものの本によると、女性のここは男の形を覚えるそうだ、本当かどうかは分からないが」
そう言いながら私の下腹部に手を当てる。上から触れられただけなのに、余韻で震えている中がうずいた。
「……つまり?」
「つまり、もし俺が不在の間に誰か他の男がここに入っていたら、俺は違和感を感じるってことらしい」
「……私の浮気を疑ってると?」
体はまだ二尉から与えられた快感で震えているというのに、一瞬で本気で殴らせろって気分になった。だいたい何処でそんな知識を得てくるんだか。まさか富士学校で、夜な夜なそんな話をして盛り上がっていたとか? まったく男というやつは!! って言うか、そんな話をしている余裕なんてあったの?
「いや。まったく疑ってない」
その言葉にポカンと二尉のことを見上げた。
「ならどうして、チェックだとかなんだかんだと言い出すんですか! しかも今の話も!!」
その問い掛けに二尉はわざとらしく首をかしげた。
「あれやこれやもっともらしい理由をつけているが、結局のところ俺は音無のことを貪り食いたいんだろうな」
「言うに事欠いて、なんて恐ろしげなことを」
「それが今の正直な気持ちなんだからしかたないだろ。三ヶ月の間、ずっと会いたかった女が目の前にいるんだ。男としてはそんな気分になって当然だろ? 音無はまったくそんな素振りも見せてくれないが」
正直なのは良いことだとは思う。だけど正直すぎるのもいかがなものかと思うのだ。
「私がこの三ヶ月、なにをしていたか聞きたいですか?」
「いや、その口調からして聞かないほうが良いような気がしてきた」
私の口調からなにを感じ取ったのだろう。
「え、ちょっとは聞いてくださいよ、ねえってば」
「その前に俺の空腹を満たすほうが先だろ、料理人殿。話はそれからだ」
そう言うとゆっくとり体をつなげてきた。そしてしっかりと奥まで入り込むと、満足げな溜め息をつく。
「……あの、二尉?」
こんな時だけど、二尉に言おうと思っていて、今まで忘れていた言葉を急に思い出した。
「ん?」
「言い忘れていましたけど、お帰りなさい、それとお疲れ様でした」
二尉は目を見開いて私のことを見つめたと思ったら、やがて困ったような笑みを口元に浮かべた。
「まったく音無……」
「なんですか、言い忘れていたのを今、思い出したんだもの、しかたがないでしょ? それとも言わないほうが良かったですか?」
「いや、言ってくれて嬉しいよ」
私の頬を指の背で撫でると、二尉はなんとも言えない顔で私のことを見つめた。
「じゃあ俺も、言っていないことを思い出したから言っておく。ただいま、美景」
私と三尉の距離が、今まで以上に縮まったような気がした瞬間だった。
そしてとにかく厳しいものだから、毎年必ずと言っていいほど脱落者が出る。だから最後の帰還式で帰ってきた隊員を見ると、疲労困憊していると同時にやり遂げたという満足感で、とても誇らしげな顔をしているのだ。
……まあ皆、顔が迷彩柄でドロドロだから、正直言って誰が誰だかもよく分からない状態ではあるんだけど。
「渉君はどうだったのかしらね?」
帰還式にやって来るのは、課程に参加している隊員の家族や部隊関係者、そして富士学校の関係者と陸自の上層部の人達。これに関しては一般の人達に公開されることはない。つまりここにいるのは、ほぼ全員が身内ってことになる。
「どうなんでしょう。さっき聞いたところによると、今年は三十一人中五人ほどが、最終想定で落ちてしまったみたいです」
それもその理由が体調不良だったとかで、無念だろうなって気の毒に思えてくる。
「うちの子がそこに入ってないことを祈るばかりだわ」
私は森永二尉のお母さんと一緒に、装備を手に続々と戻ってくる隊員達の様子を遠くから眺めていた。どうなのかしらと言いながらまったく心配している気配が無いのは、さすが二尉のお母さんといったところ。ちなみにお父さんはここに来て早々に、制服姿の偉い人に声をかけられ引っ張って行かれてしまった。それもさすがだ。
ところでここは、私と二尉が現在所属している駐屯地から、かなり離れた場所にある。つまり、移動許可を申請しなければならない距離。
ただ世間では夏休みなんてものが存在するわけで、それは自衛隊も御同様。それを利用して早めの夏期休暇を申請したらうまく許可が下りたので、二尉との約束も何とか守ることができたというわけだ。ということで今日の私は、休暇中で制服ではなく私服なので、パッと見は一般人だ。
「あそこに来た人、森永二尉じゃないでしょうか」
いかついお兄さん達ばかりの中で、スラリと背の高い迷彩服姿の隊員が一人。顔は迷彩柄のフェイスペイントをしているから判別が難しいけど、あの背格好は間違いなく二尉だと思う。
「そうね、息子だと思うわ。良かった、ちゃんと最後までたどりつけたのね。あの様子からして怪我もしていないみたいだし、一安心だわ」
そう言いながらニッコリと微笑んだ。
「今日は一緒に実家に戻られるんですか?」
「え? この後は夏期休暇に入ると言っていたけど、どうかしら? うちに戻ってくるより、美景さんと一緒にすごしたがると思うんだけど?」
「え?!」
「ん? だって三ヶ月ぶりなんでしょ? 積もる話もあるだろうから、こっちのことは気にしなくても良いのよ? 私達はこうやって、無事に戻ってきた息子を見られただけで十分に満足だから」
無邪気な笑顔を私に向けていますがお母さん、それはそれでちょっと怖いことなんですよ? 積もる話があっても、まったく聞いてもらえそうにありません。本当のところ実家に連れて行ってもらった方が、私としてはありがたいのですが。
「そりゃ、帰還式には来てほしいとは言われてましたけど、ここはやはり、御家族での団欒を優先したほうが良いのでは?」
ちょっと期待をこめて提案してみる。
「そう? だったら息子と合流してから決めましょうか。今日の主役はあの子なんだから、主役にどうしたいか決めさせてあげましょう」
それが一番よねとニッコリしていますけど、それってもう答えが分かっているってことじゃ……? 私、明日は生きていられるかな?
それから数時間後、御両親のもとに制服に着替えた二尉がやってきた。その胸には金色のレンジャー徽章が光っている。そしてこの徽章は迷彩服にも縫いつけられているはずだ。それはここの教官さん達が手ずから縫いつけてくれたもので、訓練中は鬼か悪魔かと言われる教官さんや助教さん達が、生徒たちに隠れてこっそり縫いつけていたかと思うと何だか微笑ましい。
「三ヶ月の訓練お疲れ様。怪我をしていないみたいで、まずは安心したわ」
「お陰様で」
お母さんの言葉にニッコリすると、二尉はお父さんと一瞬だけ視線を合わせた。言葉は交わしていないけど、同じ道を歩んだ者同士で通じ合うものがあるんだろう。なんだかそういう父親と息子の関係ってうらやましい。
「今日は来てくれてありがとう。みんなの顔を見たらホッとしたよ」
「それはこっちのセリフだ。お前が最後まで残っているのが分かって安心したよ」
「信吾さんたらずっと心配してたのよ、途中で脱落しちゃわないかって」
お母さんが楽しそうに二尉に暴露した。お父さんは何でそれをここで言うかなって顔をしている。
「まったく心配しない奈緒のほうがおかしいだろ」
「そんなことありませんー。渉は信吾さんと私の血をひいているんだもの、絶対に大丈夫だと思ってた」
「あのさ、ちなみに二人の血がどう作用していると考えているのか、聞いても良いかな」
二尉の質問に、お母さんは首をかしげて少しだけ考えこんだ。
「そうね。信吾さんの血はもちろん、知力体力諸々の自衛官に必要な全ての要素ね」
「母さんのは?」
「運の良さ」
それを聞いて二尉とお父さんは、まあ確かに運は必要かもしれないなと言って笑い出した。
「やれやれ。ここにとんでも料理人の血が混じったら、森永家はどうなることやら」
二尉はそんなことを言いながら、それまで三人の会話を黙って聞いていた私の肩に腕を回まわす。
「あのですね、何度も言いますけど、まだ決まったわけじゃないですからね、そこは間違えないように」
「どう思う?」
「俺達の息子だ、狙った獲物は逃がさないだろ」
「ちなみに、うちは私が捕まえたんですからね、そこは間違えないでね」
「え、そうなんですか?!」
その話は是非とも聞かせて欲しい!そう言いかけたのに、何故か口を素早く手でふさがれた。
「この話は長いからまた日を改めて。それじゃあ二人とも気をつけて帰ってくれ。ああ、甲府の爺ちゃんちに寄るんだっけ? あっちの皆様にもよろしく」
「あの、せっかくだから、みんなで食事……」
ふさいでいた手を引き剥がし御両親を誘おうとしたら、再び手で口をふさがれた。
「こっちはこっちで楽しくやるから」
「美景さん、私達の分まで渉のことお祝いしてあげてね」
い、いや、お母さん、ちょっと待ってください。そこであっさり引き下がらないで! 息子さんがレンジャー課程を無事に修了したんですよ? こう、もっとお祝いしたいわとか話を聞きたいわとか、無いんですか? 無いみたいですね……。
「あまりハメをはずすなよ。音無さんはまだ足が本調子じゃないことを忘れるな」
お父さん、心配するのはそこじゃないです。
御両親がじゃあねと言いながら帰っていくのを眺めながら、口をふさがれたままで溜め息をつく。私、完全に見捨てられた気分だ。
「なんだ、不満げだな」
「……」
口をふさがれていたら喋りたくても喋れませんよ!と、ふさいでいる手を指でさしながら二尉を軽く睨んだ。
「静かにしているって約束できるなら、手を離してやっても良いが?」
「……」
不本意ですという顔をしながらうなづく。そうしてやっと手から解放された。
「まったくもう。御両親に悪いとか思わないんですか? せっかく来てくださったのに!」
「ちゃんと礼は言っただろ? 音無が来ている時点で俺がどうしたいかなんて、両親もお見通しだよ」
「恥ずかしすぎる……」
「それで? ホテルは取ってあるのか?」
「日程が前後するって聞いてましたから、駅の近くのホテルをとって昨日から泊まってますよ」
しかも馬鹿正直に、ダブルルームなんてのでね!
「チェックアウトの予定は?」
「明後日にしてあります。あ、でも早く切り上げる分には、別にかまわないって言ってましたよ」
「明後日までか、なるほど」
「人の話を聞け」
肘鉄を食らわせようとしたら、かわされてしまった。
「俺がどんな行動に出るか分かってて部屋を取ったんだろ? だったら潔くあきらめろ」
「付き合っている者同士の話に、潔くあきらめろなんて言葉が出てくるなんて、どう考えてもおかしい」
「まあそう言わずに。とにかく俺をそこへ連れて行ってくれ、正直なところクタクタだ」
こうやって間近で二尉の顔を見ていると、少し痩せたみたいだし、普段通りにしているけれど、実はかなり疲れているのかな?と思った。ってことはもしかして、ホテルについたらベッドに倒れ込んで丸一日寝っぱなしなんて可能性もあるんじゃ?なんて考える。
「そんなわけないだろ、睡眠をとる前にまずは空腹を満たす。睡眠をとるのはそれからだ」
こっちの心の中の声が聞こえたのか、二尉は私のことを見下ろしてニヤッと笑った。
+++++
体を這っていた二尉の唇がどんどん下へとおりていき、やがて足の間にその顔が挟まるような形で止まった。そして太ももの内側にチクリと痛みを感じる。どうやら噛まれた模様。
「なんでそんな……」
すぐにでも中に押し入ってきそうな飢えた顔をしていたのに、何故か始めたのは執拗な愛撫。しかも隅から隅まで、まるで何かを確かめているかのよう。
「チェックしてるんだよ」
「なんの?」
「音無が、他の男にしるしをつけられてやしかないかって」
「ちょっと、そんなことされるわけないじゃないですかっ、なに考えて、ひゃっ」
指が熱く濡れ始めた場所を押し開き、そこに唇が押しつけられた。そして襞の間に舌が入り込んでくる。
「あ、やあ……っ、だからって舐めるとか有り得ないっ!!」
二尉と付き合い始めて一年。何度もベッドを共にしているのに、こんな風にされたのは初めてのことで、今更ながらやって来た初めてに頭がついていかない。気持ちが良いよりも恥ずかしいが先に立って、何とか逃げようとするんだけれど、そこはさすが相手はレンジャー課程を終えたばかりの自衛官、強い力でしっかりと腰をつかまれて逃がしてもらえそうになかった。
「そんなことして分かるんですか?! 目視するならともかく! ちょっと、だからってまじまじと見ない!」
私の言葉に顔を上げてジッと見るようなしぐさをしたので、思わず頭を殴ってやりたくなる。それと同時に頭に浮かんだのは、出掛ける時にしっかりシャワーを浴びておいて良かったってことだった。
「知ってるか?」
「なにがですか!」
世の女性達はよくもまあこんなことに耐えているなあなんて思いながら、非常に愉快そうな顔をしている二尉を睨みつけた。すると二尉は首をかしげた。
「今の良くなかったのか?」
「良かったとか良くなかったとか、そういうことじゃなくて!!」
「じゃあ良くなるまで続けてみるか」
「ややや、ちょっと、話の続きがあるんじゃ?!」
「それはまた改めて」
そう言って二尉は中断したことを再開した。いつもだと熱い塊が押し入ってくる場所で、柔らかい舌がゆっくりと浅く出たり入ったりしている。
「も、やだ……二尉、そんなところ……っ」
何か言おうとすると、それまでそこを押し広げていた指が中へと滑り込んできた。そして一番感じるところを探り出して指で撫で上げてきて、私はそこから生み出される快感に話すことを忘れて喘ぐばかりになっていた。
「久し振りだよな、音無のそんな甘えるような声を聞くのは」
「甘えてなんか……あっ、あぁっ……!」
逆らうようなことを言おうとすれば、すぐさま感じるところを攻められてまともに反論することもできない。そしてその間にも二尉はまるで猫のようにそこを舐め続け、やがて湿った水音まで微かに聞こえてくる始末。まったく私の体め、早々に陥落するとは情けない!!
「なかなか物覚えの良い体で大変よろしいな。御褒美をやらないと」
なにが御褒美なんだと突っ込む前にクチュリという微かな音がして、私には見えていない場所をきつく吸い、それまでゆったりとした動きだった舌が激しくその部分を刺激する。
「ひやぁっ、だめだめっ、あっ、あああ……っ!!」
足の間にある二尉の頭に手をやったものの、引き剥がしたいのか押し付けたいのか分からないまま、体を反らせて頭を左右に激しく振った。舌の動きに加え、体の中に差し込まれた指も激しく出し入れされてはたまらない。あっと言う間に、頭が真っ白になるような快感に呑み込まれてしまった。
「……良かっただろ?」
何がどうなってそうなったのかよく分からなくて、呆然としたまま体を震わせている私にそう言うと、二尉は体を起こし這い上がってきてキスをしてきた。その唇はいつもより濡れていて、なんだか変な味がする。
「……私これ、あまり好きじゃないです」
「それは良くなかったということか?」
「そういう問題じゃなくて」
体が感じるのと好きなのとは、また別物だってことだ。
「そうか。じゃあ今後は無しと言う方向で。それでさっきの話の続きな。ものの本によると、女性のここは男の形を覚えるそうだ、本当かどうかは分からないが」
そう言いながら私の下腹部に手を当てる。上から触れられただけなのに、余韻で震えている中がうずいた。
「……つまり?」
「つまり、もし俺が不在の間に誰か他の男がここに入っていたら、俺は違和感を感じるってことらしい」
「……私の浮気を疑ってると?」
体はまだ二尉から与えられた快感で震えているというのに、一瞬で本気で殴らせろって気分になった。だいたい何処でそんな知識を得てくるんだか。まさか富士学校で、夜な夜なそんな話をして盛り上がっていたとか? まったく男というやつは!! って言うか、そんな話をしている余裕なんてあったの?
「いや。まったく疑ってない」
その言葉にポカンと二尉のことを見上げた。
「ならどうして、チェックだとかなんだかんだと言い出すんですか! しかも今の話も!!」
その問い掛けに二尉はわざとらしく首をかしげた。
「あれやこれやもっともらしい理由をつけているが、結局のところ俺は音無のことを貪り食いたいんだろうな」
「言うに事欠いて、なんて恐ろしげなことを」
「それが今の正直な気持ちなんだからしかたないだろ。三ヶ月の間、ずっと会いたかった女が目の前にいるんだ。男としてはそんな気分になって当然だろ? 音無はまったくそんな素振りも見せてくれないが」
正直なのは良いことだとは思う。だけど正直すぎるのもいかがなものかと思うのだ。
「私がこの三ヶ月、なにをしていたか聞きたいですか?」
「いや、その口調からして聞かないほうが良いような気がしてきた」
私の口調からなにを感じ取ったのだろう。
「え、ちょっとは聞いてくださいよ、ねえってば」
「その前に俺の空腹を満たすほうが先だろ、料理人殿。話はそれからだ」
そう言うとゆっくとり体をつなげてきた。そしてしっかりと奥まで入り込むと、満足げな溜め息をつく。
「……あの、二尉?」
こんな時だけど、二尉に言おうと思っていて、今まで忘れていた言葉を急に思い出した。
「ん?」
「言い忘れていましたけど、お帰りなさい、それとお疲れ様でした」
二尉は目を見開いて私のことを見つめたと思ったら、やがて困ったような笑みを口元に浮かべた。
「まったく音無……」
「なんですか、言い忘れていたのを今、思い出したんだもの、しかたがないでしょ? それとも言わないほうが良かったですか?」
「いや、言ってくれて嬉しいよ」
私の頬を指の背で撫でると、二尉はなんとも言えない顔で私のことを見つめた。
「じゃあ俺も、言っていないことを思い出したから言っておく。ただいま、美景」
私と三尉の距離が、今まで以上に縮まったような気がした瞬間だった。
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