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本編
第二十五話 二尉殿、不在中 その3 side - 大森
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「……これで何人目だ?」
「二十人目です」
「それはまた……。しかし、糧食班の班員相手に情けないぞ、お前達。今まで何をやってきたんだ。こんな体たらくな状態を見たら、小隊長が情けなくて泣くぞ」
溜め息をつきながら額に『反省中』と赤文字のスタンプをおされた部下を見下ろした。泣く前に全員締められるかもな、色々な意味で……。
森永二尉がレンジャー課程のために不在になって、二ヶ月が経とうとしていた。自分が不在の間、足を骨折した音無三曹が無茶をしないように見守ってやって欲しいと言われ、彼女をそれとなく気にかけていたのだが、ちょっとばかりイタズラ心を出したのがまずかった。
梅雨の長雨で屋内でできる訓練が限られている中、音無をターゲットにして小隊の面々にストーキングをさせていたのだが、それをどうしたことか彼女に気づかれた。だいたいターゲットに気づかれること自体が問題なんだが、まあそこは後々の再訓練の課題として横に置いておく。
とにかく貼りつくのをやめない俺達に業を煮やした音無は、本格的な反撃を開始した。それがこの、隊員達の額にデカデカとおされたスタンプだ。無茶をしないように見守るはずの俺達が、結果的に彼女に無茶をさせているというこの現状は実に頭が痛い。
「どう考えてもこっちが不利ですよ。音無三曹は怪我をしているし女性ですから。それに屋内で他の隊員の目もあるので、こっちは手荒な反撃ができません」
「あっちだって怪我をしているんだ、動きにハンデがあるだろ。他人の目があるという点では、お互い様なんじゃないのか?」
とは言え、骨折してから二ヶ月。本格的な夏を前にして怪我の回復具合は良好らしく、日に日に音無の動きはアクティブなものになっている。最近では隊員達が見かけるのは、片足とびで元気よく逃げていく彼女の背中ばかりだそうだ。これはもしかして、全員が顔にスタンプをおされる日も近いか?
「三曹、絶対に大森二曹と山本二曹の顔に、十個ぐらいスタンプをおすって張り切ってましたよ」
やれやれ、相手は俺達を殺る気満々だ。
「お前達、何としてもスタンプを奪取だぞ」
「でも自分は今日スタンプをおされたので、少なくとも24時間は生き返っての参戦はできないって、音無三曹が言ってました。スタンプをおされて24時間以内の奴が参戦しているのを見つけたら、今度は鍋蓋でぶん殴るって」
「なに勝手にルールを決めてるんだ、あいつは……」
そりゃまあ多勢に無勢なんだから、そのぐらいのハンデが無ければ、あっちだってやっていられないだろう。しかし、ちょっと容赦がなさすぎないか? 鍋蓋でぶん殴るだって?
「これで小隊が全滅したら、全員で初級偵察課程をやり直さなきゃならなくなるな……」
これは笑いごとではなくなってきたな、そろそろ本腰を入れなきゃダメか? いや、糧食班の隊員を相手に、それはいくらなんでも大人げないような気もするな。さて、どうしたものか。
「大森……」
そこへ山本がやってきた。ん? 奴の額が赤いのは何故だ。
「……山本、それはもしかして」
「俺、今日は参加していなかったんだけどな。何故か小隊の人間だから問答無用だと言われて、額におしていきやがった」
「おいおいおい」
長期戦にもつれこんでからは、もう何でもありだな音無め。
「どうするんだ、これ。落としどころはあるのか?」
額をこすりながら山本がこっちを見る。その眼はお前のせいだから何とかしろと言っている。たしかに思いついたのは俺だ。だが、お前だって楽しんでいたじゃないか。嬉々として参戦していたくせに、面倒事はすべてこっちに押しつけるつもりか?
「俺もそこまで考えてなかったな。二尉が戻ってきたら任務終了ぐらいに考えていた。まさか駐屯地内で、音無にゲリラ戦を挑まれるとは思ってなかったからなあ。明日は音無、病院に行くんだよな? 一時休戦を申し出るか?」
「あいつがそれを受け入れるかね?」
「今の小隊の状況からして、多少の譲歩はしてでも、停戦協定を結んだ方が得策だと思うが?」
そう言いながらやって来たのは、右頬に反省中の文字をつけた小池曹長だ。音無め、とうとう小隊付きの先任曹長にまでスタンプをおしやがった。
「とうとう小池曹長も反省中になりましたか」
「まったく。音無三曹があそこまでジャジャ馬だとは思わなかったな。いい加減にしないと、このスタンプのせいで不審に思う幹部が出てくるんじゃないか?」
それでも小池曹長はそれなりに楽しんでいるらしく、半笑いを浮かべた。
駐屯地内で行われているこのゲリラ戦は、今のところ上の耳には入っていないはずだ。衛生科の江崎三曹や女性隊員の生温かい視線から察するに、下っ端連中は少なからずギャラリーになっているヤツもいるようだが。
「しかし楽しそうですね、曹長」
「音無が女なのがもったいないと思ってな。相手の後ろから忍びよる技術は、なかなかなものだと感心しているところだ。もしかして誰かに仕込まれでもしたかな?」
「まさかうちの小隊長仕込みとか?」
「それも有り得るか。デートはもっぱら行軍と実戦訓練だっていう噂は本当かもしれん。あと作戦参謀な。誰かが知恵を授けている可能性もある」
さすがあの森永二尉の選んだ相手だと曹長は感心しているが、そうも言っていられない。このままだと、うちの小隊は全滅だ。
「音無に作戦参謀がいるかどうかは分かりませんが、とにかく一旦停戦を申し入れてきます」
「お前は無傷で終わらせるつもりなのか」
山本がそれはずるくないか?と言ってきた。
「そうは言っていないじゃないか。要はタイミングだろ?」
夕飯の時にでも話を持ちかけてみるか。さすがにあそこでは、スタンプをおされることはないだろうから。
+++++
「おい、音無、話がある」
食堂がまだ隊員達であふれ返っているうちにと、カウンターの向こう側にいた音無に声をかけた。
「おや大森二曹。とうとう自分でスタンプをおされに来たんですかー?」
そう言ってエプロンのポケットかられいのスタンプを出すと、ニヤニヤしながらこっちにかざして見せる。おい、なんでそんなところにまで持ち込んでいやがるんだ。
「そんなわけあるか。停戦の話し合いだよ」
「はーん? 自分が無傷のうちに停戦とか、ちょっとズルいんじゃないですかねー?」
嫌味な顔をしてスタンプを振り回している。その場にいた班員はそれとなくこっちに背中を向けている、ということは我関せずを突き通すつもりらしい。
「それは単なる偶然だ。そろそろギプスもはずれる頃だろ。ってことはこっちに任務も終了ってことだ」
「あ、そう」
そして相変わらずな胡散臭げな表情でこっちを見つめている。
「小隊付の陸曹長にまでスタンプをおしたんだ、もう気が済んだだろ?」
「なに言ってるんですか。この騒動の諸悪の根源である大森二曹長のおでこに十個ぐらいおさない限り、私の気は済みませんよ?」
おいおい。
「……とにかくだ、こっちも外での訓練を優先したい。そろそろお遊びはおしまいにしないと」
「ほーほーほー……」
何やら思案しながらこっちにやって来た。今では松葉杖も片側だけになっているので、動きは怪我をする前とほとんど変わらないように思う。音無は、調理室と食堂の境になっている出入口で立ち止まった。
「つまりはー、この勝負、私の勝ちってことで良いですかねえ?」
「勝ち負けの問題なのか」
「えーと、ここ二ヶ月で私がスタンプをおした人数は、重複した分までカウントすると小隊人数を越えます。つまるところ、小隊は全滅ってことで私の勝ちでは?」
やれやれ、まったく。
「分かった分かった、そっちの勝ちってことで手を打つ」
「それとこの勝敗の結果は、戻ってきた二尉に報告することも条件の一つに」
「……おい」
「なんです? なにか問題でも? 私としてはあと一ヶ月続けて、あと二回ほど小隊を全滅に追い込んでも良いんですよ?」
そう言ってニヤニヤする顔は、訓練中にこっちの裏をかいてニヤニヤしていた森永二尉に似ていなくもない。似た者同士ってやつか、厄介なことだ。
「悪人みたいな顔になってるぞ」
「気分は悪人のそれですから」
「……分かった、好きにしろ」
「よっしゃ。報告は大森二曹から二尉にきちんとしてくださいね。あとで確かめますから、でたらめを報告しないように。じゃあついでに」
そう言うと、目にもとまらぬ速さと言うやつで、俺の額に何か押しつけてきた。慌てて手を額にやると、指先に赤いインクがついた。やられた!!
「おまえ!!」
「これで取り敢えずミッションコンプリート!! やったー!!」
そう言いながら調理室の奥へと逃げていく。俺達がそっちに立ち入れないことを知っていての行動だ。そして少し離れたところで振り返ってこっちを見た。
「では大森二曹、つつしんで停戦の提案をお受けします。額におすはずだったスタンプ、一個だけで勘弁してあげたんだから、感謝してくださいよね」
口調はそこそこ丁寧なものだったが、その顔はまさに悪徳政治家顔負けのものだった。
「とうとうやられたか。うちの小隊は間違いなく全滅だな」
「まったくとんだジャジャ馬だ。とれたか?」
額をこすりながら、笑っている山本に確認する。
「赤いままだが反省中の文字は消えたな。あとで顔洗って来い、すぐに取れるから」
テーブルについていた小隊のメンバーも、こっちを見て呑気に笑っている。お前達、笑ってる場合じゃないってことを分かってるのか? 俺達の小隊は、糧食班のジャジャ馬一人相手に壊滅したんだぞ?
「お前達、笑ってる場合じゃないぞ。この結果は森永二尉の耳に入ることになるんだからな」
途端に全員の笑いが引っ込んだ。つまり、二尉が戻ったら地獄の再訓練が始まるということだ。怪我人相手に手加減していたことを差し引いても、間違いなく再訓練だ。残暑の厳しい中での地獄の訓練とはなかなかどうして、心躍るものがあるじゃないか。
「今のうちにがまえだけはしておけよ?」
なにせうちの小隊長殿は、化け物じみた体力の持ち主だからな。
「まったく、イタズラを仕掛けた相手が悪かったとしか言いようがないな。さて、今回のことに巻き込まれた俺達としては、大森から酒の一杯でもおごってもらわないと気が済まないぞ」
「なに言ってるんだ。退屈しのぎにはちょうど良いと嬉々として乗ってきたくせに。運命共同体だ、森永二尉が戻ってくるまで、全員で首を洗って待つこと。以上だ」
不満げな隊員達の声があがったが知ったことか。
少なくとも本日付けで、俺達偵察小隊と音無三曹との間では、暫定的ではあるが停戦合意がなされた。
「二十人目です」
「それはまた……。しかし、糧食班の班員相手に情けないぞ、お前達。今まで何をやってきたんだ。こんな体たらくな状態を見たら、小隊長が情けなくて泣くぞ」
溜め息をつきながら額に『反省中』と赤文字のスタンプをおされた部下を見下ろした。泣く前に全員締められるかもな、色々な意味で……。
森永二尉がレンジャー課程のために不在になって、二ヶ月が経とうとしていた。自分が不在の間、足を骨折した音無三曹が無茶をしないように見守ってやって欲しいと言われ、彼女をそれとなく気にかけていたのだが、ちょっとばかりイタズラ心を出したのがまずかった。
梅雨の長雨で屋内でできる訓練が限られている中、音無をターゲットにして小隊の面々にストーキングをさせていたのだが、それをどうしたことか彼女に気づかれた。だいたいターゲットに気づかれること自体が問題なんだが、まあそこは後々の再訓練の課題として横に置いておく。
とにかく貼りつくのをやめない俺達に業を煮やした音無は、本格的な反撃を開始した。それがこの、隊員達の額にデカデカとおされたスタンプだ。無茶をしないように見守るはずの俺達が、結果的に彼女に無茶をさせているというこの現状は実に頭が痛い。
「どう考えてもこっちが不利ですよ。音無三曹は怪我をしているし女性ですから。それに屋内で他の隊員の目もあるので、こっちは手荒な反撃ができません」
「あっちだって怪我をしているんだ、動きにハンデがあるだろ。他人の目があるという点では、お互い様なんじゃないのか?」
とは言え、骨折してから二ヶ月。本格的な夏を前にして怪我の回復具合は良好らしく、日に日に音無の動きはアクティブなものになっている。最近では隊員達が見かけるのは、片足とびで元気よく逃げていく彼女の背中ばかりだそうだ。これはもしかして、全員が顔にスタンプをおされる日も近いか?
「三曹、絶対に大森二曹と山本二曹の顔に、十個ぐらいスタンプをおすって張り切ってましたよ」
やれやれ、相手は俺達を殺る気満々だ。
「お前達、何としてもスタンプを奪取だぞ」
「でも自分は今日スタンプをおされたので、少なくとも24時間は生き返っての参戦はできないって、音無三曹が言ってました。スタンプをおされて24時間以内の奴が参戦しているのを見つけたら、今度は鍋蓋でぶん殴るって」
「なに勝手にルールを決めてるんだ、あいつは……」
そりゃまあ多勢に無勢なんだから、そのぐらいのハンデが無ければ、あっちだってやっていられないだろう。しかし、ちょっと容赦がなさすぎないか? 鍋蓋でぶん殴るだって?
「これで小隊が全滅したら、全員で初級偵察課程をやり直さなきゃならなくなるな……」
これは笑いごとではなくなってきたな、そろそろ本腰を入れなきゃダメか? いや、糧食班の隊員を相手に、それはいくらなんでも大人げないような気もするな。さて、どうしたものか。
「大森……」
そこへ山本がやってきた。ん? 奴の額が赤いのは何故だ。
「……山本、それはもしかして」
「俺、今日は参加していなかったんだけどな。何故か小隊の人間だから問答無用だと言われて、額におしていきやがった」
「おいおいおい」
長期戦にもつれこんでからは、もう何でもありだな音無め。
「どうするんだ、これ。落としどころはあるのか?」
額をこすりながら山本がこっちを見る。その眼はお前のせいだから何とかしろと言っている。たしかに思いついたのは俺だ。だが、お前だって楽しんでいたじゃないか。嬉々として参戦していたくせに、面倒事はすべてこっちに押しつけるつもりか?
「俺もそこまで考えてなかったな。二尉が戻ってきたら任務終了ぐらいに考えていた。まさか駐屯地内で、音無にゲリラ戦を挑まれるとは思ってなかったからなあ。明日は音無、病院に行くんだよな? 一時休戦を申し出るか?」
「あいつがそれを受け入れるかね?」
「今の小隊の状況からして、多少の譲歩はしてでも、停戦協定を結んだ方が得策だと思うが?」
そう言いながらやって来たのは、右頬に反省中の文字をつけた小池曹長だ。音無め、とうとう小隊付きの先任曹長にまでスタンプをおしやがった。
「とうとう小池曹長も反省中になりましたか」
「まったく。音無三曹があそこまでジャジャ馬だとは思わなかったな。いい加減にしないと、このスタンプのせいで不審に思う幹部が出てくるんじゃないか?」
それでも小池曹長はそれなりに楽しんでいるらしく、半笑いを浮かべた。
駐屯地内で行われているこのゲリラ戦は、今のところ上の耳には入っていないはずだ。衛生科の江崎三曹や女性隊員の生温かい視線から察するに、下っ端連中は少なからずギャラリーになっているヤツもいるようだが。
「しかし楽しそうですね、曹長」
「音無が女なのがもったいないと思ってな。相手の後ろから忍びよる技術は、なかなかなものだと感心しているところだ。もしかして誰かに仕込まれでもしたかな?」
「まさかうちの小隊長仕込みとか?」
「それも有り得るか。デートはもっぱら行軍と実戦訓練だっていう噂は本当かもしれん。あと作戦参謀な。誰かが知恵を授けている可能性もある」
さすがあの森永二尉の選んだ相手だと曹長は感心しているが、そうも言っていられない。このままだと、うちの小隊は全滅だ。
「音無に作戦参謀がいるかどうかは分かりませんが、とにかく一旦停戦を申し入れてきます」
「お前は無傷で終わらせるつもりなのか」
山本がそれはずるくないか?と言ってきた。
「そうは言っていないじゃないか。要はタイミングだろ?」
夕飯の時にでも話を持ちかけてみるか。さすがにあそこでは、スタンプをおされることはないだろうから。
+++++
「おい、音無、話がある」
食堂がまだ隊員達であふれ返っているうちにと、カウンターの向こう側にいた音無に声をかけた。
「おや大森二曹。とうとう自分でスタンプをおされに来たんですかー?」
そう言ってエプロンのポケットかられいのスタンプを出すと、ニヤニヤしながらこっちにかざして見せる。おい、なんでそんなところにまで持ち込んでいやがるんだ。
「そんなわけあるか。停戦の話し合いだよ」
「はーん? 自分が無傷のうちに停戦とか、ちょっとズルいんじゃないですかねー?」
嫌味な顔をしてスタンプを振り回している。その場にいた班員はそれとなくこっちに背中を向けている、ということは我関せずを突き通すつもりらしい。
「それは単なる偶然だ。そろそろギプスもはずれる頃だろ。ってことはこっちに任務も終了ってことだ」
「あ、そう」
そして相変わらずな胡散臭げな表情でこっちを見つめている。
「小隊付の陸曹長にまでスタンプをおしたんだ、もう気が済んだだろ?」
「なに言ってるんですか。この騒動の諸悪の根源である大森二曹長のおでこに十個ぐらいおさない限り、私の気は済みませんよ?」
おいおい。
「……とにかくだ、こっちも外での訓練を優先したい。そろそろお遊びはおしまいにしないと」
「ほーほーほー……」
何やら思案しながらこっちにやって来た。今では松葉杖も片側だけになっているので、動きは怪我をする前とほとんど変わらないように思う。音無は、調理室と食堂の境になっている出入口で立ち止まった。
「つまりはー、この勝負、私の勝ちってことで良いですかねえ?」
「勝ち負けの問題なのか」
「えーと、ここ二ヶ月で私がスタンプをおした人数は、重複した分までカウントすると小隊人数を越えます。つまるところ、小隊は全滅ってことで私の勝ちでは?」
やれやれ、まったく。
「分かった分かった、そっちの勝ちってことで手を打つ」
「それとこの勝敗の結果は、戻ってきた二尉に報告することも条件の一つに」
「……おい」
「なんです? なにか問題でも? 私としてはあと一ヶ月続けて、あと二回ほど小隊を全滅に追い込んでも良いんですよ?」
そう言ってニヤニヤする顔は、訓練中にこっちの裏をかいてニヤニヤしていた森永二尉に似ていなくもない。似た者同士ってやつか、厄介なことだ。
「悪人みたいな顔になってるぞ」
「気分は悪人のそれですから」
「……分かった、好きにしろ」
「よっしゃ。報告は大森二曹から二尉にきちんとしてくださいね。あとで確かめますから、でたらめを報告しないように。じゃあついでに」
そう言うと、目にもとまらぬ速さと言うやつで、俺の額に何か押しつけてきた。慌てて手を額にやると、指先に赤いインクがついた。やられた!!
「おまえ!!」
「これで取り敢えずミッションコンプリート!! やったー!!」
そう言いながら調理室の奥へと逃げていく。俺達がそっちに立ち入れないことを知っていての行動だ。そして少し離れたところで振り返ってこっちを見た。
「では大森二曹、つつしんで停戦の提案をお受けします。額におすはずだったスタンプ、一個だけで勘弁してあげたんだから、感謝してくださいよね」
口調はそこそこ丁寧なものだったが、その顔はまさに悪徳政治家顔負けのものだった。
「とうとうやられたか。うちの小隊は間違いなく全滅だな」
「まったくとんだジャジャ馬だ。とれたか?」
額をこすりながら、笑っている山本に確認する。
「赤いままだが反省中の文字は消えたな。あとで顔洗って来い、すぐに取れるから」
テーブルについていた小隊のメンバーも、こっちを見て呑気に笑っている。お前達、笑ってる場合じゃないってことを分かってるのか? 俺達の小隊は、糧食班のジャジャ馬一人相手に壊滅したんだぞ?
「お前達、笑ってる場合じゃないぞ。この結果は森永二尉の耳に入ることになるんだからな」
途端に全員の笑いが引っ込んだ。つまり、二尉が戻ったら地獄の再訓練が始まるということだ。怪我人相手に手加減していたことを差し引いても、間違いなく再訓練だ。残暑の厳しい中での地獄の訓練とはなかなかどうして、心躍るものがあるじゃないか。
「今のうちにがまえだけはしておけよ?」
なにせうちの小隊長殿は、化け物じみた体力の持ち主だからな。
「まったく、イタズラを仕掛けた相手が悪かったとしか言いようがないな。さて、今回のことに巻き込まれた俺達としては、大森から酒の一杯でもおごってもらわないと気が済まないぞ」
「なに言ってるんだ。退屈しのぎにはちょうど良いと嬉々として乗ってきたくせに。運命共同体だ、森永二尉が戻ってくるまで、全員で首を洗って待つこと。以上だ」
不満げな隊員達の声があがったが知ったことか。
少なくとも本日付けで、俺達偵察小隊と音無三曹との間では、暫定的ではあるが停戦合意がなされた。
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