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本編
第二十四話 二尉殿、不在中 その2
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そもそも自衛隊が有する偵察隊本来の任務は『隠密偵察』をすることにある。つまりは相手に気取られることなく敵陣営の様子をくまなく調べ上げ素早く撤収し、その情報をいち早く味方に伝えるというもの。
ちなみに本来の軍隊にはもう一つの偵察任務があって『威力偵察』と呼ばれるものだ。こちらは相手の武力規模や敵の位置を調べるために小規模な部隊を展開して攻撃をしかけるもので『強行偵察』とも言われている。こちらは自衛隊の性格上、その任務には含まれていない偵察手段である。
+++
「……」
壁にもたれかかると息をころし、相手の気配をうかがう。相手がこちらが隠れていることに気がつかず通りすぎたところを、後ろから松葉杖の先っぽで膝の後ろを素早く突いた。
「隙あり!!」
「わあっ」
思わぬ膝カックンに、その人はその場で床に膝をついた。そしてこっちを見上げて情けない顔をする。彼の名前は山本二曹の分隊にいる赤城陸士長。去年こちらに配属されてきた新人君だ。
「ひどいですよ、音無三曹。あああ、そんな片足飛びなんてしないで、ちゃんと松葉杖ついて歩いてください!」
「ひどいのはどっちですか、この一ヶ月、皆で私のことを追い回して!!」
そう言いながらも、言われた通りに脇に松葉杖をはさむ。まずはこの状態にならないと、相手との会話が進まないのはこの一ヶ月でよーく分かった。
「そんなこと言ったって、こっちだって班長からの命令なんですからしかたないでしょう」
「班長の命令だろうがなんだろうが、いい加減につきまとうのはやめてください。ものっすごく迷惑です」
「それは大森二曹に言ってもらえないかなあ……」
「言いましたよ、聞き入れてもらえませんでしたけど!!」
そうなのだ。この一ヶ月、なぜか私は森永小隊につきまとわれている。それに気がついたのは、大森さんが寮に送り届けてくれた日から三日ほどしてから。
移動している時に何度か変な視線を感じることがあって、私はそれとなく食堂に隊員達を観察することにした。そして二尉の率いる小隊のメンバーが、なぜか私のことを遠巻きに付け回していることに気がついたのだ。ストーカーがどうのと言って大森さんが思いついたのは、どうやらこれだったらしい。
+++
「私を使って訓練をするのはやめてもらえませんかね?」
「梅雨の時期は雨ばかりで、施設内での訓練ばかりだからな。こんなことでもさせておかないと、勘が鈍るんだよ」
「だったら別の人をターゲットにすれば良いじゃないですか。私は偵察隊とは関係ない人間ですよ?」
どうして私を付け回そうだなんて思いついたのか。
「関係ない人間でないと意味が無いんだよ。それに二尉から音無を見守れと言われているんだ、一石二鳥だろ?」
どう意味が無いのかさっぱり分からないし、なにが一石二鳥なのにか理解不能だ。
「どこがどこが! とにかくやめてください!」
「俺に命令できるのは二尉だけだからなあ……」
大森二曹はシレッとした口調で、抗議する私にこう言い放った。く、くそうっ、二尉と連絡が取れないことを良いことに、好き勝手なことを言ってくれちゃって! だいたいこれって大森さんが独断で始めたことで、二尉は関係ないことなんじゃ?
「だいたい私はほとんど屋内だし、こっそり追い回す訓練、大して役に立たないんじゃないですか?」
「だが週一で病院に行くだろ?」
「ちょっと待った……もしかして通院時もついてきてるんですか?!」
「車で追跡なんて、なかなかできることじゃないからな。音無のお蔭で、いろいろと実地で試せてありがたいことだ」
「それすでに、偵察隊の任務じゃないような気が!!」
それって警察官がする尾行というやつでは?! そりゃあ偵察隊は訓練で車も使うしバイクも使う。だけどそれは、もっと違うことで使っているのでは?!
「何が役に立つか分からないからな。で、こっちはしっかり見守っているんだから知ってるぞ。いくら手すりつきの階段だからといって、松葉杖を使わずに階段を片足飛びで昇るのはやめろ。踏み外して落ちたら、二尉にどう言い訳するつもりなんだ」
そこまで見られていたとは。もうこれは『見守る』ではなく立派な『監視する』だ。
「もう松葉杖を使うの面倒なんですよ、それに、ちゃんと手すりをつかんでます」
「注意一秒、怪我一生って言葉を知ってるか?」
「はぁぁぁぁ、まさか大森さんが、ここまで口うるさい人だったなんて!」
「俺じゃなくてもうるさく言うだろう、音無は怪我人なんだから。これでもまだ二尉のカノジョってことで、遠慮している方だ、ありがたく思えよ」
「にしてもうるさすぎ!!」
+++
梅雨空が続いて野外での訓練がなかなか思うように進まないからって、私のことをターゲットにして追い回すのはやめてほしい。そういうわけで追い回されるのもいい加減に疲れてきたので、月に一度ある、三枝さんと班長と三人で開く定例会議の時に泣きついた。
「蓮田班長、班長からやめるように言ってもらえませんか? 少なくとも班長の方が二尉より階級は上なんだし、上官命令ってやつでなんとなるでしょ?」
「少なくとも上って、随分とひどい言われようだねえ。そりゃまあ確かに、業務隊にいる僕から偵察隊に命令を出す権限なんて、無いわけなんだけどさ」
「そこを何とか~」
班長のことを拝んでみる。
「業務に差し障りが出るほどなのかい?」
「そこは線引きされているみたいで、邪魔にはなりませんけど……」
当然のことながら調理室にいる時には、そこに入ってくることなんて無いわけで。
「だったら、少しぐらい大目に見てあげたらどうなんだい? 怪我をした音無君のことを心配して、ついて回っているという相手の言い分も分からないでもないし」
どの辺が分からないでもないんだか、本当に信じられない。
「それに、少なくとも音無君が反撃しなければ、相手と接触することもないんだろ?」
「なんですか、つまりは反撃する私が悪いとでも?」
「そうは言わないけど、存在を気にしなければ問題ないのでは?って話だよ」
そうは言うものの、一度気がついてしまったのもを無いものとして無視するというのは、なかなか難しいものだ。
「去年だったか射撃訓練の時に、大森二曹が森永二尉に後ろに立たれて、気が散って狙いが定まらなかったことがあったろう? あの時に僕が言ったことを覚えてるかな?」
「えっと、その程度で気が散るようなら、実戦ではとても使いものにならないとかなんとか」
「うんうん、よく覚えていたね。それと同じだ思うよ? 遠巻きに監視されているぐらいで気が散るようじゃ、まだまだ戦う料理人には程遠いんじゃないかな」
ニコニコしながらもっともらしいことを言っているけど、班長だって実のところ、二尉とつながっているんだから信用ならないのだ。
「気になる私がいけないんですか……」
「そうとは言わないけど、気にしないようにすることはできるんじゃないかって話だよ。それがイヤなら、徹底抗戦あるのみだね、怪我人が出ない程度に」
三枝さんは最初はポカンとして班長の話を聞いて入たけど、そのうちおかしそうに笑い出した。
「笑いごとじゃありませんよ、三枝さん。四六時中つきまとわれる私の身にもなってください。あんな風に一日中貼りついていられたら、うっかりおならもできないじゃないですか」
「たしかに窮屈なのかしらね……」
見守るだけじゃなくて、絶対に聞き耳も立てているに違いないんだもの、迂闊に独り言だって言えやしない。窮屈なのかしら、じゃなくて、窮屈なの!
「おならはトイレでするんだね。そこまでは彼等も入ってこないんだろうから」
「だったらもう、徹底抗戦するしかないですかね……」
「怪我人が出ない程度にだよ。音無君だってまだ松葉杖だし、ギプスも取れていないんだから。それと営外であれこれするのは慎むこと。そんな不満げな顔をしない。君がまた事故にでも巻き込まれて怪我でもしたら、今度こそ東部方面後方支援隊とうちは全面戦争だよ」
これ以上のもめ事はごめんだよと、班長が釘を刺してきた。
「うっかり独り言もおならもできない生活だなんて……」
「音無さん、廊下でおならなんてしてたの?」
「してませんよ、例えばの話です」
そこは本気にしないでほしかったですよ、三枝さん!
「君が本当に戦う料理人を目指しているなら、偵察隊の連中ぐらい手玉にとれないとね。まあ頑張りなさい」
「なに音無さんをけしかけてるんですか、蓮田さん」
三枝さんが班長の言葉にあきれた顔をした。結局のところ班長も、私と偵察小隊のやり取りを遠巻きに眺めながら、楽しんでいるってことなんだと思う。
「女性隊員はプチレンジャーにも行けないんだから、この際、彼等を相手に実地で学んでみたらどうだい? 意外と役立つ日が来るかもしれない」
「蓮田さんったら。……ちょっと音無さん、まさか今の蓮田さんの言葉、本気にしたわけじゃないわよね?」
「仕掛けてきたのはあっちが先ですからね、私はそれに対して反撃するだけです」
蓮田班長の了解?も得たことだし、私は駐屯地の建物と内部の配置図を眺めながら真剣に検討することにした。何をって? もちろん徹底抗戦するための作戦に決まってる。
+++
「音無、これは何?」
机の上に置いてある大きなスタンプを手に、江崎さんが首をかしげる。
「スタンプ」
「いや、それは分かるんだけど、何でこんなに大きなものを?ってか、これ何処で買ってきたの」
「ん? ネットでオリジナルスタンプを作るサイトがあったから通販したの。顔料インキだから簡単に落ちるしね」
「……一体どこに押すつもりなの……反省中って……」
江崎さんの顔を見ながら不気味な笑みを浮かべてしまったみたいで、彼女が若干ひるんだのが分かった。
「もちろん、私を追い回す偵察小隊の面々に決まってるじゃない」
室内でペイント弾を使うわけにもいかないし、これは正式な訓練じゃない。だからその代わりに、その顔にスタンプを押すことにしたのだ。落ちないインキにしなかっただけでも感謝してほしい。
「……とうとう松葉杖の膝カックンだけでは飽き足らなくなったのか」
「料理人なめんな精神で徹底抗戦です」
「まさかの全面戦争とか」
「もちろん自分の仕事はちゃんとするよ。だけどギプスが取れるまでは、まともに仕事をあてがってもらえないからねえ……少しでも他のことで貢献しないと」
フフフフと自分でも変な笑いがこみ上げてくる。私の脳内では、これは偵察隊の練度を上げるための協力ですと、都合よく変換されていた。
「音無、顔が悪人面になってる」
「上にばれないようにこそこそとやるつもりだから、もし何か見ても見ないふりをしてくれると嬉しい」
「分かった。健闘を祈ってる」
「ありがと」
そういうわけで、糧食班の極一部と偵察小隊の静かな戦いが現在進行中だ。それこそこれが見つかったら、懲罰人事発動かもね。
ちなみに本来の軍隊にはもう一つの偵察任務があって『威力偵察』と呼ばれるものだ。こちらは相手の武力規模や敵の位置を調べるために小規模な部隊を展開して攻撃をしかけるもので『強行偵察』とも言われている。こちらは自衛隊の性格上、その任務には含まれていない偵察手段である。
+++
「……」
壁にもたれかかると息をころし、相手の気配をうかがう。相手がこちらが隠れていることに気がつかず通りすぎたところを、後ろから松葉杖の先っぽで膝の後ろを素早く突いた。
「隙あり!!」
「わあっ」
思わぬ膝カックンに、その人はその場で床に膝をついた。そしてこっちを見上げて情けない顔をする。彼の名前は山本二曹の分隊にいる赤城陸士長。去年こちらに配属されてきた新人君だ。
「ひどいですよ、音無三曹。あああ、そんな片足飛びなんてしないで、ちゃんと松葉杖ついて歩いてください!」
「ひどいのはどっちですか、この一ヶ月、皆で私のことを追い回して!!」
そう言いながらも、言われた通りに脇に松葉杖をはさむ。まずはこの状態にならないと、相手との会話が進まないのはこの一ヶ月でよーく分かった。
「そんなこと言ったって、こっちだって班長からの命令なんですからしかたないでしょう」
「班長の命令だろうがなんだろうが、いい加減につきまとうのはやめてください。ものっすごく迷惑です」
「それは大森二曹に言ってもらえないかなあ……」
「言いましたよ、聞き入れてもらえませんでしたけど!!」
そうなのだ。この一ヶ月、なぜか私は森永小隊につきまとわれている。それに気がついたのは、大森さんが寮に送り届けてくれた日から三日ほどしてから。
移動している時に何度か変な視線を感じることがあって、私はそれとなく食堂に隊員達を観察することにした。そして二尉の率いる小隊のメンバーが、なぜか私のことを遠巻きに付け回していることに気がついたのだ。ストーカーがどうのと言って大森さんが思いついたのは、どうやらこれだったらしい。
+++
「私を使って訓練をするのはやめてもらえませんかね?」
「梅雨の時期は雨ばかりで、施設内での訓練ばかりだからな。こんなことでもさせておかないと、勘が鈍るんだよ」
「だったら別の人をターゲットにすれば良いじゃないですか。私は偵察隊とは関係ない人間ですよ?」
どうして私を付け回そうだなんて思いついたのか。
「関係ない人間でないと意味が無いんだよ。それに二尉から音無を見守れと言われているんだ、一石二鳥だろ?」
どう意味が無いのかさっぱり分からないし、なにが一石二鳥なのにか理解不能だ。
「どこがどこが! とにかくやめてください!」
「俺に命令できるのは二尉だけだからなあ……」
大森二曹はシレッとした口調で、抗議する私にこう言い放った。く、くそうっ、二尉と連絡が取れないことを良いことに、好き勝手なことを言ってくれちゃって! だいたいこれって大森さんが独断で始めたことで、二尉は関係ないことなんじゃ?
「だいたい私はほとんど屋内だし、こっそり追い回す訓練、大して役に立たないんじゃないですか?」
「だが週一で病院に行くだろ?」
「ちょっと待った……もしかして通院時もついてきてるんですか?!」
「車で追跡なんて、なかなかできることじゃないからな。音無のお蔭で、いろいろと実地で試せてありがたいことだ」
「それすでに、偵察隊の任務じゃないような気が!!」
それって警察官がする尾行というやつでは?! そりゃあ偵察隊は訓練で車も使うしバイクも使う。だけどそれは、もっと違うことで使っているのでは?!
「何が役に立つか分からないからな。で、こっちはしっかり見守っているんだから知ってるぞ。いくら手すりつきの階段だからといって、松葉杖を使わずに階段を片足飛びで昇るのはやめろ。踏み外して落ちたら、二尉にどう言い訳するつもりなんだ」
そこまで見られていたとは。もうこれは『見守る』ではなく立派な『監視する』だ。
「もう松葉杖を使うの面倒なんですよ、それに、ちゃんと手すりをつかんでます」
「注意一秒、怪我一生って言葉を知ってるか?」
「はぁぁぁぁ、まさか大森さんが、ここまで口うるさい人だったなんて!」
「俺じゃなくてもうるさく言うだろう、音無は怪我人なんだから。これでもまだ二尉のカノジョってことで、遠慮している方だ、ありがたく思えよ」
「にしてもうるさすぎ!!」
+++
梅雨空が続いて野外での訓練がなかなか思うように進まないからって、私のことをターゲットにして追い回すのはやめてほしい。そういうわけで追い回されるのもいい加減に疲れてきたので、月に一度ある、三枝さんと班長と三人で開く定例会議の時に泣きついた。
「蓮田班長、班長からやめるように言ってもらえませんか? 少なくとも班長の方が二尉より階級は上なんだし、上官命令ってやつでなんとなるでしょ?」
「少なくとも上って、随分とひどい言われようだねえ。そりゃまあ確かに、業務隊にいる僕から偵察隊に命令を出す権限なんて、無いわけなんだけどさ」
「そこを何とか~」
班長のことを拝んでみる。
「業務に差し障りが出るほどなのかい?」
「そこは線引きされているみたいで、邪魔にはなりませんけど……」
当然のことながら調理室にいる時には、そこに入ってくることなんて無いわけで。
「だったら、少しぐらい大目に見てあげたらどうなんだい? 怪我をした音無君のことを心配して、ついて回っているという相手の言い分も分からないでもないし」
どの辺が分からないでもないんだか、本当に信じられない。
「それに、少なくとも音無君が反撃しなければ、相手と接触することもないんだろ?」
「なんですか、つまりは反撃する私が悪いとでも?」
「そうは言わないけど、存在を気にしなければ問題ないのでは?って話だよ」
そうは言うものの、一度気がついてしまったのもを無いものとして無視するというのは、なかなか難しいものだ。
「去年だったか射撃訓練の時に、大森二曹が森永二尉に後ろに立たれて、気が散って狙いが定まらなかったことがあったろう? あの時に僕が言ったことを覚えてるかな?」
「えっと、その程度で気が散るようなら、実戦ではとても使いものにならないとかなんとか」
「うんうん、よく覚えていたね。それと同じだ思うよ? 遠巻きに監視されているぐらいで気が散るようじゃ、まだまだ戦う料理人には程遠いんじゃないかな」
ニコニコしながらもっともらしいことを言っているけど、班長だって実のところ、二尉とつながっているんだから信用ならないのだ。
「気になる私がいけないんですか……」
「そうとは言わないけど、気にしないようにすることはできるんじゃないかって話だよ。それがイヤなら、徹底抗戦あるのみだね、怪我人が出ない程度に」
三枝さんは最初はポカンとして班長の話を聞いて入たけど、そのうちおかしそうに笑い出した。
「笑いごとじゃありませんよ、三枝さん。四六時中つきまとわれる私の身にもなってください。あんな風に一日中貼りついていられたら、うっかりおならもできないじゃないですか」
「たしかに窮屈なのかしらね……」
見守るだけじゃなくて、絶対に聞き耳も立てているに違いないんだもの、迂闊に独り言だって言えやしない。窮屈なのかしら、じゃなくて、窮屈なの!
「おならはトイレでするんだね。そこまでは彼等も入ってこないんだろうから」
「だったらもう、徹底抗戦するしかないですかね……」
「怪我人が出ない程度にだよ。音無君だってまだ松葉杖だし、ギプスも取れていないんだから。それと営外であれこれするのは慎むこと。そんな不満げな顔をしない。君がまた事故にでも巻き込まれて怪我でもしたら、今度こそ東部方面後方支援隊とうちは全面戦争だよ」
これ以上のもめ事はごめんだよと、班長が釘を刺してきた。
「うっかり独り言もおならもできない生活だなんて……」
「音無さん、廊下でおならなんてしてたの?」
「してませんよ、例えばの話です」
そこは本気にしないでほしかったですよ、三枝さん!
「君が本当に戦う料理人を目指しているなら、偵察隊の連中ぐらい手玉にとれないとね。まあ頑張りなさい」
「なに音無さんをけしかけてるんですか、蓮田さん」
三枝さんが班長の言葉にあきれた顔をした。結局のところ班長も、私と偵察小隊のやり取りを遠巻きに眺めながら、楽しんでいるってことなんだと思う。
「女性隊員はプチレンジャーにも行けないんだから、この際、彼等を相手に実地で学んでみたらどうだい? 意外と役立つ日が来るかもしれない」
「蓮田さんったら。……ちょっと音無さん、まさか今の蓮田さんの言葉、本気にしたわけじゃないわよね?」
「仕掛けてきたのはあっちが先ですからね、私はそれに対して反撃するだけです」
蓮田班長の了解?も得たことだし、私は駐屯地の建物と内部の配置図を眺めながら真剣に検討することにした。何をって? もちろん徹底抗戦するための作戦に決まってる。
+++
「音無、これは何?」
机の上に置いてある大きなスタンプを手に、江崎さんが首をかしげる。
「スタンプ」
「いや、それは分かるんだけど、何でこんなに大きなものを?ってか、これ何処で買ってきたの」
「ん? ネットでオリジナルスタンプを作るサイトがあったから通販したの。顔料インキだから簡単に落ちるしね」
「……一体どこに押すつもりなの……反省中って……」
江崎さんの顔を見ながら不気味な笑みを浮かべてしまったみたいで、彼女が若干ひるんだのが分かった。
「もちろん、私を追い回す偵察小隊の面々に決まってるじゃない」
室内でペイント弾を使うわけにもいかないし、これは正式な訓練じゃない。だからその代わりに、その顔にスタンプを押すことにしたのだ。落ちないインキにしなかっただけでも感謝してほしい。
「……とうとう松葉杖の膝カックンだけでは飽き足らなくなったのか」
「料理人なめんな精神で徹底抗戦です」
「まさかの全面戦争とか」
「もちろん自分の仕事はちゃんとするよ。だけどギプスが取れるまでは、まともに仕事をあてがってもらえないからねえ……少しでも他のことで貢献しないと」
フフフフと自分でも変な笑いがこみ上げてくる。私の脳内では、これは偵察隊の練度を上げるための協力ですと、都合よく変換されていた。
「音無、顔が悪人面になってる」
「上にばれないようにこそこそとやるつもりだから、もし何か見ても見ないふりをしてくれると嬉しい」
「分かった。健闘を祈ってる」
「ありがと」
そういうわけで、糧食班の極一部と偵察小隊の静かな戦いが現在進行中だ。それこそこれが見つかったら、懲罰人事発動かもね。
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