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本編
第六話 男ってめんどくさい
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その日、駐屯地内の物資在庫等を確認してから調理室の片づけをしていると、食堂に誰かが入って来る気配がした。食器がまだ一セット返却されていないので、森永二尉がまた遅れて届けに来たのかなとカウンターの方へと行く。
「またですかー? もうそろそろいい加減にしてもらわないと……」
だけどそこに立っていたのは、二尉ではなく大森さんだった。
「あれ? 大森さん、まさかとは思いますけど食いっぱぐれたとか言いませんよね?」
「最近あの二尉殿と仲がよろしいようじゃないか」
「……はぁ?」
予想外の言葉に、思わず胡散臭げな声を出してしまった。まあこの人のことだから、このぐらい気にしないとは思うけど。
「森永二尉だよ。先週、営外に外出した時に、お前と二尉を見かけたってやつがいてな」
「ああ、そのことですか。偶然近くで会ったので、本屋に付き合ってもらいましたよ」
「随分と仲がいいんだな」
と言っても、こちらもそうそう外出許可が出るわけでもないので、仲がよろしいもなにもあのカフェに立ち寄った日だけなんだけど。ということは、その時のことを小隊の人に見られていたというわけだ。
ん? 自由な時間だったし別にやましいことはしてないんだから、見られたって何の問題もないんじゃ?
「それがどうかしたんですか?」
「どういうつもりだ」
「どういうつもりだもこういうつもりだも無いですよ。たまたま外出先で二尉を見かけたから声をかけて、ケーキ食べて本屋に行っただけですよ。もちろん割り勘で」
それの何が問題なんですか?と言いながら食堂の方へと出た。
「俺とあの二尉がもめてるのを知ってるだろ」
「原因は知りませんけど、何やらお二人の間でいざこざがあるらしいというのは知ってますよ、だから何ですか?」
カゴを手に、それぞれのテーブルに置かれているお醤油やお箸の回収を始める。これが消えるほど予算がないって、一体どういうことなんだろうなあ……なんて考えながら。
「お前は新参者の味方をするのか?」
はぁ?と思わず顔をしかめてしまった。
「あのですねえ、私には新参者も古参者も関係ないですよ。ここの駐屯地の全員が、私達が作るご飯を食べて毎日頑張ってるんですからね、私にとっては古い人も新しい人も皆一緒です。はい、どいてどいて。明日の朝の準備もしなくちゃいけないんですから、大森さんのつまらない愚痴に付き合ってられないんですよ」
まったくもう、そんなにケンカがしたいなら、二人だけで気が済むまで殴り合えば良いじゃない。椅子に当たったり私に文句言ったり、何なのよ。ブツブツと言いながら最後のお醤油の瓶を取ろうとしたところで、大森さんに腕をつかまれた。その拍子に瓶が引っ繰り返り、テーブルから転げ落ちる。
「ちょっと、零れちゃうじゃないですか!」
床に落ちた瓶は割れはしなかったものの口のところが外れてしまい、黒いしみが床に広がり始めた。ああああ、またやることが増えてしまったじゃない!! っていうかお醤油がもったいないことに!!
「まさかとは思うが、あの二尉にほれてるとかじゃないんだろうな」
はぁ? なに言ってんだ?
「はあ? はあ? はあーーーー?! ふざけんな、このスットコドッコイ!!」
あ、しまった、口が勝手に。
「この醤油!! 誰のお金で買っていると思ってるんですか?! 私達が守ると宣誓した、一億とちょっとの国民の皆さんが納めてくれた税金で買ったものですよ、税金で!! なにもったいないことしてるんですか!! 国民の皆さんに謝れ!! 大体いい加減にしろってっつーの、男が腐ったみたいなことをさっきからグチグチ、グチグチと!!」
多分そんな風に言われたから、反射的に大森さんは手が上がってしまったんだと思う。普段なら逃げるところだけど、私もお醤油のことで腹を立てていたから負けてはいなかった。後で考えたら、腕力でも体力でも勝てるはずのない大森さん相手に、無茶したなあって腰が抜ける思いだったんだけどね。
「あのですね!!」
ぶんっとその場にあったアルミ製のお盆を、大森さんの鼻先に突き出した。
「私、昔っから物凄く強い料理人の映画を、セリフを覚えちゃうぐらい見ているんですよ! だからその料理人が、フォークとかナイフとかお盆とかその他諸々の食器で、敵を殲滅しているところもしっかり見ていたんです! 今はものすごく腹を立ててますから、その料理人みたいにこのトレーで、大森さんのことコテンパンにできそうですよ!!」
大森さんの後ろでブホッて変な音がした。陰になって見えなかったけど、そこには森永二尉が例の如くトレーを持って立っていた。
「ちょっと、またこんなに遅くに!!」
そして今の言葉は、完全に森永二尉への八つ当たりだ。
「すまない、取り込み中だったかな」
そう言いながらカウンターにトレーを置くと、二尉は普段通りな感じでこっちにやってきた。そして私達の横に立つと、溜め息を一つついてから大森さんを見た。それもかなり怖い目つきで。
「いいか大森二曹。お前のケンカ腰の態度の矛先が、俺に向いている分には何も言わない。だが無関係な他の隊員に、その矛先を向けるのはよせ。これは俺とお前との問題だろう。音無三曹には関係のない話なんじゃないのか?」
「今度こそ懲罰ですか」
大森さんも挑発的な態度で応じてた。うわあ……こんなことが私達の見えないところで、二尉が着任してから毎日のように起きてたってわけ? 絶対に小池さん禿げちゃう!
「そんなに懲罰を受けたいのか」
「大したことありませんよ、それぐらい。遠慮なくどうぞ。下手にかばいだてしていただかなくても結構です」
「それは音無三曹しだいじゃないのか? 三曹、君はどうしたい?」
いきなりこっちに話を振られて慌ててしまった。
「あ、えっ……と?」
なんでそこで私に決定権を押しつけようとするわけ?
「と、とにかく今ここに必要なのはモップですよ! 床のお醤油を何とかしなくちゃいけません。話はそれからです!」
「というわけだ、大森二曹、君がこぼす原因を作ったんだ、モップをさっさと持ってこい」
「……分かりました」
腹立たし気に回れ右をすると、そのまま食堂を出ていく大森さん。それを見送っていた二尉は、ふうっと息を吐くと私を見た。
「すまないな」
「すまないと思うんなら、パパッとかたをつけちゃってくださいよ、このまま放っておいたら私だけじゃすまなくて、どんどん被害者が増えますよ」
つかまれた腕のところが痛んだのでさすっていると、二尉が私の腕をとる。そこには大森さんの指の痕がくっきりと残っていた。
「痕が残ってる」
「ああ、思いっ切り掴まれましたからね。明日からしばらくは長袖を着てきます。ちょっと、目つきが怖いですよ」
私に指摘されて慌てて表情を緩める二尉。
「それで? パパッといかないんですか?」
「そうはいかないのが難しいところだ。いまさら正論をぶつけても、素直に従うような男ではないだろう」
「だったら力づくでガツンと従わせればいいじゃないですか、二尉は上官なんでしょ?」
普通の企業ならそんなことはできない。だけどここは上下関係が国内で一番厳しい組織だ。上官権限で従わせることなんて簡単だと思うんだけど。
「そう簡単にいくものか。前にも話したが、俺に対する態度が変わればそれで良いという問題ではないんだ。奴は優秀だ。せっかく優秀な男なのに、遺恨を残したままで続けさせるわけにはいかない」
「まったく……男ってめどくさい」
「そう言うな。人には面子ってものがある」
「あーあー、めんどくさーい」
廊下を歩いてくる足音が近づいてきたので話は中断。私は二尉が持ってきたトレーを片づけるために、奥に引っ込むことにいた。それでも食堂の方からは、ただならぬおどろおどろしい空気が流れてくるし……まったくもう。
「音無三曹、こちらは片づいた。それで? 懲罰の件はどうする?」
まだ性懲りも無く私に決めさせようとしているのか、この人は。
「保留にしておいて良いですか? 私が一番腹を立てていることはお醤油をこぼしたことです。お醤油が足りなくなったら、一番に大森さんのご飯から醤油っけを抜きますからね。足りたままでいけることを祈っておいてた方が良いですよ」
もう規律なんて知ったことか、私の好きなように判決を出してやる。
「つまりは懲罰には当たらないと?」
そんな楽しそうな顔をしていて良いんですか森永二尉?
「ええ、ええ。これ以上、馬鹿な二人のケンカに付き合うのは真っ平です。それから二尉、貴方もですよ」
「え?」
「醤油が足りなくなった時の醤油抜き、二番手は二尉ですからね」
「なんで俺まで?」
「当然でしょ、二人のケンカが原因なんですから。イヤだったら反省しなさい」
本当に男っていうのはしょうがないんだから。
「……分かった。大森二曹、もう戻ってよし」
大森さんはモップを持ったまま敬礼をして、食堂を出て行こうとした。出口のところで立ち止まると、こっちを見た。
「音無」
「なんですか」
「そのう……すまなかった」
「謝罪は確かに受け取りました。ですが、足りなかった時の懲罰は有効ですからね」
なにやらブツブツと言いながら、大森さんは食堂を後にした。そして残されたのは私と二尉。
「……本当にすまない」
「こちらも謝罪は確かに受け取りました。ですけど大森二曹と同様に、お醤油が足りなくなったら抜きますからね」
私の言葉に情けない顔をする二尉。どうしたいって聞いたのは貴方じゃないですか、何か文句でも?
「……ところで音無、次の休みは?」
「はい?」
なんでそんなことを?
「その日が知りたい。それとその日は営外への外出許可を取っておいてくれないか」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「今回のことでの詫びにおごらせてくれ。こういう時にケーキを買ってきたり花を買ってきたりするのは、女を馬鹿にしていると言われるんだが、今の俺にはそのぐらいしかできないからな」
「それは誰からのお言葉」
「妹だ」
「なるほど。妹さんの言っていることは正しいですね。ですがお気持ちはありがたく頂いておきます。ただし、どんなことをしても、今の懲罰が帳消しになることはありませんから」
二尉は苦笑いをしてうなづいた。
「分かっているよ。だがおごらせてくれ」
そして次の日の朝、何故か調理室のカウンターに真新しい一リットルサイズの醤油が二本置かれていたんだけど、これって醤油抜きは勘弁してくださいっていうことなんだろうか?
+++
だけど残念なことに次の私の休みは潰れることになった。
というのも季節外れの台風が列島を直撃し、うちの駐屯地がある隣の県でも、土砂崩れや河川の決壊などが相次いだため、知事からの災害派遣の要請が自衛隊に対して出されたのだった。
「またですかー? もうそろそろいい加減にしてもらわないと……」
だけどそこに立っていたのは、二尉ではなく大森さんだった。
「あれ? 大森さん、まさかとは思いますけど食いっぱぐれたとか言いませんよね?」
「最近あの二尉殿と仲がよろしいようじゃないか」
「……はぁ?」
予想外の言葉に、思わず胡散臭げな声を出してしまった。まあこの人のことだから、このぐらい気にしないとは思うけど。
「森永二尉だよ。先週、営外に外出した時に、お前と二尉を見かけたってやつがいてな」
「ああ、そのことですか。偶然近くで会ったので、本屋に付き合ってもらいましたよ」
「随分と仲がいいんだな」
と言っても、こちらもそうそう外出許可が出るわけでもないので、仲がよろしいもなにもあのカフェに立ち寄った日だけなんだけど。ということは、その時のことを小隊の人に見られていたというわけだ。
ん? 自由な時間だったし別にやましいことはしてないんだから、見られたって何の問題もないんじゃ?
「それがどうかしたんですか?」
「どういうつもりだ」
「どういうつもりだもこういうつもりだも無いですよ。たまたま外出先で二尉を見かけたから声をかけて、ケーキ食べて本屋に行っただけですよ。もちろん割り勘で」
それの何が問題なんですか?と言いながら食堂の方へと出た。
「俺とあの二尉がもめてるのを知ってるだろ」
「原因は知りませんけど、何やらお二人の間でいざこざがあるらしいというのは知ってますよ、だから何ですか?」
カゴを手に、それぞれのテーブルに置かれているお醤油やお箸の回収を始める。これが消えるほど予算がないって、一体どういうことなんだろうなあ……なんて考えながら。
「お前は新参者の味方をするのか?」
はぁ?と思わず顔をしかめてしまった。
「あのですねえ、私には新参者も古参者も関係ないですよ。ここの駐屯地の全員が、私達が作るご飯を食べて毎日頑張ってるんですからね、私にとっては古い人も新しい人も皆一緒です。はい、どいてどいて。明日の朝の準備もしなくちゃいけないんですから、大森さんのつまらない愚痴に付き合ってられないんですよ」
まったくもう、そんなにケンカがしたいなら、二人だけで気が済むまで殴り合えば良いじゃない。椅子に当たったり私に文句言ったり、何なのよ。ブツブツと言いながら最後のお醤油の瓶を取ろうとしたところで、大森さんに腕をつかまれた。その拍子に瓶が引っ繰り返り、テーブルから転げ落ちる。
「ちょっと、零れちゃうじゃないですか!」
床に落ちた瓶は割れはしなかったものの口のところが外れてしまい、黒いしみが床に広がり始めた。ああああ、またやることが増えてしまったじゃない!! っていうかお醤油がもったいないことに!!
「まさかとは思うが、あの二尉にほれてるとかじゃないんだろうな」
はぁ? なに言ってんだ?
「はあ? はあ? はあーーーー?! ふざけんな、このスットコドッコイ!!」
あ、しまった、口が勝手に。
「この醤油!! 誰のお金で買っていると思ってるんですか?! 私達が守ると宣誓した、一億とちょっとの国民の皆さんが納めてくれた税金で買ったものですよ、税金で!! なにもったいないことしてるんですか!! 国民の皆さんに謝れ!! 大体いい加減にしろってっつーの、男が腐ったみたいなことをさっきからグチグチ、グチグチと!!」
多分そんな風に言われたから、反射的に大森さんは手が上がってしまったんだと思う。普段なら逃げるところだけど、私もお醤油のことで腹を立てていたから負けてはいなかった。後で考えたら、腕力でも体力でも勝てるはずのない大森さん相手に、無茶したなあって腰が抜ける思いだったんだけどね。
「あのですね!!」
ぶんっとその場にあったアルミ製のお盆を、大森さんの鼻先に突き出した。
「私、昔っから物凄く強い料理人の映画を、セリフを覚えちゃうぐらい見ているんですよ! だからその料理人が、フォークとかナイフとかお盆とかその他諸々の食器で、敵を殲滅しているところもしっかり見ていたんです! 今はものすごく腹を立ててますから、その料理人みたいにこのトレーで、大森さんのことコテンパンにできそうですよ!!」
大森さんの後ろでブホッて変な音がした。陰になって見えなかったけど、そこには森永二尉が例の如くトレーを持って立っていた。
「ちょっと、またこんなに遅くに!!」
そして今の言葉は、完全に森永二尉への八つ当たりだ。
「すまない、取り込み中だったかな」
そう言いながらカウンターにトレーを置くと、二尉は普段通りな感じでこっちにやってきた。そして私達の横に立つと、溜め息を一つついてから大森さんを見た。それもかなり怖い目つきで。
「いいか大森二曹。お前のケンカ腰の態度の矛先が、俺に向いている分には何も言わない。だが無関係な他の隊員に、その矛先を向けるのはよせ。これは俺とお前との問題だろう。音無三曹には関係のない話なんじゃないのか?」
「今度こそ懲罰ですか」
大森さんも挑発的な態度で応じてた。うわあ……こんなことが私達の見えないところで、二尉が着任してから毎日のように起きてたってわけ? 絶対に小池さん禿げちゃう!
「そんなに懲罰を受けたいのか」
「大したことありませんよ、それぐらい。遠慮なくどうぞ。下手にかばいだてしていただかなくても結構です」
「それは音無三曹しだいじゃないのか? 三曹、君はどうしたい?」
いきなりこっちに話を振られて慌ててしまった。
「あ、えっ……と?」
なんでそこで私に決定権を押しつけようとするわけ?
「と、とにかく今ここに必要なのはモップですよ! 床のお醤油を何とかしなくちゃいけません。話はそれからです!」
「というわけだ、大森二曹、君がこぼす原因を作ったんだ、モップをさっさと持ってこい」
「……分かりました」
腹立たし気に回れ右をすると、そのまま食堂を出ていく大森さん。それを見送っていた二尉は、ふうっと息を吐くと私を見た。
「すまないな」
「すまないと思うんなら、パパッとかたをつけちゃってくださいよ、このまま放っておいたら私だけじゃすまなくて、どんどん被害者が増えますよ」
つかまれた腕のところが痛んだのでさすっていると、二尉が私の腕をとる。そこには大森さんの指の痕がくっきりと残っていた。
「痕が残ってる」
「ああ、思いっ切り掴まれましたからね。明日からしばらくは長袖を着てきます。ちょっと、目つきが怖いですよ」
私に指摘されて慌てて表情を緩める二尉。
「それで? パパッといかないんですか?」
「そうはいかないのが難しいところだ。いまさら正論をぶつけても、素直に従うような男ではないだろう」
「だったら力づくでガツンと従わせればいいじゃないですか、二尉は上官なんでしょ?」
普通の企業ならそんなことはできない。だけどここは上下関係が国内で一番厳しい組織だ。上官権限で従わせることなんて簡単だと思うんだけど。
「そう簡単にいくものか。前にも話したが、俺に対する態度が変わればそれで良いという問題ではないんだ。奴は優秀だ。せっかく優秀な男なのに、遺恨を残したままで続けさせるわけにはいかない」
「まったく……男ってめどくさい」
「そう言うな。人には面子ってものがある」
「あーあー、めんどくさーい」
廊下を歩いてくる足音が近づいてきたので話は中断。私は二尉が持ってきたトレーを片づけるために、奥に引っ込むことにいた。それでも食堂の方からは、ただならぬおどろおどろしい空気が流れてくるし……まったくもう。
「音無三曹、こちらは片づいた。それで? 懲罰の件はどうする?」
まだ性懲りも無く私に決めさせようとしているのか、この人は。
「保留にしておいて良いですか? 私が一番腹を立てていることはお醤油をこぼしたことです。お醤油が足りなくなったら、一番に大森さんのご飯から醤油っけを抜きますからね。足りたままでいけることを祈っておいてた方が良いですよ」
もう規律なんて知ったことか、私の好きなように判決を出してやる。
「つまりは懲罰には当たらないと?」
そんな楽しそうな顔をしていて良いんですか森永二尉?
「ええ、ええ。これ以上、馬鹿な二人のケンカに付き合うのは真っ平です。それから二尉、貴方もですよ」
「え?」
「醤油が足りなくなった時の醤油抜き、二番手は二尉ですからね」
「なんで俺まで?」
「当然でしょ、二人のケンカが原因なんですから。イヤだったら反省しなさい」
本当に男っていうのはしょうがないんだから。
「……分かった。大森二曹、もう戻ってよし」
大森さんはモップを持ったまま敬礼をして、食堂を出て行こうとした。出口のところで立ち止まると、こっちを見た。
「音無」
「なんですか」
「そのう……すまなかった」
「謝罪は確かに受け取りました。ですが、足りなかった時の懲罰は有効ですからね」
なにやらブツブツと言いながら、大森さんは食堂を後にした。そして残されたのは私と二尉。
「……本当にすまない」
「こちらも謝罪は確かに受け取りました。ですけど大森二曹と同様に、お醤油が足りなくなったら抜きますからね」
私の言葉に情けない顔をする二尉。どうしたいって聞いたのは貴方じゃないですか、何か文句でも?
「……ところで音無、次の休みは?」
「はい?」
なんでそんなことを?
「その日が知りたい。それとその日は営外への外出許可を取っておいてくれないか」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「今回のことでの詫びにおごらせてくれ。こういう時にケーキを買ってきたり花を買ってきたりするのは、女を馬鹿にしていると言われるんだが、今の俺にはそのぐらいしかできないからな」
「それは誰からのお言葉」
「妹だ」
「なるほど。妹さんの言っていることは正しいですね。ですがお気持ちはありがたく頂いておきます。ただし、どんなことをしても、今の懲罰が帳消しになることはありませんから」
二尉は苦笑いをしてうなづいた。
「分かっているよ。だがおごらせてくれ」
そして次の日の朝、何故か調理室のカウンターに真新しい一リットルサイズの醤油が二本置かれていたんだけど、これって醤油抜きは勘弁してくださいっていうことなんだろうか?
+++
だけど残念なことに次の私の休みは潰れることになった。
というのも季節外れの台風が列島を直撃し、うちの駐屯地がある隣の県でも、土砂崩れや河川の決壊などが相次いだため、知事からの災害派遣の要請が自衛隊に対して出されたのだった。
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