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【後日談2】トロワ・メートル
38.兄弟子がやってくる
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次に来る葉子の上司は『西園寺 佑暉』、三十五歳とのこと。
奥様と、三歳の息子さんがひとり。共に大沼まで移住してくるという。
矢嶋社長と共に人選をしてくれた甲斐チーフが、さらに彼について説明を付け加える。
「彼は既に、ソムエリエ・エクセレンスを取得しています」
ソムリエ資格より、さらに格上のソムリエ・エクセレンスを持っているだなんて、もうプロ中のプロじゃないかと葉子は恐れおののく。
だが蒼は落ち着いていた。
「そっか。ついにソムリエ・エクセレンスに合格したのか。彼、努力家ですもんね」
「そう。ソムリエになることを目標にフレンチ業界に入ってきた青年だったからな。しかも新卒採用で入ってきたから、ソムリエも三年後に取得、三十歳を越えてから受験できるエクセレンスも取得。着実に経験を積んで優秀な経歴を得た。私が引退した後もこつこつと勉強をしたのだね」
ん? 蒼と甲斐チーフの会話を聞いて、葉子はふと気がつき、言葉を挟む。
「あの、西園寺さんは、甲斐チーフが矢嶋シャンテにいた頃から、もうそちらに勤務していたということですか」
「ああ、言い忘れていました。そうです。つまり、私がメートル・ドテルだった時も、秀星がメートル・ドテルだった時も、篠田がメートル・ドテルだった時も、矢嶋シャンテ一筋で勤めてきた堅実な青年ですよ」
三人のメートル・ドテルを上司としてきた経歴も持っていると明かされる。
葉子の三人の師匠が、彼にとっても上司だったということだ。つまり『兄弟子』みたいな人が上司になるのかと、葉子も気がつく。
「それも選考で決め手のひとつでしたね。秀星を知っている男。大沼では大事だと思いました」
「ですよね。俺も西園寺君なら、よく知っているから安心なんですけど。ただ……、なんていうのかな、ちょーーっと、堅実すぎて固いっていうのかなあ」
「そこは篠田の采配だ。任せた」
「えー。まじっすかあ~。彼、笑わないんだもん~。俺がどんなにふざけても~。秀星さん以上に笑わない~」
「おまえが、ふざけすぎているだけだろ」
メートルふたりの会話を聞いた限り、生真面目な男性だとわかり、葉子は幾分かホッとすることが出来た。だが蒼はまだ経歴書を見て、ため息をついている。
「うーん。難点がひとつあるとしたら、サイボーグ並の硬い表情、なのに、超美形でたまーに困った女性客を引き寄せちゃうことかな」
「人のこと言えるか。十和田シェフからも、矢嶋社長からも聞いたぞ。篠田も去年、こちらの店で……」
「わーーー! 言わないで、言わないでくださーいぃぃい。それ、僕の、僕の……超超反省してるヤツ!! 奥ちゃんに迷惑かけたヤツ!」
「だったら。今度は、西園寺を守る采配もできるな。秀星ならやるぞ。うまーーっくな」
「ぶわーっ。いつまでも秀星先輩に勝てないって言われる俺ってば哀れ」
『ぶぇええ』と泣き真似をした蒼がやっぱりその場を和やかにしちゃうので、葉子は甲斐チーフと一緒に笑っていた。
でも。葉子の中で『超美形なサイボーグ』な上司が出来るのかと、覚悟をしておく。
「あと一点。彼が異動希望を出した理由が家族にあってね。矢嶋社長もそこを考慮して、まずは彼を派遣することに決めたんだ。私も賛成した事情なんだが」
そこは経歴書に書いていないようで、蒼もどんなことですかと元上司に伺う目を見せる。
「三歳の息子さんが、あんまり丈夫ではないようなんだよ。喘息ってやつかな。環境を変えてみたいということだった。特に北海道の大沼なら自然も多いようだから、ここで子育てをしてみたいとのことだった」
「そういえば。俺が神戸を出て行く時は、まだ産まれたばかりでしたね。そうですか。その時の赤ちゃんが……。わかりました。奥様もそのつもりなんですね」
「奥様が乗り気だったそうだよ。函館や北斗市も近いから、車さえあれば不自由でもない都市近郊で、自然もある。あと、ここのレストランの雰囲気も神戸で聞き及んでいたのだろう。実家とも疎遠らしくてね……。奥様のワンオペ子育てで彼も気に病んでいたそうだから。いや、私もここで随分甘やかしてもらって、そうしてくれと言っているわけではないんだが……。その、」
甲斐チーフが言いたいこと、それは葉子にも蒼にもわかったので、そこは夫妻で顔を見合わせて頷く。
「大丈夫ですよ。西園寺君には、安心して来るように伝えてください」
「私も母と気にかけておきます。お子様、元気になられるといいですね」
「そうですか。そう聞いて安心いたしました。矢嶋社長にもそのように篠田から伝えてもらえるかな」
「了解です。住居とかも、俺がピックアップしておきますよ」
「そうか。助かる」
若いファミリーが『フレンチ十和田』にやってくるということだった。
どうやら家族思いのパパさんでもあるようで、葉子はさらに安心することが出来た。
ただ、サイボーグ部分が気になるけれど。それはもう対面してからだ。
「西園寺君もチーフになるからね。葉子ちゃん、そのつもりで」
「はい。もちろんです」
「甲斐さんとの引き継ぎで早めにこちらにくるんですかね」
「矢嶋社長の話しだと、三月半ばまでに移転準備をするようにと伝えているようだったよ。私が大分に帰るのが五月初旬、水芭蕉を見てから。それまでは引き継ぎ期間となっている」
どうやら、三月半ばには、新しい上司がやってくるということらしい。
でも引き継ぎで、甲斐チーフもしばらくは一緒だから大丈夫かなと、葉子も胸をなで下ろした。
そんな甲斐チーフと約束していることがある。
今年の秀星の命日には、あの場所へ弔いに行くと――。
あの夜明けを、一緒に迎えることにしていた。
奥様と、三歳の息子さんがひとり。共に大沼まで移住してくるという。
矢嶋社長と共に人選をしてくれた甲斐チーフが、さらに彼について説明を付け加える。
「彼は既に、ソムエリエ・エクセレンスを取得しています」
ソムリエ資格より、さらに格上のソムリエ・エクセレンスを持っているだなんて、もうプロ中のプロじゃないかと葉子は恐れおののく。
だが蒼は落ち着いていた。
「そっか。ついにソムリエ・エクセレンスに合格したのか。彼、努力家ですもんね」
「そう。ソムリエになることを目標にフレンチ業界に入ってきた青年だったからな。しかも新卒採用で入ってきたから、ソムリエも三年後に取得、三十歳を越えてから受験できるエクセレンスも取得。着実に経験を積んで優秀な経歴を得た。私が引退した後もこつこつと勉強をしたのだね」
ん? 蒼と甲斐チーフの会話を聞いて、葉子はふと気がつき、言葉を挟む。
「あの、西園寺さんは、甲斐チーフが矢嶋シャンテにいた頃から、もうそちらに勤務していたということですか」
「ああ、言い忘れていました。そうです。つまり、私がメートル・ドテルだった時も、秀星がメートル・ドテルだった時も、篠田がメートル・ドテルだった時も、矢嶋シャンテ一筋で勤めてきた堅実な青年ですよ」
三人のメートル・ドテルを上司としてきた経歴も持っていると明かされる。
葉子の三人の師匠が、彼にとっても上司だったということだ。つまり『兄弟子』みたいな人が上司になるのかと、葉子も気がつく。
「それも選考で決め手のひとつでしたね。秀星を知っている男。大沼では大事だと思いました」
「ですよね。俺も西園寺君なら、よく知っているから安心なんですけど。ただ……、なんていうのかな、ちょーーっと、堅実すぎて固いっていうのかなあ」
「そこは篠田の采配だ。任せた」
「えー。まじっすかあ~。彼、笑わないんだもん~。俺がどんなにふざけても~。秀星さん以上に笑わない~」
「おまえが、ふざけすぎているだけだろ」
メートルふたりの会話を聞いた限り、生真面目な男性だとわかり、葉子は幾分かホッとすることが出来た。だが蒼はまだ経歴書を見て、ため息をついている。
「うーん。難点がひとつあるとしたら、サイボーグ並の硬い表情、なのに、超美形でたまーに困った女性客を引き寄せちゃうことかな」
「人のこと言えるか。十和田シェフからも、矢嶋社長からも聞いたぞ。篠田も去年、こちらの店で……」
「わーーー! 言わないで、言わないでくださーいぃぃい。それ、僕の、僕の……超超反省してるヤツ!! 奥ちゃんに迷惑かけたヤツ!」
「だったら。今度は、西園寺を守る采配もできるな。秀星ならやるぞ。うまーーっくな」
「ぶわーっ。いつまでも秀星先輩に勝てないって言われる俺ってば哀れ」
『ぶぇええ』と泣き真似をした蒼がやっぱりその場を和やかにしちゃうので、葉子は甲斐チーフと一緒に笑っていた。
でも。葉子の中で『超美形なサイボーグ』な上司が出来るのかと、覚悟をしておく。
「あと一点。彼が異動希望を出した理由が家族にあってね。矢嶋社長もそこを考慮して、まずは彼を派遣することに決めたんだ。私も賛成した事情なんだが」
そこは経歴書に書いていないようで、蒼もどんなことですかと元上司に伺う目を見せる。
「三歳の息子さんが、あんまり丈夫ではないようなんだよ。喘息ってやつかな。環境を変えてみたいということだった。特に北海道の大沼なら自然も多いようだから、ここで子育てをしてみたいとのことだった」
「そういえば。俺が神戸を出て行く時は、まだ産まれたばかりでしたね。そうですか。その時の赤ちゃんが……。わかりました。奥様もそのつもりなんですね」
「奥様が乗り気だったそうだよ。函館や北斗市も近いから、車さえあれば不自由でもない都市近郊で、自然もある。あと、ここのレストランの雰囲気も神戸で聞き及んでいたのだろう。実家とも疎遠らしくてね……。奥様のワンオペ子育てで彼も気に病んでいたそうだから。いや、私もここで随分甘やかしてもらって、そうしてくれと言っているわけではないんだが……。その、」
甲斐チーフが言いたいこと、それは葉子にも蒼にもわかったので、そこは夫妻で顔を見合わせて頷く。
「大丈夫ですよ。西園寺君には、安心して来るように伝えてください」
「私も母と気にかけておきます。お子様、元気になられるといいですね」
「そうですか。そう聞いて安心いたしました。矢嶋社長にもそのように篠田から伝えてもらえるかな」
「了解です。住居とかも、俺がピックアップしておきますよ」
「そうか。助かる」
若いファミリーが『フレンチ十和田』にやってくるということだった。
どうやら家族思いのパパさんでもあるようで、葉子はさらに安心することが出来た。
ただ、サイボーグ部分が気になるけれど。それはもう対面してからだ。
「西園寺君もチーフになるからね。葉子ちゃん、そのつもりで」
「はい。もちろんです」
「甲斐さんとの引き継ぎで早めにこちらにくるんですかね」
「矢嶋社長の話しだと、三月半ばまでに移転準備をするようにと伝えているようだったよ。私が大分に帰るのが五月初旬、水芭蕉を見てから。それまでは引き継ぎ期間となっている」
どうやら、三月半ばには、新しい上司がやってくるということらしい。
でも引き継ぎで、甲斐チーフもしばらくは一緒だから大丈夫かなと、葉子も胸をなで下ろした。
そんな甲斐チーフと約束していることがある。
今年の秀星の命日には、あの場所へ弔いに行くと――。
あの夜明けを、一緒に迎えることにしていた。
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